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文武平等  作者: 風紙文
第一章
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帰り道でのコンタクト

誰かを仲間はずれに、ましてやクラスメイトなら、例え俺ではなくとも誰かと話せるようになっていた方が楽しい学校生活を送れるだろう。他愛ない話でも、勉強の話でも、なんだっていい。誰かと話はするべきだ。その手伝いのために、俺はストーカー紛いな事をしている。

と、こう語っておきながら、俺は帰宅部だ。

普通ならば部活に入るだけで仲間ができやすく、話す機会が増えるというものだが、そうはいかない理由がある。

そのためにまず、この学校について語ろう。

この学校は部活動が盛んだ。運動系は大会で良い成績を残しているし、文化系は文化祭で本領を発揮している。部活目当てでこの高校へ入る生徒もいるらしい。

それがこの高校を選ぶ理由その1。その2は、この高校が全寮制であることだ。

独り暮らしをしてみたいという生徒が寮に入りたいが為に、この高校を狙うらしい。

だが俺の場合、そのどちらでもなかった。俺はこの辺りの生まれで、近くの中学校に通っていた。その中学校からこの高校に入った友達や生徒は何人もいる。

要は、この高校を選ぶ理由のその3、家から近いから、この高校を選んだのだ。

ならば尚更部活に入れよ、という言葉が聞こえる気がするが、俺は自らの家での手伝いで午後は基本的に埋まってしまうのだ。

その手伝いとは、剣道だ。

俺の実家は古くからの道場で、俺自らも剣道を学び、今も二段を持っている。別に剣道部になら所属しても良いと両親も言っているが、訳あって入るのはやめておいた。

今が今で楽しいし、剣道なら家に帰ればほぼ毎日できる。

それに、今は部活どころじゃない。

俺は今、同じ帰宅部にして観察対象の七ヶ橋を追っていた。

どうせ帰路は同じ寮の方向、ならば後ろからついていってもおかしくない。そして当の本人が後ろを歩く俺を気に掛けるわけでもないので、観察は簡単だった。

……しかし、見る度に七ヶ橋は妙だ。確かに空は曇り空だから傘を持っていてもそこまでおかしくはないが、

ガッ  ガッ  ガッ  ガッ

……そんなに力強く突かなくてもいいだろう。

観察と言って七ヶ橋を見初めてから早い2週間。まず気になったのはあの傘だ。

いつも持っている。いつも突いている。階段では引きずっている。

程々にしないと壊れるぞ、と言ってくれる友はいない。よく話している相手も傘については一切触れていない。

「ふむ……」

七ヶ橋をクラスに馴染ませるという先生の提案、それに帰宅部だからという理由で選ばれはしたが、今となってはやる気だ。

だから馴染ませる為に、誰かと話が出来るようにする為に、俺が練習相手になるのもおかしくはないだろう。

という訳で、

「おーい、七ヶ橋」

俺は彼女の名字を呼びながら後ろから走り近づいた。

「……」

七ヶ橋は立ち止まり、こちらを向いてきた。良かった、ムシはされなかったな。

「分かるか? 同じクラスの武川だけど、今帰りだよな? よかったらさ、一緒に行かないか?」

「……」

無反応。

「……」

「……」

現在回りに他の生徒はいない、2人きりの帰り道に沈黙が続いた。

「……」

「……」

ヤバイな、嫌だったか。そりゃいきなり知りもしない、一応クラスメイトの男子に話かけられればこういう反応なるか。無理強いはまずいだろう。

「あー……ごめん。別に無理にじゃなくていいんだ。ほら、どうせ帰り道は一緒だし、それに、クラスメイトだしな、仲良くしたいなと思って……わるい、こんな知らない奴と一緒に帰りたいなんて思わないよな。それじゃあ」

俺は七ヶ橋の横を通りすぎ、前を歩き出した。

その時、

「……別に、いい」

最初はその声が七ヶ橋のものだとは気づかなかった。

初めて聞いた気がする。本当は2年初めの自己紹介タイムで聞いた事があった筈なのだが、こんなにしっかりと聞いたのは初めだった。

その声も含め、まさか別にいいといてくれるとは思わなかったので少し驚いた。

「あ、そ、そっか、あ、ありがとな」

「……何でお礼言うの?」

首を傾げて聞いてきた。

「あ、いや、あの……と、とにかく行こうか」

「? ……うん」

七ヶ橋が隣に並び、2人揃って歩き出した。

「……」

「……」

そして沈黙が戻ってきた。道を通り抜ける風の音がよく聞こえるな……

いやいや違うだろ武川。七ヶ橋が誰かと話せるようになる為の練習台になると言った側から沈黙を作り出してどうするんだ。

何か、何か話題を……

「あ、あのさ」

「?」

七ヶ橋がこちらを向いた。

しまった……何も考え付く前に話かけてしまった。何か、何でもいいから話題を出さないと。

と、とにかく共通の…

「な、七ヶ橋ってさ…」

「……三夜子でいい」

「え?」

唐突に言われた。三夜子というのは七ヶ橋の名前、つまり名前で呼べという事だな。

なるほど、本人の希望なら叶えよう。

「み…」

「……み?」

いやいや無理だろ! 例えクラスメイトとは言え、ほぼ見ず知らずの異性を名前で呼ぶなんて!

