剣に詳しい人
「―――という訳で、しばらく寮には戻らないから」
「はい、分かりました。留守は任せて下さい」
寮の自室。母さんからの電話で帰宅した俺は、後から帰ってきた同室の萩浦に電話の内容を伝えた。
その内容とは、親父と母さんがしばらく家を留守にするから家に帰ってこいというものだった。
なんでも先日、花正が商店街で行われていた福引きで特賞を当て、なんと高額の旅行券を貰ったという。花正はそれを親父達に日頃のお礼にと、どうせ自分は使えないということでプレゼントし、2人は行き先を決めて明後日にはもう出発するらしい。
道場主である親父がいなくなるので剣道の稽古はしばらく休み。だが家には花正一人だけになるので、俺に帰ってくるように言われた訳だ。
「学校の行き帰りも家からになる。たまには顔出すが、泊まることは無いから」
「日程としては、どのくらいになるのでしょう」
「分からん。ただ最低でも、一週間は帰ってこないらしい」
一週間旅行出来るだけの旅行券って、行き先にもよるが、どれだけ高額なんだ。
「それじゃ、また明日な」
「はい」
まとめた荷物の入った鞄を背負い、俺は寮を出た。
寮から家まで一時間もかからずに辿り着く、まぁ急ぎじゃないし、ゆっくり行こう。
学校の前を通り過ぎ、その途中、先ほどのことを考えた。
剣狩りが壊滅状態という、悪い知らせ。
遅くとも今年中には剣で願いを叶える人が出るという、良い知らせ。
そして、剣は百振り以上あるという、ホウさんの言葉……その途中で電話がかかってきたから、全部は聞かずじまいだった。
あれは、どういう意味だったのか……
「この世に剣は百しか存在しないんじゃなくて、それ以上あるのか……」
「……多分、そう」
そう、そうでしか有り得ない。
そもそも100の勝利を刻むには剣が百以上なくては成り立たない。
「もう少し話を聞いておけば良かったな。電話のタイミングが…」
「……でも、仕方ない」
「まぁな、母さんは剣のこと知らな…」
ちょっと待て。あまりにナチュラル過ぎて気付くの遅れたが、声のした横を見てみると。
「……?」
どうしたの? とでも言いたげに三夜子は首を傾けた。
「……どうしたの?」
本当に言った。
「……いつから居た」
「……創矢が、寮を出た所から」
なぜその時に声をかけない。いや、それ以前になぜ俺はそれに気付かない。
のんびり歩いてたが、もう寮より家の方が近いぞ。
「もう遅いが、その時に声をかけるなりしてくれ」
「ん……次は、そうする」
次、次か……明日くらいかな……
まぁ過ぎたことだ。話を戻そう。
「剣が百以上あるのは分かったが」
もっと具体的な話が聞きたいな。だが今からホウさんを訪ねることは出来ない。ここからは距離があるし、この荷物だ。そもそも居るかどうかも分からない。
「他に誰か、剣に詳しい人がいればな」
「……例えば?」
例えば……俺達より剣を使っている時間の長い双海さんとか原良か。今から行くことを考えればアルクスさんや双子の所だが、あの人達はあまり詳しくなさそうだからな。
「話す以前に、そこへ行く時間だな」
今から七ヶ橋家へはホウさんの所へ行くのと同じくらいかかる。原良は、ホウさん同様今の居場所を知らない。
それに、この荷物があるのがネックだ。一度家に帰ってから……
「……待てよ」
今から帰る家には、レベル5の剣を持っている花正と……
「三夜子」
「……?」
「今から、家来るか?」
「ん……元々そのつもり」
「そうか、じゃあ行こう」
もしかしたら、剣について詳しく聞けるかもしれない。
その気持ちを持ちながら、俺達は足を早めた。




