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愛があれば何をしても許される  作者: 石月 ひさか
四・不安な気持ち
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小さな懸念


その夜、鼓子花は寝る仕度をしながら、じっと鏡を見つめていた。


あの後、侍女が用意してくれた夕餉を二人で食べた。


だが静景は散歩をしていた時とは全く違い、まともに会話をしてくれなかった。


もともと口下手なのは知っている。


もしかしたら、散歩で語り尽くしてしまった為、これといった話題がなかったのかもしれない。


だが、それにしても異様に反応が薄かった。


鼓子花は鼓子花なりに頑張って、この料理は美味しいとか、どんな料理が好きなのか等、無難な話題をふってみた。


だが彼の口から返ってくる言葉はどれも素っ気ないものばかりだったのだ。


(もしかして、静景さんはあまりお話しをするのは好きじゃないのかも。鼓子花、うるさかったかな……)


ゆっくり静かにご飯を食べたいのに、ひっきりなしに話しかけられたのが鬱陶しかったのかもしれない。


だが、それならそうと言ってくれれば良かったのにとも思う。


きちんと意思表示をしてくれれば、話を続ける事もなかった。


(静景さんと仲良くなるのって、ちょっと難しいかもしれない。伊兵衛様達は、どうやって仲良くしてるんだろう?)


いつもならば、もうすぐ伊兵衛が就寝の挨拶に来てくれるはずだ。


そわそわしながら待っていると、予想通り足音が近付き、伊兵衛が姿を現した。


「遅くなってすまない。休む所だったか?」


「あのね、伊兵衛様に聞きたい事があるの」


「なんだい」


伊兵衛は腰を下ろすと、刀を脇に置く。


「静景さんと、どうしたら仲良くなれるかなぁって」


「仲良く?」


「うん。ほら、静景さんってあまりお喋りをしないでしょう?だから、伊兵衛様達はどうしているのかなって」


見ている限り、静景は伊兵衛に対しては穏やかで、色々な話をしている様子が窺えた。


きっとなにか良い助言を貰えると思っていたのだが、伊兵衛は眉を寄せて考え込んでしまった。


「難しい相談だ。実は僕も、静景殿とはあまり親しい会話はしないのだよ」


「そうなの?」


意外だった。


静景は伊兵衛、それに父を慕っている。その為、きっと仲が良く、私生活で会話もよくしているのだろうと思っていたのに。


「僕達はあくまでも上司と部下だからね。静景君の詳しい生い立ちなんかも把握していないんだ」


まぁ、興味もないのだけれどね……とぼやく。


「それに君達は、僕達との関係とは異なるじゃないか。主従関係になりたいわけではないのだろう?」


「それは……そうですけど」


鼓子花が求めているのは、仲の良い男女だ。


決して主従関係になりたいわけではない。


「それならば、君は君のやり方で、ゆっくり育めば良い。それとも──何か懸念があるのかい?」


その問いに、僅かに反応する。


こんな事を伊兵衛に言ってしまって良いのだろうか。


だが、相談できる相手は伊兵衛以外にいない。


「実は──静景さんは、あまり鼓子花の事は好きではない様な気がするの」


「それは何故だい?」


僅かに、伊兵衛の表情が変わった気がした。


「夕方、散歩に行ったでしょう?初めはよくお話をしてくれていたのだけれど……。途中からすごく冷たかった。あまり、鼓子花のお話は面白くないみたい。それに、夕餉の時も殆ど──。ねぇ、伊兵衛様。鼓子花のお話ってつまらない?」


だとしたら、そもそも自分の話し方や内容に問題があるのかもしれない。


もっと静景が楽しいと思える様な話題を提供すべきなのかもしれない。


しかし伊兵衛は穏やかに笑うと、鼓子花の頭を優しく撫でた。


「君はそんな事を心配する必要などない。君との話はとても楽しい。毎日言葉を交わしている僕が言うのだから、間違いないだろう?」


「……そうですね」


確かに伊兵衛は、毎日こうして訪れ、鼓子花の相手をしてくれる。


そんな伊兵衛が言うのだから、きっと間違いないのだろう。


「それじゃあ、どうして静景さんはつまらなさそうなんだろう?」


首をかしげて呟く。


「そうだね。静景殿は口下手だし、感情を表に出すのが苦手みたいだ。きっと心では楽しいと思っているのだろうけれど、それを君に伝える事ができないのではないかな」


「そう、なのかな……」


もしもそうなら、それを静景に求めるのは申し訳ない気がした。


人にはそれぞれ、向き不向きがある。


現に鼓子花だって人見知りだ。


同じように、静景は楽し気にするのが苦手なのかもしれない。


それを相手に求めるのは酷かもしれないと思った。


「君が彼に対して一生懸命なのは、見ていてもよくわかる。頑張って彼を楽しませようと、苦手な話も続けている。なら、君はそのままで構わないのでは」


「うん」


伊兵衛の言葉に、鼓子花は徐々に笑顔を取り戻していく。


きっと静景は、口下手なだけで、誰に対しても同じなのだ。


自分だけが蔑ろにされていると気にする必要もないし、気に病む必要だってない。


段々そんな気がしてきた。


「ありがとう、伊兵衛様。鼓子花、今のまま頑張ってみる。そしたらいつか静景さんも、鼓子花とのお話を楽しんでくれるわよね?」


「あぁ、きっとそうさ」


伊兵衛の言葉はいつも力強い。


鼓子花の心配や不安を吹き飛ばしてしまう力を持っているのだ。


「そうだ。良かったら、明日一緒に朝餉を食べませんか?」


最近は静景とばかり共にしていたが、たまには伊兵衛とも一緒に食べたい。


だが伊兵衛は申し訳なさそうな表情で首を振った。


「すまない。明日は用事があってね。早くから城を空けるんだ。代わりに静景殿には暇を出しているから」


「そうなの……。残念ね。わかりました」


伊兵衛は、自分の様に暇な人間ではない。


断られてしまったのは残念だが、静景が一日中休みというのは嬉しい情報だ。


「それじゃあ僕は失礼するよ」


「はい。おやすみなさい」


立ち去る伊兵衛を見送ると、鼓子花も眠る為に寝具へ潜り込んだ。




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