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人狼少女の奇妙な日常  作者: 夕月 陽奈
第一章 月夜の鬼と人狼少女
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第一話 人狼少女の朝

少女の朝は早い。


鳴り響く目覚まし時計のアラームを止め、身体を起こし、顔を洗い、朝食の準備をする。


もはや慣れきっているのは、それが既に普通だからだ。まぁ、それが行えたのは昨日までだったのだが。


彼女の名前は信濃(しなの)奈々(なな)桜月高校さくらづきこうこうに通う、現役女子高校生だ(身体的特徴の所為で、そうは見えないが)。奈々は鼻歌交じりに、鏡の前で髪を結っていた。両耳の下で結うこの髪型の所為で、中学生に見られるのだが、彼女は知らない。


奈々の家は月桜市の外れにある。彼女の母の父母──要するに奈々の祖父母だが──が遺してくれた家に一人暮らしをしているのだ。

窓から差し込む、柔らかな陽射しを浴びて、彼女の茶髪が淡く輝く。窓の外を、複数の猫を引き連れて歩いていた、ほっそりとした体型の猫は、その髪を見つめ眩しそうに目を細めながら小さく鳴いた。


だが、そんな平和な日常の一ページの中に、非日常が紛れ込んでいた。


彼女の写る鏡の向こう──、丁度この場所の向かいの部屋が、どう暴れてもこんなことになるわけねぇだろと、ツッコミを入れたくなるほど、ボロボロの廃墟レベルとかしていたからだ。


それをチラリと見、息を大きく吐いた奈々。その顔には、『絶望』の二文字が大きく浮かんでいる。ついでに、頭の中には修理費という三文字がグルグルと回っている。


──さてさてこのような惨劇になったのには、まぁ当然のように理由がある。


そう、それは数十分前──。


★☆★



彼女はいつも通り、朝七時に起きていた。

学校への登校時刻は最低でも八時半。ここから、学校まで十五分。準備するための時間を入れても充分間に合う。


奈々は、朝ご飯を準備するため台所に向かった。

今日の朝ご飯は、塩おにぎり。

隣に住む(といっても数十分は掛かるが)六十過ぎのおじさん(名前は矢切三郎)に貰ったのだ。塩を。米ではない。塩を。


三郎のハツラツとした元気な笑顔を思い出しながら、奈々は思わず笑った。


三郎は、歳の割に本当に元気なのだ。


畑仕事は真面目にやる。なのに突然どこかに放浪するから、奈々がその畑仕事を任されたりするのだ。その礼に前記した塩のようにお土産をくれるのだが。


半分以上、思考を飛ばしておにぎりを作っていたら、奈々のすぐそばに置いてある白い皿は、既におにぎりを置く場所も無いほど白米で満たされていた。


(今日のお昼もおにぎりか……)


奈々はお気に入りの花の描かれた弁当箱の中に、おにぎりを丁寧に詰めていく。これぞ一石二鳥。昼食の分も一気に埋められるおにぎりとは、正しく至高の食物では無いだろうか。一応、おにぎり以外の食材(肉、野菜等)を入れたので、バランス面でもある程度問題は無いはずだ。


因みにお弁当にも入らない分は、冷蔵庫にラップをかけて入れた。いくらおにぎりが至高の食物でも、飽きはしないのだろうか。


五、六個弁当箱に詰め終わったら、奈々は自分が朝食べる用のおにぎりを皿に乗せ、居間に運ぶため皿を持ち上げた。陶器の皿なので、落としたら割れる。細心の注意を払いながら、弁当箱を左手に持ち、皿を右手で持ちながら、居間に運んだ。


一人で食べるには広すぎる部屋で、奈々は愛用の青い座布団の上に座って、手を合わせた。


「いただきます」という奈々の高く澄んだ声が部屋に響く。奈々は天気予報を見ようと、テレビをつけた。


いつも通りのアナウンサーの姿を見て、笑みを浮かべながら、輝きを浮かべる至高の食物(おにぎり)を口に入れようとした、まさにその時──。


「〝緋眼(ひがん)人狼(じんろう)〟!! 覚悟しろ!!」


本当に突然。前触れなく窓を突き破って入ってきたのは、武装した男達。

その人数は、およそ十五人。敵意剥き出しの目は明らかに、おにぎりを持った奈々に向けられている


「は?」


奈々の瞳に、僅かに遅れて疑問の色が浮かぶ。そんな彼女を差し置いて、リーダーらしき男が奈々に向かって叫んだ。


「……撃てェ!!!」


状況を詳しく整理する前に、男達の持つ銃から、弾が飛び出して来た。奈々に向けられた機関銃の全てから。


瞬間的に本能が叫んでいた。飛べ、と。奈々は正座の状態で、手を使い跳躍。ギリギリ手脚を掛け、天井にしがみついた。

長年掃除されていない場所ゆえ、抵抗はあるが、命、もしくは洗えば取れる一時の汚れ、どちらの方がマシかと問われれば後者なのは誰しもそうなわけで、奈々は落ちないように、ミシミシと音がするほどキツく飛び出た板を握りしめた。


