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人狼少女の奇妙な日常  作者: 夕月 陽奈
第一章 月夜の鬼と人狼少女
8/12

第七話 月夜の鬼の昔噺

男の人の軽い昔話です。

ある日突然、青年の日常は崩壊した。


いつも通り己の通う学校(スクール)から帰ってきた時のことだ。


毎日出迎えてくれる両親の姿を求めて、青年は家の扉を開いた。


「父さん? 母さん?」


「ごめん、ね、**、*」

「すま、ない……***」


血溜まりの中で倒れる両親の亡骸を抱きしめ、青年は絶叫した。


★☆★


彼は、あの時はまだ尻の青い殺し屋だった。

故郷で家族が死んでしまった彼は、仕方なくこの仕事を始めたのだ。


だが、彼には才能というものがあるらしく、初めて人を殺して早数年、今は殆ど慣れた状態で(それでも、殺した人間の冥福を祈ることは忘れない)生計を立てていた。


「ホント、***って腕が良いよなぁ」

「ありがとな、ライ。つぅか、お前も腕良いじゃねえかよ!」

「おう! 知ってる。けど、オレナイフだけだからなぁ……。お前、銃も得意で、ナイフも得意の両方じゃねぇかよ。このチートが」

「うっせ」


当時、相棒だったのが、ナイフを使用しての殺しが得意だったライ。彼より五、六歳歳上。輝く金髪に、それと同じ色の目をしたイケメンの部類に入る男だ。


人当たりの良い男で、裏の世界の人間とは思えぬ程優しい太陽のような笑顔を見せ、時折二人で街に出ると、必ずと言って良い程二回以上女に声をかけられた。しかも美人(だが、大抵化粧が濃かった)。男色家が声をかけて来た時もあり、全速力で逃げたという苦い思い出もあるのだが。


「さてと、***。今日の標的ターゲットは?」

「忘れたのかよ? ライ。金持ちの男だとよ。依頼人は、男の家族は殺さなくて良いと言ってた」

「報酬弾むかねぇ」

「まぁ、結果によりけりだろ。金持ちそうだったし」


金に目がないという欠点はあったが、それ以外欠点らしい欠点は無く、況してや仲間思いで家族思いという一面もあることから、彼は全面的にライを信用していた。


「んじゃあ、行こうぜ、***」

「おう」


今日の仕事はとある富豪の暗殺。

彼らは、己の武器を手に外に駆け出した。


★☆★



ぴちゃりと、彼の靴が標的の血溜まりを踏んだ。首を切られての絶命。即死だ。濁った目をする男は、此方を恨めしげに見ている。

彼はそんな男の瞼を指で閉じた。

ちゃんと、手袋は着けている。こんなところでミスをするわけにはいかないのだ。彼も、生活するために人を殺しているのだから。


今日殺した人数は三人。

ボディーガードと、邪魔をした執事長と標的の富豪の男の三人だ。


「うーん、じゃあ帰るかね?」


死んだ執事長の亡骸を踏みながら、ライが手に持つナイフを弄びながら呟いた。その目は、先程とは真逆に凍てついた氷のように冷たい。執事長の身体は滅多刺しにされており、派手な殺しを楽しむライらしい遣り方だな、と彼は思う。


