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人狼少女の奇妙な日常  作者: 夕月 陽奈
第一章 月夜の鬼と人狼少女
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第六話 人狼少女と残酷な世界


「てめ……、なにしやが、る……」


奈々の──本気ではないが──パンチを受けた男は、襲撃者達の山から落ちてお腹を抑えている。というか、吹っ飛んだ。

ゲホゲホと、何度か咳を繰り返しており、結構良いところに拳が入ったことを、殴り合いの喧嘩をしたことが無い奈々にも理解させた(今朝のはノーカンとする)。


「なにって、陰気臭いボッチの頭硬すぎ阿呆野郎のお前を殴ったんだよ」


ボッチと言った時に、身体を僅かに震わせた男。図星だったらしい。視力の良い奈々を前に取り繕うとするのは無駄なのに、何もなかったかのように振る舞う姿は滑稽だった。


呼称が酷すぎないか……? と、後ろから呟きが聞こえるが、この際無視だ。


「ていうか、あんた達早く逃げた方が良いんじゃないの? このボッチ馬鹿はあんた達殺そうとしてたわけでしょ? 私のこと殺しかけたことは水に流すからさ、そこの転がる連中も連れてどっか行ったら?」


男はアレから動かない。強く殴りすぎたかな、意識ぶっ飛んだ? なんて奈々が考えていると、後ろからガタガタッやズルズルッと言う音が聞こえる。

振り向けば、傷の軽い者が重傷の者を担いで運んでいた。あの傷で大の男をかつげるなんて、実はあの男相手に戦えたんじゃないか? という考えが思考の隅を走る(実際は、全員で挑んであの結果だったが、奈々は知る由も無い)。

仲間を思いやる気持ちがどうやら強いようだ。やっぱり、人間助け合いだ。これは奈々の持論だが。


奈々も、怪我してない方の手で、男を持ち上げる。かなり軽々と持ち上げている。

案外軽かったと言うのが感想だ。触れてみると、筋肉質だというのが分かるが、あまり肉付きがよくない。


(こいつ……、もしかしてここ最近何も食べてない?)


自分が殴ったボッチ馬鹿を気遣いながら、奈々は男達が律儀に閉めていった扉を、足で開いた。だが、よく考えれば片手は空いていたのだから、そちらで開ければ良かったことに気付く。


今は亡き母がみたら、「またそんなことして! 良い子は真似しちゃダメってテロップが、テレビ画面にも出てたでしょう?!」というよく分からない叱りの言葉が出るだろう。事実、されたことがある。


今朝、おにぎりを食べようとしたあの部屋は、見たらすぐ泣きたくなるような惨状なので、その隣の部屋を使用することにした。一応客間だ。肩に担いだ男は、インターホンを鳴らすどころか、家壊しまくってのダイレクトお邪魔しますだったが。


ほとんど使用されていないが、押し入れには布団がある。

気絶しているこの男は、縛って寝かせよう、という結論に至り、奈々は畳の上に男を転がし、先ほどいた部屋まで戻る。開いた瞬間、ツンと鼻を血の匂いが突く。後で、消臭剤を散布しなくてはならないようだ。消毒剤で匂いが消えればの話だが。

馴れない血の匂いを嗅いだせいか、頭が鈍く痛む。

お目当ての縄を見つけ出し(かなりささくれたやつ)、客間へと戻った。


ちゃんと気絶していることを確認し、男の腕と足、そして胴体を縄で拘束する。亀甲縛りなんてやってみたかったが、方法を知らないので不可能だった。それに、男の亀甲縛りを見せつけられ、自動視覚的暴力装置になることは明らかだったというのもある。


その後、男の隣に布団を敷き、男を適当に転がした。


男はまだ目覚める気配はしない。逆に、あのパンチを受けあっさりと目を覚ますのも恐怖の対象だが。


(仕方ない。ご馳走でも作ってやるか」


ため息をつきながら、奈々は膝に手を置き立ち上がった。


(……野菜とか肉、入ってたっけ)


