予期せぬ事態に
開始早々、黒騎士の突撃に驚く俺達を見る伽行が双剣を左右から振り、竜の顎を呼び出して俺達三人を襲った。
「跳べ!」
野山さんの指示で真上へ跳ぶと、足の下で顎が閉じて消えるのが見えた。
今のが剣の能力か。月乃達から話には聞いていたが、なるほど『竜顎』という名前が付くわけだ。
「お前達は竜顎とだ。けどいいか? 負けそうになったら逃げろ」
それだけ言って、野山さんは黒騎士へと向かった。
「よし、行くぞ!」
「ん……」
俺達も前にいる伽行の方へと向かった。まずは剣の届く範囲に行かないと勝負にもならない。
「させると思ってるの?」
伽行は再び手を広げ、同時に振るう。すると両側に竜の顎が現れる。
先ほどは膝ぐらいの高さだったが、今度の顎は胸の高さにまで上がっている。さっきは跳んで避けられたが、この高さまでは跳べない。
「くっ!」
なので、その場にしゃがみ込んだ。三夜子はさっきと同じく跳んで避けている。
顎が閉じて消えるのを待ってから立ち上がって走り出し、刃の届く範囲内へと近づいた。
俺は走る勢いそのままに突き、三夜子は横薙ぎで攻撃を放つ。
キン! ガキン!
「フフフ、残念だけどその程度じゃ届かないわね」
三夜子は右手、俺は左手に持った剣で攻撃が防がれた。
距離を放し、お互い邪魔にならないようにしながら攻撃を繰り返す。だが伽行はその度に回避と防御を行い、こっちは2人掛かりにも関わらず一太刀も当てられない。
そして隙を付かれ、伽行は後ろへと距離を取った。わざわざ下がる理由は、考えなくても分かっている。
「今度はこちらの手番よ、さぁ、喰われなさい」
両手の双剣を振るって呼び出した顎が俺達に迫る。だが、これは想定済みだ。
既に剣の中のパズルは動かしておいた。左右から顎が迫る中、俺は能力を発動した。
ガガッキン!!
左右の顎を、二人になった俺が片方ずつ押さえ込んだ。しかしなお顎は閉じようとして力がこもっている。このまま続けてれば必ず押し負けるが、
「今だ!」
三夜子が前へと出た。
伽行は剣で挟むような体制のまま動いていない、いや、多分動けないんだ。動くなどして体制が変わるとこの顎が消えてしまうから。
絶好のチャンスとなった場面で、三夜子は双剣を横に構えた。
前までは剣を交差して放つことでかまいたちを飛ばしていたが、一昨日の訓練で新たな風の扱い方を覚えている。
双剣を二振り共右側で構えた姿は、その発動条件の一つ。
「……暴風」
振るわれた双剣から激しい風が飛びだし、伽行へと向かった。
「これは……さすがにムリね」
伽行は風に押されて後ろへと下がった。それと同時に左右からの顎が消えて無くなる。
「……かまいたち」
下がった伽行に三夜子は追撃、双剣を交差して鋭い風を飛ばした。
「甘いわ」
伽行は慌てず、後ろじゃなく真横に動くことで直撃を回避。完璧には避けきれず少しだけ風が当たる。
「フフフ、この程度ならたいしたことないわね」
余裕綽々に風が当たった手を見る伽行。
その手が持つ剣に、白い布を巻きつけた。
「あら?」
巻き付いてから気付いた伽行が布の伸びる先を見て、俺の方を見た。
「これでもまだ、能力は使えるか?」
今までに何度も使ってきた『布縫』の布の帯。これを巻き付けることで能力さえ封じられれば……
「いいえ、どうやら使いないようね。でもいいの? これじゃアナタは、離れられないじゃない」
別にそれでも構わなかった。
俺達の目的は伽行に勝つことじゃない、時間を稼ぐことだ。
2人掛かりでようやくあの程度しか当たらないと分かった以上、優先するのは負けないこと。その中で能力を使われるのが一番厄介となるので、この方法を試したら、上手く行った。
後はこのまま、野山さんの言った味方が来てくれるまで時間を稼げば…
『ォォォォォォ……!』
黒騎士の咆哮が響いた。
思わず振り向くと、野山さんと戦っている最中だ。
「なかなか面白い能力だが、俺には通用しないぜ。俺はお前の対だからな」
『ォォォ……』
「なんなら、もう一回試してみな」
『ォォォ……ハァァァ!』
掛け声と共に、黒騎士は剣を振るった。当たる気で立っていた野山さんの……影に向かって。
黒騎士の大剣が野山さんの影をズバッ! と真横に切った。
普通ならそれで何かが起こるということは無い、別に地面も切れていないし。だが黒騎士の剣は大剣のレベル5『影切』だ。
そうした理由が、この名前と関係あるとすれば。
「っ! さすがに、痛いのは痛いな」
影を切られた野山さんの顔が苦痛に歪んだ。
影を切ることで痛みを与える能力、それが『影切』の能力らしい。
「けどな、それじゃ俺は倒れないぜ」
野山さんは剣を持たない逆の手に回復の石を持っていた。あの状態なら常に回復しているので、実質『影切』の能力は無効化も当然だ。
あのまま戦えば、必ず野山さんが勝てる。
こちらは時間稼ぎがほぼ成功で、あちらは勝利確定。もう負ける要素は見つからないな。
予想外のハプニングでも、無い限り。
その時、後ろの方から複数の足音が聞こえてきた。きっと野山さんの言っていた味方の人だ。
「お、来たか」
野山さんも気付き、前にいる黒騎士に言った。
「これでほぼ俺達の勝ちだ。抵抗は止めて、大人しく剣を渡す気はないか?」
『……』
黒騎士に訊ねていたのを見て俺達も伽行に聞こうと、これまで妙に静かな伽行を見ると、
「……フフフ」
何故か、笑っていた。
それはまるで、まだ勝機があると確信しているかのような……
その時、ハプニングは起こった。
『ォォォ……ハァァァ……ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!』
今までに聞いたことのない咆哮が響き、判断を誤らせた野山さんの横を抜けた黒騎士が向かう先には俺と三夜子がいる。
運悪く、黒騎士側に来ていた俺の影に、剣が走って―――
そこから、わずか数十秒……
痛みに耐えた俺は、ある行動を取って……
……そこで、意識が途切れた。