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ヤクザの組長に身売り的な事をしたが、どうやら立場は妹らしい

ヤクザの組長に身売り的な事をしたが、どうやら立場は妹らしい 3

 


「これって...」



 中学校の靴箱の前で、1人佇む少女。その手には、手紙のようなものが握られていた。


 あの日から、約1ヶ月がたった。

 私の家には以前から、1ヶ月に1度、ヤクザのような人達が出入りしていた。私はお父さんと二人暮らしだった。そんな私達には、「5億円」という到底払いきれない借金があったのだ。

 父は、そのお金を闇金融で借りていた。日本で1番のヤクザグループ、「黒川組」から借りていた。父は返そうと誰よりも頑張った。だが、返せずに「利子」だけが増えるばかり。私は、送られて来た「偽の請求書」を、コツコツと自分で働いて返していた。中学生は働いてはいけない事は分かっていたけど、今までのやり方よりはまだ...良いはずだ。

 そして遂に、ヤクザ達も痺れを切らしたようだ。組長の命令で、借金をゼロにする方法を突き立てて来た。そう。お父さんの1人娘である、「赤城佐凜あかぎさりん(←これ私の前の名前)を寄越せ」と言って来た。

 そうすれば、お父さんには二度と関わらないし、借金も利子も全てなくなると彼らは言う。

 父は今にも自殺せんばかりに反対したが、私は振り切って組長の元へ。どうやら、組長が私を要求したのは、「抱き枕」が欲しかったらしくてだ。毎晩飽きるそぶりも見せず、私をベッドの中で抱きしめる。

 ーーてめぇしばかれたいたオラ。とも言えない。私は、父を人質に取られている。私が逃げようとしたり、警察に行ったり、抵抗したりすれば、父を殺すと言われている。それだけではない。私の四肢を切り落とすなどして、組長がいないと何も出来ないようにしてやるとも言われた。

 それに、戸籍をいじられて組長(黒川真人くろかわまこと)の妹になってしまった。おかげで私の名前もかわり、「黒川佐凜くろかわさりん」になった。


 とまぁ、私の苦労話を聞いてくれてありがとう。でも、黒川さんも私にとっては・・・・・・そこまで悪い人ではない。

 何時も私の事を考えてくれているし、仲間思いだ。でも、中学校の参観日は来なくて良いんですよ...。同級生やその親や先生方が凄く怖がってました。


 そして、今日に至る。部活を終わらせたは良いものの、教室に忘れ物をしてしまった事に気がついた私は急いで昇降口に駆け込んだ。

 だが、その時ある事に気がついた。私の靴箱の中の上履きの上に、丁寧に手紙が置いてあったのだ。便せんに入っていて、黒い丸いシールで閉じられている。

 私は首をかしげて便せんを開けて、中の手紙を見た。


『明日の夕方5:00に、「慶武館」での「剣道」の試合を申し込みます。

 貴女は「剣道」がとても上手いと聞きました。是非そのお力を、僕も見てみたいものです。

 楽しみにしています。 2ー3 犬飼修いぬかいしゅう


「慶武館」というのは、この学校の「剣道部」と「柔道部」の活動場所だ。「剣道」の試合を申し込んで来たこの犬飼修。聞いた事がない名前だなぁ。

 まぁ、私は人の名前をあまり覚えようとしないからこうなるのだけど。

 そういえば、誰かが「2−3」にイケメンが転入してきたとか言っていた。もしかしたらそれかもしれない。私は「2−2」だから、隣のクラスだ。


 そんな事を考えていると、雨が降って来た。

 ーーマズい。今日は傘を持って来てないんだった。天気予報のお姉さんめ! 私に風邪を引かせたいのか?!


