恐怖に振り切る
……side ルカ
例えるなら……肉食の動物に睨まれたような、そんな感覚。
その予想は、すぐさま本物になった。
「喰らいなさい!」
女の人が両手に持った剣を挟むように動かすと、あたし達の左右に何かが現れた。
動物の上顎と下顎、その間にある無数の牙に挟まれるような形にあたし達六人はなっていた。
「っ!」
「チッ!」
初めに動いたのは早山くん、続いてハルが動き、
ガッキン!
ハルは剣で、早山くんは先ほども使っていた透明の箱を出した手で両側から迫る顎を押さえ込んだ。
「くっ……強いな」
「あら、まさか止められるなんて」
「なめんな……よ」
2人が押さえている間に、萩浦くんが女の人へ衝撃波を飛ばす。女の人がその場から動いて避けると、左右の顎は消えてなくなった。
「おしいわね、もう少し早ければ良かったのかしら?」
妖しく笑いながらあたし達に問いかける女の人。それには答えず、まずは2人の無事を訊ねる。
「ハル! 早山くん! 大丈夫っすか!?」
「あぁ、なんとかな」
「だが……今のがあの剣の能力か」
「明らかにあーし達をまとめて倒す気だったよ、今の攻撃」
「ということは……あの人は」
「剣狩りの生き残りで、間違いなさそうね」
六人で視線を向けると、女の人はニヤリと笑った。
「えぇ、そうよ。私はアナタ達が剣狩りと呼んでいたグループの一人……だから、アナタ達の剣、狩らせてもらうわよ」
「はっ、なめんなよ。こっちは六人だ。アンタ一人でどうにかなると思ってんのか?」
「フフフ……思ってるわ。だって今、アナタ達をまとめて攻撃したじゃない」
確かに、固まっていたのもあるけど、あたし達六人をまとめて攻撃しようとしていた。ハルと早山くんが気付かなかったら、攻撃か確実に当たっていた。
「それに……アナタ達の剣のレベルじゃ、私の剣には到底及ばないわよ」
「剣のレベル?」
ここにいる人達は、確かあたしのが1。ハルと早山くんと陽花さんのが2。月乃さんと萩浦くんのが3だった筈。
叶わないってことは、その上の4か…
「アナタ達は、レベル5の剣と対峙したことはある?」
「そう言うってことは…」
「そうよ。百の内7振りしかないと言われるレベル5の剣……これはその1振り」
女の人は両手に剣を持っている。左手に持つ物が右手の物より少し小さく、二つが合わさると何かに似ている気がした。
子供が頃に博物館で見た、恐竜の化石の頭に。
「レベル5の双剣、『竜顎』よ。これでアナタ達程度の剣じゃ太刀打ち出来ないと分かったでしょう?」
「れ、レベル5っすか……」
あたし達の剣よりはるか上のレベルの剣、だからあんな威圧感というか恐怖感を感じたのか。
「ど、どうするっすか、皆……」
『……』
あたしが聞いても皆は、ハルでさえ答えず。無言が続いて、
「だから、どうしたのよ」
月乃さんが沈黙を破ると、続いて皆も口を開いた。
「そりゃま、あーし達の剣よりレベルは高いかもしれないけどさ」
「ですが、それで勝敗が決まるわではありません」
「……真に勝敗を決めるのは、剣の持ち主の腕前だ」
「レベルが高けぇからって、勝ち誇るってんじゃねぇぞ」
皆、全く怖がっている雰囲気が無い。あんな恐怖感を受けたのに。
「それに、何もレベル5と戦ったことがない訳じゃないのよ。そこまで怖がる必要はないわ」
「え? 皆、レベル5と戦ったことあるっすか?」
「ルカも戦っただろ、昨日」
昨日……あ!
「そうっす! 昨日花正と、レベル5の剣と戦ったっす!」
まさか七本しかない剣に二日連続出会っていたとは。
「それにルカ、お前その持ち主をぶっ飛ばしたじゃねぇか」
「確かに……」
剣のレベルに関係なく、あたしの剣の能力は決まった。つまり……
「なら、怖がる必要は無ぇよな」
「……うん! ハルの言うとおりっす!」
頭に巻いていたハチマキをぐっと締め直して、気合いを入れ直した。
「という感じだ、お前を怖がってる奴は、ここにはいないぜ」
挑発するようにハルは剣の先を相手へと向ける。
「……あら、そう。残念だわ……簡単に剣が手にはいると思ったのだけれど」
「誰が渡すか。むしろお前の剣をオレ達が回収して…」
「仕方ないから……もう一度……食われてみなさいな!」
女の人が言葉と共に先ほどと同じ動作をすると、またも左右に竜の顎が現れた。しかもさっきより閉まるスピードが早くなっている。
早山くんとハルが気付いてもう一度防御に動こうとしている。萩浦くんも衝撃波を飛ばすために剣を動かし始め、月乃さんと陽花さんは前に出るタイミングを伺っている。
その中で、あたしは
「怖くなんか……ないっす!」
剣を振り上げて、ハルが守ろうとしている顎、むき出しでこちらに向かう牙へ目掛けて、
「ホーム、ラーーーーンっす!」
ぶん、と振り抜いた。
予想通りに剣は牙にぶつかり、凄い勢いで顎は逆方向に吹き飛んだ。
「!?」
女の人が持つ剣の片方もそれに合わせて吹き飛び、手から離れて地面に落ちた。どうやらあの顎と剣は同調しているらしい。剣が手から離れると顎も消えてしまった。
「……」
女の人は言葉無く吹き飛んだ剣と手を交互に見比べている。
ふっふっふっ、あまりの驚きに顎が外れたのかもしれない。竜顎だけに!
しかし油断せず、次の動作を待つ皆に合わせて女の人を見ていると、
「…………フフフ」
ようやく出た言葉は、笑いだった。
「……やって……く、れ、た、わ、ねぇ……」
『!?』
瞬間、さっきのとは違う恐怖を感じた。
さっきはつまり恐竜に睨まれていたような、大きなものに感じる恐怖だった。
けれど今の方が段違いに、こちらの方が、とても怖く感じる。
「あぁ……ダメね……冷静に、しようとしていたのに……こんなこと、されたら……冷静じゃ、い、ら、れ、な、い、じゃ、ない……」
「な、なんかヤバくない?」
「これは、さすがに……」
「は、早山、今の内に剣守会とかに連絡した方が良いわよ」
「……だな、すぐに」
「ルカ、オレ達も剣士団に連絡だ」
「は、はいっす…」
その時、
「アッハッハッハッ! もう知らないから! 全て残さず、喰らってあげるから!」
女の人は突進を始めた。
その急な行動に皆は一瞬怯み、動けなかった。
その隙をつかれ……あたしの目の前で、左右から首を挟むように剣を持った女の人の笑った顔が見えて―――