夢
自分が今いるその場所、光景を見て。あぁ、コレは夢だな。と思う時がある。
例えば普段過ごしている風景でも、どこかに必ず、おかしな点が見つかる。コレ前に見たなと思った時点でそれはデジャヴか、夢の2択だ。
で、今のこの状況もそうだ。
場所は寮から学校へ向かう通学路。制服を着て俺は歩いている。だが周りに他の生徒はいない、萩浦もだ。休日の部活へ向かう道かとも思ったが、それなら尚更萩浦がいないのはおかしい、だから気付いた。
あぁ、コレは夢か。
と、その時、
「……おはよう」
後ろから三夜子の声、夢の中だろうといつも通り気配なく近付いてきたか。
後ろを振り向くと、三夜子はちょうど隣に並んだ。
普段見慣れた制服姿に、毎日変わらない無表情、それに…
「あれ?」
それに、傘を……持っていなかった。
「……どうかした?」
「いや、三夜子、傘はどうした?」
「……傘は、置いてきた」
「え……?」
ここで確信を得た。三夜子が傘を置いてくるなんて、あり得ない。
あぁ、コレは夢だな、と。
「……そんなことより」
そんなことで片付けられることじゃないが、次の瞬間、
「……」
「な……?」
左側に並んでいた三夜子が、俺の手を握った。
「み、三夜子?」
夢というのは、記憶の整理だと言われているが……こんなこと、今までに無かったぞ?
「……学校、行こう」
三夜子はそのまま俺の手を引いて歩速を早める。手が握られているので、引っ張られて俺も足が前に出る。
「ど、どうしたんだよ三夜子、何か変だぞ」
傘を持ってなかったり、いきなり手を握ったかと思えば学校へ行こうって足を早めたり、いくら夢とはいえ、ここまで変わった三夜子はおかしく感じる。
「……創矢」
「? ど、どうした?」
すでに足は走ってるんじゃないかという速度で動いていた時、急に三夜子が俺の名前を呼び、
「……私、は…………」
そこで、目が覚めた。
「……」
あぁ、コレは夢だ……とは分かっていたんだが。
夢……だったよな?
「武川さん、おはようございます」
二段ベッドの上から梯子を使って萩浦が降りてきた。
「あぁ、やっぱり夢だな」
「どうかしたんですか?」
「それがな……」
「それは……確かに少し変わっていますね」
「だろ」
先ほど見た夢のことを語りつつ登校。周りには他の生徒も沢山歩いている。
「ですが、それは今の七ヶ橋さんだからですね」
「今の?」
「僕や紫音が出会った頃、小学生の時なら、そこまで行動的な七々橋さんは変わったことではないと思います」
萩浦と陽花は小学生の三夜子を知っていて、その時はまだ剣と関わっていなくて押川のような性格だったと聞いている。
「けど、あれは間違いなく今の三夜子だったぞ」
間の空いたしゃべり方、滅多に変わらない表情、傘は持ってなかったが、俺が知り合った時の三夜子だった。
「となると……おそらくですが、聞いた記憶の元気な七ヶ橋さんの行動を、今まで見た記憶の今の七ヶ橋さんで表した記憶の混合、といった感じでしょうか」
「そう、かもな」
何だか難しい話になってきてしまった。話題変えの為に区切るか。
「まぁ、もう見ることはないだろ」
全く同じ、あるいは続きのように夢を見ることはそうそう無い。あれは偶然の中で出会った偶像に過ぎないだけだ。
「多分明日になったら忘れてるかもしれないしな」
「……何の話?」
「!?」
気が付いたら、三夜子が萩浦の逆隣に立っていた。
萩浦の隣にもいつの間にか陽花が並び、2人は朝の挨拶をしている。
「せめて最初にかける言葉は挨拶にしてくれ……」
慣れたと思ってたら、普通に驚かされてる気がする。慣れられるものじゃないのか……
「ん……おはよう」
二言目にかけた言葉で挨拶をした三夜子は、
「……それで、何の話?」
一言目と同じことを聞いてきた。
「それが……」
いつものノリで答えようとして、気づいた。
夢に出てきた当の本人である三夜子にあの話をする……そんなこと出来るわけないだろ!
「それが……」
「……それが?」
ただ取り返しのつかない所まですでに来ている。ここから何かしらは話さないと回避は不可能。こうなれば……
「それがな、文化祭の学内イベントで、何をやるかを勝手に予想してたんだよ」
夢と全く関係ないのことを話した。一瞬萩浦が表情を変えたが、すぐに理解してくれたらしく小さく頷いた。
「……そう」
三夜子はそれに納得したらしい。
しかし、俺はなんて夢を見たもんだ。
「…と、いうことになった」
「そうですか」
パズル部の部室。現在は俺と三夜子、早山と大和先生の4人のみ。部室へ入ってきた大和先生は早山を見つけると、昨日決まったという剣守会の作戦を語りだし、今言い終わった。
「空間へ誘って精鋭による総当たり……ただし、学生のメンバーを除いて」
「剣の能力から、最も効き目があるのは学生ぐらいだって決まってな」
確かに、学生の大部分は思春期。そう考えると学生を戦陣に立たせないのは有効かもしれない。
「……了解しました」
作戦内容を聞いた早山が首を縦に振り、了承。
「なら良かったぜ。これ、萩浦が来たら伝えといてくれ。俺は他にやることがあって職員室戻らねぇといけないから」
「はい」
「じゃな」
伝えるべきことを伝えた大和先生は、手をひらひらと振りながら部室を後にした。
「ついに、徹底交戦に出るみたいだな」
「あぁ、今回の剣狩りには剣守会と剣士団から数名の被害者が出ている。これ以上の被害を避けるためだ」
「……じゃあ、私達は何をする?」
「何をするって、とりあえずは邪魔にならないようにしてればいいんじゃないか?」
「……そうだな、俺達には不利な相手だ」
「……そう」
「……」
「……」
「……」
部室内が一気に静かになった。
一番喋ってた大和先生がいなくなり、残ったのは俺と、寡黙な三夜子と早山、静けさが一気に増して外からの音や声がよく耳に入る。
野球部のバッティング、陸上部のランニング、吹奏楽部の演奏、隣の演劇部からは劇の練習する声、廊下からだんだんと近付いてくる2つの走る音……
「……ん?」
「どうした?」
「いや、走る音が2つ聞こえるんだ」
「走る音?」
俺達はだんだんと近付いてくる走る音へ耳を傾ける。
音は2つ、つまりは2人。1人は確実に花正だろう。ならもう1人は?
走る音が寸前、部室の扉前で止まり、
「早山はいるか!」
扉が開かれ、姿を見せたのは予想外の人物。
「……階田?」
そこにいたのは、剣士団のメンバー、階田だった。




