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アビリティ

作者: アザロフ

『ここはエッジワールド。世界の端にある異質な空間。君ら百八名はこれより私が与えた、右手につけてある腕輪を使って戦いをしてもらう。使い方は至って簡単だ。『プリーズアビリティ』と一言発せば君らに与えた能力が一つ使えるようになる。この世界から出る方法も先に教えておこう。何、さして難しくないさ。ここのいる全員が元の世界に戻りたいと本気で思えばそれだけで帰れる。帰った後は獲得した能力が消えることはないから安心したまえ。まぁ君らは帰らないだろうがね。なんたってその能力の中には君たちの抱えているコンプレックスを打ち消すものが必ず存在するからさ。そう。ここへ呼ばれた者は全員、何某かのコンプレックスを抱えている者たちなんだ! ……っと話が若干逸れてしまったね。肝心の能力の奪う方法だけど、相手に『ギフトアビリティ』と言わせるか、相手の腕輪を外して自分の腕輪に十秒間接触させ続けるかの二択だ。能力を奪われた者は勝手に元の世界へ戻れるから安心して。ま、その場合コンプレックスをより意識するようになっちゃうけど、それは致し方ないよね。むしろ実験に付き合ってもらう代償としては、死んだりしないだけかなり優しいプログラムを組んだを思うし。そして能力だけど、起動の仕方はさっき言った通り。で、内容は各腕輪と腕の間に紙を入れてるからそれを見て学んでね。使用時間もあるから気を付けて。腕輪にメモリがついてるけど、一メモリにつき一分。全部で二十あるから二十分だね。メモリの回復は一メモリにつき三分かかるからご利用は計画的に。勿論回復は能力未使用時だけ。メモリが全快してなくてもちゃんと時間さえ残っていれば使えるから安心して。……大雑把だけど説明はこんなものかな。さぁ、話は長くなってしまったけれど、いよいよコンプレックスを解消するための戦いを開催する。存分に力を振るって、人と能力の限界を僕に見せてくれ!!』



『プリーズアビリティ』

 ここエッジワールドでもう九度目となる能力使用の宣言。

 すっかりこの世界にも、能力を扱うと言う異常性にも慣れた。っと思っていた恵良けいらだったが、

「何これ、ワックスぅ!?」

 床に撒かれた生乾きのワックスに驚きを隠せずにいる。

 これまで見た能力は高く跳んだり、物を飛ばしたり、遠くの物を取り寄せたりと普通ではないものを見てきたが、これは意外過ぎた。

 エッジワールド内は一つの小さな町となっている。幾つもの建物。家やコンビニエンスストア、小さな百貨店にホームセンター等があり、それら建物内には元いた世界で当たり前のように目にしていた物が、開店直後のように綺麗な状態で並べられていた。空に関しても普通で、夕方になれば夕日。夜になれば月が出てき、朝には日が昇る。人が少なすぎる以外は至って普通の町並みがここにはあった。

現在恵良のいる学校も、相対した者が使用したワックスもその一つ。

「ワックスをかける能力ってこと? ってまた逃げられる! 早く追いかけないとっ」

 慌てて立ち上がり、廊下へと繰り出し左右を確認すると、右手に下へ向かう人影を見つけた。

「――――もう怒った。絶対逃がさない!」

 言うが否や隣の教室へ入っていき、鍵のかかっていない窓を乱暴に開く。音もなくスッと開いた窓だが、荒々しく端まで押したことから、もうちょっと丁寧に扱えと言いたいように「ガンッ」と音を立てるが、恵良は無視。レーンを踏みつけ、思いっ切り外へと飛び出した。