「おう、見つからねぇうちに帰るか」


彼の返答に、ライはその頬や服を濡らす血とは対照的な白い歯を見せニカリと笑う。

不器用な笑顔を彼が返せば、ライは楽しそうに、その場にそぐわない声で笑いながら、頷くのだ。


★☆★


仕事の後、毎回とある酒場に寄るのが彼らの日常の一部だった。


──酒場の名前は、かなり昔なので既に朧げだが、尾が蛇、頭がライオンと山羊の奇妙な動物が看板に描かれていたことだけは憶えている。


そこのオリジナルの酒が美味く、(当時は彼はまだ未成年だったが)マスターがライの知り合いということもあった為、通いやすかったと言うのもあるのかもしれない。


「俺達の勝利に〜」


「「乾杯」」


その日もやはり彼らはこの酒場に来ていて、古風な壁掛け時計の一時を鳴らす音を聞きながら、マスターのオリジナルの酒を二人で乾杯して飲んだのだ。


「おれだってなぁ、ぐずっ、どりょくしてんだよぉ、ずびっ」

「今日は泣き上戸ですか?」

「そうみたいですね」


大抵先に潰れるのはライ。

日によって酔い方が変わり、全く記憶に残ってないのだから、タチが悪い。歳上なのか疑いたくなるなぁ、とこの時ばかりは思う。普段は良い奴なだけに、尚更だ。


「うちの運転手を呼びましたよ。お気をつけて」

「マスター、世話になって悪いな。これ、勘定」

「はい。それでは」


いつでも渋い雰囲気を出す人だなぁ……と、そんなことを考えながら、ライに肩を貸してやれば、えっちらおっちらと危なかっしい足取りながらも歩きだした。


ライの金髪が己の首に当たり擽ったい。

だが、こんな無用心な姿を見せてくれるのが、自分に対する信頼の証のように思えて、嬉しかった。


彼にとっては、相棒のこんな姿を見るのも、ある種の楽しみであったし、「悪くないかもな」なんて呟けば、目敏くライが反応する。


「何がですかぁ! ***くんの嫌味ですかぁ!! かぁぁぁ〜〜。これだから天才はぁ〜〜」

(前言撤回。ウザいし酒臭ぇし、うるせぇ)



★☆★



「***!!!」


その日、珍しく彼の名前を叫んで走ってきたライ。

少し驚いて、椅子と一緒にひっくり返ったのは秘密だ。彼の食べていた朝食は無事のようだ。食材が無駄にならなかったことに安心しながら、彼は小さく問いかけた。


「な、んだよ、ライ。ビビったじゃねぇか」

「どうでも良いだろ! そんなこと!」

「そんなこと?!」

「オレ達に依頼だよ!! い、ら、い! しかも、結構な有名人!!」


彼の目の前に青色みがかった紙を出される。近すぎて見えない。

ライからその紙を受け取って、書かれた文字を見て、彼は瞠目した。


「これか!? 国の長じゃねぇか!!」

「そうだよ!! ぜってえ報酬弾む!! やろうぜ!!」


ライは久々の大御所の依頼に、テンションが馬鹿になってるようだった。

さっきから、「うへえええええ!」やら「さとおおお! 砂糖はどこだあぁぁあ!!」とか騒いでる。


(うるせえな。この甘味料至上主義者)


依頼内容は、とある国の王の暗殺だった。

依頼人は、その国の大臣。


「おおおおおおおおおお!! やるぜ!! 金えぇ! よっしゃあ!! 久々に女と遊べるぜぇ! 男の夢ぇ!! 最近、相手いなくて溜まってたんだよ〜」

「お前、顔良いのに色々台無しだよ!!」


★☆★


結局、あの依頼は受けることになった。

王の暗殺なんて、危険だし嫌な臭いがプンプンするから辞めようって言ったのだが、目を金の形にしたライに押し切られたのだ。

この時ばかりは、ライの金好きな処を恨んだ。


(ま、此処まで来たんだ。やるしかねぇか)


