布VS炎
大和先生の家を出て、俺達は寮へと向かって歩いていた。
「思ってたより元気そうだったな」
「ん……良かった」
歩きながら、三夜子は傘を杖のようにつく。
「もう壊さなくてもいいんだから、それつかなくても良いんじゃないか?」
歩く度にカッ、カッと聞こえるのが妙に気になったりするんだよな。それなのに、声をかける時はその音をさせず無音と気配ゼロで近寄って来るし。
「……癖?」
クセになるほどにか。
「そういえば、いつかやってるんだ?」
そういえば聞いた事ない気がしたので、改めて訊いてみる。三夜子は考えるように空を数秒見上げてから、話し始めた。
「……コレを手に入れたのは、小学校5年生の時。その時はまだ解く努力をしてた……けど、中学に上がる頃には、諦めてたと思う」
「それで、壊そうと」
「ん……多分そう」
となると5、6年か……三夜子の事だ、ただ地面につくだけじゃなかっただろう。それなのに傘は、パズル錠は壊れなかった。とてつもなく頑丈だった。
「それに耐えたパズル錠も凄いな……」
「……どういう意味」
あ、拗ねた。分かりやすく頬を膨らませて、拗ねていると分かる顔をしている。
最初に話しかけた時は、こんなに表情の起伏があるとは思わなかったな。けど長く関わっていく内に、色々な表情を見てきて、不器用だけど、普通に表情の変化が出来るんだと分かった。
後はこの性格をどうにか出来れば、クラスにもあっさり馴染めると思うんだけどな……
「……?」
その時、前を歩いていた三夜子が急に立ち止まった。
「どうした?」
「……剣がいる」
言うなり、三夜子は鞄を放り投げて傘を構えた。
「おぉっと」
俺は投げられた鞄を思わずキャッチ、辺りを見回すと、ここは下に川が流れる橋の上、歩道と車道に別れていて今も車が行き交っている。下は幾度と剣の舞を見た河川敷だ。
さすがにここでは狭いうえ、人の目が多すぎる。
「河川敷に降りよう。そこの方が戦いやすい」
「ん……」
俺の後に続いて三夜子も河川敷に降りていく。鞄は斜面に置いて俺も自身の剣をパズル錠の解いていない状態で持った。アレから練習したおかげで解錠は容易に出来る。
「……来た」
前から男がやって来た。その姿は、一度見た事がある。
「……何者?」
三夜子が首を傾げる。そりゃそうだな、あんな妙な格好の、白いタキシードを着た人はそういない。
「剣狩りの男だ」
「……あの変な格好の人が」
「変な人とは心外ですね」
剣狩りの男は、3メートル位の間をあけて立ち止まった。
「私はこんなにも美しい、故に神は私に味方して剣の持ち主と巡り会わせたのですから」
「……」
「……」
ナルシストって、全員こんななのか? それともこの男がおかしいのか?
「少年はお久しぶり、少女は初めまして、改めて自己紹介させていただきます」
剣狩りの男は胸ポケットに入れていた一輪のバラ……パズル錠のかかっている剣を手に持ち。
「剣狩り……そう呼ぶのならそう名乗りましょう。剣狩りの使者、名をケーノ、またの名を『炎賢士』と申します」
炎賢士? 剣狩りの間での呼び名みたいなものだろうか。
「今回はレベル5の七剣の一振り『布縫』を狙っての出陣でしたが……他の剣を見かけた場合は奪って来いとの任務も受けています……よって」
ケーノはバラに息をかける、それだけでバラは炎に包まれて形を変え、
「貴方達の剣、狩らせていただきます」
炎を扱う能力の剣、フランベルジュへと成った。
「……させる訳ない」
三夜子は傘の先端を相手に向けた。指はボタンにかかり、直ぐにでも開ける状態だ。
「そうだ、剣は渡さない」
俺も板に手を置く。後一ヵ所動かせば剣に出来る。
「二対一で構いませんよ、貴方達とはキャリアが違いますからね」
確かにそうかもしれない、俺と三夜子は剣を解けるようになってからまだ一月そこらだ。だが相手は剣狩り、経験では明らかにあちらの方が上だろう。
だが、負ける訳にはいかない。
「行くぞ、三夜子」
「ん……」
俺達はパズル錠を解いた。光に包まれ、剣の形へと変わる。
その時だった。
「はーーはっはっはっ!」
こ、この笑い声は……
「剣狩りの男よ! キサマの狙いはここに居るぞ!」
声が聞こえた橋の上、そこに予想通りの声の主が立っていた。
「とうっ!」
帽子の男は橋の上から飛び降り、河川敷へと降り立った。
「ほぉ……貴方が布縫。情報の通りですね」
あの帽子の男が、レベル5の刀『布縫』だったのか。
……side 大和
「ほぉ……貴方が布縫。情報の通りですね」
剣狩りの男、『炎賢士』ケーノは、三夜子達に背を向けて標的である俺に剣の切っ先を向けた。
「狩らせていただきますよ、布縫の剣」
「はっ、笑わせるな、キサマ程度に俺がやられる訳ないだろう」
油断しない方がいいぞ布縫。何せアイツは、お前を狩る為に派遣された天敵なんだからな。
それに……
「行くぞ!」
届いてないとは思っていたが、俺の声が終わる前に剣を抜いた布縫がケーノへと迫る。
「ふっ」
ケーノは剣を一突き、布縫はそれを剣で受け流し、肉薄する。こいつ、いきなり大技を叩き込む気か。
「くらえ! 我が最強…」
「お断りします」
ケーノは剣に炎をまとわせた。
「なっ!?」
それを見ただけで、布縫は素早く後ろへと下がった。やはり火は布の天敵か。
「ふふふ、私の炎に焼き焦がれなさい!」
ケーノが剣を振ると、炎は鞭のようにしなりながらこちらへと向かって来た。布縫は何とか避け続ける。他の技ならともかく、炎はかすってもアウトだ。
「やりにくい相手だ、さすがは我に挑むだけはあるか」
炎を避け続ける布縫。だが、
「お?」
その足がガクッと落ちた。ヤバい……今動かしているのは布縫だが、そもそもこの身体は俺の、風邪で弱っている俺のもの。万全に動けない状態でこれだけ派手に動いて、しっかり付いて行ける訳が……
「スキありです!」
そこに炎が迫り、
「しまっ……」
布縫の、俺の身体を包み込んだ。