奈々は、ささくれた縄で傷ついた手を見つめながら、台所まで歩いていった。


──布団の中身が、モゾリと動いた。


★☆★


ザクザクと、茹でたほうれん草を切る。

煮詰まらない程度に温まった味噌汁を見て、その中に先ほど切った豆腐を入れた。


ほうれん草を、もやしの入った皿に一緒に入れて、簡易なサラダの完成だ。


味噌汁も丁度完成した。


お味噌の良い匂いが、台所に充満している。

グゥウウゥと、腹の虫が奈々の空腹を知らせた。


いつもより二人分多い分、少しばかり分量を間違え、明日の朝も同じ味噌汁を食べることになってしまったが、まぁ良いだろう。


数回に分けて運ぼうかと考えていた時、ふと今朝の惨劇が頭に浮かんだ。

食事を取るのはいつもあそこだ。

だが、あんな場所で呑気に食事を取ったら、床は抜けるだろう。それゆえあの男を隣室の客間に寝させたのだから。実際、縄を取りに戻った時、あの部屋を通ったらしい男の一人が、穴にはまってもがいていたからだ。あれは、言うのは悪いが滑稽だった。今でも思い出し笑いしてしまう。



奈々は、祖父母の保険金で生活を賄っている。それと貯金。バイトせずに生活が出来ているのもそのためだ。だが、それは日常生活の話。流石に、家のリフォーム代などに使えるほど余裕はない。

仕事につくのは、二十歳はたちを超えてからで良いと思っていたが、そろそろバイトを始めた方が良いだろう。


後で銀行にも行くか……、と呟きながら、奈々は男が眠る部屋に味噌汁を運んだ。

押し入れの中に、座布団と折りたたみ式ちゃぶ台を入れていたことを思い出したのだ。


男はまだ眠っている。汗をかいているうえ、魘されているし、嫌な夢でも見ているのだろう。奈々も悪夢を見ることがある。アレは地獄だ。

睡眠というのは、一日の一番の休息だ。生きている上で、必要なことのトップ10(テン)に入るだろう。当たり前だが。

そんな睡眠(休息)を邪魔されるのは、辛いだろう。事実、悪夢を見た日は学校でも集中出来ないことが多いのだ。


一旦畳の上に味噌汁を置き、押し入れからちゃぶ台を取り出した。

畳まれた脚を開き、布団より少し離れた位置に置く。

その上に、奈々のお椀と男のお椀を置いた。


後はサラダとご飯とおかずだ。


今朝作りすぎた塩おにぎりは、明日の朝ごはんにすることに決めた。


★☆★


「よし、これで終わりだね」


コップに並々と注がれた、冷えたお茶を見つめながら、奈々はそれを運ぶ。

箸も空いた手に持っている。


再び足で扉を開ける。


お母さん、ごめんよ。見逃してくれ。なんて心で唱えるが、届いているだろうか。


お茶を置くと、男がその感情の宿らない藍色の目で奈々を見ていた。

男の目を見ていると、中学時代、部活仲間だった男子と行った、水族館の深海魚コーナーの魚の目を思い出す。あの無に満ちた目は、印象的だった。今でも瞼の裏に浮かぶ。


息を吐きながら、奈々は男の目を見返し──、


「うぉあっ!? 起きてる! しかも、縄取れてる?!」

「今更かよ。こんなクソ女に負けたかと思うと腹が立つ。つぅかあんな縄、簡単に解ける。馬鹿にしてんのかよ」


少しオーバーに驚いてやれば、酷い言い方をされた。反射的に味噌汁の入ったお椀を投げようとしてしまった。投げてはいない。

食べ物は大切にしなくてはならない。祖父からの教えだ。奈々自身こんな性格だが、祖父母は厳しい方だったのだ。それは、礼儀等を失った態度をした時のみで、それ違いは孫にデレデレだったが。


