魔女の家(茨)
昔から、母にその森は人を誘う魔物がいるから近づいてはいけないと言われていた。
その森の入口で、まるでその森から出てきたように倒れる彼に、不思議と私は目が離せないでいた。
いつもよりも森の中が険しいような気がした。
「本当に大丈夫なんですか……?」
サーニャも同意見だったらしく、エリザに聞けば頷いていた。
「さすがに同族同士、結界が干渉し合うギリギリというのは、道が続いていても影響は出る。道が見えていれば問題ない。それに、私もいるんだ。迷うわけないだろ」
確かにエリザがいて迷うわけがない。それでも一応、道に迷わないようにディルが前で注意しながら、道の上を歩いていた。
「そういえば、シスターからの依頼って結構来るんですか?」
「あぁ。魔女に助けを乞うわりには、魔女を知らなかったり、魔法使いを魔女と呼んだり……もっと悪ければ、魔術師を魔女と呼んでる奴までいるからな。そういう奴らの仲介を物好きにもしてるらしい」
「まぁ……正直、魔法使いと魔女って見分けがつかないですよね」
シルヴァが正直にそういえば、エリザはニヤリと笑い
「魔女と勘違いされ舞い上がった愚か者が、自分の力量を越えた事態に慌てふためき、逃げ帰る姿や他人に助けを乞う姿を想像するのは、実に愉快だがな」
一人で楽しそうに笑っているエリザに、シルヴァは冷めた視線を送っていると、前の方で小さく笑う声が聞こえた。
「ディルさん?どうかしました?」
「エリザが楽しそうだから」
相変わらずの惚気け具合に、シルヴァとナイトが眉をひそめるが、サーニャだけは笑顔だった。
ようやく森を抜けると、小さな集落があった。エリザが辺りを見渡していると、女性が一人こちらに走ってきた。
「こんにちは。あなたたちがシスターが言ってた……?」
「あぁ。確かに、私向きな仕事らしいな」
女性から何か感じたのか、エリザがそう呟いた。
「私は、サハラ」
微笑むサハラに、エリザが簡単に名前だけ紹介すると、サハラは少しだけ、疑うようにエリザを見つめる。
「本当に、彼を治療してくれるの?」
「治療できるかどうかは、見てみないことにはわからないな。ただ、神頼みをするくらいだ。もう宛はないのだろう?」
「この村のお医者様は、森の魔物の呪いだと…」
とにもかくにも、その彼というのを見てみないことにはわからない。一行はサハラの家に向かった。
部屋に入った瞬間に、シルヴァたちはその光景に足を止めた。
ベッドに横たわる男は、呼吸はしているが、そこに生気はない。そして何よりも、“茨”が巻きついていた。
「まだ生きてるのよ」
エリザは彼の傍らに立つと、片目にかかった前髪を払った。そこにあったのは、“蕾”だった。
「目が…!」
サーニャが口を手で覆うと、サハラは視線を下げる。
「右目が、ないの」
サーニャとシルヴァはそれを聞いて、驚いたようにサハラを見たが、サハラは気づくことはなかった。
「そうか。話はわかった。とりあえず、こいつを診るから、出ていってもらえるか?」
「彼は助かりますか?」
「助かるという意味が、生き返るということなら、それは無理だ」
はっきりと言い切ったエリザに、サハラは息を詰まらせるが、エリザは気にせず言葉を続けた。
「魔女でも、死者を蘇らせることはできない。模造品でよければ、いい腕の人形師を紹介してやるが」
「彼は、まだ死んでません」
自分を睨むその目がおかしいのか、エリザが楽しげに笑えば、もう意味ないと分かったのか、サハラは出ていった。閉まったドアから足音が遠のくと、エリザは男を見てため息をついた。
「さて……どうするものか」
傍らに置いてあった椅子に腰を下ろすと、何かを考えるように顎に手をあてる。
「あの、それって…サハラさん見えたなかったみたいだけど…」
サーニャが不思議そうに聞くと、それに応えたのはナイトだった。
「魔族じゃないけど、それ魔に関するものだからねーメが無きゃ見えないよ」
