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トランプを五枚並べて一枚選べと言われたら、迷った末に端を引く。
僕はそういう奴だ。
僕は自分の立場をわきまえているつもりだ。
例えば漫画に出てくるような、強くて優しくて、人望があってかっこいい男。
自分がそうなれないことくらいわかっていたし、せいぜいそんな人たちの輝かしい人生の物語のエキストラくらいにしかなれないこともわかっていた。
でも別にそれでよかった。
小学校の頃好きだった隣のクラスのあの子。可愛くて、成績優秀で、いつも高そうな服を着ていた。まさに高嶺の花。
そんな彼女に近づこうとする男子は何にもいたけど、僕はそうはならなかった。
僕は彼女のシンデレラストーリーのモブ。取り巻きの男Bとかそんな程度。名前を覚えてもらっていたかどうかもわからない。
だから見てるだけだった。廊下ですれ違う時、彼女のその綺麗な笑顔を横目で見ながら、何事もなかったかのように通りすぎる。これが僕の楽しみだった。
これはいくつになってもきっと変わらない。
高校では教室の隅でひっそりと過ごし、大学ではサークルで存在感最薄と称され、会社では可もなく不可もない成果を残し、誰に別れを惜しまれることもないまま退職。
老後は近所のゲートボール場で審判でもやっているだろう。
こんな未来予想図にも僕は不満はなかった。モブ人生万歳。
そんな僕も、晴れて今日から高校生。
高校の入学式に老後のことを考えてる奴なんて他にいないだろうな……と自分に呆れながら学校に向かう。入学式だからって、特別なことはしない。
鏡に張り付いて髪型をせっせと整えたり、制服のしわを何度も確認したり、そういうことをするのは主役、主要脇役級クラスの奴だけ。
自分の髪に寝癖がついていたからって誰も気にしないことくらいは知っている。
だから、朝食を食べて、歯磨きをして、顔を洗って……と、あくまでいつも通りに支度する。
時刻は八時五分。
僕の高校の志望動機は家から近いから、という単純明快なもので、実際学校までは徒歩十分で行ける。
八時半集合で八時十五分着。校門から教室までの時間を考慮すれば、ちょうどよい時間だろう。
初日ならきっと皆はりきって早めに行く。この時間帯から人も少ないだろうし、快適に登校できる。
……とは、限らない。
「よぉ!清々しい朝だな!」
「……陽斗」
玄関のドアを開けるやいなや、あのお調子者の顔が目に飛び込んできた。
八田陽斗。
俺の幼稚園からの腐れ縁。
やけにツンツンした髪型に、人懐っこそうな笑顔。背は僕より五センチくらい高くて、決して太ってはないが痩せてもない。
通称やたはる。僕は呼んでないけど。どうせなら「と」まで呼べよ。
「今日から俺らも高校生だぞ……可愛い子いるかな……」
「またそれかよ……」
陽斗は、僕とは違う、主役級のイケイケ男子だ。
中学の時はバスケ部で、明るくて誰とでもよく話す。お調子者だけど頭はかなりいい。完全に文系脳で国語と社会だけやたらできる。
このコミュ力と運動神経と学力を兼ね備えた奴がなんで僕なんかと一緒にいるかというと、単に昔から仲良しだったからだ。
陽斗は僕らが幼稚園の時に隣の家に引っ越してきて、気づけば友達になっていた。
それがちょうど夏休みの頃で、まあ、幼稚園児の長期休暇なんて暇をもて余しているもんだから、僕らは毎日のように遊んでいた。
近くの川で水遊びするのも、カブトムシを捕まえに行くのも、既にインドア派だった僕にとっては、とても新鮮だった。
陽斗はそういう奴だ。僕に新しいものを沢山見せてくれる。
だから、というわけではないが、なんだかんだで僕はこいつのことが好きなんだ。
調子に乗るから絶対言ってやらないけど。
