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愛があれば何をしても許される  作者: 石月 ひさか
四・不安な気持ち
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約束の散歩


その日の夕方、鼓子花はいつも通り、自室にこもって本を読んでいた。


手にしているのは、巷で評判らしい男女の恋物語だ。


今までは興味が持てなかった為、侍女にいくらおすすめされても中々手を出す気にはなれなかった。


無理矢理読まされても全く共感できなかったし、登場人物を想像することも、何を言っているのかも難しくてわからなかったのだ。


だが今は、書かれている光景を思い浮かべる事ができるし、主人公の喜怒哀楽に共感できる様になった。


恋仲の男から文が途絶えた不安な気持ちや、会いに来てくれた喜び。


無意識に自分と静景に置き換え、読み進めながら笑みを浮かべてしまう。


(こんな風に好きな人と過ごせるなんて、とても素敵。鼓子花もいつか静景さんと──)


再び頬が緩んでしまい、慌てて両手で押さえる。


そんな事を繰り返していると、廊下から足音が聞こえてきた。


この歩き方は間違いない。


本を閉じ、廊下へ飛び出す。


「どうした」


そこにはやはり静景が立っており、突然飛び出して来た鼓子花を見て目を丸くした。


「あ、足音が聞こえたから、静景さんかなって思って。あの、お仕事は終わったの?」


「今しがた帰参した」


「お疲れ様でした。じゃあ、あの……」


「行くぞ」


静景は笑みを浮かべると、来た道を戻る。


「あ、待って」


部屋から上掛けを持ってきて羽織ると、いそいそと後をついて行った。


────────


やって来たのは城の庭先だった。


皆出払っているのか、それとも室内にこもっているのか、辺りには誰の姿もない。


空は夕焼けが赤く色付いており、その眩しさに思わず目を細めた。


「今日は一体何をして過ごしていた?」


隣を歩く静景が問う。


「えっと、本を読んでたわ。侍女が貸してくれたの。城下ではすごく人気があるからって。静景さんは、本を読む?」


ちらりと横顔を盗み見しながら問う。


「あぁ。お前のそれとは異なるが、私も余暇の際には軍書や兵法などを読んでいる。──書物は偉大だ。古の者より、その学を得られるのだからな」


やはり静景は、見た目通り難しい本──戦関連のものを読むようだ。


生憎鼓子花には、馴染みのないものだが。


静景は続ける。


「お前が読んだ物語とやらを、私に話してはくれぬか」


「えっ」


思わず声を上げてしまう。


まだ途中ではあるが、話し聞かせる事はできる。だが内容が内容な為、あまり気乗りはしなかった。


身分差のある男女が密かに恋に落ち、心を通わせる話なんて。


それを語ってしまえば、登場人物を自分達に重ねていた事も気付かれてしまう様な気がしたのだ。


「語れぬ程難解なものか」


「ううん。そうじゃないのだけれど……その、静景さんが読む本に比べたらとても稚拙なの。それに、女の人じゃなきゃ、読んでもつまらないだろうって侍女も言っていたから」


咄嗟に嘘を吐いてしまった。だが静景も、もともと深い興味があったわけではないらしく、それ以上追求される事はなかった。


「それより、静景さんの話が聞きたい。父様達とどこへ行って何をしたの?」


今朝は理解できないだろうからといなされてしまったが、ちゃんと聞けば理解できるかもしれない。


「武時様とは隣──いや、やめておく。やはりお前には難解だろう」


「そんな事はないわ。とにかく話してみて」


一旦言いかけたのだから、最後まで聞きたいとねだる。だが静景はどうあっても語る気はないらしく、それ以上は黙りこくってしまった。


話をしてくれると約束したのに。


不満を抱いたが、はたと気付く。


そういえば自分も、つい今しがた、物語の話をしなかった。


もしかしたら静景にも同じように、相手が理解できないからではなく、話したくない事もあるのかもしれない。