「植物でも魔族みたいのはいるってこと?」
「植物だって生き物さ。生き物だったら、魔はいる」
「でも、魔に属する植物の中でちょっと変わってないか?それ」
シルヴァやサーニャよりも知識があるはずのディルも、その茨に首をかしげていた。その返答をナイトはせず、エリザの方を見た。自然と、三人の視線もエリザに注がれ、今頃気づいたのか驚いたように四人を見た。
「…なんだ?」
「聞いてなかったのか!」
「いや、サーニャの質問は聞いてたんだが、ナイトが答えてるから別にいいかと、そこから聞いてなかったんだ。普通だろ?」
「普通じゃないよ!」
ただ、サーニャもディルも特に気にした様子もなく、どうやらシルヴァとナイト以外はもうずいぶん慣れてしまったようだ。サーニャがもう一度同じ質問を繰り返せば、エリザはシルヴァのことを指した。
「え…な、なんですか?」
「いや、だから、お前だよ」
「はい?」
「さすがにわからないな。ちゃんと説明して。エリザ」
ディルにそう言われると弱いのか、一度深く息を吸うと
「前に、シルヴァにタネを飲ませたのを覚えてるか?」
「え?あ、それはもちろん」
魔族が見えるようになるというタネを、エリザの家に来てからすぐに飲んだことは覚えている。それがなければ、シルヴァは魔族すら見ることができない。
「これは、そのタネのメだ」
反射的に、自分の腹を抑えたシルヴァに、エリザは小さく吹き出すと
「その反応、おもしろいな」
「え!?いや、だって!」
「お、お兄ちゃんもこんな風になっちゃうの!?」
「あーあ…へそからにょきにょき生えてくるかもなー」
「えぇぇえ!?」
「そ、そんなわけ…!」
サーニャも一緒になって慌て出し、ナイトが茶化し続けるおかげで二人の顔色は悪くなるばかり。しかし、その様子がおもしろいのか、エリザはひとしきり笑うと、ようやく大丈夫だと言った。
「私を疑うか?シルヴァ」
「そりゃ、その人見たら……」
後ろで生きているのか死んでいるのわからない、茨に包まれた彼を見たら、疑うも疑わないもない。事実として、そこにタネを使って、そうなっている人がいるのだ。
「『目に直接埋め込んだ場合だけだ』って、前に言ってたのはこれのこと?」
「さすがディル。一度教えたことは忘れていないな」
「エリザの言葉なら、一言一句間違えずに言えるよ」
「そういう狂気じみた愛も含めて、愛しているよ。ディル」
いつの間にか、二人だけの空間ができあがりつつ中、ナイトはシルヴァの耳元に来ると囁いた。
「なんか、今日イチャイチャ多くね?」
「そういう日もあるってことなんじゃないの?」
「あー……はつじょーきってやつ?」
「多分、違う」
永遠に終わりそうもないエリザとディルだけの時間を止めたのは、サーニャだった。
「じゃあ、お兄ちゃんのおへそから何も出てこない?」
心配そうに見上げるサーニャの頭をなでると、
「あぁ。出てこないよ」
そういえば、サーニャは安心したようにそっと胸をなでおろすと、彼を見た。彼に巻き付く茨は、全て彼の目にある蕾みに向かっている。というよりも、目から生えているようだった。だが、その姿は不気味なほどに美しかった。彼以上に、生き生きとしているように。
「シルヴァ?」
ディルが不思議そうにのぞき込んでくると、シルヴァは慌てて顔を上げた。
「あの、その人は……生きてるんですか?」
とても素朴な疑問だった。まるで生気を帯びていない彼の片目。逆に、とても生気を帯びている蕾。その常識とかけ離れた光景は、見たこともなかった。
「生きている」
そう断言したエリザは、その後に残酷な真実を続けた。
「今はな。こいつは末期だ。私はおろかこれを行なった本人ですら、助けられない」
「そんなっ…!」
シルヴァだけが声を上げた。そんなシルヴァよりも、エリザは彼の手に触れるサーニャを見ていた。ナイトの姿もない。
「…サーニャ?」