窓の外にベランダなどなく、現在いる場所も三階と、普通ならば絶対にやるべきではない行動。

 だが、ここは普通ではない場所。

 能力という異常が当たり前のようにある世界。

 ――――高く跳ぶ能力。

 飛ぶ時の衝撃は発地には残るが着地にはなく、しかも体への反動もない。

 結果、窓のレールは高く跳ぶ時の衝撃に負けて歪んでしまい、三階。飛び上がった分実質四階分の衝撃がやってくるはずの着地時には、音もなく戸の前で仁王立ちができた。

「ひ、ひぃっ」

 丁度そこから逃げようとしていた男。見た目三十歳くらいの男が驚いた表情でこちらを見ていたが、お構いなしに能力を発動させる。

 ――――遠くの物を取り寄せる能力。

 今まで無手であった左手にブリキバケツが握られている。それを、

「そらぁ!」

両手で頭上に持ち上げ、思いっ切り男の頭に被せた。

「っんげ」

「せぇ~のっ」

 怯んだところを今度は右手に木刀を取り寄せ、バケツ越しに思いっ切り殴りつける。

 手に残る衝撃に顔を歪ませながらも倒れ行く相手を見つめる。

 倒れた衝撃で頭から歪んだブリキバケツが脱げ、数秒経つも男に動く気配はない。

 ――動く、気配はない……ようね。

 気絶しているのを確認してから相手の腕輪を外し、自分の腕輪へと接着させる。十秒立つと、腕輪から『ギフトアビリティ』と機械音声が発せられた。

「っぷふぅー、なんとか終了。さてさてこの人の能力はっと……何これ。マジでワックスをかける能力なんだ。ってかそれしか持ってないし……ハズレ、か。だぁーもー骨折り損じゃない!」

 ショートカットの髪を掻きむしりながら叫ぶ。

能力の基本説明は能力使用中に脳内へ直接されるために分かるのだが、まさか未だに初期能力しか持っていない者がいるとは思いもしなかった恵良は、イラつきを露わにするも一変。落ち込みを見せる。

「これじゃあ枢の仇を取れないじゃない……」

 ここへ来て一週間。親友である楠木枢くすのきくるるに逃がされて四日。

 今こうして必死になれるのは、自分のコンプレックスを解消するという私事ではない。一重に枢によって生かされた自分が、その相手を倒すためにできるだけ能力が必要だからに過ぎないからだ。そのためにならば見ず知らずの相手を傷付けることも厭わない。どのみち大半の者が鉢合えば喧嘩を始める。ここへ来て一週間も経った今、先程の男のような存在は珍しい部類だ。

「落ち込んでてもしょうがない、か。そうだね。そうだよね。よし! 気持ちを入れ替えて行こうか。っの前に能力を解除しなきゃ」

 未だに自分が能力発動中なのを思い出し、宣言する。

『リバースアビリティ』

 後で思い出したかのように、ここへ連れてきた者が教えてきた能力の解除方法。それまで一度使用したら時間切れまで強制使用だった状態に比べ随分使いやすくなったが、それでも使える最大時間は変わらないために恵良としては不満なままではある。

 メモリを確認すれば八つも消えている。

 今誰かに襲われでもしたらこちらが不利なのは明白だ。三日前にそれで危うく負けそうにもなった。ついでに先程ワックスで滑って転んでから体がべたべたしていることを思い出し、一先ず学校の水道で洗い流そうかと考え、校舎へ足を向けたところで不意に声がかかる。

「あれぇ? そこにいるのは以前会った恵良ちゃんだっけぇ。久しぶりぃ」

 瞬間、

『プリーズアビリティっ!!』

 今解除したばかりの能力を発動する。更に振り返りざまに右手に持っていた木刀を薙ぐ。

「おおっと危ない危ない。でも残念~。その能力は何度も見せてもらってるから分かってたら避けるのは簡単だよ」

 離れた位置にいる紺色のスーツ姿の男は、上半身を後ろに反らしているのを起こしながらこちらに話しかけてきた。

 ――――遠くを切る能力。

 恵良の初期能力。

 振りの強さで飛ぶ斬撃の切断力が変わる能力。そして今のは本気で殺しても構わないと本能的に振りぬいた一撃。事実、斬撃の範囲内にあった桜の木が断たれ、音を立てながら崩れ落ち、男の背後にある外壁を貫通していった。

