決戦前夜
……side アルクス
「良かったですね。お二人共」
「うーん、まぁ嬉しいことは嬉しいけど、」
「ムダに時間を使った気もしますね」
「ですが滅多に手に入るものではありません。それにそれはお二人が素敵な証です。誇って良いことなのですよ?」
「素敵……ですか」
「そう言われると悪い気はしないね。姉さん」
「そうですわね。兄さん」
レドナさんとリリィさんは片手を取り合って、それぞれもう片方の手で持つ賞状を嬉しそうに眺めていました。
こうして見ると、年相応の方ですよね。
何故賞状を持っているのかと言いますと。文化祭を訪れたワタクシ達は、一階から上へと回りながら歩いている中、ある教室の前を訪れた時、教室の中よりまるで物語のお姫様のような姿をした方が出てきて、何故か怒った様子で行ってしまうのをお見かけしたのです。
何事かと、お二人と共にその教室、確か3年生の教室に入ると、どうやらペアコンテストというものをやっているようでした。
お二人の興味がそこまで無かったので、出て行こうとした時、
『おーっと! そこの君たち!』
と、メガホンを持つ司会の方にお二人が呼び止められ、ワタクシが記念ですからと促すと、お二人はコンテストに出ると決めました。
そしてなんと、その時のチャンピオンであるそっくりな双子の兄弟に勝ってしまったのです。
ただ、問題はそこからでした。
チャンピオンに勝ったペアは、新たなチャンピオンとしてこの場で新たな挑戦者を待たなくてはいけず。挑戦者が訪れても、お二人が勝ってしまい……お昼までの間に10連勝してしまったのです。
さすがにお二人も飽きてしまい。司会の方もこのままではいけないと思ったのか、お二人に10連勝記念の賞状を渡し、お二人を解放。新たに別のチャンピオンを選んでの、ペアコンテスト第二部を開始したのでした。
確かにお二人の言う通り、嬉しいことは嬉しい、けれど、時間を多く消費してしまいましたね。
「お二人共、次はどこへ向かいますか?」
「そうだなー、ボクはお腹すいてきたけど」
「そうですね、もうお昼から少し遅い時間ですし」
では、食べ物の売っている場所ですね。
「ではここから……ここはどこでしょう?」
気が付いたら、人気の少ない通りへと来ていました。
いない分けではないのですが、先ほどペアコンテストを行っていた教室のあった通りよりもとても少なく、とても静かな通りです。
リリィさんが入口で頂いた案内パンフレットで場所を確認しますと、
「部室棟、と書いてあります。そういえば兄さんと共に来た覚えがありますね」
「あ、確かにそこ、パズル部だよ」
レドナさんが指さした教室の扉に『パズル展示室』という張り紙がしてありました。
「見ていきますか?」
『お腹すいてるからいい』
お二人が揃って答え、パズル部の部室前を通り過ぎました。
その時、パズル部室の隣の部屋の扉が開き、
「おっと」
「あら」
急に出てきた方にお二人は足を止め、ぶつかることは免れました。
「……」
出てきた方はここの制服を来た生徒さんで、手に何かの入った段ボールを持っています。
立ち止まったお二人を見るため顔がこちらを向くと、
「おや、貴女は」
その方に、見覚えがあるのを思い出しました。
「……あー、牧師さん」
彼方も、覚えて下さっているみたいですね。
「アルクスさん、知り合いなんですか?」
「はい。お二人が来る前、教会の前を歩いていましたので声をかけたのです。お久しぶりですね」
「……そうだね。というか来てたんだ」
「えぇ、知り合いに誘われまして、お二人も楽しみにしておりましたし」
お二人がじっ、と見ていても、生徒さんは気にすることなくワタクシだけを見ています。
「そう、なら楽しんでいくといい。ボクはもう行く」
「そちらをどこかへ運ぶのですか?」
「そう、演劇の小道具。毎回一つずつ使うものを幾つか」
なるほど、そういえばパズル部のお隣は演劇部の部室でしたね。
「じゃ、遅れるとまずいから」
生徒さんは、ワタクシ達の横を通り抜け、階段へと向かって歩き去って行きました。
「ふむ……」
あの生徒さん、演劇部の方でしたか。
「どうしました? アルクスさん」
「いえ、何でもありません。さぁ、お昼を買いに向かいましょう」
『はーい』
お二人が再び歩き出し、ワタクシはその後を追いました。
……演劇部は確か、明日、パズル部の皆さんが戦う相手でしたね。ワタクシにも要請がありましたし。もしかしたら、あの方と戦うことになるかもしれません。
しかしその際、お二人にはどうしていてもらえば良いですかね?
