剣の気配
……side 珀露
下を見れば、人の手の加えられずにただここを通った何かが通って作った土と草の獣道。
上を見れば、木々が生い茂った森。背の高い木の、葉の間から日の光が漏れる自然の山道を、僕と緋鳴は歩いていた。
「あーもぅ、何処に行ったのよ月乃先輩は!」
あ、ついに認めた。
つい先ほど、緋鳴に付いていくと偶然先輩方が泊まっている宿に着き、山を歩きに行ったというので緋鳴は、
『いないなら仕方ないわね、ちょっとだけ寄り道しながら帰りましょ』
と言って先輩方の行った方向を聞いて、そちらの方向へと寄り道していたのだが、それから行けども行けども先輩方は見当たらず、ついに緋鳴は吠えたのだった。
「仕方ないよ。山の中は広いんだから」
いくら子供の頃から遊びなれた場所だとしても全てを把握は出来ていない。ましてや先輩方も動いていれば見つけるのはとても難しい。
「でもさっきから目星だけ歩いてるのよ? それで見つからないなんて」
目星、それは昔月乃先輩と共に遊んだ場所のことで、おそらく懐かしんだ先輩が向かっていると考えたけれど、どこもハズレ。次が最後の場所だ。
「ここに居なかったらどうする?」
「もう一度宿に戻るわよ、ひょっとしたら帰ってきてるかもしれないし。着いたわ」
緋鳴に続いて獣道から最後の目星へとたどり着いた。
そこは小川。小石がごろごろと転がっている場所で、涼しいから夏はよくここに訪れている。
そんな場所に、人を見つけた。
「あれ? キミ達確か……」
居たのは3人、先ほど会ったパズル部の皆さんだけど、その中に月乃先輩は居なかった。
「緋鳴です」
「珀露です」
「あ〜、緋鳴ちゃんと、ハクロウくんだね」
あ、まだ間違われてる……
「はくろ、です」
「分かってるよ〜、ハクロウくん」
分かってませんけど……確か、押川さんだった筈。それと、七ヶ橋さんと、早山さん、だったかな?
「あの……月乃先輩はご一緒ではないのですか?」
緋鳴がおずおずと訊ねた。
「うん、つきのんとそうやんは、何でか別行動なの」
「そう……ですか」
「2人はどうしてここに来たの?」
今度は訊ねられた。まさか月乃先輩に会いたくてとは言えないので、
「この辺りが僕達の遊び場なんですよ」
嘘を言ってみた。
「へぇ〜、こんな自然いっぱいのところで遊んでるんだ〜」
それにしても、さっきから押川さんしか喋ってないな。七ヶ橋さんと早山さん見た目は寡黙っぽいから、本当にそうなのかもしれない。押川さんがお喋りなのかもしれないけど、何処と無くお喋りな緑羽に似てるし。
「すっごいね〜ここ、水もきれいだし。ね、みゃーさん」
「ん……向こうと大違い」
あ、七ヶ橋さんが喋った。
「そうだね〜、河川敷の水ここまで透明じゃないもんね」
普段からこの水を見慣れている僕たちにはない感覚だ。先輩方は、それほど都会から来たって事だよな。
「それはそれで、見てみたいですけどね」
「そうなの?」
「はい、都会に憧れてますから」
「へぇ〜」
その時、電子音が聞こえた。
「……大和先生からだ」
どうやら早山さんの携帯に着信があったようだ。
「はい…………はい、全員揃ってます…………それとですね…」
早山さんは僕達を見て、
「先ほどの2人と出会いまして…………はい、月乃の後輩の…………分かりました……では」
早山さんが携帯を閉まった。
「集合するらしい、そこの2人も、都合が良ければ」
「行きます!」
今まで黙っていた緋鳴がいきなりの大声でびっくりした。それはそうか、これだけ探した月乃先輩に会えるんだから。
「そうか、なら行くぞ。宿に集合だ」
早山さんを先頭に、僕達は宿へと向けて歩き出した。
「それにしても明日からどうしよう、かみゃーさん」
「……分からない」
「え? どういう意味ですか?」
「明日からね、合宿の内容はボク達が考える事になってるんだ。でも全然決まらなくてさ〜」
合宿の内容を自分達で考える……パズル部って名前から珍しいと思ってたけど、更に珍しい事をするなんて、やっぱり高校生って凄いんだな。
「決まらないとどうなるんですか?」
「……多分、何もしないで過ごすかもしれない」
「それは合宿というより、休暇だな」
本当に未決定なんだ……まてよ、明日の予定が無いなら。
「緋鳴」
「聞いてたわ。皆さん」
緋鳴が立ち止まって全員の視線を集めて、
「もし明日の予定が無いのでしたら、よろしかったら―――」
……風が木々を揺らす音が聞こえる。目を閉じている分、他の感覚が補うように反応しているからか。
風が体に当たり、木々を揺らす音を聞き、自然の香りを嗅ぐ。
その時、その中に妙な感覚を見つけた。
自然物に溢れたこの場所に急に現れたそれは、人に傷をつける獲物のような。あるいは、人に見つからないように隠していた大きな気配が、急に現れた感じだ。
コレが……そうなのか。
俺はパズル錠を掛けたままの剣を取り出す。そして気配のした左側に身体を向けると、そのままの剣を前に出した。
少しして、
「よし、目開けていいぞ」
大和先生の声が聞こえて俺は目を開けた。その正面では、月乃が自らの剣を構えている。
「大体分かるようになってきたな」
今のが剣の気配を感じる訓練法だ。目を閉じた人の回りで剣を解き、気配を感じた方向を向くというもの。
最初の方は全くだったが、続けていく内に妙な気配を見つけられるようになり、今では真正面に立つ事が出来るようになった。こうなるまで、三時間掛かった。
「とりあえずはこれまでだな、そろそろ向こうと集合するぞ」
大和先生は携帯を取り出して、三人の誰かへと電話をかける。結構な田舎の山の中だが、圏外ではないらしい。
「後、今出来たからといって油断はするな。と、テキストの最後に書いてあるからな」
確かにそうだ。今気配が分かったのも分からせようとしていたからで普通なら気配は自分で感じなくてはいけない。それにここは他に人の居ない山の中、それが人の多い街中でとなると、容易ではなくなるだろう。
「あ、早山か? ……そっちは全員揃ってるか? そろそろ集合しようと思ってるんだが……は?」
大和先生は月乃を見て、
「先ほどの2人って、月乃の後輩の? ……まぁ、都合が良けりゃ連れて来ても問題は無いぞ……おう、また後でな」
大和先生が携帯を閉まった。
「月乃、さっきの2人が向こうに居るらしいんだが」
「緋鳴と珀露がですか?」
「あぁ、何か月乃を探してた風だから宿に招待してみた。あちらの都合が良けりゃ向こうで会えるぞ」