「ついに来たぜ……俺の華々しい高校生活の幕開けだ!」
「こっちまで恥ずかしいからやめろよ」
さっきからやたら生き生きしてる陽斗を連れ、クラス分けの掲示を見に昇降口へと向かう。
この高校は、一学年五クラスに分かれている。一学級はだいたい四十人程度。特別多いわけではないが、それでも特定の人と同じクラスになれる確率は高くはない。
「俺にはわかる。俺は一年五組三十八ば」
「陽斗の名前二組にあるよ」
「……まあわかってたけどな!」
なんだよこいつ……なんで入学式からこんなテンションでいられるんだよ。怖い。
僕とは違う意味で緊張なんてしないタイプなんだな、多分。
まず自分の番号探さないと……と目を凝らす。こういう時二組から探してしまうあたり、僕は本当にこいつが好きなんだな。自分のことながら呆れる。
陽斗の言葉を借りるなら、僕にはわかる。
遺憾にも僕はこいつとクラスが離れたことがないんだ。
「あ、あったぞ!同じクラス!」
毎年恒例、両手を挙げて喜んでいる陽斗を見ると、やっぱり少し笑ってしまった。
教室は賑やかだった。
この辺りの中学からの生徒が多く集まっているからだろう。結局は皆、僕みたいに通学時間を重視するらしい。
「なあ、あの子可愛くね? モデルみたいじゃね?」
うるさい。
挙動不審な陽斗をよそに、僕はすることもないので席に着く。机に突っ伏して、入学式までの数分をとことんリラックスして過ごす。
担任の先生はどんな人だろう。
隣の人、まだ来てないけど大丈夫かな。
目を閉じて、どうでもいいことをぼんやり考えてみる。
入学式めんどくさいな。
さすがに初日から寝るのはまずいし……さっさと終わらせて帰って寝よう。
華の高校生なんてそんなもん。
暇だし校長のネクタイの柄予想ゲームでもしよう。
ガラッとドアを開けて入ってきた若い女の先生に、ガッツポーズする陽斗の姿が見えた。
「えー、春の暖かい日差しに……」
水玉だった。
「ほらな、俺の勝ち。ハーゲンダッツな」
斜め後ろから小声で囁いてくる陽斗がむかつくから怒りの矛先を校長に向けよう。なんでボーダーじゃないんだ。
「入学式からついてないわねぇ~」
なんでちょっとオネエ風なんだよ……。隣の席の人も困惑してるし。こいつと友達だと思われたくないから聞こえないふりでやり通す。
頭は前に向けたまま、目線だけ左右に動かすと、教師陣が新入生をじろじろと観察していた。陽斗みたいな問題児は早々に目をつけられるんだろう。即ブラックリスト入りだな。
この状況で寝たりしたらさすがにまずい。
でも、校長の低い声は耳に心地よくさながら子守唄のように僕らを眠りに誘い込む。隣の人すでに首カックンカックンしちゃってるよ。
ぼーっとしていると寝てしまいそうだし、何か考え事でもしておこう。
とはいっても、考え事のお題を考えることのほうがよっぽど「考え事」だ。
これからの人生について……なんて重いテーマは逆に眠くなりそうなので、もっとライトなテーマに……
うん……ライトな……
「おい、寝るなよハーゲン野郎」
「……はっ」
……不覚だった。
気つけば意識が遠のきあちらの世界へ行きかけていた。
今回ばっかりは陽斗に助けられたけど……そのあだ名はやめてくれ。
校長の話なんて数分我慢すれば終わる。
でも、一度ついた悪い印象はなかなか消えない。
ここが僕の人生のターニングポイントだ……意地でも起きてやるぞ……と意気込んでいたが、その必要はなかったらしい。新入生への激励を最後に校長は壇上を降りた。
「やっと終わった……俺もう寝ていい?」
別に僕はお前が寝ようとどうでもいいけど、うるさい上に居眠りするとかお先真っ暗だぞ。気づけば僕が一年先輩になってるとか嫌だからな。
「あ~まじねむ……次なに? 生徒会会長挨拶? 可愛い会長さんでお願いします!