「馬鹿はそっちだね。ばーか」


なんとか怒りを収め、お椀をちゃぶ台の上に置いた。悪口のボキャブラリーが酷い。


「まぁいい。とりあえず食べる。アンタ少し体重軽かったね」


私は座布団を敷いたのち、手を合わせて「いただきます」と呟いた。

炊いた白米を食べれば、噛むたびにほんのりとした甘みが広がっていく。今日もよく炊けている。


おかずになった生姜焼きもお肉が良い具合に柔らかい。


口をもぐもぐと動かしていると、じーっと見てくる目に気がついた。

グルメリポーターでもないのだし、こういうのはあまり見られたくないのが奈々の心情だ。


「何?」

「お前、馬鹿だと思ったら、ただの鬼畜クズ貧乳野郎だったか。成る程。救いようのない奴だ」

「よし、喧嘩を売っているのなら買おう。ていうか、なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」

「……、五日ほど何も食ってねぇ奴の目の前に、家族用と思われる飯を置き、あまつさえその目の前で飯を食い始めるクソ女に対し、どうすれば喧嘩を売らねぇでいられるのか、売らねぇやつの精神状態を疑うね。俺は」


男は、ささくれた縄で思い切り縛られたからか、赤くなった手首を摩りながら言った。


「しかも、こんな傷つけやがって……」


かなり痛むらしい。それもそのはず。ささくれた中でも一番酷いのを持ってきたのだ。縛った奈々の手も傷つくという自滅に走ったが。


──後で手当しよう、こいつ絶対しつこいやつだ。

奈々一人、味噌汁を啜りながら考える。


「そのご飯、アンタのなんだけど。てか、さっきとりあえず食べるって言ったよね? 人の話聞いてた? その鼓膜機能してる?」


手首を摩る手が、硬直した。暴言のためか、はたまた別の言葉でかは分からない。


「は? 何言ってんだよ……、お前、中学せ」 「高校二年生」

「……お前、こんな広い家で一人かよ」


中学生と言われかけたのは腹が立つが、ご飯に免じて許してやることにする。

奈々の返答に、男は切なげに目を伏せた。


──初めて、その深海魚のような目だったその目に、感情が宿った気がした。それが『悲しみ』だなんて皮肉だけれど。


「そうだよ。父母と姉妹は数年前に亡くなった。この家の持ち主だった祖父母は、去年突然倒れてそのまま亡くなった。去年からよ。一人暮らしは」


奈々黙々と食事を続ける。

残念だが、家族の死について軽々しく話せるほど、奈々の心傷はまだ癒えてない。

彼には申し訳ないが、これ以上詮索するなら殴らせてもらおう。理不尽な世の中である。


「……そうかよ。……寂しくなかったのか?」

「寂しいなんて考えてたらやってけないよ。それに、近くの家に優しいおじちゃんがいるからその人のお陰で寂しくない」


奈々は薄く微笑んで見せた。

藍色の目が、苦しげに歪められた。だが、すぐにその目に怒りが宿る。


「頭おかしいんじゃねぇの? 俺はお前の肩撃ったんだぞ? そんなやつの目の前で、何でそんなことが言えるんだよ!! なんで、そんな優しい笑顔で──っ」


無意味に怒鳴り散らされた奈々の脳は、もう大切な部位が持っていかれそうだ。

奈々は箸で生姜焼きを再び口に入れながら、ニッコリと笑い言う。


「肩撃った? 私にそんな傷ないけど?」


男が、ポカンと口を開けた。今の阿呆面はかなり滑稽だ。

奈々は、文句を言いたげな男の目を見返して、息を吐いた後、自分の制服のシャツのボタンを外し、肩の部分だけ露出させた。大胆どころの騒ぎではないが、下に体育の際に着る服を着ていたので良いとしよう。体育着としては、唐突に穴を開けられ悲鳴ものだろうが。

肩を露出させた途端、男が頬を紅く染め、顔を逸らす。


「こっち向けや」

「わ、若い女が肌を簡単に晒すな!」


思春期の男子の反応を見せる男に、奈々は溜息を吐いた。


仕方なく、男の手を握り、先ほど撃たれた筈の肩に手を当てさせた。

その瞬間、男の目が見開かれる。

男の手に触れたのは、傷ではなくつるりとした若い女らしい肌。


「な、んで……」

「……アンタは知ってる? この世に存在する、〝能力者〟の存在」


男は、奈々の肩に目を向けた後、すぐに逸らす。頬が若干赤い。ここまでの反応は逆に珍しい。


「……、知ってる。人の域を超えた力を持つやつらのことだろ? 物に触れるとその物の持つ記憶を見ることのできる〝能力〟、時を操る〝能力〟、人を魅了する〝能力〟、色々聞いたことがある」


