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人狼少女の奇妙な日常  作者: 夕月 陽奈
第一章 月夜の鬼と人狼少女
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第三話 人狼少女の初・膝枕

悲鳴を上げて、奈々は勢いよく起き上がった。……だが、それが悪かった。

起き上がった頭の先に、男の顎があったのだ。

ゴッと鈍い音を上げて、二人の頭部にダメージを受ける。


「〰〰ッッッ!!」


予想以上の痛みに、奈々は頭を降ろした。この際膝枕は気にしない事にした。イケメンなので、逆に徳をしたんだと思い込む事にして、奈々は掠れた声を上げた。


「す、すみません……」

「構わない……、よ」


河原で膝枕の状態で顎と額を抑えながら涙目で会話する男女。なんともシュールな光景に、橋の上に座る猫が馬鹿にしたように、にゃーごと鳴いた。


「さて、君は背中大丈夫?」

「え?」

「落下した時に、岩に背中を打ち付けていたからね。骨に異常は無いとは思うけど……」

「あー、痛いだけですね。動けないほどでも無いですし……」


背中が痛むわ、額が痛いわで最悪の一日だな。もう、なんて独り言を漏らしながら、奈々はゆっくりと起き上がった。男と改まって向き合う。


「さて、とりあえず……、僕が打ち付けられるはずだった岩に、君が犠牲になってくれたんだ。何かお礼をしなくてはならないね。人助けをした者が救われるのは当然の事なのだから」

「いや、良いですって。自殺未遂って言うの、誤解なんですよね?」


目の前で飛び込まれた時、咄嗟に自殺だと奈々は判断してしまったが、彼は違うと言う。

第一、自殺志願者だったらあの時に、死なせてくれと懇願するはずだ。


「あぁ、そうだね。先ほどの橋の上のご婦人が、大切な指輪を落としたって言うからね。探していたのさ。そしたら、川の小石の隙間に、運良く引っ掛かっているのを見つけてね、取りに行く為に飛び込んだのだよ」


──なんだ。勘違いか。


勘違いした挙句に、膝枕。生涯の中で滅多に無いような最悪の歴史を重ねた自分に絶望した。


──やだ、もう穴の中に入りたい。あ。彼処に良い川が。


「今の君の方が、余程自殺志願者に見えるけどね」


幽鬼のように、フラフラと歩き、川に飛び込もうとしたら、制服の襟元を強く掴まれた。突然だったため、ぐぇっ! と蛙のような声が出た。


「……その指輪はしっかり取れたんですか?」

「ん? 勿論だよ。あぁ、渡しに行かなくてはならないね。先ほど言ったお礼をするために、着いて来てくれるかい?」


男は、尻についた草と土を払うと(ちょっと湿って気持ち悪い)、自分の服のポケットから、小さな指輪を取り出した。

ダイヤモンドらしき小さく、けれど美しく輝く石が装飾されたものだ。

奈々は指輪を眺める彼を見上げながら、立ち上がって草と土を払う。


「それが、その指輪ですか?」

「そうだねぇ。きっと婚約指輪だよ」


川沿いの土手を登り、お婆さんの待つ橋に向かった。

老婆は奈々と男の姿を見て、驚いたように目を見開くと、ヨロヨロと近寄ってきた。


「その、お前さんら平気だったかの……?」

「はい、勿論」

「僕もですよ。それで、貴方が落としたのは、この指輪ですか?」


男は、柔らかい笑みを浮かべて老婆に指輪を手渡す。


「! ……コレだよ、ありがとうねぇ……、死んだあの人からの指輪だったから……、本当に、ありがとう……」


老婆は、顔をしわくちゃにして泣きながら微笑んだ。指輪を大切そうに抱きしめる老婆を、男は幸せそうに見つめていた。


「本当にありがとう……」

「そうでしたか……、形見……、みたいなものですね」

「もう、失くしてはいけませんよ」


男は、一度頭を下げると「それでは……」、と声をかけて奈々の腕を引き、お婆さんから離れた。いつの間にか、奈々の腕をつかんでいない方の手で、白衣と手荷物を持っている。なかなか器用な人のようだ。


奈々の鞄も持っていた。いつの間に取ったんだ、と言う思考がダダ漏れの顔をする。友人達に分かりやすいと言われたのに、忘れたらしい。


意識が別に飛んでいたが、変わる景色にようやく自分の身体に戻ってきた。

先ほども通った道。要するに男と奈々が歩く道は奈々の家から遠のくばかりだ。


──、手を離してもらわなきゃ。


「あ、あの……、すみません」

「うん? どうかしたのかい?」

「離してもらえますか? えーと、」


名前を知らない事に気付いた奈々は、男の目を見る。名前を教えてくれるか、と目で訴えているが、気付いているのか分からない。


「ふっ……、あははははっ……、もう限界……ッハハハッ! 眼つき最悪だよっ、すっごい可愛くないっ、ははははっ」


失礼な事言われたよな。なんて小声で呟く。少なくとも、現役女子高生に眼つき最悪可愛くないはアウトになるだろう。


今度は半眼で見つめれば、「ごめんよ、君があまりにも面白くて……」と、腹を抱えながら呟いた。


自殺志願者に勘違いした自分を棚に上げ、奈々は男を、心底頭のおかしい人を見る目で見返した。その目の中に、「名前教えろやゴラ」と言う不良紛いのセリフが浮かんでいる。


「フフッ……、さて……、自己紹介から先だね? 僕は、宮守湊人みやもりみなと。二十三歳だよ。君は?」


名乗った男……、もとい湊人は奈々に名を訪ねた。二十三。思ったより歳を食っていた。


「信濃奈々です。高校二年生」

「高校生? 中学生かと思ってた。背が小さいし。しかもだいぶ」

「殴られたいですか?」


湊人は、奈々の胸部を見ながら呟いた。殆どセクハラだが奈々はそれより、胸が小さいと言う言葉を阻止したかったようだった。


「冗談だよ。……さて、信濃ちゃん」


突然の信濃ちゃん呼びに、鳥肌が立った。年上の人にコレはちょっと、言うのは悪いが気持ち悪い。粟立つ肌を擦りながら、奈々は問いかける。


「……なんですか?」


「財布落とした」


男は悪びれも無く笑顔で呟く。


──帰りたい。


奈々の願いは届かない。

いつの間にか、背中の痛みは消えていた。


2017/04/16、改稿しました。

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