……っえ、ちょっ……」
「はいはい、お前のそういう言葉は聞き」
……聞き飽きた、と最後まで言えなかった。
視線を彼女に向けた時、僕はもう、目を逸らすことができなくなっていた。
絶世の美女。
人生でこんな言葉を使うことがあるなんて思いもしなかった。
陶器のように白い肌に、澄んだ大きな瞳。
薄桃色の柔らかな頬に影を落とす長いまつげ。
上品な笑みを湛えた口元。
体の前で組まれた指先まで美しい手。
しわ一つないスカートから伸びる華奢な脚。
その歩く姿さえ、見るものを魅了する高貴さがあった。
それは表面的な美しさじゃない、体の内側から滲み出る品の良さのような。
彼女を形作る細胞の一つ一つ、髪の先のミクロの世界まで、光を放つような。
人は本当に綺麗なものを見ると言葉が出なくなる。
彼女の姿を見て綺麗だと声をあげるものはいなかった。微かなざわめきすらない。完全な静寂だった。
その静寂を破るのは、涼しげに澄んだ声。
「新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます」
しんにゅうせいのみなさん────と、一音一音が、脳に直接響くよう。
目で見て、耳で聞いて、彼女の美しさを全身で感じた。いや、我ながら気持ち悪い。
でもそれくらい、いや、そんな言葉じゃ表しきれないくらい、彼女は眩しかった。さっきの校長のご尊頭の眩しさとは意味が違う。
「……っ、やべ……」
いつになく動揺してる陽斗。
でも今は、たぶん僕のほうが気持ちが落ち着いてない。
……僕はいつだってエキストラ。
誰かの人生の物語の、何百枚にもわたるその壮大な物語の中の一ページの端っこのほうにうっすら写る。
ただ、誰かの記憶の中に少しでも僕の居場所があれば、って。
それはもう十分名誉なことで、感謝すべき嬉しいことだ。
でも彼女の姿を見たら、生意気にも思ってしまった。
彼女の人生の一ページになりたい。
欲張らないから、どうか、僕のわがままを聞いてほしい。
一ページでいい、それ以上は望まない。僕を彼女の物語の一部にしてください。
彼女の記憶の中に少しでも僕の思い出をつくってください。
「最後になりましたが、ご来賓の皆様、保護者の……」
挨拶は終盤。
きっと僕だけじゃない、まだ沢山の人が彼女に見とれていたと思う。挨拶の内容なんて頭に入ってこない。
気づけば挨拶は終わっていて、壇上で深々と頭を下げる会長さんを僕はまだ見ていた。
彼女が壇を下りた時、ふっと張りつめていた糸が切れるように、会場がざわつき始める。
「……やっ、やべー……めちゃくちゃ可愛かった……」
案の定、陽斗も頬をほんのり赤らめて呟く。
僕は何も言えなかった。
本当に、魔法にかけられたみたいだった。
「いやー、あそこまで可愛いと逆に近づこうと思えねえわー。なんつーの、高嶺の花? ってやつ?
って、おい、起きてる?」
「……なあ陽斗」
「ん?」
一拍おいて深呼吸。思えば、彼女が話している間呼吸してたかどうかすらわからない。
絞り出すように声を発する。
「おい、なんなんだよ────」
「僕、生徒会に入る」
「…………は?」
自分が馬鹿なことを言っているのはわかってる。
彼女は僕とは違う世界の人。
到底お近づきになんてなれない。
でも。
「モブキャラだって、夢見たいんだよ」
生徒会なら、中学の時に(押し付けられて)やったことがある。もちろんたいした役職ではなかったけど、それなりに仕事はこなせる。
「いや……お前、本気か?」
「本気だよ」
笑われても、馬鹿にされてもいい。
そこまで強く思えたのは、これが初めてだったから。
「……いい……いいぞ! お父さんは嬉しいぞ! 全力で応援する!」
いい加減キャラを定着させてくれないと接しづらい。
「……でも、ありがとう」
「ん? 何か言ったか我が息子?」
「なんでもないよ」
そう、なんでもない。
この僕の一挙一動なんて、周りの人にとっちゃなんでもない。
僕が陽斗に感謝の言葉を溢そうが、ハーゲンダッツを奢ろうが、僕が生徒会に入ろうが、世界は変わらず回り続ける。
だとしたら僕は。
「生徒会、か」
どうせ部活なんて入るつもりなかったし、流されて入ったとしてもたいして努力もせず引退するのは目に見えてる。
それなら、少しでも人のために働くのも悪くないじゃないか。
なんて……適当な口実を作ったって、本心は隠せない。
彼女に近づきたい。
可憐な百合の花のような彼女と話してみたい。
僕を突き動かす原動力なんて、それだけで十分だった。
入学式を無事に終えた翌日。
後夜祭のような気の緩んだ空気は、担任の先生が原因の一つでもあると思う。
「はーい、じゃあ今日もお疲れさま。
気をつけて、帰ってくださいね」
やたら間延びした優しげな声の主は、担任の落合由佳先生。おっとりした若い女の先生だ。
昨日、つまりは入学初日は、陽斗は先生を見て俄然嬉しそうだったが、今日は元気がないどころか先生に軽蔑の目を向けている。
その理由が「左手の薬指」だと聞いた時は正直感心した。さすが、上級者は目の付け所が違う。
今日も先生の指には、シルバーの綺麗な指輪が光っている。
「みなさん、さようなら~」
幼稚園児の挨拶を思わせるその口調には皆苦笑いだった。まあ、すぐに慣れるだろけど。
「よっしゃ終わったあああ! 帰ってゲームだ!」
「あ、ごめん陽斗、今日用事あるから先帰ってて」
「なんだ、入学二日目から指導か?