 仕方無い。傘立てに数本置いてあるから、拝借しよう。



「サリン〜、寒くな〜い?」

「...寒くないです」



 結局、良心に負けてしまった私は、傘を拝借せずに雨に濡れながら走って帰った。土砂降りなんて聞いてない。

 私は、髪も制服もカバンも竹刀入れもビショビショの状態で帰宅した。

 部屋に真っ直ぐ戻ってすぐに着替えると、私は髪をドライヤーで乾かし始めた。髪が大分乾いて来た頃に、雨に濡れたバッグと竹刀を見て、私はため息をついた。

 すると、



「フフフ...」



 耳元でやらしい声が聞こえたかと思うと、私は後ろから強く抱きしめられ、ついドライヤーを落としてしまった。

 黒川さんだ。彼は腕を伸ばしてドライヤーのスイッチを切ると、再び強く抱きしめた。



「ず〜っと見てたよ〜」

「...」



『ず〜っと見てた』という事は、着替えからため息までずっとという事だ。だが、今更キャーキャー言うわけにもいかない。部屋が一緒にされているわけだから、着替えを見られるというのは日常茶飯事だ。

 黒川さんは恐らく...私の事を妹としてみ、見ているわけだから! そこに別の気持ちはないと思う!! だから私は、始めから文句も言わずにやってきた。



「サリン〜、寒くな〜い?」

「...寒くないです」



 天気予報のお姉さんめ。お前の所為でこうなったんだぞ!!とも言えないよね。別にこうなったのはお姉さんが悪いわけじゃないよね。自信満々のドヤ顔で、「今日は晴れ」だと予報したお姉さんを無視して傘持って行けばよかっただけの話。

