ドッペルゲンガーの正体
……side 大和
教室の中から、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「おー、調子いいみたいだな」
「あ、大和先生」
入口で受付をしていた篠目に声をかけられた。
「おぅ、頑張ってるみたいだな」
「大和先生も入ってかない?」
「悪いな、今見回り中だから」
数人の先生で異常が無いか見て回ってる最中で、ちょうど2年C組の前に来たんだ。
「今の悲鳴、そうとう怖いみたいだな」
衣装こそ作るのを手伝ったが、内装とかには関与してないからよく知らない。これは中で驚かす生徒達の力だな。
「やっぱこの回の大オチがスゴいからね。やるなー、七ヶ橋」
へー、三夜子が。
「この悲鳴が良い宣伝になって、この行列だよ」
入口の向こうに、ずらっと人の、一般客8に学生2くらいの割合の列が出来ている。悲鳴の度に、その人達も驚いたり待ちわびるように笑っていた。
「そうかそうか、このまま頑張れよ」
「はーい」
篠目に手を振り、2年D組の方へ歩いていく。
……今はああしてクラスの手伝いをしてるが、午後になって、演劇部の劇が終わったら、戦いの開始だからな。
今の内に楽しんでおけよ、三夜子達。
「……ん?」
その時、前から見知った顔が。
「あ、兄さん」
「よう双海、来てたのか」
「まね、これから三夜子のとこ行くよ」
「三夜子の所か、でも凄い列だったぞ?」
「大丈夫、時間稼ぎは持ってる」
双海は両手に食べ物を持っていた。右手にクレープ。左手にお好み焼きの入った袋。後、肩にギターケースを背負っていた。
「え、まさか双海、その肩の……」
「? うん、持ってきた。なんか日常の一部になっちゃってさ」
おいおい、こりゃかなりの戦力が増えるんじゃないか?
「不味かったかな?」
「いや、むしろ好都合だ。ちょっとこっち来てくれ」
俺は双海を連れて人気の少ない所に行き、この後起こる戦いについて説明した。
「ふーん、そんなことになってたんだ」
「そういうわけなんだが、頼めるか?」
「おっけー、というかコレ持ってたら、その空間とかいうのに入っちゃうんでしょ? なら手伝うしかないでしょ」
よし、心強い戦力が加わったぞ。
「でも悪いな、文化祭楽しみたいだろ」
今だに相手の戦力数が分からない以上、1人でも多くのが味方が欲しい。
「のーぷろぶれむ、だよ。ところで、戦う相手がどんな人かくらいは知っておきたいんだけど」
「あ、ならコレを……」
……side 陽花
「みゃーこー、いるー?」
2Cだけでなく、様々な理由で着替えをする女子の為の更衣室に、あーしは入った。
「ん……紫音、ここ」
幸いに2Cの数人しかいなかったから、みゃーこはすぐに見つかった。
「って、おぉ、怖いねその格好」
みゃーこはテレビから這い出る系の幽霊姿だった。話には聞いてたけど、めちゃくちゃ似合ってる。ぶっちゃけマジモンぽい。
「……それで?」
首を傾げる姿は、みゃーこ本人だったけど。
「と、忘れる所だった。はいコレ」
あーしはポケットからある物を取り出し、みゃーこに渡した。
「……コレは?」
「演劇の、最終回の優待チケットだよ」
演劇部部員の特権ってやつで、正面の良い席で見れるチケット。各部員最大四枚ずつ持てて、すでに一枚は翔一、もう一枚はリリに渡しておいた。
「……二枚?」
「そ。もう一枚は……分かるよね? みゃーこ」
「………………」
「……ということが、あった」
「なるほど、陽花からか」
三夜子から一枚のチケットを貰い、今の話を聞いて納得した。
「押川と萩浦にも渡されてるなら、入口で合流した方がいいな」
「ん……行こう」
クラスの手伝いも終わり、三夜子の着替えを待っていた状態だから、三夜子が来たからすぐに…
「お二人も演劇ですか?」
そこへ、古年が声をかけてきた。
「あぁ、陽花からチケットを貰ってな」
「偶然ですね。私も桔梗さんから頂きました」
古年の手にも俺達のと同じチケットが、二枚。
「誰かと見るのか?」
「はい。入口で待ち合わせをしています、よろしかったらそこまで一緒に行きませんか?」
というわけで、古年を加えた3人で演劇の行われる体育館へと向かう。
その途中、ふと思い出した―――古年のドッペルゲンガーを見たという噂話を。
本人は知っているのだろうか? ただ、内容が内容だからな、あまり知らない方が良い気も…
「そういえば、変わった話を聞いたのですが。私のドッペルゲンガーを見たという話です」
知ってた!?
