まさか
「それでは、各組行動を開始して下さい」
幾日が過ぎ、ついに一日通して準備を行える時期にまで文化祭が近づいていた。
古年の指示により、2Cは三組に別れて文化祭の準備を開始。俺と三夜子はお化け屋敷の内装班になり、現在は室内で使えないカラースプレー使用の為、外に来ていた。
「まぁ外で使った方が良いのは分かるが……それにしても…」
「……寒い」
暦的には秋だが、もう風は冬のそれに近い。つまり、寒い。高校の冬制服でも普通に寒い。
「これは誰もやりたがらない訳だ」
何か空いてるからその役割になれば、この結果だ。更にはスプレーを使用する壁は教室からここへクラスメイトによって運ばれ、代わりに塗りが終わった壁は持っていかれるので、俺達はずっと屋外だ。スプレーの乾燥を早める為に日向なのがまだ幸いか。
「えっと、コレで何枚目だ?」
「……23枚目」
全部で何枚要るんだったか……
「……頑張ろう」
「あぁ……」
その時、チャイムが鳴った。
「お、もう昼休みか」
ずっと作業してて気付かなかったな。もうそんな時間なのか。
「この1枚も終わったし、戻って昼にするか」
「……大丈夫」
そう言って、三夜子は自分の鞄に手を伸ばした。
教室内は準備の為にごちゃごちゃしているので自分達の鞄を(三夜子はもちろん傘も)持って来ている。だから三夜子は鞄の中に昼食を持って来てるのかもしれないが。
「いやここで食うのは寒いだろ? 教室なら陽花も居るぞ」
何度も言うが、ここは普通に寒い。出来ればこの壁を持って行って教室で昼食をとって次の壁を持ってここへ戻ってきたい。
「……」
しかし三夜子は鞄の中を探し、目的を見つけたのか、
「……はい」
片手に持った小さな包みを俺へと差し出した。
「……はい?」
何だ、コレ?
一見すると水色の巾着袋だが、よく見てみても、口の縛られた水色の巾着袋だ。
「何だ? コレ」
考えていても寒いだけだから直接訊いてみた。
「……お弁当」
あー、本当に昼食だった。
「いやだからな、ここは寒いから教室へ…」
「…………創矢の」
………………うん?
「誰の?」
「……創矢の」
「……俺の?」
「ん……私は、こっち」
まだ鞄を探っていた片手が緑色の巾着袋を掲げた。
「え……っと、つまり……なんだ……三夜子は、俺に弁当を作ってきた、ということ……か?」
「ん……ということ」
「……」
いやいやいやちょっと待った待った!
なんだそれ!! どういう意味だよこれ?!
「あ、あー、そうか。自分の分を作ってたら、材料が余ったから、ついでに作ったのか」
「? ……違う、普通に2人分作った」
「!?」
と、とりあえず、落ち着け俺……冷静に考えろ。寒いとかどうだっていいから考えろ。
ほ、ほら、アレだ。今は文化祭の準備で、昼の購買はかなり混む。買うのは一筋縄じゃいかない。
そして、三夜子は俺とペアを組んでいて、購買の混み具合を知っているから、こうして昼食を用意……いやいやいや、だとしてもどうしてこうなる。
「……」
この間も三夜子は袋を突き出したまま首を傾げている。
「……もしかして」
と、何か呟き始めた。
まさか、作ってきたことを迷惑だと思って……
「……お腹空いてない?」
「い、いや、そんなことはない……ぞ?」
思ってたのと違ったな。まぁそうだよな、三夜子がそう思う訳がない。
「……なら、はい」
再度弁当が突き出される。
……あんなこと言ったら、受け取らない訳にはいかないだろ……
「それじゃ……どうも」
俺は巾着袋に入った弁当を受け取った。三夜子は手を放すと、自分の弁当が入った緑色の巾着袋を開け始める。
「……」
さっきまでは教室の外で寒い寒い言ってたが、今では、教室の外で良かったと本気で思っている。
考えてもみろ、教室の外だろうが中だろうが、昼休みになれば三夜子は、
『……はい』
と言って、俺にこの袋を突き出すことだろう。そしてコレが何かを分かっていなかった俺は、先ほど同様の質問をして、三夜子も同じ答えを返して……その後、ここが教室の外だからこうなったが、教室の中だった場合は……想像したら、かなり恥ずかしいぞ、これは。