そちも悪よのう……」
お前じゃないんだからそんな馬鹿なことしないよ。僕を何だと思ってるんだ。
陽斗が扱いがめんどくさいモードに入る前にそそくさと教室を出た。向かう先は生徒指導室でも校長室でもない。
早足で階段を下りる。
三階の突き当たりに、その教室はあった。
「あー、緊張する……」
窓はすべて閉まっていて、中の様子はわからない。小さく話し声が聞こえてくる。
よし、頑張れ、僕。
深呼吸を繰り返し、コンコン、とノックをする。
あれ、ノックって何回だっけ? 二回? 三回?
なんだか、あたまが真っ白になってきた。
変な汗も出てきた。あれこれ考えているうちに、もう十回くらいノックをしていたことに気づく。
この状況で入るの、さすがに恥ずかしいんですけど……
「はい、どうぞー」
中から聞こえてきたのは、聞いたことのない、大きくはないけどよく通る声だった。
意を決し、中に入る。
「し、失礼します……」
重い扉に手をかけ、ゆっくり、ゆーっくり、力を込めていく。
僅かな隙間から中を見た時、思わず変な声が出そうになった。
「……へ?」
いや、出てた。
だってそこは、僕の想像していた景色とは全然違うものだったから。
狭い教室の両端に並ぶのは、綺麗に整った書類……ではなく、大量のおつまみやジュース。
机に上で広げられたパソコン……などなく、あるのば広げられたボードゲーム。
そして……
「驚いた?」
そう言ってくすくすと笑うのは、さっきの声の主、前髪をぴょこんと結んだ、小柄な先輩。さっきから何やら楽しそうだ。
彼女の他にいるのは二人。
一人は、机に突っ伏している男の先輩。「春のお花見デート特集」と大きく書かれたファッション雑誌のページが開いたままで、何だか闇が深そうだ。
もう一人は、気だるげに頭を掻く女の先輩。顔は整っているが、怖そうなので関わらないようにしよう。
「生徒会室って、案外こんな感じなんだよ。
あっ、もちろん作業もちゃんとやってるよ?」
こんな空間で作業……果たしてそれは集中できるのか、というか何でおつまみが……
なんて、僕が聞きたいのはそんなことじゃない。
「あの」
「ん?」
「えっと……いや、その、生徒会長さんとか、いらっしゃらないんですか?」
さすがに会長さん目当てで来たとははっきり言えない。だからあくまで、美人なお姉さんにではなく、会長という立場の人にお話を伺いたい、というニュアンスを感じさせる言い回しを選ぶ。下心なんて、全くないわけじゃないけど、ちょっとは、いや正直かなりあるけど、一切ない。
僕の真剣な眼差しを見て、小柄な先輩は微笑んだ。
いや、
「……っ、あはははははは!!!」
正確には、大笑いした。
「……~~っ、君、面白いね!」
「藤見っち笑いすぎだろ」
「だって環くん……
……んんっ、ごほん、失礼しました。
生徒会長、だよね?」
「あ、はい」
なんだこの先輩……? さっきからやけにつやつやした笑顔で僕を見ている。口元が笑いを堪えるようにピクピク動いている。
環、と呼ばれた男の先輩もニヤニヤしながらこちらの様子を窺う。
先輩はにっこりして口を開いた。
「会長なら、いるよ。さっきからずっとそこに」
「…………は?」
いや……おかしいおかしい。
先輩が指差したのは、教室の奥。
その先にあるのは、積み上げられたおつまみと、がに股で椅子にどっしり座る気だるげな先輩だけ。
「えっと、どちらに?」
「だから、言ってるじゃない。
ね、ちーちゃん」
ちーちゃん、と呼ぶ声に奥の先輩が顔を上げた。
目の下には濃いクマができ、ゲーム機を握りしめて離さない。
あれ、この人、見覚えが────
「どーも。
生徒会長です。よろしく」
「……」
え?