「……そうなの?」
あの時三夜子は着替えに行ってたから知らないみたいだ。
「そうらしい……けど、まさか本物のドッペルゲンガーじゃないだろ?」
非現実な、魔法じみた剣を使っている俺が言うのもなんだが、非現実過ぎる話だ。
「もちろんです」
古年がしっかりと否定してくれた。
「じゃあ皆が見たのはいったい何なんだ」
「それならすぐに分かりますよ」
「え?」
「あら、創矢と三夜子」
「やっほーみゃーさん、たけやん」
一階に降り、体育館へ一直線に向かっている中、別方向から月乃と押川、早山と萩浦が現れた。
「押川と萩浦は聞いたが、月乃と早山も演劇か?」
「えぇ、花香からチケット貰ったのよ。早山もね」
「あぁ、月乃に渡しているところに出会ったら、余らせたらもったいないというからな」
「あの、ところでですが、そちらの方は?」
萩浦は古年を見て訊ねた。そうか、初対面だったな。
「あ、古年じゃない」
「久しぶりだな」
「お久しぶりです。月乃さん、早山くん」
去年同じクラスだった月乃と早山は、今やっと気付いたみたいだ。
「私もチケットを持っています」
「二枚? 誰かと待ち合わせてるの?」
「はい。おそらくすでに入口で待っているかと…」
その時、
「文」
古年に似た声が、古年の名前を呼んだ。
「あぁ、いました」
古年が振り向いた方向を俺達も見ると、
……そこには、古年のドッペルゲンガーが立っていた。
『!?』
多分全員、少なくとも表情や動作に出ている俺と押川と月乃と萩浦は驚いた。
「待たせましたか」
「いえ、今着いたところです」
古年はドッペルゲンガーに近づいていき、その隣に並んだ。顔から背まで全く一緒。よく見れば古年は制服でドッペルゲンガーは私服という違いはある。しかしそれ以外は全く同じだ。
「こ、古年……もしかしてその人が?」
「はい。そうです」
古年はチケットをドッペルゲンガーに渡し、2人揃ってこちらを見る。
「文、この人達は?」
「紹介します。こちらはクラスメイトの武川くん、七ヶ橋さん。こちらはA組の月乃さん、押川さん、早山くん、萩浦さんです」
「なるほど。初めまして」
ドッペルゲンガーはペコリと頭を下げる。俺達も慌てて下げ返す。
「私の名前は、古年文。文とは双子の姉妹です。ちなみに漢字は文と同じ字を使います」
古年 文って書いて、ことし ふみ。か……もしかしてだが。
「ひょっとして、昨日も文化祭に来てたか?」
「? はい。前日も来ていましたが」
……コレが、古年のドッペルゲンガーの正体だな。
「ほら、すぐに分かりましたでしょう」
「あぁ、そうだな」
「何の話?」
噂を知らない月乃達A組メンバーは揃って首を傾げていた。
「後で話すよ。今はまず、早く入ろう」
演劇部から貰ったチケットを持つ8人で、演劇の行われる体育館の中へと入った。