それに気がついたシルヴァも、どこか遠くを見ているサーニャに近づく。それを、エリザが静かに制する。
「どうやら、夢を見ているらしい」
「え…」
「元々、サーニャは夢に関する魔法が得意だったからな」
優しくサーニャの目を閉じると、ディルに何かかけるものを持ってくるように言った。
「しばらくは戻ってこないだろうな」
ナイトがついているから、心配はない。それはわかっているが、信じきれていないのも事実だった。少し前に、死にかけたのだ。それが当たり前の反応だ。
エリザが珍しく気遣って、外の空気を吸ってきてもいいというが、その部屋にいることにした。
「なら、もう少し話をしようか」
優雅に足を組むと、語りだす。
「花は蕾から開く時、とても大きな力を使う。すべての生命の輝きをその短い期間に花開かせるために。そして輝きの最後の時、その輝きをまた美しく輝くため、ひとつのタネにする。そのタネは芽吹き、また力を蓄え、花を開かせる。前よりもずっと美しさを増し続けるため、廻り続ける。
故に、花は生命の化身とされる」
「……じゃあ、俺の中にあるこれは、誰かの」
「そうだ」
「ッ」
「シルヴァ。これだけは忘れるな。魔女も人間も関係ない。何者も他の生命を食らい生きる他ない」
頭の中で理屈は分かった。だが、心がついていかなかった。誰かの命を飲み込んだということが。
「……すみません。ちょっと、外に」
誰に聞いたわけでもなく、シルヴァは返事が返ってくる前に部屋から出た。
森の中の集落というだけあって、空気に緑の香りが混じっている。
「村とは違うんだな…」
自然と自分の腹に触れる。だが、そこにはメが生えている触感はない。
「シルヴァ、君?」
「!サハラさん」
サハラの手には、たくさんの食べ物。
「どう?彼、治せそう?」
なんと伝えるか、口ごもれば察したのか、苦笑を漏らすとシルヴァの隣に立った。
「ちょうど、ここだったのよ。あの森の入口で、彼を見つけたの」
「そう、なんですか」
「うん。不思議と目が離せなくてね。でも、どうしてか、パパにもママにも、看病するの反対されたわ」
「…」
「あの森には魔物が住むって言われてて、だから、お医者様も魔物の呪いって言ったんでしょうね」
サハラは暗い顔をしたシルヴァを見ると、慌てて笑った。
「私も覚悟はしてたから!シルヴァ君が、そんな思いつめる必要ないんだよ。でも、もし、一度だけでも話を出来たらって……」
頬を赤らめるサハラが、ディルと重なって見えた。
「もしかして、好きなんですか?あの人のこと」
「えっ!?そ、そんなこと!」
目を見開き、慌てたサハラだったが、カゴに乗っていた野菜が、こぼれ落ちそうになるのを慌てて止めると
「……そう、なのかも」
頬を染め、そういった。
「そ、そんなことより!サーニャちゃん、嫌いな食べ物ある?」
「え?」
「夕飯よ」
「あ……苦いもの以外は、特にないです。何か手伝いま――」
「いいのいいの!それじゃあ、楽しみにしてて。腕によりをかけて作るから」
サハラはそう笑顔で言うと、家の中に入っていった。
しばらくしてから、サハラに夕飯だと呼ばれダイニングに迎えば、まだサーニャはいなかった。エリザに聞けば、まだ寝ているという。
「じゃあ、起こしてきますね」
「起こして起きるとは思えないが」
「でも、せっかく作ってもらったんですから。冷めたらもったいないですよ」
シルヴァが彼の部屋に入れば、サーニャはちょうど目を覚ましたところだった。その目には涙が流れていた。
「サーニャ!?」
「おに、ちゃん…?」
「どうしたんだ?」
そう聞けば、サーニャは抱きついてきた。
「みんな、いなくなっちゃう…」
「安心しなって、サーニャ。アレは、こいつの夢。サーニャとはカンケーないよ」
現れたナイトは、安心させるような優しい声色でそう囁く。
「オレがサーニャを一人にするわけないだろー?」
その言葉にようやく安心したのか、サーニャは笑顔を作った。