「よくも私の前にのこのこ来れたもんだね」

 怒気に殺気を含ませて睨みつける。その先には恵良の一番の目的である男が立っていた。

「そりゃあ君のお友達には感謝してるから君にも感謝の気持ちを、と思ってね。いやぁさすがに二十三にもなって童貞だったんだけどさ。まさか女子高生相手に卒業できるとは思わなかったよ。まぁ一応、あの子も処女だったようだし、貰ってくれた僕に感謝されるべきなのかな? あっはははははははは」

 額と腹部に手をやって大笑いする姿は狂気と狂喜を見せる。

 その発言を聞き、そして姿を見た時、恵良の中から怒気が消えた。それと同時に何かがプツッと切れた音が頭の中に直接届いた。

「黙れよっ。この、くそ野郎があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 最早殺す気のみで袈裟切りに斬撃を飛ばし、同時に高く跳び上がり、上方からも斜め十字に放つ。が、

「あまぁい」

 男は軽薄な言葉と同じく、ひょいっという擬音でも発しそうなほど容易に避けてみせた。

「ちっ、まだまっ」

「今度はこっちの番~」

 そう言いズボンのポケットから取り出したのはビー玉一つ。

 ――たった一個で。舐めてんの?

 ――――物を弾く能力。

 野球ボールを投げる速度と同じくらいの速度。体積の約半分の物まで飛ばすことが可能。威力は飛ばした物に依存。弾くと言っても物理的に弾く必要はない。指で弾くようにしたり腕を振るっても、指を銃に見立てて撃つようにすることもできる。

 初めてあった日。この男、九重高次ここのえこうじに恵良と枢が敗れた時に自慢げに言われたことだ。

 他にも身体が強くなる能力も持っているが、あれから四日も経っている。

 ――あの時と同じ数な訳がない。だって、このくそ野郎は能力のためなら平気で人を殺せるからっ。

 四日前のことを思い出し、歯切りしをしながら空中で迎撃の構えを取る。が、どす黒い殺気を放つ眼光が驚愕へと変貌する。

 九重の手の平に出されていたビー玉。それが独りでに空へ浮きあがり、男の周囲を旋回してから銃の構えを取った指先で停止。照準は恵良に固定。

「バン」

 ふざけた口調で言い放たれた擬音に合わせて弾かれるビー玉。しかしそれで終わりではなかった。

「なっ」

 確かに弾かれたビー玉は一つだった。だが、今まさに迫ろうとするビー玉の数は五十は下らない。

 そこまで見て、いかに自分が浅はかな行動をとったのかを思い知る。

 ――また私は……

 一瞬心に影を落とすが、即座に切り替え、右手に持った木刀を前方に放り投げる。更に左手に出現させた歪んだブリキバケツも投げつけ、少しでも迫り来るビー玉を蹴散らそうとする。も、それでもまだ十数個程度しか迎撃できていない。