「皆、揃ったか」
文化祭一日目終了。教室でホームルームをした後、パズル部の部員……押川を除く正式な生徒のみ、部室に揃っていた。
言うまでもなく、明日の話をする為だ。
「いよいよ明日は演劇部と勝負する日だ。負けたら剣を取られてしまう。皆、気合い入れて行くぞ」
「今の言葉、隣に聞かれてませんか?」
「ん? 大丈夫だろ、今までこういう話しても特に何も無かったし」
ある意味、隣も剣を知っていたから何も無かったのかもしれない。
「問題はあちらの数ですね……8人、いえ、それ以上なんですよね?」
「ん……紫音が教えてくれた」
「こっちは7人。一対一では誰かが2人戦わなくてはいけません」
「数なら問題ないぜ萩浦。原良とか、アルクスさんが加勢に来てくれるからな」
「アルクスさんは知っていますが、原良さんとは?」
そうか、萩浦は会ったことなかったな。
「この学校の卒業生で、今は剣守会にいるんだ。まぁ明日会えるだろ」
とにかく、と大和先生は言葉を続ける。
「明日、戦いの開始は剣守会が空間を張った瞬間からだ。一般客や関係ない生徒がいない場所だから、存分にやり合ってくれ」
『はい』
俺達5人は揃って返事をした。
「武川、この事を花正に伝えといてくれ」
「はい、分かりました」
なら、今日は家に帰るか。
「演劇が終わるのは明日の午後。つまり午前中は大丈夫だから、その間に皆、文化祭を楽しんでおけよ。それじゃ、これで解散!」
「―――という訳だ」
夜、親父達が寝室に入った頃。俺は花正の部屋を訪れて、話し合いの内容を伝えた。
「うむ、心得た。明日は決戦なのだな、体調は万全にしておかねば」
いやそこまで気合いを入れることじゃ……いや、気合いはいるか。負けたら剣を取られるんだからな。
「じゃあ、明日な」
「うむ、おやすみだ」
花正を部屋を出て、俺も寝るために自室へと向かう。
二階へ上がる階段へ足をかけ、
「何かスゴイ戦いをするみたいだね」
暗闇から聞こえた声に身構えた。
「今の声……珀露?」
「アタリだけど、ハズレだね」
明かりの無い廊下から現れたのはやはり珀露。だが中身は、
「白塗、か」
「悪いね、聞かせてもらったし、急に借りたよ」
後半は珀露に対してだな。
「またいつか、って、昨日言ったばかりなのにね」
「お前が手伝ってくれれば、どんなに助かるだろうな」
「ムリ言わないでよ。それとも、オレの剣を返す予定もその話し合いの中にあったのかい?」
そんな話、一言も出なかった。
「いや、無理だったな。忘れてくれ。そして、明日も文化祭を楽しんでくれ」
「オレじゃなくて珀露がだけどね。その間、オレ達は一切出ないつもりだよ」
あれ? そういえば……
「なぁ、お前じゃないもう1人の珀露はどんな奴なんだ?」
稲影珀露は二重ではなく多重人格者だと聞いている。つまりこの白塗以外にもう1人、珀露がいる筈なんだが見たことがないな。
「あー、アイツ嫌い」
嫌いて……
「いちいちうるさいし、珀露と違ってオレの動き制限出来るし、だからあの時にキミに板を投げたり珀露が声出せたりしたんだ」
「はぁ……」
「アイツの話なんてしたくないよ」
「そ、そこまで言うなら、無理には聞かない」
「そう? ありがとう」
ここまで言わせるなんて、どんだけ嫌ってるんだよ、もう1人の珀露を。
「まぁ俺が言うのもなんだが、普通の珀露の方にも動いてる姿を見せたり、声が聞こえるようにしても良いんじゃないか? 一応、お前を受け入れてくれたんだろ?」
「…………ふーん。まさか他人からそんなこと言われるとは思わなかったな。アイツには毎日のように言われてるけど。うるさいくらい」
そんなにかよ。
「まぁいいか。今度オレが出てくるような時があったら、そうしてあげるよ。それじゃ、またいつか」
あの時と同じセリフで白塗は目を閉じ、珀露の中に戻った。
目を開けると、珀露は珀露に戻っていた。
「あ、あれ? 僕は何を……って、た、武川さん?」
「今、白塗が急に借りて悪かったって言ってたぞ」
「そ、そうでしたか」
「じゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
礼をした珀露は道場へと向かい、俺は自分の部屋へ向け、階段を上った。