サハラの料理を堪能したあとは、休む部屋に案内された。だが、すぐに寝るわけでもなくエリザはベッドに座ると、ナイトに夢の中の話を聞いた。
「そりゃ、もうヘビーだったぜー?あれで、本当に必要な魔力の回収できんのかねー?」
「生命は、死の間際にこそ強くなるものだからな」
「あの、エリザさん」
サーニャは隣に座ると、思い出したそれを聞いた。
「ユニコーンって、病気を治せるんですよね?」
あの迷い込んだユニコーンと、ずいぶん仲良くなったサーニャであれば、その薬となる角を少しもらえるだろう。だが、エリザは首を横に振った。
「あれは病気でも怪我でもない。魔法だ。あのタネを持つ魔女は、花を開くその時の力を吸い取り、自らの魔力とする。ただ、それはあいつの結界にいる時の話だ。ここでは、魔力を取られず、花は開花するだろう。
あいつの人間としての生と引き換えに。今できることと言えば、花を咲かせ廻らせるか、悪夢をすべて取り除き、眠りにつかせるか。その二つだ」
助けられない。そう、はっきりと言われた。
「魔力を吸い取る?」
サーニャの疑問に、エリザはそのままの意味だと答えた。
「魔女は存在し続けるために、膨大な魔力が必要だ。結界に、この肉を保つこと、そして何よりも自身の精神の時を止めているのだ。生半可な魔力ではすぐに枯渇し、消滅する。
故に、魔女は他のモノから魔力を集め続けなければならない」
「ぇ…」
意外だった。いつも当たり前のように魔法を使っているエリザが、魔力を集めているところなど見たことはない。
「シルヴァは、俺が見せた最初の魔法、覚えてるか?」
「確か、石が粉々に……」
ディルはシルヴァが、前に見せた石を塵にした魔法のことを覚えていたことに安心すると、
「あれは、エリザが一番得意な魔法でさ。見た目は、そこにあるモノを壊しているんだけど、実際はそれを細分化して、また大きな流れに戻してるんだ」
首をかしげる兄妹に、ディルは何かいい例えがないかと頭を巡らせ
「パンとか!」
思いついたようにディルが手を打つと、笑う。
「パンは、大雑把に言うと小麦粉まとめたものでしょ?エリザはそれを魔法で、小麦粉の状態にまで戻すんだ。そして、それをもう一度パンにする」
「あんま効率よくねーな」
「だが、適応能力は高い」
今ある物を壊し、作り替えられるなら、確かに真の枯渇というものはない。
「それで、シルヴァ。お前はどうする?」
「え…」
突然の問いかけに、シルヴァは聞き返す。そこには、魔女が楽しげに顔を歪めて笑っていた。
「彼をどうするか、お前が決めろ」
「な、なんで、俺が…」
「お前が一番近い。あいつにな」
だが、すぐに答えろとは言わなかった。
夜遅く、ふと目を覚ませば、サーニャがいなかった。
「サーニャ?」
自然と足は彼の元に向かっていた。彼の眠り部屋のドアを開ければ、サーニャが祈るように座っていた。
「お兄ちゃん?」
「なにしてるんだ?」
「この人の悪い夢、全部消してるの」
「そんなことできるのか?」
「うん。ナイトも手伝ってくれるから」
彼から黒いモヤのようなものが出ると、それを羊の骨が丸のみした。消すというよりも、食べるだ。
「友達がいなくなる夢なんて、いやだもんね」
「そうだね」
もう遅いからと、サーニャに寝るように言ってシルヴァも部屋に戻ろうとしたが、何か聞こえた。それは何かの息遣いのような、そんな微かな音。
シルヴァの目は不思議と、彼に引きつけられていた。遠ざかる足音とは対照的に、シルヴァは彼に近づくと、彼と目があった。
「起きた、の?」
目を合わせたままの彼は、口を微かに開きゆっくりと息を吸うと
「魔に関わった人間に、まともな人間は、いない」
もし夜でなければ、聞き取れなかったかもしれないほどの微かな声。
「俺も、お前も…」
初めて聞いた声は、うわごとのように、まるで言い聞かせるように紡がれた。
「帰り道はもう、ない」
