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文武平等  作者: 風紙文
第一章
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七ヶ橋の強さ

校内を上から下まで回ったが、七ヶ橋は見つからなかった。

昼休みの終了が迫ってきたのでここからは押川と別れて探すことになり、一応の確認で教室に戻ってみたがやはり七ヶ橋はいなかった。

まだどこを見てないか、こんなに探していないのは何故か考えて、まず一番に思いついた場所へ向かった。

それは体育館の片側。辺りは木が並ぶ涼しい木陰だが昨日から今日の朝方まで降っていた雨により地面がぬかるんでいて人の姿は無い。

つまりここはあまり人の来ない場所であり、人に見られたくない事をするのに向いている場所とも言える。実はそれ以外にもここには七ヶ橋が来そうな理由があるのだが。

そんな場所で、七ヶ橋を見つけた。

しかも、一人じゃなかった。

「なんだ、お前?」

体育館の壁に追いやられた生徒と、その回りに2人の、計3人。

この状況は、アレだ。呼び出しによるイジメ。壁に追いやられた生徒がその対象だったようだが、そこに七ヶ橋が現れたので、目標が変わったようだ。

俺は壁に隠れ、その状況を見ていた。先生を呼びに行くなり他にやることがある気もするが、ここで目を離したらまた探さないといけなくなるかもしれない。かといって声をかけるタイミングでもない。

まずはこの状況がどう転がるのかを見てから……

「……」

特に何かを言う事もなく七ヶ橋は、傘を持つ右手を上げると。

その先端を、2人に向けた。

それは明らかに喧嘩を売っている状態だ。いったい何を考えてるんだ七ヶ橋は。

「テメェ! 喧嘩売ってるのか!?」

その内の一人、黒髪の男がその挑発を受けて拳を放った。

七ヶ橋はそれを傘で防ぎ、相手の懐へ入って、横へ一線。

バシン! と良い音と共に傘を振り切った。

「痛ってぇ!」

……分かったぞ、七ヶ橋は喧嘩を売っているんじゃない。傘を壊す為にあの人達に叩いてもらい、あの人達を叩こうとしているだけなんだ。

どうしてそんなことをするのか、それはおそらく、七ヶ橋が本来ここに来た理由と関係する。その為に、彼らが邪魔だから追い払おうとしているだけだ。

やられた黒髪を見て、もう片方の、金髪の男が蹴りを放つ。

「……」

横に避け、その足に傘を叩きつける。

バシン!

「痛っ!」

うわ、痛い……弁慶の泣き所を叩かれ、金髪は足を押さえた。

「このやろ!」

黒髪が再び拳を放った。




かれこれ数分が経ったが、今の状況を一言で表すと……凄かった。

七ヶ橋は、強かった。しかも、かなりの強さだ。

2人を相手に優勢で、2人は既に息を切らしているが、七ヶ橋は全くの無表情で息一つ切れていない。

傘によるリーチの差だけではなく、七ヶ橋の動きも、まるで訓練されたような、一般の生徒が出来るそれでは無かった。

実家の道場でもあれ程の動きをする者はいないだろう、いや元よりアレは傘であって、竹刀による剣道ではないからあれ程の回避方法があってもおかしくは……て、何を考えているんだ。今は七ヶ橋の戦いに見入っている場合じゃないだろう。

とは言っても、何をすれば良いだろう? 下手に助けに入ると、七ヶ橋の足手まといになってしまうかもしれないし。今の状況で先生を呼びに行ったら怒られるのは七ヶ橋の方だし。

その時、状況に変化が起きた。

それは黒髪が何発目かの拳を放った時、七ヶ橋はそれもあっさりと避けてしまった。

その時だった。

「あ……」

七ヶ橋がコケたのだ。体育館裏はほとんど日陰で、昨日の雨により地面はぬかるんでいた。それに七ヶ橋は足をとられた。

七ヶ橋は無表情で立ち上がろうとしたが、そこへ金髪が蹴りを放ってきた。

ガッ!

