伽行珪子の願い
side……『アルクス』
―――今から数分前
レベル5の双剣『竜顎』を持つ伽行に対して、実の弟である森人さんは決して劣勢ではありませんが優勢でもない。平行線の戦いを続けていました。
「流石は盾かしら、防御は完璧なのね」
左右から迫る竜の顎を、森人さんは片方を盾で防ぐことだけで動きを止めていました。
初めの頃はそのまま押し続けていた伽行でしたが、動かないと分かると顎を一度消して再び別の方向から放ちます。対して森人さんはそれらも全て盾で防いでしまい、どちらも攻撃が当たることなく戦いは続いていました。
因みに、森人さんが一対一を望んだため、ワタクシ達は伽行の攻撃が届かない位置より見守っていました。
「そういえば、アルクスさん、」
「一つお聞きしたいのですが」
ふと、隣に立つレドナさんとリリィさんがワタクシに訊ねてきました。
「なんでしょう?」
「森人さんって人の剣、盾だけどさ、」
「あの形状のどちらで、攻撃を行うのでしょうか?」
なるほど、その疑問は確かにそうです。
「ワタクシも初めは分からなかったので、本人に直接お聞きしました」
ワタクシが初めて森人さんと出会った時、盾の剣を見せられてお二人と同じ疑問を訊ねたことがあり、森人さんは快く答えてくださいました。
盾の剣の攻撃手段、それは剣の能力により、盾に触れた相手に今までの攻撃を返すというもの。
相手が盾に攻撃すればするほど返す威力が上がり、伽行が盾に当てている竜顎の攻撃がそのまま伽行へ返すことが出来るのです。
ただし、発動には盾を直接当てる必要があります。つまり相手に肉薄しなければならないので、伽行の竜顎がある限り近付く事が出来ないのでした。
「ここは……ワタクシが動くべきでしょうか」
ワタクシの剣であれば、竜顎を消して森人さんを伽行の元へ届けることは出来る筈です。
ただ、見守っているように言われていますので勝手に動くのは……
「牧師さん。話がある」
そこに、音もなく音川さんが現れました。
「アナタの剣の力を借りたい。竜顎を消せば森人さんが勝てる」
どうやら音川さんも、同じ考えに至ったようですね。
「ですが、森人さんには見守るようにと」
「構わない。同じくリーダーであるワタシが許可する」
「……そういうこと、でしたら」
音川さんより作戦を聞きました。
まず、音川さんの魔法で牽制し、竜顎が現れた場合ワタクシが無力化、数人で伽行の動きを制限した所に森人さんの盾を伽行に当てる。というもの。
「合図は。戦況を見てワタシが出す」
ワタクシは同じく動き出そうとしたお二人を止め、森人さんの真後ろに当たる位置へ移動しました。
「急に動くかもしれない。動ける準備だけしておくように」
「了解しました」
その間も、森人さんは盾で攻撃を防ぎ、どうにか近付こうと動いています。
ガッキィン!!
一際高い音が鳴った瞬間、音川さんの剣が淡い光をまといました。
ついに動き出す、そう思いワタクシも剣を握る手と動き出す両足に力を込め、
「作戦。開始」
ワタクシ達は伽行討伐に向けて前へ飛び出しました。
その時でした。
「おかーさん、なにしてるの?」
……今の、声は?
伽行の動きが止まり、ワタクシ達も止まりました。森人さんと音川さんの視線が、伽行の後ろに向けられています。
その視線の先、階段をゆっくりと降りてきたのは、
「おかーさん? この人たちはだーれ?」
レドナさんリリィさんと同い年くらいの、幼い男の子……なのですが。
「……」
……どうやら、少し、変わった子のようです。
「姉さん、その子は?」
「おかーさん?」
「……何でもないのよ、友也」
伽行の声が優しいものになり、剣を下ろして男の子の隣に立つと、双剣を片手に持って空いた手でその頭を撫でました。
「もしや姉さん……その子は」
「紹介するわ、私の子供、友也よ」
伽行の……子供。
「ほら友也、あの人はアナタの叔父さんよ」
「おじ、さん?」
このような状況だというのに、伽行は叔父さんに当たる森人さんを友也くんに教えています。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
ぺこりと頭を下げて挨拶をする友也くんに対して、森人さんも盾を下ろして挨拶を返します。
「姉さん……その子、もしかして…」
「えぇ、そうね、普通とはちょっと違うわ」
「まさか……姉さん。姉さんの願いって…」
ワタクシも森人さんと同じ答えに至った時、
「えぇそうよ! 友也に普通の生活をさせてあげたい! それだけよ!」
伽行の声は離れた場所で聞いていたワタクシにも響きました。
「アナタには分からないわ! 少し違うというだけで枠から外されて皆とは同じように生活が出来ないことを! それを見てもどうにも出来ないことを!」
「……」
「おかーさん?」
「だから私は、ただ願いを叶えたいだけなのよ。友也の為に、友也を皆と一緒にしたい、ただそれだけなのよ」
その姿は……今まで剣狩りとして多くの人を傷つけた組のリーダーではなく。
……我が子を思う、母親以外のなにものでもありませんでした。
「……すみません、音川さん」
「? 牧師さん。何を謝る」
「ワタクシは……これ以上、あの方に剣を振るうことが出来ません」
今までの相手とは違う。我が子を思う母親に、攻撃をするなんて、ワタクシには出来ません。
作戦の一部となっていることは分かりますが……ワタクシの心が、体が、動くことを許してくれませんでした。
「……そう。なら、安全な所で見ていて」
「すみません……」
迷惑にならないよう、後ろへ下がろうとしました。
その時、
「姉さん。改めて聞きます、争いは終わりにしませんか?」
「終わりに?」
「もちろん、友也くんの事を出来る限りサポートすると約束する。だから…」
「……へぇ、そう……なら、手伝ってもらおうかしら」
伽行の雰囲気が一変し、森人さんを先頭に近くで話を聞いていたワタクシ達は身構えました。
「ほら友也、コレを使って、皆と遊びなさい」
「うん、わかったよ、おかーさん」
伽行が渡した何かは、小さいながらも、剣の形をしていて。
友也くんの手に渡った瞬間、その手に収まる剣へと姿を変えました。
「!? 皆さん! 防御を…!」
「いっくよー。ばくはつ、バーン!」
まるで呪文のように手に持つものを天井に振り上げながら言うと、
次の瞬間、ワタクシ達は爆音と共に感じた謎の衝撃に吹き飛ばされていました。