第五話 人狼少女と謎の男・2(自称凄腕暗殺者)
今回いつもより短めです
湊人が立ち去った方向を見ていて、数十分経っていた。
奈々は自分の携帯から鳴り響く、好きな番組のオープニングテーマで、漸く意識が戻って来たようだった。
相手は、隣のおじちゃんこと三郎。
応答すれば、彼のいつもと変わらぬ元気な声が聞こえてきた。
「奈々ちゃん、元気かぁ?」
「はい。元気です。どうかしたんですか?」
「いやな、奈々ちゃんの家の方から、変な音聞こえるもんだから、どうかしたんかと思ってな? 今、家にいんのか?」
その言葉に、奈々の大きな橙色の目に疑問の色が浮かんだ。だが、すぐに消える。今朝の男達のことを思い出したのだ。
(もしかして、目を覚ましたとか? ……あり得ない話じゃない)
「いいえ、今、自宅付近の河原にいます」
「そうか? んじゃあ、気のせいだったんか? それか、鼠か? まぁ、それが気になっただけだ。気をつけて帰ってくんだぞ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
奈々は、電話を切ってから鞄に携帯をしまう。早く帰らなきゃ、と唇が動いた。
(おじちゃんを巻き込むわけにはいかない……)
★☆★
家の鍵を、鍵穴に突っ込んで回す。カチャリと音を立てながら、鍵が開く。
意識を扉の向こうに集中させる。呼吸音や心音は、自分の……奈々のものしか聞こえない。
先ほどの男達の反撃の心配は無いようだ。
そんなことを考えながら、奈々は家の扉を開いた。一切の音もない、静まり返った玄関口。ここまではいつもの帰宅した家の状態と同じだ。靴を脱ぎながら、足音を立てないように右足を出す。
──まるで泥棒のようだと、奈々は思う。……この家の主人は奈々本人なのだが。
幼い頃に、母を脅かす為、抜き足差し足忍び足、なんてやっていたことを思い出しながら、奈々は襲撃してきた男達を閉じ込めた部屋の前に来た。
頑丈な南京錠の鍵を、ポケットから取り出し、警戒しながら開く。カチリと音を立て、外れる南京錠。
部屋のドアノブを捻り、思い切り音を立て開けた。
──そして、目の前に広がる光景に、息を飲んだ。
壁、天井、床。ペンキをぶち撒けたように赤い部屋、虫の息になっている山積みにされた男達、戦意を喪失しているのか、銃を取り落とし何処か虚ろに上を見上げる、多少のかすり傷を負った男数名。
そして、山積みの男達の上には、──黒髪の男が座っていた。顔立ちはとても整っている。……だが、その冷たい氷の様な藍色の瞳には、光が灯っていなかった。
まるで、眈々と命を狩る死神を思わせる。その姿に、奈々の背筋を嫌な汗が伝う。
頬に付着した血が、更に目の前の男の冷たい雰囲気を際立たせていた。
半歩後ろに下がったことで、ごとんッと音が鳴った。手から、鍵が滑り落ちてしまっていたのだ。
その音に気付き、黒髪の男が奈々の方を凝視する。藍色の目と、橙色の目がかち合った。
そして音が消えた頃、唐突に口を開いた。男の方からだった。
「……誰だ」
「こちらの台詞にさせて貰っても構わない? 家に帰って来た途端こんな惨状なんて、かなり笑えない状況なんだけれど?」
その声は、とても低く、重い。そして何処か孤独さを感じる声だった。
奈々は、気丈に笑ってみせるが、頰が引きつっている。
「……俺はこいつらを消しに来ただけだ。ヘマした輩は消す。それがこっちでのルールだからな」
黒髪の男は、まるで機械の様に淡々と告げた。戦意喪失した男達が、まるで妖怪や幽霊に怯える小さな幼子のようにガタガタと震えている。
「情けねえな。自分達で〝緋眼の人狼〟を捕まえるだなんてほざいていながら、返り討ちにされて監禁とは……、本当使えねえ奴らだよ」
黒髪の男は、そう呟きながら、自分の持つ銃に弾を装填した。そして、ガタガタと震え続けている男らの一人に狙いを定めた。
ヒュッと、男の喉がなる。
「使えねえ奴らは消す。それがこっちでのやり方なんでな。悪いな、女。見たくねえなら顔を逸らしてたって構わねえ。まぁ、その後普通の生活に戻してやれるかどうかは別だかな」
そうして、黒髪の男はゆっくりと引き金を引いた。
パァンッと、一発大きな銃声が鳴る。
震える男が目を見開いて奈々を凝視していた。まるで信じられないものを見るかのように。──二人の男の間を、風が吹いていた。
揺らめく茶髪。飛び散る赤。
奈々の小さく細い肩に、赤黒い穴が空いていた。そこから、絶え間なく血が流れる。奈々は、反射的に肩を抑えた。
僅かな時差の後、激痛が奈々を襲う。
「っづ、ここ、私の家なんで……、人死にとか出すの、やめてもらえます? 重傷までならギリギリセーフ」
「はっ……、てめぇ何言ってやがる」
黒髪の男は、変わらぬ抑揚の無い冷たい声で言う。先ほどのように、互いの視線が混じり合った。
「言ったろ。そいつらは使えない奴らだと。それとも何だ? くだらない正義感か?」
目の前で嘲る様に笑う目の前の男。なんだか、言葉を聞いてるだけで腹が立ってきた。
「ゴミみたいな奴を残して何になる。何にもならない。邪魔なだけだ。無駄な酸素を消費し、社会にも、何にも貢献しない愚図だ」
(……言い方が酷い)
「邪魔者は消す。そうしなくちゃあ、この世界では生きていけねぇんだよ。俺は暗殺者であるのと同時に、同業殺しの異名を持ってんだかんな。それが、元仲間だろうが、な」
男は、相変わらず読めない冷めた目でそう言う。奈々は、肩を押さえた手を取り、思い切り握りしめた。
「アンタ……」
「あぁ?」
奈々は、力をいっぱい男を睨みつける。その目に、紅い炎のような色が混ざった。
そして──
「そういうことは、脳みそ耳から垂れ流したアホ野郎が言うことだよ!! このボケ茄子がァ!!」
「ぐふぅっ!!!」
奈々の渾身の一撃が、男の腹に命中した。