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愛があれば何をしても許される  作者: 石月 ひさか
参・初めての気持ち
12/27

恋心

数週間後。


鼓子花は庭先に下りると、草履を履いて小さな木戸を潜り抜けた。


あれから、鼓子花の行動範囲は屋敷内から曲輪へと広がっていた。


昔は出不精で部屋にこもりきりだったのに、今では毎日一回は散歩をしないと気が済まない。


本当は城下へも行ってみたいのだが、伊兵衛や父が許可してくれたのは城がある敷地の中までだった。


「今日も良い天気。すごく暖かい」


一番下の曲輪まで行き、空を眺める。


青空を背景に、城の天守が見える。


こうやって出歩く様になり、色々な事を学んだ。


自分が住む屋敷の小ささ。空の広さ。そして、父・武時の力の大きさ。


内側からだけしか見たことがなかった城。


だがそれは鼓子花の想像をはるかに超える程に大きかった。と同時に、父の偉大さと力の強さを知った。


「今度はあの天守までのぼってみようかなぁ」


あんなに大きいのだから、きっと天守から眺める城下町はさぞかし綺麗だろう。


もしかしたら、市の様子も見れるかもしれない。


そんな事を考えながら、ぐるりと城の周りを一周し、再び門に戻ってくる。


それだけで、うっすらと汗ばんでしまう程に暖かい。


「ちょっと歩き過ぎちゃったかな。疲れた」


深く息を吐くと、休む為に城の庭先へ向かう。


この庭は、噂では父が有名な庭師を呼びつけ、大金をはたいて作り上げたらしい。


鼓子花にはよくわからないが、東屋の場所や池、植木の位置など、すべて計算され絶妙な配置になっているらしい。


縁側に腰掛けると、鹿威しの音を聞きながら全体を眺める。


「そういえば元気かな。阿利乃姫様」


こんな風に庭を見ていると、あの日のことを懐かしく思う。と同時に恋しくも思う。


母と仲良く並び、楽しげに会話をしていた阿利乃。


物心ついた頃から母はなく、伊兵衛や腰元が母親代わりだった為、今まで本当の母親について気にした事などなかった。


だがあの日阿利乃達を見て、自分の母親はどうしていないのだろうと疑問を抱く様になったのだ。


伊兵衛は母親代わりであっても、やはり本当の母親とは違う。


あくまでも異性であり、女性特有の心身の悩みは打ち明けられない。


もしも、鼓子花の母親がそばにいてくれたら。


こうやって二人で仲良く庭を散歩して、例えば恋――静景の事も相談できたかもしれない。


「静景さん……」


小さな声で呟き、足元の小石を見つめる。


あれ以来静景は、何も約束をしなくても戦の時を除いて毎日部屋に来てくれる。


どんなに忙しくても、必ず夕餉は一緒に食べてくれる。


元々鼓子花は、静景に対してある種の憧れを抱いていた。


あの日見た、月明かりに照らされた姿が美しかったから。


伊兵衛とは違う色に、心臓が高鳴った。


あれが一目惚れだったのかどうかは、もう思い出せない。


だが少なくとも今は、もっと静景と一緒に居たいと思うし、もしできるなら触れてみたい。


「っ……」


思わず恥ずかしくなり、両手で顔を覆う。


こんな感情を抱いたのは初めてだった。


伊兵衛に添い寝を頼んだり、抱っこをせがむのとは全く違う。


恐らくこれが恋なのだとは思うが、いまいち理解できないのだ。


こんな話も、母親がいてくれればこっそり相談だってできたはずだ。


なのになぜ、自分には母親がいないのだろうか。


その時ふと、背後から足音がして振り向く。


そこには静景が立っており、目が合うと小さく会釈をした。


「何故こちらに」


「散歩よ。静景さんはお仕事中?」


「はい。井戸に水を」


そう言うと、自然な仕草で隣に腰掛ける。


二人きりでいるのは初めてではない。


それなのになぜか、妙に照れ臭く感じた。


黙って地面を見つめていると、不意に静景が口を開く。


「最近は、体調に問題はありませんか」


「うん。今日はね、下の曲輪まで行ってみたの。最近はすごく体調も良くて」


「それは良かった」


そう言い、明らかにはにかむ様な笑みを浮かべた。


それを見た瞬間、伊兵衛の言葉を思い出す。


『雰囲気がね、少し柔らかくなった気がするんだ』


確かに言われてみれば、以前よりも優しげな雰囲気になった様な気がする。


もともと心根は優しい人だとは思う。だが、こんな風に笑顔を見せてくれたのは初めてだ。


と同時に、胸が更に高鳴った。


(やっぱり違う。静景さんは、伊兵衛様とは違うのだわ)


伊兵衛が笑ってくれるのは嬉しいが、こんな風に顔が熱くなったり、胸が高鳴る事はない。


それが静景に知られてしまうのが恥ずかしくて、無意識に顔を背ける。


「どうしましたか」


「な、なんでもない。──そろそろ戻ります」


これ以上顔を合わせていると、気を失いそうだった。


鼓子花は逃げる様に屋敷へと戻って行った。




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