 ならばと先に投げた木刀がビー玉を通り過ぎるかどうか辺りで再び手元に出現させ、振り下ろしつつ、左手に引き戻したバケツを軽く、そして素早くバケツを放り投げた。

 木刀によってバケツは上から下に叩き付けられるようにされる。その面積はそれほど広くはないものの、自分の体にあたるコースにあるビー玉の大部分を削ぐことができた。

「ほぅ。初めてあった時も思ったけど、物凄い運動神経だねぇ。それも能力によるものなのかい?」

 着地する恵良に感嘆の声を上げる。

「あぁ? 自前のもんだよ。なんか文句あんの」

 苛立ちを見せつつ、体の端々。腕や足に残る痛みの状態を探る。

 ――さすがに全部とはいかなかったけど、これくらいなら……うん、多分ちょっと痣になってるかどうかってくらいですんでると思う。

 長袖のシャツとパンツに隠れた手足の調子を、警戒する構えを取ることで図るが、概ね問題ないようだ。

 痛みで多少は冷静さを取り戻せたようで、小さく呼吸を整える。

「それは羨ましいものだ。僕なんか生まれつき運動が苦手でねぇ。ここの来て本当に幸せだよ。あんなに憎たらしかった体がこんなに強くなってるんだから」

 腕を上げ、上腕を叩いてみせる。スーツで生身は見えないものの、確かな力強さを感じられた。自分が普段から本能や勘で動いていることから見えなくても何となく分かった。だが、それと同時に能力を使ってそれくらいしか出来なかったほど、元の状態が弱いということまでは気が回らなかった。

「はん、それがあんたのコンプレックスって訳かい。そんなことのために人を殺すとかマジで最低だな」

「酷いなぁ。君だってコンプレックスを持ってる言わば仲間だろぉ? それは無いんじゃないかな」

「仲間ぁ? 寝言はベッドの中で言いな。私はあんたみたいな屑と違ってまだ誰も殺しちゃいない!」

 勢いに乗り、相手を遠ざけるように振るわれた右腕の先にある木刀から斬撃が飛ぶ。

「っと。それでも人は傷付けているよねぇ? 自分の欲望を満たすために」

 一瞬無自覚に発動した能力に内心ヒヤヒヤしたが、九重は容易に避けたことに杞憂で終わる。

 再び同じようなことが無いようにと、地面に切っ先を押し付けてから、自分の心を表に出す。

「ああそうだよ、それは言い返しようもない。だけど命までは奪ってない。私が殺すのはあんたが最初で最後だ!!」

「おぉ、それは怖い怖い。じゃあ殺されないように僕も頑張らないと駄目だねぇ。できれば君みたいな女の子にはあまり酷い怪我はさせたくないから加減してあげる」

 おどけた態度で言う様は、一度落ち着いた恵良の心に火をつけるには十分だった。再び熱くて冷たい炎が燃え上がるのを感じながら、木刀を両の手で握る。

「上等。それで負けそうになっても命乞いなんてするなよ」

 射抜くように眼光を走らせ、飛び出すタイミングを計る。

「しないさぁ。だって僕が負けるわけないから。むしろ君が負けた後のことを考えた方がいいと思うよ」

 ポケットに手を突っ込みながらも笑んだ顔。歪んだ心の持ち主には、歪んだ笑顔ができるということをこの時初めて恵良は知った。

「言ってな!」

 言うが否や、下段に構えていた木刀を切り上げると同時に前方へ高く跳ぶ。

 ――互いに遠距離がメイン。だったら接近して直接ぶっ叩いてやる。

 そう思い低空に跳ぶ自分の姿に小さく驚きを見せながらも、九重はポケットから手を出し、前方へビー玉を一つ放り投げる。二人の間には一呼吸分の間しか残されていない。これならば自分の方が早い。そう確信して逆袈裟切りに振り下ろそうとしていた木刀が、手の中から消えた。手の平の空白と痺れを残して。

「甘い。甘いなぁ」

「え」

 九重の声が耳でなく頭に直接届くような、そんな錯覚に陥りそうなほど頭の一部だけが冴えていた。

「わざわざさっき見せてあげたのに」

「あがっ」

 続いてくる背中への衝撃。

 小さな粒。足つぼマッサージに使ういぼのような粒が面となって背中に打ち付けられる。痛みは当然ながらそれの比ではない。地面にそのまま倒れるも、高く跳ぶ能力の判定上着地の扱いとなり、痛みはないのが救いである。

「能力って色々合わせることができるんだなぁ、これが。いうなれば合成能力といったところかな。これは物を浮かす能力に物を操る能力を重ね、更にモノを増やす能力に物を弾く能力を加えたもの。近づいた方が制度は上がるし、そう簡単に破れはしないよ」