男は、そう言って顔を伏せた。


ほとんど触れていなかったが、この世界にはこの男の言う通り、〝能力者〟と呼ばれるものが存在する。

その名の通り、〝能力〟と言う物を持つ人間のことだ。

通常の人間では考えられぬ超能力のようなものを持ち、一般人と変わらぬ生活をしている。見た目では分からぬが、大抵の人間が外見に変化を出しているのが特徴だ。


そして、彼女、信濃奈々もその〝能力者〟だ。


奈々〝能力〟は、おそらく身体強化。今朝見せたのがそれだ。


おそらくが付くのは、奈々には身体強化の他に、異常な回復力があるからだ。それと、五感強化。下手したら、それだけではないかもしれない。


川から落ちた時、湊人は奈々が岩に背中を打ち付けたと言っていた。だが、背中には痣の一つもない。

そして、先ほどこの男に撃ち抜かれた肩。

その肩には、返り血は付いてはいるが、傷なんてものは存在していない(・・・・・・・)

まるで初めからなかったように、日焼けの少ない白い肌が広がっているだけだ。


ある一定の条件を満たした怪我ならば、回復をしてくれるらしい。


因みに、奈々は自分が〝能力〟持ちの〝能力者〟だと、夏実達にも話していない。

なぜなら、〝能力者〟と言うのは侮蔑の対象に入っているからだ。


少し昔話をしようか。その方が理解しやすいだろう。


数十年前、ある街で〝能力者〟が発見された。


〝能力者〟は、〝非能力者〟から見てみると、全くの未知だった。

未知の力を使い、そして操ることのできる〝能力者〟という人間。明らかな危険因子である存在ということだけしか分からない。


──圧倒的な力の差だが、数は少ない。

──その気を起こせば、殺すことができる。


そう考えた政府は、〝能力者〟を【処分】することにしたのだ。

〝能力者〟だとバレれば、国の力でどう逃げても殺された。

当たり前だと言われれば、そうなのだ。下手したら国家転覆を図ることが出来る力……、いわば目の前の爆弾を、【処理】しない方がおかしいのだ。政府の言い分はそれだ。


〝能力者〟は、その理不尽な言い分で、殆どの同胞を失った。


と、まぁ、これがその昔話である。今は、人権についての訴えが効き、二、三年前(さいきん)から【処分】されることはなくなった。だが、数十年間根付いた〝能力者〟排除の風潮が、簡単に消えることは無く、今もなおこの国の人間は、〝能力者〟だと分かると、石を投げたり、気味悪い……それこそゴキブリの死骸や、大量の何かの死骸を見つめるような目で、私達を見るのだ(月桜市は、田舎なので〝能力者〟排除の精神はあまりないが、夏実達に話さないのは念のためである)。


「お前も、その〝能力者〟ってことか」

「そういうこと。理解した? ……どうしたの?」


奈々が〝能力者〟だということを話した瞬間、男のその藍色の瞳から、美しい涙が零れていた。


「いや、ただ……少しだけ、俺の一人だけの友人に似ていたから……」


男は、ただ嗚咽を漏らすこともなく、ただ綺麗に涙を流している。


「……あんた、友達いたんだね」

「ぶっ飛ばすぞ。つぅか俺は、友人が出来ないんじゃあなくて、作らねぇだけだ」

「ボッチの究極論」


爆笑しながら奈々は言う。頭を軽く(と言う名の思い切り)殴られた。

男は、涙を止め僅かに笑っている。

その藍色の瞳にも、ほんの少しだけだけれど、光が宿っていた。


「んじゃあさ、なんであんたは友達作らないの?」


奈々は、大爆笑を終わらせ、男に尋ねてみる。

男は少し迷った後、口を開いた。


「俺の周りのやつが、金しか頭にねぇからだよ」

「……金?」


奈々の問いに、男は小さく頷いた。

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