 私はその後、夕食もとらせてもらえずにベッドに押し倒されて朝まで抱き枕にされたわけだが、あの手紙を件は話さなかった。

 嫌な予感しかしなかったし。



「もう少しで5:00か...」



 翌日。私は「慶武館」で犬飼修を待っていた。一体どんなものだろうと、防具もつけないで袴などを着て竹刀を持って待っているわけだが、一向に彼は現れない。

 まぁ、ギリギリに来ても来なくても、正直私は良いのだが、「剣道部」や「柔道部」の連中がピリピリしているのを感じ取った。と同時に、何やらワクワクしてもいた。

 彼らも知っているのかもしれない。と思った時、「女子剣道部」顧問の先生が入って来た。



「く、黒川さん...!! あ、そのーー」

「先生。結構です」



 先生を押しのけて、入って来たのは、左手に竹刀を持つ、袴姿の少年だった。「女子剣道部」の人達は、うっとりとしたような表情を見せ、ため息をついた。

 まぁ、それなりに爽やかな少年だという事は分かるが、ため息をつくほどでもない。



「犬飼修です。黒川さん」



 少年は、胸に右手を当ててお辞儀をした。否、修と呼ぼう。



「黒川佐凜です。貴女が手紙を...」

「その通りです。お会い出来て光栄です。一度、貴女に会おうとご自宅に訪問を試みたのですが、追い返されてしまいましてね...」



 修は優しい笑みを浮かべた。



「一戦だけで構いません。竹刀を交えてもらえませんか?」

「当たり前です。その気でなければ、私は此処で待ってなどいません」



 2人は「慶武館」の真ん中まで行くと、定位置に着いた。そして、竹刀を構えた。



「あ、ちょーー防具なしで...やる...つもりです...か...」



 この殺気の中で言葉を発した先生は、実は凄い人なんだと思う。

 防具、忘れてたな。

 私は修を見る。



「防具ですか...いえ。結構です。時間はかけたくないので。打つ時は、少々力の加減をよろしくお願いしますね」

「もちろんです」

「一本勝負でいきましょう。黒川さん」



 試合が始まって、修は最初こそは余裕の表情をしていたが、だんだん焦りが見えて来た。

 私は、相手が防具をつけていない事など気にせず、攻めを強くしていた。それを防ぐ彼も、相当強いのだろう。

 だが、勝敗はすぐに決まった。



「面!」

「っ!!」



 私の勝ちだ。だが、少々強く打ちすぎたようだった。



「だ、大丈夫ですか?」

「はい...」



 あまりの痛さに、修は座り込んだ。普段、防具をつけている相手と同じ強さで打ってしまった。そりゃあ痛い。

 私は彼に駆け寄った。



「ほ、保冷剤か何かを...」

「いえ。大丈夫」

「ご、ごめんなさい...」



 周りの人達は唖然とした。私の此処まで心配そうな顔を見たのは、どうやら初めてだったようだ。口を魚のようにポカンと開けている人もいる。

 戸籍上はあの人の妹だけど、根は普通の人間なんだから。そこまで吃驚しなくても...。



「組長が欲しくなるわけだね」

「え?」



 修は立ち上がった。



「ありがとうございました。とても良い経験でした。またお願い出来ますか? 今度は...防具をつけて」

「あ、はい...」



 *



「と、いう事があったんです」

「あーなるほど。サリンは私に黙ってそんな事してたんですねー。ふーん。へー」



 怖い。

 家に帰ってからというもの、私は怖かった。

 まず、微笑みながらも目が全く笑っていない黒川さんに出迎えられ、客間に連行され、何故かそこには修と知らない穏やかそうな若い男の人が居て、何故か銃つきつけられて、何故か脅されて、何故か「慶武館」であった事を強制的に話させられた。

 こんな事されてもポーカーフェイスの私は、もうこの世界に慣れて来ているのかもしれない。

 でも止めてください。ソファに押し倒して私の上に股がって、眉間に銃を押し付けるのはやめてください怖いです。



「黒川さん。妹さんが可愛くて仕方無いのは分かりますが、好い加減銃を下ろしたらどうですか? 私も、話したい事がありますので」



 妹が可愛くて銃をつきつける馬鹿が何処にいるんだよ。



「分かりましたよ。ったく」



 黒川さんはそう言うと、銃を懐にしまって私の上から退いた。私は起き上がってソファに座った。修は、何とも言えない気まずそうな顔をしている。



「それで...本題に入っても良いですかね?」

「えぇ。どうぞ」

「では、自己紹介しましょう」



 穏やかそうな男性は私を見た。修は、彼を心配そうな顔で見つめる。



「私の名前は、犬飼颯太いぬかいそうたです。佐凜さん」

「...」

「弟はご存知ですよね?」

「...あ、ども」



 修は、私を見ると微笑した。どう答えれば良いのか分からないのだろう。私もだ。



「サリン、犬飼さんは、仕事仲間なんです」

「仕事...仲間...」



 って事は、この人もヤクザか。如何にもいい人!!って感じの方なんですが...やっぱり人は見た目によらないんだね。

「柔道部」のいかつい怖い先生だって、家では可愛い子猫飼っててヒヨコが大好きらしいから。いや関係ないか。



「その通り。私は『犬飼組』の組長をしています。今日は、弟がご迷惑をおかけしました」

「う、うるさい...!」



 修は、犬飼さんをキッと睨んだ。

 ハハ...迷惑だよ本当もう。修くんが説明してくれれば良いのに。何で私が銃つきつけられながら説明しなくちゃいけないんだよ...。



「すみません。弟は『剣道馬鹿』なもので。元はと言うと、我が組と『黒川組』が取引するために、そちらの組長さんとも仲良くするため、弟に頼んで貴女に近づけさせたのですが、あんなやり方で...」



 しょ、正直なんですね...犬飼さん。なるほど。黒川さんと仲良くするために、まずは私から引き込もうとしたわけだ。

 というか、修くんも修くんだよー。何で普通に話しかけてくれなかったのさ。そしたら喜んで友達になったのに。まぁ「剣道馬鹿」らしいから仕方ないけど。

 でも...



