剣の中
「花正、ちょっと良いか」
「む? どうしたのだ創矢」
すでに日は暮れ、夕食後。
花正を連れて俺が向かったのは、拍露達の居る道場だった。
扉を叩き、返事を待ってから中へ入る。道場の中は既に三人の布団が横並びに敷かれている。
「武川さん、蒼薙さんも」
最初に声をかけたのは先程同様拍露。今度は呼び出すことなく、俺達が中へと入る。進められた布団の一つに俺達は並んで腰を下ろすと、拍露達3人は一つ挟んで隣の布団に並んで座った。
「2人はいいのか?」
一応、白塗についての話だからな。
「話は聞いています。聞いていても良いのでしたら、ご一緒させて下さい」
「お兄ちゃんの変化についてですよね。だったら聞いておきたいです」
緑羽の返事を聞いて、拍露が困惑した。
「ろ、緑羽、それは、ちょっと違うんだけど」
「え? そうなの?」
「そもそも創矢、どうしてわたしをここへ連れて来たのだ?」
そうだな、もう本題に入るか。
「花正、剣は持ってるか?」
「うむ、常に持っているぞ」
花正が腰を叩くと、花正の剣、レベル5の一振りである『模抜』が現れた。
「拍露」
「はい……」
『模抜』を確認後、拍露は目を閉じ……数秒後、
「約束、覚えてたんだ」
「む、拍露の雰囲気が変わった……さては、今日学校で会ったあの時の」
白塗が拍露の中に現れた。
「今日のことだ、忘れるわけないだろ」
「そう。じゃあ、約束通り」
「あぁ。花正、少しの間だけ剣を拍露に渡してくれ」
「なに? どういう意味だ創矢」
剣の話を聞いたお礼に、白塗が頼んできたこと、それは。
「その剣、模抜の中身と話したいらしいんだ」
「剣の、中身? こういうことか?」
そう言うと花正は柄に手をかけて鞘から抜き、竹光の刃を耳元に当てた。
「違う」
確かに剣の中身だけど、白塗の言う中身とはそういうことじゃない。
「あはは、面白いね」
白塗にも笑われてしまった。
「むぅ、ではどういうことなのだ」
「知りたければ武川さんに聞いてよ。それより、剣を渡してよ。鞘も一部だから、まとめてね」
花正は鞘を腰から抜き、刃を収めて白塗へと渡した。
「ちょっと長くなるかもだから、その間に話しておいてよ」
両手で『模抜』を持った白塗が目を閉じると、花正が今のはどういう意味なのかたずねてきたので、俺はレベル5の剣には人格が宿っているという話、拍露の中の白塗はまさにその一つで、何故か本体から離れてしまったことを花正と横矢、緑羽に話した。
「なるほど、拍露の豹変はそういう理由だったのだな」
「お兄ちゃんの人格がもう一つ増えた理由は、あの筆を手に入れたからで」
「それで今は、他に人格の入っている蒼薙さんの剣と話がしたいと」
「そういうことだ」
さて、五分は経ったか。
「白塗」
「……」
話すと言っていたわりには目を閉じたまま無言の白塗に声をかけると、ゆっくりと目を開けて、
「おかしいな……」
ゆっくりと首を傾げた。
「どうした?」
「蒼薙さん、コレを手に入れた時、どういう状態だった」
「む? ソレはわたしの誕生日に山中の廃れた社で見つけたのが」
「山中の廃れた社? いや、そんな所にコレは無かった筈……でも、もしかしたらあり得るのかな。オレがそうだし……」
「どうしたというのだ。剣と話は出来たのか?」
問に対して、白塗は首を横に振った。
「いいや。この模抜の中に、人格は無いみたいだよ」
人格が、無い?
「多分だけど、このオレみたいに人格が剣から離れちゃったのかもね」
「じゃあ、模抜の力で存在感が無くなることは」
「大部分が人格の仕事だからね。それも無いんじゃないかな……むしろ、もうその後かもしれないけど」
後半は急に声が小さくなって聞き取れなかった。
「え?」
「何でもないよ。はい、ありがとう」
「うむ、礼には及ばん」
白塗は『模抜』を返し、受け取った花正は腰の定位置に戻した。
「……」
その姿を見た白塗は、一言。
「この人なら、存在感が無くなるなんてことないだろうね」
「だよな」
「そうね」
「うん、そう思うよ」
俺も横矢も緑羽も同意した。
「むむ? なんだか前にもこんな話をしたような気が……」
花正はやっぱり、分からなかった。
「3日間、お世話になりました」
文化祭から一夜明け、翌朝。拍露達は家の玄関で親父と母さんにお礼を言った。
「またこのようなことがあったら、家を訪ねて来なさい」
「いつでも待ってるわよ」
親父と母さんに見送られ、三人は駅へと向かって歩き出した。
「じゃ、俺も言ってくる」
俺も両親に見送られて、学校へ向かう。途中まで道は同じなので、三人と一緒に歩き出した。
「ふむ、過ぎてしまえばあっという間のことだったな」
「そうだな……て、花正、どこまでくる気だ?」
花正も制服で、俺達と一緒に歩いているが、今日は文化祭の片付けだけだ。部活は無いし、そもそもまだ午前中で部活の時間でもない。
「とりあえずは駅までだな。その後は……」
「その後は?」
「……どうすれば良いだろう?」
考えてなかったのかよ。
「制服じゃなければまだ町を歩いてても違和感は無かったが、この辺りの人は昨日高校で文化祭をやっていたのを知ってる。その高校の制服を着た高校生くらいの人が歩いてたら……まぁ、学校はどうしたのか、大体に声をかけられるだろうな」
「む、むぅ……」
「三人を送ったら、真っ直ぐ家に帰れ、な?」
「う、うむ、そうしよう……」
そんなことを言っている間に、駅に到着した。
「武川さん、蒼薙さん、この3日間、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「それにわざわざ見送っていただき、ありがとうございます」
「いや、どうせ高校の途中だから気にするな」
「もしもですが、来年僕達が同じ高校へ行った場合、ぜひ学園祭にいらして下さい」
拍露達三人は夏休み中にオープンキャンパスへ行った高校に揃って受験するらしい。意外とここからも近く、俺も名前を知っているし、中学の知り合いも数人行っている。
「ああ、楽しみにしてる。月乃にも言っておくぜ」
「お願いします。では、あたし達はこれで失礼します」
横矢は丁寧に頭を下げ、
「またいつかお会いしましょう!」
緑羽は敬礼をして、
「それでは…」
拍露も頭を下げて、
「―――じゃあね」
白塗が、拍露の手を振った。
こうして三人は電車に乗って家へと帰り、俺は学校に向かって歩き出した。
「そ、創矢? やはりわたしも行ってはダメか? もちろん、片付けを手伝うぞ」
「うん。ダメだ」
一人で、歩き出した。