でも呼ばないと話が続かないし……あ、そうか。

「三夜子さんってさ」

「……さんはいらない」

呼び捨てにしろと言うか!

う……こ、これも七ヶ橋の為、引いてはクラスに馴染む為だ。それには名前によるフレンドリーな呼び方の方が早いだろう。

という事は……事は……は…

「み、三夜子ってさ」

「……なに?」

よかった、話が続いた。

そして、その後だ。

「一年の時って、何組だったんだ?」

「……A組」

「そうか、俺はC組だったからさ、またC組で変化無いなーとか思ってたんだ」

「……そう」

「ああ……うん……」

「……」

「……」

話、終了。

何考えてんだ俺は! 確かに共通の話題と言ったら高校の事だが、何故全く知らない一年生の時の話をふってしまったんだ!

く……しかし最早過ぎた事だ。次なる話題よ、俺の頭の中へと降りてこい!

その時、本当に頭に何かが降りてきた。

いや、降ってきた。

「……あ」

七ヶ橋も気づいた。

そう、雨が降ってきたのだ。

「雨か、降りそうな空だとは思ってたけど、本当に降るとはな思わなかったな」

よし、自然な流れで話題を振れたぞ。

「……そうでもない」

おぉ、会話が繋がった。

隣に並ぶ七ヶ橋は自らの鞄をあさり、ある物を取り出した。

それは折り畳み式の傘。そうか、雨が降りそうな空だったから折り畳み傘を鞄に入れてきたんだな。

俺は今日は大丈夫だろうなと思って置いて来たんだよな……て、あれ?

何か今、疑問が浮かんだ。

でも、何だ? 確かかなり重要な事だった気がするんだが。

等と思案していると、頭にかかっていた雨が、ぴたりと止んだ。

いや、雨が止んだ訳ではない、七ヶ橋が開いた折り畳み傘の中に俺を入れたからだ。

それに気づいたのは、顔の前に傘の柄の先、その奥に七ヶ橋の顔を見てからだった。

「!?」

七ヶ橋の顔をこんなに近くで見たのは初めてだった。

今までは遠くから見ていたが、改めて近くで見てみると思ってたよりかわい……て、何を考えているんだ!

「……入る?」

首を傾げて尋ねてくる。いや、もう入っているんだが。

「あ、ああ……ありがとう」

こうして、そのまま進む事になった。

なんだ、もっと孤独を愛する一匹狼で、他者との関わりを嫌がると思っていたが、全然そうじゃない。

俺みたいなただのクラスメイトを傘に入れてくれるなんて、むしろ良い奴じゃないか。普通に人と関わりが持てそうだ。これは案外あっさりと馴染めるかもしれないな。

おっと、入れてもらってるんだから傘ぐらい持たないと。

そう思って、傘の柄を見て手を伸ばした。

その時、思い出した。そうだ、それを忘れていた。それがあまりにも日常的過ぎたから。

何故、七ヶ橋は折り畳み傘をさしているのか?

何故、左手で折り畳み傘を持って、右手で傘を地面についているのか?

折り畳み傘を出した時に気づく筈だった。あるじゃないか、絶好の話題が、一番知りたい秘密が。

今が好機だろう、俺は訊いてみる事にした。

「なあ、三夜子?」

「……なに?」

やっぱり、名前だとあっさり反応してくれる……じゃなくて。

「その傘は使わないのか?」

右手に持つ傘を指して、正直に訊いてみた。

「……」

あれ? 無回答?

まさか、聞いてはいけない事だったのか?

「あ、いや、言いにくい事なら別に無理に言わなくても…」

「……ううん」

「え?」

「……言いにくくは無い……むしろ、聞いて?」

首を傾げ、上目づかいで頼んできた。

「あ、あぁ……」

俺が答えると、七ヶ橋は右手に持つ傘を見た。

「……この傘は、させないの」

させない?

「ささない、じゃなくてか?」

「うん……だからこうして」

ガッ  ガッガッ  ガッガッガッ!

傘で地面を突いた。いやそんなレベルじゃない、もう叩きつけているのと同じだ。

「ちょ! そんな事したら傘が壊れるぞ!?」

「……いいの」

「え?」

「……この傘は、壊す為にこうしているの」

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