それを無理矢理聞き出してしまうのは、恐らく野暮というものなのだろう。


なんだかおかしな空気になってしまい、話題を変えようと、唐突にこんな質問を口にする。


「静景さんって、普段は何をしているの?」


「どの様な意味合いだ?」


「そのままよ。普段、お仕事とか、戦がないとき」


「書物を嗜んでいると語ったばかりだが」


「うーんと、そうじゃなくて……。お休みの日は何をしているの?」


鼓子花が知りたいのは、高野瀬の家臣としてではなく、静景個人の事だ。


静景は少し考えた後に「鷹狩り」と言った。


「鷹狩って、鷹を狩るのよね?弓矢とかで殺してしまうの?」


そう問うと、静景は一瞬目を丸くした。が、すぐに眉を寄せた。


「鷹狩は、鷹を狩るのではない。鷹を使って狩ることを指す」


「そうなの?」


鷹狩は父や伊兵衛もよく出掛けているので、その言葉自体は耳にした事はある。だが詳しい内容までは聞いた事がなかった。


その為、名前から鷹を狩るものだとばかり思っていたのだ。


自分の無知さが恥ずかしくなり、思わず俯く。


「鷹狩は山地におもむく必要がある。山道を奔駆すれば体を鈍らせることもない。それに、領地の視察も兼ねている」


「どんな獲物をとるの?」


「明確には言えぬが、兎に雉、場所によっては鶴等だ。だが、鷹が自身よりも小さき鳥を獲物にする事が多いだろう」


「ふぅん。じゃああの、連歌とか蹴鞠とか、双六はしない?」


「私には文才がない。武時様の連歌を拝聴する事はあるが、私自身詠むことはない」


「そう……」


話をすればするほど、共通点のなさにがっかりしてしまう。


勿論それは、静景にではない。


その事実に対してだ。


浮かない表情で歩いていると、不意に静景はその場に膝をついた。


「どうしたの?」


「鼓子花じゃないか」


聞き覚えのある声に振り向く。そこには着流し姿の伊兵衛と父が立っていた。


二人を見た瞬間、何故静景が膝をついたのか理解した。


「二人揃って散歩かい?仲睦まじく結構な事だ。そう思わないかい?武時殿」


伊兵衛は笑みを浮かべ、隣に佇む父を見る。


「あぁ。鼓子花よ、静景とはどうだ」


「?」


どうと問われても答えられない。


それに、父が何を問いたいのかわからず、咄嗟に言葉が浮かばなかった。


「君は本当に初だね。武時殿は、君と静景殿の仲を聞いておられるのだよ」


「仲……ですか?多分、悪くはないです。今も、お話をしながらお散歩をしていたの。ね、静景さん」


話をふるが、静景は相変わらず頭を下げ、膝をついた状態で微動だにしない。


伊兵衛は構わず話を進める。


「そうか。予想通り上手くいっている様で安堵したよ。静景殿」


「はい」


静景は僅かに身震いをした様に見えた。伊兵衛は目を細めると、なんだからしくない笑みを浮かべる。


「引き続き、鼓子花の事をよろしく頼むよ」


「──はい、畏まりました」


「それじゃあ邪魔者は退散しようか。あぁ、せっかくだから夕餉も共にとると良い。後で膳を運ばせよう」


「ありがとうございます、伊兵衛様っ」


どうやって夕餉を誘おうかと悩んでいた鼓子花は、嬉しそうに笑う。


父は意味あり気な表情で静景とこちらを一瞥すると、伊兵衛と共に立ち去って行った。


足音が遠退くと、静景はやっと顔を上げて立ち上がる。


「あの、伊兵衛様が膳を部屋に運んでくれるみたい。──夕餉も一緒に食べてくれますか?」


恐る恐る静景の意思を問う。


「異義等ない。戻るぞ」


そう言うと、何故か静景は逃げるように屋敷へと戻って行ってしまった。


「あっ、待って。静景さんっ」


あのやり取りは何気ないものだ。


それなのに何故、みんな気になる様子を見せたのだろうか。


伊兵衛の言葉、それに父・武時の表情。そして静景の様子。


全てが違和感を抱いてしまうものだった。


だがそれを深く考える間もなく、静景と共に屋敷へと戻って行った。


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