数分間、ずっと撃ち続けた男達。


(ここが街外れで本当に良かった……)


ようやくターゲットである奈々がそこに居なかったことに気がついた。


「なっ……、いつの間に……」


状況は全く理解出来ないが、奈々の真下にいた男達の首の後ろに、奈々は肘を叩き込んだ。


「ぐぇ……!!」


ほぼ、奈々の体重全て(しかも天井から落下してきた)が項にだけ叩き込まれた男は、奇声をあげて床に倒れた。


(骨は折れてない。死んでないことを祈ろう)


冷静に自己判断し、奈々は次に近くにいた男の腹に、鋭い蹴りを入れた。

それを上手く受けきれなかった男の体は、障子を突き破って、塀に思い切り叩きつけられた。石で造られた塀に叩きつけられた男が無事な筈がない。血を吐きながら、意識が飛ばした。


「クソッ!! 〝緋眼(ひがん)人狼(じんろう)〟はただの女じゃ無かったのかよッ」


仲間二人が簡単にやられたのを見て、逃げ出そうとした数人の男。ガタイは無駄に良いのに、精神的には幼子並みの弱さだったらしい。


「ダメだよ。君の仲間を置いていくつもり?」


その男達の服の、襟を掴んで自分側に引っ張る。倒れこんだ、男達は頭を強く打ち付けて意識を失った。


(よし)


「ッ!! クソガキィィィィィィ!!」


その姿を見て、良い加減焦りが隠せなくなったのか、懐からナイフを取り出した。

機関銃は、既に弾切れのようだった。


「危ないもの、うちで振り回さないで」


奈々の回し蹴りが、男の腹にめり込んだ。障子を突き破り、廊下へ飛び出し、唾液を零しながら昏倒した。


チラリと時計に目を向けると、既に時刻は遅刻ギリギリのラインになっていた。

奈々の顔が歪む。小さな声をあげて、奈々は残りの男達を掃討しにかかった。



★☆★



ようやく全員潰し終わった頃には、既に一時間目が始まる時間を経過していた。流石に初戦にして数は多かったらしい。

奈々は、部屋に転がってゼェゼェと息を吐いていた。


この部屋で、もう意識があるのは奈々以外いない。

しっかりと整えられた髪も、既にぐしゃぐしゃになっていた。


学校へ行かなくては遅刻する。


重い身体を叱咤して起き上がった。奈々は身動きしない男に目をやった。

呻き声一つあげないが、これから数時間放置すれば流石に起きるだろう。


(その前にこいつら……、結んでおこう)


家の離れにある、古くから建てられている蔵。そこには、大抵なんでもあることを思い出し、奈々は肩の骨を鳴らしながら起き上がった。


(蔵から縄を持ってきて結んで、ついでに髪も綺麗にして……それで学校行ったらどれだけ時間かかるの……)


半ば諦めた様子で、奈々は破れた窓から外に飛び出す。先程まで疲れた様子で息を吐いていたとは見えないほど、早いスピードで外を駆けた。


蔵から縄を探し出し、持ち出すと奈々はすぐに居間だったものへ戻り、男達を縛る。

亀甲縛りと呼ばれる縛り方をした所為で、精神的苦痛で訴えたくなる様なほど問題的な絵面になったが、奈々は諦めた様子で立ち上がる。

別室に置いてあった、無傷な鞄を持ち上げて、奈々はポイポイと変な奴らを、鍵のついた部屋に投げ込む。途中、グェッだのゲブッだの変な声が聞こえたが、奈々は幻聴と判断した。


ガチャンと重たい鍵を掛けてから、奈々は大急ぎで髪を直そうと走るのだった。



★☆★


これがあの惨劇の概要である。


奈々は髪を整えなおすと、ようやく鞄を抱えて外へ全力で走り出した。


遠い場所で、藍色の髪がさらりと揺れた。

2017/04/12、改稿しました

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