5年ぶりの街
蒼薙花正、彼女の性格を言葉で表すとしたら。良く言って、ボーイッシュ。悪く言って…………武士。
小学生の頃、親父から聞かされた剣道の話で俺は武士の持つ刀、剣に憧れて色々調べていたが、花正は、武士そのものに憧れた。
それからというもの、時代劇等で学んだ口調を使い出したり(一時期は一人称が『拙者』だった)。遊びでチャンバラをやる機会が増えたり(稽古で竹刀を振った後に)。腰に刀(といってもプラスチック製のおもちゃ)をさして学校に行こうとして止めたりした。
せいぜい小学生までなら子供の遊びレベルだが、高校生の年齢でも、花正はほとんど変わっていなかった。別ベクトル……いや、性格込みで、三夜子とは真逆のベクトルでの変わり者。
そんな百八十度違う方向を向いている2人が、今互いに向き合っていた。
「えっと……こっちが三夜子、俺のクラスメイトで。こっちが花正、俺の従姉妹で、同い年だ」
2人を知っている俺を中心にして。
「クラスメイトということは高校生なのだな。わたしは蒼薙花正という、創矢の叔母の子、従姉妹だ」
「……七ヶ橋三夜子。三夜子でいい」
「うむ、ではわたしも花正で良いぞ。よろしくな、三夜子」
「ん……よろしく」
別ベクトル過ぎて仲良く出来るか若干不安だったが、どうやら大丈夫だったみたいだ。
さて、互いの自己紹介も終わったところで、
「何しに来たんだ?」
三夜子が来た理由を聞くとしよう。
「……」
しかし三夜子は答えない。
「いや、何も理由無しには…」
まぁだいたい分かるけどな。
「…さっきの電話、三夜子がさせたんだよな?」
それで従姉妹が来ていると聞いて、あわよくば従姉妹に会うためか、あるいは他の理由があってここに来た、と。
「……ん」
こくりと頷いた。
「それだけなのか?」
「……そう」
本当に、それだけだったらしい。
ここに三夜子がいるということは、もうパズル部は休みになったんだろう。となると、三夜子はこのままルームメイトの押川のいない寮の部屋に帰るか、大和先生の所に行くしかないか……ふむ……
「花正、街案内、三夜子もついて行っていいか?」
「別に構わないが、三夜子は良いのか?」
「ん……構わない」
花正の口調が少し感染っている。
「ならば行こう、2人より3人の方が楽しいからな」
というわけで、3人で街を歩くことに、今は駅前に向かう住宅街だ。
「おぉ……やはり所々変わっているな」
俺としては毎日のように見てたから分からないが、約五年離れていた花正には分かるんだろう。辺りを見回しては懐かしさに目を輝かしている。
「む? ここは確か……」
ふと花正が止まった場所は、まさに建物が工事中の場所だ。
「あぁ、去年から工事してるんだ」
何が建つかは不明だが、そろそろ完成するらしく、外装は出来上がっていた。見た目だけを見れば、
「これは……なんだ?」
「……教会?」
白い壁に、円錐上の屋根の頂点に十字架が立っている、本などで見た教会によく似ていた。
「なんでまたこんなところに?」
「さぁな」
教会なんて入ったことないので、何に使うのかもよく知らない。そもそもこんな住宅街の中に建てる理由も不明だ。
「しかし……ここは昔」
「あぁ」
花正がいた頃ここはまだ空き地で、よく遊んでいた場所だ。八割ぐらいチャンバラだったな……九割だったか?
「そうか、もう遊べないのだな」
「物思いに耽っているところ悪いが、さすがにこの年齢では遊べないだろ」
「それもそうだな」
教会のような建物を横目に再び歩き出す。
「時に、創矢」
「なんだ?」
花正は肩を寄せ、小声で話しかけてきた。三夜子に聞かれたくない話だろうか。
「三夜子なのだが……何故この天気で傘を持っているのだ?」
それか、そりゃ当然の疑問だな。
そんなの本人に聞けよ……と、普段なら言うところだが、アレはそうはいかない。何せ、剣という普通とは全く違う物なのだから。だがそれを説明するのはかなり難しい……ただし、
「知らないのか? 今日午後から雨の予報なんだぞ」
「おぉ、そうであったか」
花正には、丸分かりの嘘で何とかなってしまうので助かった。
「三夜子は用意周到なのだな」
「……?」
三夜子が俺を見たので、頷いとけ、とアイコンタクト。
「……ん」
届いたのか、こくりと頷いた。
「で、次はどこ行く?」
「そうだな、駅の方に行こう」
「はいよ」
「うむ、やはりこの辺りが一番変わっているな」
歩くこと数分、俺達は駅前広場にたどり着いた。懐かしむように辺りを見回す花正を先頭に、俺と三夜子が並んで後を追っている。
確かにこの辺りは五年で変わったところがある、店が閉まったり、そこにまた別の店が開いたりしているのを見てきた。それを見る度に花正は「おぉ」と声をもらしている。
「む、あれは……」
花正はあるものを見つけて止まり、そちらへと方向を変えたので俺達も後に続いた。
あるものとは掲示板、ここ最近の町の情報が書かれていて、その中の一つを見て花正が呟いた。
「夏祭りか」
今週末、夏休み終了間際に行われる夏祭りのポスターだ。
「5年ぶりか?」
「うむ、この時季に来れて良かったぞ」
「……創矢」
「夏祭りな」
「ん……一緒に」
「そういう約束だからな」
「む? 2人は一緒に回るのか?」
「あぁ、夏休み前に話してたんだ」
「そうか、わたしも一緒で良いか?」
「俺は別に良いが、三夜子は?」
「ん……構わない」
「だそうだ」
「うむ、では夏祭りは3人でだな」
その時、
ドサリ
何か重みのある物が落ちた音が後ろの方で聞こえた。何事かと後ろを向いてみると、
「誰だ?」
「……月乃?」
三夜子の言った通り、月乃がそこにいた。
「同じ部活の部員だ」
「……」
月乃は俺達を見て目を丸くし、何故か口をぱくぱくさせている。どうやら先ほどの音は月乃が肩にかけていた鞄が地面に落ちた音らしい。
「どうしたというんだ?」
「さぁ、どうしたんだ?」
「創矢!」
どうしたのか聞いてみると、いきなり名指しでビシッと指を突きつけられた。
「ど、どうした?」
「ダレよその子!」
再び指さされたのは花正。
「従姉妹の花正だ」
「蒼薙花正という。創矢とはいとこの関係だ」
「いとこ……って、前に話したことのある?」
「あぁ、そうだ」
そういえばそんな話もしたな。
「ということは……」
月乃は何やら思案顔になり、やがて。
「あの寝食やお風呂も一緒に入ったていう、あの!?」
あー、そんなことも言ったな。
「うむ、その、あの、だ」
花正が頷いた。
「ちょっと創矢! いとこが女の子なんて聞いてないわよ!」
そういえば、花正の性別は言ってなかった。
「でも小学生の時だぞ?」
「だからって! 普通小学生でも一緒には入らないわよ!」
そうなのか? その辺りはよく分からん。
「まさか、今も一緒とか言わないわよね?!」
「言うか」
「うむ、わたしは今日来たばかりだし、それに今では風呂が小さくて入れないだろう」
じゃあ風呂が大きければ入るのか? ……花正なら言いそうだ、今はさすがに断るぞ。
「だからって!」
再び月乃に指差された。
とりあえず、月乃を落ち着かせることからしないといけないか……