彼は、しっかりと愛銃の点検をする。最後の瞬間に、銃の故障は勘弁して欲しいのだ。

お気に入りの黒いガンホルダーに、銃を差し込む。


「よっしゃっ、やるか」


ライが自分の愛車を撫でながら、エンジンをかけた。

彼は、いつも通りライの車の助手席へ乗る。後部座席には今回の暗殺道具が積まれている。


「それじゃあ行くか」


因みに記しておくが、興奮度がMAXになったライの運転の乗り心地は、最悪だった。


★☆★


「情報通りだと、標的(ターゲット)はこの先か」

「そうみてぇだな。……行くぞ」

「あぁ」


彼らは、依頼人から受け取ったマスターキーを扉に差し込む。

邪魔なボディガードは、先に殺させてもらった。

ボディガードらの冥福を祈りながら、彼は銃の残弾数を数える。

四発。これだけあれば充分だ。


ライが隣で頷いた。音を殺して歩き、椅子に座る標的の頭を撃ち抜い──


ドサリと標的は倒れた。彼は、触れていない。銃も撃っていない。

標的は、彼らが来る前に既に事切れていた。


「……は?」


小さな呟きと同時に、扉が乱雑に開かれる音がする。振り向けば、十数人のゴツめの男らと細身の女性。……細身の女性は、標的の娘だろうか。雰囲気が似ている。


「お父様ッ!! 貴様ァ!!」

「クソが! 引くぞ!! ライっ」


俺は、窓を蹴破りライの姿を見る。

ライは、返事をしない。


「ライ?!」


咄嗟に彼がライの腕を掴む。その時だった。

腹に、激痛。


「ぐっ、あぁぁあッッ!!!」


飛び散る紅。それは、彼のもの。

思わず倒れた。傷口を必死に抑える。上を見上げると、口を三日月型にしたライ。

そして、その手には、紅く濡れたナイフ。


「ラ、イ?」

「バカだなぁ。***は」


それは、いつもと変わらない太陽のような輝く笑顔。

整った顔立ちに、輝く金髪。変わらない、ライの姿。


「お前、最後まで騙されてたのか?」

「……は?」


耳から入る、低いライの声。


「何、言ってんだよ……、ライ、俺が、馬鹿って……、それに、どうして……」

「あはは、バカと天才は紙一重って言うけど、ここまでかよ」


──何が、あった?


前髪の間から覗く目は、彼の知らない光を灯している。


「お前の中で、オレ、一体なんなんだよ」

「なんなんだって、そりゃ、俺の、唯一無二の、相棒で……」


ライが肩を震わせ、笑った。

彼にはそれが、悪魔の笑みに見える。


「クククッ、ハハハハッッ!!」

「ら、い……?」

「バッカじゃねーの!?!?」


彼の思考が停止した。心底愉快げに笑うのは、彼の相棒。五、六歳歳上で、笑顔が太陽みたいで、孤児になって死にかけた自分を、救ってくれた、優しい奴。


──だった、はず。


「オレが?! お前の相棒? そんな面白え冗談言ってくれるなよ!! ***!!」

「……は」

「数年前、孤児になったお前を助けたのも、今の今までお前のご機嫌取りしてたのも、ぜぇんぶ今のためなのによぉ!! 気付かねぇとは、ホントバッカみてえ!!」


ゲラゲラと、ライは彼を見て笑う。

よく見れば、ライの後ろにいるゴツい男共もニヤニヤ笑っていた。唯一笑っていないのは、唖然とした王女だけだ。


──こいつら、グルか。


やけに冷静な脳みそが、状況を判断し、彼に知らせた。


「なんで、……どうして……」

「そうだなぁ、強いて言うなら金のため? お前も知ってんだろ? オレ、金好きなんだよ。金は、オレを裏切らねぇからな」

「金と、俺だと、」

「ん? 大事なのどっちだってか? んなの、お前に決まって──なんて言うわけねぇよ。金だよ。金」


ライは、手の中にあるナイフを弄んで言う。その姿は、以前富豪の男を殺した時と同じ姿。


「ホント面白え。愉快なやつ」

「ライ様。いかがいたしましょう」

「お前らは手を出すな。んでもって、そこの姫さん連れてけ」

「ハッ」

「貴様ァ!! よくも父上をっ!! 離せぇっ!! 離せぇっ!!」


彼の頭は、爆発寸前だった。何があったか全く分からないのだ。


「ん? 分かってないって顔してるな。そぉんな天才かつおバカさんの***君に、ことの真相を教えてやろうか」

「……」


無言を肯定とみなしたのか、ライは歪んだ笑みを浮かべながら、彼を見据えている。


「そうだなぁ、この計画を始めたのは、三年前(、、、)。俺が、お前の両親を殺した日から始まった」

「は……?」


スルリと耳を通り抜け、直接脳に響いた声。


──今こいつは、何と言った?