それを傘で防ぐ。いや、防ぐ事しか出来ない。

立ち上がろうとする七ヶ橋に、更に蹴りが放たれる。

ガッ! ガッ! ガッ!

傘を前に出して防ぎ続ける。立つ隙を与えないつもりか。

そんな時、俺は気づいた。七ヶ橋の後ろから、黒髪が近づき拳を振り上げていた。

それにいち早く気づいた俺は、隠れていたのを忘れ、動いていた。

「やめろ!」

声と共に姿を見せ、駈け出した。

「あぁ!?」

金髪がこちらを向く、だがそれは気にせず七ヶ橋へと近づき、

「借りるぞ!」

七ヶ橋の手から傘を取り、後ろに迫っていた黒髪に、剣道の胴の要領で腹へと強烈な一撃を食らわせた。

バシンッ! 七ヶ橋が立てていた音とは比べ物にならない程大きな音と威力が放たれる。

「かはっ……」

強烈な一撃を受けた腹を押さえながら、黒髪は倒れた。

「な……!」

それを見た金髪が動揺している。俺は傘を竹刀のように構え、金髪を睨み付けた。

「て、テメェ! 何しやがるんだよ!」

「……」

俺は無言で睨み続ける。

「な、何か言いやがれ!」

「……」

言う必要など無い、無言で睨み付け、今のを見てあちらが逃げて行くのを待った。言った方が早いだろうが、そこまでは思いつかなかった。

「こ、この野郎!」

金髪は拳を振り上げ向かってきた。

まあ、予想の範囲内だ。黒髪と同じように胴を叩き込んでしまおうと思った時、俺の手を誰かが掴んだ。

「!?」

それに驚き手を見ると、それは七ヶ橋だった。既に膝立ちで、直ぐに立ち上がる事は可能だ。

「……」

いつもの無表情でこちらを見る。それだけで、何が言いたいのかが分かった。

「はいよ」

俺は傘の柄から手を離した。傘は七ヶ橋の手中へと戻り、曲げられた膝を伸ばして立ち上がりながら前へと飛び出し、金髪に逆袈裟で傘を叩きつけた。

バシン!

「うわっ!?」

一歩引いた金髪は、七ヶ橋を見た途端、

「ひぃ!」

逃げ出してしまった。後ろに倒れていた黒髪も、腹を押さえながら金髪の後を追っていった。

「……」

二人が見えなくなると、七ヶ橋はこちらを向いた。

そしていつも通りの無表情で、

「……ありがとう」

あの七ヶ橋が、お礼を言った。

これは珍しい光景を見てしまったのかもしれない。元より戦っていた七ヶ橋が珍しい光景だったけど。

「ど、どういたしまして」

「……どうしてここに?」

そしていきなりの質問。まぁもっともだろうな。

「えっと、それは…」

「あー! いたー!」

どうやって答えれば良いものかと考えていたら、押川がこちらに向かってきていた。

「どうしたのみゃーさん! 泥だらけじゃん!」

さっき転んだからな。

「……大丈夫」

「いや、大丈夫じゃないだろ」

「そうだよみゃーさん! 一体何があったの!」

「……ただ、転んだだけ」

「本当に?」

押川は一緒にいた俺に訊いてきたので。

「いや、実は今……うっ?」

正直に答えようとした所を七ヶ橋が俺の口に手をつけ、言葉を遮った。

じっ、とこちらを見る。

「……」

秘密にしろって事か。

「……」

俺が頷くと七ヶ橋の手が離れ、押川の方を向いた。

「とにかく、保健室に行けば着替えぐらいあるだろ」

「うん。ボクが連れていくよ」

「ああ、頼んだ」




その後、昼休み終了間際に七ヶ橋は戻ってきたので、また傘を返すタイミングを逃してしまった。

しかし同時に、絶好の機会があった事を、今になって思い出した。


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