「……食べないの?」
見れば三夜子は包みどころか弁当箱の蓋も開けていた。
「え、あぁ、食べるぞ」
意を決して、巾着袋の包みを解き、蓋を開ける。中身は半分を白米が占め、もう半分におかず、よくあるお弁当な組み合わせだ。卵焼き、半分に切ったウィンナー、きゅうりとプチトマト……まさにお弁当。
美味そうだな。花正の創作料理の後だからかもしれないが。
実は今朝、俺は家から学校に来た。
朝食の時に、ようやく火を使い始めた花正が、
『創矢、また新しく作ってみたのだ! ぜひ食べてくれ!!』
と言って出されたのが、本人は『そばめし』と言っていた……うどんの入ったケチャップ味の炒めたご飯。
うん、色々言いたいことはあったので、全部言っておいた。コレそばじゃないとか、見た目はチキンライス(鶏肉は無い)だとか。
『むぅ……料理とは、奥が深いものだな』
そういうレベルじゃなかったけどな。まぁ、味は悪くなかったので普通に食べたんだが。
で、今目の前には三夜子の作った弁当。
袋に入っていた箸を使い…
「……」
…三夜子が凄いコッチを見ていた。
「く、食わないのか?」
物が物だから、見られてるの凄い恥ずかしいんだが。
「……創矢も」
食べてないのは俺も同じ、か。
……仕方ない、ここは覚悟を決めるところだ。箸で卵焼きを取り、三夜子の視線を横に感じながら、一口。
「お、美味い」
率直な感想がすぐに出た。少ししょっぱいというシンプルな味ながら、朝の花正の創作料理と比べなくても、普通においしいと感じる。
「ん……良かった」
それを確認した三夜子は、自身の弁当に手を付け始める。
そのまま静かに、俺達は食べ続けて、数分後、
「ごちそうさまでした」
「ん……」
2人共残さずに食べ終えた。
「えっと。ありがとな」
「ん……気にしなくて、いい」
いきなり弁当を作って来たのはかなり気になることだが。まさか、花正が料理に目覚め始めたのが理由……な訳は無いだろう。
多分、気まぐれか何かなんだろうな。
チャイムが鳴り響く。その途端、古年が立ち上がって視線を集めた。
「皆さん、通常の下校時間となりました。これからは各自行動を行って下さい。校内では7時まで作業を続けられますが、部活の手伝い等、他に用事のある方はそちらを優先して構いません。それでは、行動を開始して下さい」
生徒達の返事と共に、2Cは3つの組に別れた。他の用事で帰宅する者、部活の準備に向かう者、そして教室で作業を続ける者。
俺と三夜子は三番目だった。パズル部の準備は内容が展示という簡単なこともあり、もう大半終わっている。だから今日の内にスプレーを使う部分を終わらせてしまおうと、俺達は壁を一枚持って…
「ちょーっと、武川」
…ところで、陽花に止められた。
珍しいな、三夜子じゃなくて俺を呼んで止めるなんて。
「ちょっといいかな?」
陽花は一人だった。相方の浜樫は部活の方にでも行ったんだろう。
「なんだ?」
「えっとね……みゃーこには悪いんだけど、武川にだけ言いたいことあるんだよね」
俺だけに? それはまた珍しい。
「つう訳でみゃーこ、ちょっと武川借りていい?」
「……ん、分かった」
頷いた三夜子は一人で壁を持ち、
「……先に始めてる」
と、言い残して教室を出て行った。
「で、俺だけに言いたいことってなんだ?」
剣関連も考えたが、なら三夜子に聞かせない理由が見当たらない。
「んー、ここは人が多いから、移動してからね」
陽花の後に付いて行き、辿り着いたのは生徒の全くいない一階廊下の端。ここは物理室など、文化祭に関わらない場所が並ぶので今でも人の姿は俺達しかない。遠くから準備に動く学生の声が聞こえてくる。
「で、俺だけに言いたいことってなんだ?」
先程と同じ質問をすると、陽花何故かニヤニヤ笑い……
「みゃーこのお弁当の、お味はどうでしたか?」
「なっ!?」