「取引、というのは?」

「麻薬です」

「...」



 ワー、「まぁ焼く」ダッテー、ナニヲヤクノカナー。ナンダロウナー。



「フフ、犯罪臭が凄いでしょう?」

「私は、自らの手を染める気はありませんよ? 巻き込むつもりなら、私...お、怒りますよ!」

「...あぁ、可愛い♡」



 あぁ! 怒りますよって言っちゃった! 怒れないのに...。というか、何なんですか語尾の「♡」は! 修くんも呆れた目で見ないでよう...。



「怒った所でどうにもならないんだけどね...」

「悪足掻きだよね...」



 犬飼さんと修くんは顔を見合わせた。



「もー可愛いなーサリンはー!」

「ふぎゃ!」

「『ふぎゃ』って〜、可愛い〜!」



 あ、ちょーー抱きつかないでください! やめて! ヘルプミー!! ちょっと! そこの傍観者! 助けやがれ!ってーー。


 結局、私は「麻薬取引」に加担する事になってしまったぐす。

 黒川さん曰く、絶対に咎められない役割らしいが、これで犯罪者の仲間入りと考えるとゾッとする。いや、犯罪ではないけれど、類いな事はした事がある。でも、あれは仕方が無かったし...悔やんでたから...許される事ではないけれども...。

 修くんも参加するらしい。

 ちなみに、取引内容は「黒川組」から「犬飼組」への麻薬の売買らしい。



「サリンの役割は、取引場所周囲に設置した、防犯カメラのチェックです。怪しい人影を見つけたら、すぐさまこのボタンを押してください」



 部屋に設置された2台のバソコンと赤いボタン。取引現場はとある廃墟。抜け道や隠し場所が大量にある、取引にはうってつけの場所だ。



「あ、わざと怪しい人がいても、わざとボタンを押さなかった場合は、後藤が私に通報します。彼が後ろで銃を持っている事を忘れないでくださいね?」



 この仕事を他の誰かではなく、私にやらせる理由は分かってる。犯罪に加担させる事で、私をこの檻から出られないようするためだ。もし仮に警察に駆け込んだとしても、私も犯罪者として捕まる。自分で自分の首を絞める事になるからだ。

 そう。この取引は、「麻薬」の売買だけでなく、私が逃げられないようにするためのものでもあるのだ。


 そして、取引当日。2台のパソコンは、中で4つに分かれ、映像が映し出される。そして、黒川さんの持つトランクケースの中には、およそ100グラムにもなる麻薬。犬飼さんは、それ相応のお金を用意し、取引は成立。



 のはずだった。



「ねーサリンー」



 取引の夜、取引場所に行っているはずの黒川さんは、微笑んではいるが、全く笑っていない目で私に迫った。素直に怖かった。



「な、何ですか...?」

「最後の下見に行かせた部下。1時間くらい前に帰って来たんだけど、何て言ってたと思いますか?」

「...」



「サツが張り込みしていやした!」的な? いや予想。



「『サツが張り込みしていやした!』だって。一体誰が情報を垂れ流したのでしょうか〜? フフフ...」



 冷たいナイフが、私の首元に押し当てられた。後も少し力を入れたら血が出るくらいだった。



「ねぇ、誰だと思いますか〜?」



 黒川さんはきっと、私を疑ってる。ーー殺される。

 そんな事を考えていたら、私の顔を何か液体のようなものが滑り落ちた。



「ん?」



 黒川さんは少し驚いた様子を見せた。この液体は涙だ。私は静かに泣いていた。

 怖かった。殺されるって思うと怖かった。お父さんまで殺されると思うと、本当に怖かった。

 私は唇を噛んで、泣きじゃくりたいのを堪えた。日々のストレスと恐怖が、バッと押し寄せる。泣きわめきたかった。

 唇を噛む力が一層強くなる。それと同時に、黒川さんのナイフを押さえつける力も弱まる。



「フフ...可愛い」



 遂にはナイフを下ろして私をギュッと抱きしめた。



「疑ったりしてすみません。貴女は裏切らない事を、私が一番よく知っているというのに」



 いいえ黒川さん。私は裏切らないんじゃない。


 裏切られないんですよ。



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