目の前がドロリと溶かされた楼が垂れたように紅く染まっていく。彼の頭の中で、何かを言い残して事切れた父母の姿が頭に浮かぶ。若干ノイズ掛かったその映像。


──こいつが、俺の、父母を殺した、のか?


「予知の〝能力者〟が知り合いの知り合いに居てな、その〝能力者〟がお前を利用することで、最大の利を得れると予言したんだよ」


これで利用しない手があるか? とライは問いかけた。彼は、答えなかった。


「オレな、実はある組織に所属しててな? そこの大将が少しばかり頭のネジが吹っ飛んでんだよ。それで、お前を利用するために、「彼の両親殺して、君が引き取れば良いじャないのかなァ♪ 」とか言い出してさ。大変だったんだぜ? お前に気付かれない様に、家族殺して何食わぬ顔でお前にご機嫌取りするの」


ライは、王の亡骸の上に座る。

グシュリ、という生々しい音と共に、王の亡骸から血が吹き出てきた。

高級そうな赤色のカーペットの上に、彼の血と国王の血が混ざり合って、更に濃い赤に変えた。


「自分の両親殺した奴を慕っちゃってさ、天国で泣いてたと思うよ? ***の両親」


ケタケタと、ライが悪魔の声で嗤う。

耳が音を遮断したがっていた。

嘘だ、と騒ぎ通したかった。彼の頭がヤケに熱くなって、それでも心の芯はどこか冷えていた。


「あ、話の続き。そんで、最大の利って言うのが、今回の依頼だって判明してさ。うちの大将大喜び。そんで、お前はもう必要ないからさ、大将からは【始末】してくれ〜って言われたんだよ」


ライは、親指を立て首を掻き切る仕草をした。


「今は、その【始末】の過程にある訳だけど──、今の話、理解できた? そのお花畑な脳みそで」

「て、ことは、最初から、俺を殺すつもりで?」

「そ。少し、本当にすこぉし可哀想とは思うけどね? 理解できたじゃん。凄い凄い」


母が子供の行動を褒めるような声音で、ライは歪んだ笑みを消して、柔らかく微笑んだ。


「それじゃ、理解出来た君にはご褒美をあげよう。【死】と言う名のね? 大将も褒めてたから、即死にしてあげるよ」


ライは、苦手だからといつもは使わなかった銃を、太腿のガンホルダーから抜き取った。

スライドをめいいっぱい引いて、銃口を彼に向ける。その目は、やはり冗談ではないと物語っている。


「……せめて来世での君の幸せを祈ってるよ。それじゃあね?」


弾丸が、銃口から発射される直前。頭の中を、映像が駆け巡った。


(これ、が、走馬灯……?)


死ぬ直前に見ると言う走馬灯。こうして見ると、彼の人生には悔いしか残っていない。


ふと、父母が死んだ時の映像が彼の頭の中に浮かんだ。先程とは違い、ノイズは無く鮮明な映像だった。


『**、*。約束、してくれ……』


それは、当時彼が十六だった時に聞いた、最期の両親からの言葉。


『貴方は、必ず悔いを、残さないで……、そして、いつか大切な人を見つけるの……』

『おれ達が、お前に再び会ったときに、その人といられて幸せだった……、そう思える人を見つけるんだ……』


『『そうすればきっと、***は初めて本当の幸せを見つけられる、から……』』


美しく微笑んだ母。彼は、あれほど美しい女性を見たことがなかった。

最期まで逞しかった父。彼は、あれほど憧れる男性を見たことがなかった。


──俺は、まだ、死ねない。


「うおあぁぁぁぁあぁぁあああぁあッッッ!!!」


彼は、腕の筋肉を酷使して横に撥ねた。


弾丸が、彼の転がっていたカーペットにめり込む。


「糞がっ!」


ライは、彼に発砲する。

だが、それを彼は全て避けた。


彼は、先ほど蹴破った窓から死に物狂いで飛び出した。



こうして、彼はこの国に逃げてきて(船やらなんやら使った)、変わらず数年間殺し屋を続けて、それで、目の前で能天気に笑う、この女と出会ったのだ。


2017/05/07改稿しました。

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