鬼ごっこ
結局俺がエリスのパーティに入る事が確定した後、俺らは解散し、各自家に帰ることにした。ただまあ俺には当然家なんてものはなく、それを正直に彼女に打ち明けたところ、宿で一泊できる程度の金を恵んでくれることになった。その瞬間、俺には今日やるべき事がなくなり、少し憂鬱な気分になったのを覚えている。ただ彼女曰く、その時間を使って俺の生きる意味をもう一つ見つけろ、という事らしい。
無事宿に入った俺は彼女の言葉に従うべく、思考に耽り始めた。
俺に自分というものがあることはさっきエリスが証明してくれた。しかしそれによって生きる意味を彼女に定めたということはつまり、彼女に依存することを決めたのと同義であり、結局それでは俺に自分なんてものはやはり無かったとも言えるのだ。
元の世界では依存なんてものはそう珍しいものではなかった。だからこそだろうか、俺にはそれに対していい感情を抱けない。依存なんていうのは結局何も考えず外部に頼り続けているだけだ。それならまだいい。だが依存されている側はどうか。依存されている側もそれによって喜びを得るような人間らしい考えを持っているならば良い。ただそうでなければ迷惑以外の何物でもない。そうして依存先に嫌われた者はどうなるか。こんなことは考えずともわかる。俺はそうなりたくはないのだ。
そもそもこれまで誰にも興味を持たれなかった俺が少し興味を持たれたくらいで浮かれすぎではある。こうして考えると俺もやはり周りとは何も違わない、人間だったという事だろうか。俺がこれまで嫌っていた周囲と俺とは違う生き物だと、そう思い込んでいたがそれこそが欲深く、周囲と自分が同じ生き物であることを証明していたのだろう。
そんな俺をパーティに入れてくれたエリスはやはり優しい人間なのだろう。思えば俺はこれまで真に優しい人間などというものに出会ったことはなかった。いや、もしかしたらエリスも実際は優しい人間などではないのかもしれない。醜い感情が原動力となり、ああいった行動を起こさせているだけと考えることも十分可能である。だがそう考えたくはないと思ってしまっているあたり、俺がすでに彼女に依存してしまっている事がよく分かる。
それにしてもふと思えば元の世界にいた俺は何を目的に生きていたのだろうか。仮初の生きる意味として食をおいていたが、それはあくまでそれ以外に楽しみを見つけられなかっただけだ。実際食を探求しようと何か行動を起こした事はない。「無理想無解決」とは自然派のものを例えたものであるがまさに俺がこれだったのかもしれない。少なくとも良くはなかった状態において、それを良くしようとする行動も起こさなかったし、そもそも良くしようとも思っていなかったのだから、まさに俺の当時の思考は無理想無解決であっただろう。
今は生きる意味を見つけようと思考を働かせているからまだいい。そういえば生きる意味は一生かけて見つけるものだ、というような考え方を耳にした記憶があるが、それではむしろ生きる意味を見つける事が生きる意味になっているようで、少し笑ってしまったのを覚えている。もっともそういった考えを持っている時点で俺よりはだいぶマシだとは思うが、実際生きる意味というのはそう簡単に見つかるものではないのかもしれない。
気が付けば時間はもう23時を回っていた。明日からは体を動かさなければいけないということを考えると早く寝てしまった方がいいだろう。
そこまで考えた俺は一旦思考を止め、睡眠をとることにした。
「おーい、XXX、遊ぼうぜー!」
「そうだな。他の奴らはいるか?」
「もちろん、全員揃ってるよ。」
そう言うと、小学校の校庭のど真ん中にいた数人の子供達は一人の鬼を除いて一斉に周りへ走り出す。これは彼らにとって毎日の恒例ともなっている「鬼ごっこ」だ。しかしこれには少し変わったルールがある。それは鬼のモデルが人間であり、逃げる者が彼らであるという点だ。
鬼は七つあるテーマの内からランダムに一つを決め、それに沿って彼らを追いかける。今日のテーマは「傲慢」のようだ。
「一人残らず、捕まえてやるよ。」
そう言った鬼は理性を捨て、獣と成り果てる。一匹の人間となるのだ。そうしてやがて鬼は、俺らにとっては運のいいことに、俺ら以外を狙って場所を移動し始める。
「やっぱりお前の能力は面白いな。いつ見ても笑いを堪えられねえよ。」
「でしょ?まあ、これを鬼ごっこに使おうとした君の発想には脱帽、いや脱フードだけどねえ。」
そう言って彼は自身のトレードマークでもある黒いフードを頭から取る。そんな他愛もない会話を繰り返す彼らの口元には珍しく、笑みが浮かんでいた。