その言葉を最後に彼のメだった蕾は開き、美しい青いバラの花が咲いた。
翌朝、エリザはそれを見て、笑った。
「奇跡……まさしく彼にこそ、ふさわしい」
エリザはバラの花をすくうように取れば、茨が朽ちて落ちていく。その茨が朽ちるのと同じように、彼の体も黒く炭となりだす。
最後にはベッドには人がいたとは、到底思えない黒い灰の塊が乗っているだけとなった。そして、エリザはシルヴァに向き直り、問う。だが、シルヴァはそれには答えず、質問を返した。
「エリザさん。そのバラ、俺たちにしか、見えないんですか?」
「いや、今はここに魔力、それに、これは彼の魂でもある。普通の人間にも見える」
「……じゃあ、そのバラ、サハラさんにあげちゃダメですか?」
その言葉に、エリザが驚いてシルヴァを見れば
「サハラにやる?」
「あの人は、この人のことを本当に大事に思ってて!せめて、それくらい――」
「それは、こいつに生き続けろと言っていることと同義だが、いいのか?こいつの魂は廻らず、ただここで花を咲かせるだけ」
「死ぬよりも生きる方が、いいに決まってる」
シルヴァの否定を許さない目に、エリザは微笑むとバラをシルヴァに渡した。そして、ベッドに向き直ると指を振った。
「彼は常闇に飲まれて消えた。彼の証明は、一輪の奇跡の花。それで、終わりだ」
風と共にベッドに乗っていた灰は消えた。
シルヴァはサハラに彼がいなくなったことを告げた。そして、ベッドに青いバラが残っていたと、普通ならば誰もが信じないことを教えた。だが、サハラはそのバラを見て笑う。
「この花、彼みたいね」
「「!」」
ひと目で本当のことを言い当てられ、二人は驚いて肩を震わせたが、サハラは優しげにその花を見ていた。
「ありがとう。シルヴァ君。サーニャちゃん」
サハラは優しく微笑むと、そのバラを大事に抱きしめ
「これはきっと、彼なのね」
嘘も何もない。本気で言っているサハラに、シルヴァとサーニャは驚いてサハラを見つめれば、今度は、二人の視線に気がつき、小さく笑う。
「ふふ……おかしいわね。私。言葉は交わしたことがなくても、そんな気がするの。嘘でも幻想でも、魔法でも。彼は呪われて、バラになってしまったの」
言い聞かせるように、そう囁くサハラに真相を知っているシルヴァも、サーニャも何も答えられなかった。
カラムの屋敷にやってくると、シルヴァは彼のことをカラムと話していた。相変わらず、カラムはどの話に対しても特に興味をもった様子もなく、一方的な会話だったが。
「そうか。少しはモノを知ったか」
「まぁ、前よりはずっといろいろなことが分かった気がしますけど……」
「世の中には、いい魔女と悪い魔女がいる。エリザは比較的いい魔女だ」
突然始まった、カラムの話。人形と関係の無いところで始まるのは珍しいが、気にしない。それにも、もうすっかり慣れていた。
「だが、言っただろ。境界はちゃんと見分けろ。まぁ、今はそんなに気にすることでもないか。だが……」
「?」
「悪い魔女ってのは、いい魔女なんかよりもずっと多く出会うぞ。嫌でも目に付くからな。用心は怠るな」
悪い魔女。それはまだ直接会ったことはないが、きっといつか会うことになるのだろう。
「会ったら、どうすればいいんですか?」
「言いたいことを言ってやれ。譲れないものは譲れないって、はっきりな」
「それって、逆効果じゃないですか?」
「そんなことはない。あいつらは、伊達に魔女になったわけでも、何百、何千と生きてるわけじゃない。退屈しのぎにでも、おもしろいやつだと分かれば、見逃してくれるかもな」
「かも、なんですね」
「そればかりは、魔女の気まぐれだな」
肩をすくませ、ため息をつくカラムに、シルヴァも同じように笑った。
「魔女の気まぐれなら、もう慣れましたよ」
彼の言ったとおりだ。魔女や魔族の存在に慣れ、自らも魔術師の道に入り込み出している。帰り道はもうとっくの昔に、なくなっているのかもしれない。