生徒会長?
……おかしい、僕の記憶では、生徒会長というのは普通一校に一人のはずだ。
常識を覆されたか……うん、高校では二人なんだな。
ってんなわけあるかーい。
「……っえええええええええええ!?」
「反応遅えよ」
「ふふ、びっくりしたでしょ?」
えええ……えええ、嘘でしょ?
確かにこの人も美人ではあるけれど……いや、よく見たら、壇上で見た生徒会長さんなんだけども……
今の彼女は、はっきり言って気品の欠片もない。スルメイカを食べながらゲームに没頭する目の前の女性が僕の憧れた生徒会長だなんて考えたくもない。
「どうだ? 期待を裏切られた気持ちは」
呆然とする僕を見て先輩二人は完全に楽しんでいる。当の本人はというと、ゲーム機の画面を食い入るように見つめ、ぶつぶつと文句を言っては舌打ちをしている。
いや……まだだ。
よく考えてみろ、僕。
いくらなんでも同じ人物でここまで変わるわけがない。
これはドッキリだ。
僕はもう一度、先輩の姿をまじまじと見つめる。
あの時の艶のある髪とは違う、ボサボサの髪。ハーフアップというのだろうか、上半分の髪を耳の横辺りで無造作にお団子にしている。
潤んでいた目は充血し、何よりクマが目立つ。
綺麗だった制服も、ところどころしわがついている。
「……なんかやりにくい、こっち見んな」
「え」
「ゲーム」
「あっ、はい! はい!」
……いやいや嘘でしょ? この前のあの丁寧な口調は?
今見んなって言ったよねいや言ってないか僕の空耳か。
「そろそろ現実見なよー。
ちーちゃん、外ヅラだけは異常にいいんだよ」
外ヅラとかその程度のもんじゃないぞこれ……。ヅラというか鎧。甲冑。
「あーあ、会長、初々しい新入生の期待をこんなあっさり裏切って……罪な奴……」
男の先輩、もとい環先輩が僕の肩に腕を回す。
「大丈夫だ、会長の偽りの微笑みに騙された男はこの世にごまんといる。
俺もその一人だ。あの女は危険だ」
「なんか言った? 環」
「アッハイなんでもありましぇん!!」
笑顔で環先輩を睨む会長。にこっ、という効果音が聞こえてきそうなその笑顔は、まさに天使の微笑みだった。ただし目が笑ってないが。
「あっあのあのな、安心しろよ、あいつは同い年の俺でも怖いから」
ものすごい動揺してる環先輩。なんかもう見ていられない。
「っしゃあ! クエストクリア!」
会長さんはというと、その端正な顔立ちからは想像もつかない台詞が繰り出しており、僕は呆然とするしかなかった。
……ああ、もうなんか、ふっきれた。
「僕、入ります、生徒会」
「おやおや、会長に失望して嫌になったのでは?」
ニヤっと笑う環先輩。
最初から会長目当てだったことくらいあっさりバレていたみたいだ。
「……正直、がっかりはしましたけど。
こうなったらヤケです、ちゃんと成果残して、先輩をぎゃふんと言わせますよ」
僕の言葉に、先輩二人は満足そうに頷いた。
「だってさ、ちーちゃん」
会長は後ろで大きな欠伸をし、ゲームを机に置く。
「……あんた、名前は?」
「ふ、古川真樹、真実の真に樹木の樹でまさき、です」
「……ふーん」
ガタッと音がしたかと思うと、会長さんは立ち上がってこちらに近づいてきた。
近い。
その距離、一メートル。
眠たげな瞼の奥の綺麗な瞳が、僕を真っ直ぐに捉えた。
「私が、会長の都千景です。
ここに入ったからには、しっかり働いてもらうから」
気だるげなのに、不思議とすっと透き通るその声。春の風が吹き抜けたかのような、心地よい音。
カーテンが開いているからか、妙に視界が眩しく感じた。
「……覚悟しときなよ、生徒会って、楽じゃないから」
「はい」
……これが僕の高校生活のはじまり。
エキストラから脇役に昇格したような自惚れを隠して、僕はただ深く頷いた。
トランプを五枚並べて一枚選べと言われたら、めんどくさいとぶった切る。
彼女はそういう人だった。