「くっ」

「もうちょっと考えて行動しないとねぇ。感情だけで動いてたらあの時みたいに、また何か失っちゃうよ?」

 人を小馬鹿にしたような声が足の向こうから流れ、妙に頭の中で響く。

 ――ああそうだよ、こいつの言う通りだ。なんだって私はいつもっ。

 自分のコンプレックスを思い出しながら、後悔を抱えながら、地面の上で反転。振り返りざまに右腕を振るう。取り寄せた木刀を九重の太もも辺りを目掛けて斬りつけるも、ビー玉で防がれる。が、即座に手を離し再び反転。地面に顔を合わせるようにしながらも、不格好なクラウチングスタートのようなポーズから跳躍。その場から退避した。一瞬遅れて降ったガラス玉の雨は地面を穿つだけで、恵良には一つもあたらなかった。

 ――でもこいつにだけは負けない。絶対に!

 着地した外壁から再度跳躍。右手に取り寄せた木刀から斜め十字に斬撃を、校舎に向けて飛ばす。更に木刀を二階の一室に向けて投げつけると、盛大に窓ガラスが割れる音を響かせながら、九重を飛び越え校舎前にたどり着く。

「逃がさないよ」

「逃げねぇよ。お前を倒すためにちょっと後ろに下がるだけだ」

 情けなくても良い。今自分ができることを全力でする。その思いの下、窓ガラスが散り終わるのに合わせ、男の前で何度目かになる高く跳ぶ能力の使用。

「だから逃がさないって言ってるでしょ」

 後ろから迫り来る無数の圧力。だが、自分の方が早くつけると恵良には直感ではあるが分かった。一部窓枠に残っているガラスに気を付けながらも内部に侵入し、九重から見えない位置へ移動する。すると、僅かな間を空けて現れたビー玉は通り過ぎたり、円を描くかと思えばジグザグに移動したりするだけで、一つたりとも恵良にあたらなかった。

 ――そっか。見えないとあてられないんだ。

 当たり前ではあるが、今更そのようなことを知り、自分の勘に感謝しながらも時間節約のために能力を解除。長居は無用とばかりにそそくさと教室から出て行った。


 校舎の中へ入った理由は幾つかある。一つは外に比べ奇襲がしやすい。二つ目は窓や戸は大半締まっていることから攻撃が見えやすく、こちらの攻撃もあてやすい。そして一番重要な三つ目。この三つ目に必要な物を探しに校内を駆けて回り、

「あった……」

 九重に追いつかれる前に目的の物を見つけられ、思わず顔が綻ぶ。しかしそれも数秒のこと。

『プリーズアビリティ』

 ――左手に登録っと。

 バケツを登録していた左手に新たに上書きされたソレをその場に放置し、右手に呼び戻した木刀を手にしてからは、決意のこもった鋭い眼つきへと変化していた。

 ――っとそうだ、こいつも登録しとこうかな……にしても合成能力、か。そんなこと考えたこともなかったけど、アイツのマネするみたいで嫌だけど、この際四の五の言ってられない。となると……あれとあれならできそうかな?

 能力を再び解除。肩を回したり腿を高く上げて体の調子を確かめてみる。小さな違和感のような痛みはあるものの、大半はもう消えてしまっている。

――――徐々に傷を癒す能力。

能力使用中、自動で体の治癒を行ってくれる能力だが、意識して使用することで能力に幅があることを今更ながら初めて自覚した。これまで基本能力しか考えなかったが、あくまで基本。スポーツで基礎と応用があるのと同じなのだと、恵良は一週間目にしてやっと理解できた。これも九重の影響なのだが、それはあえて考えないようにする。

それを踏まえたうえで顎に手を回し、思案しながら入った場所とは反対側を目指しながら構内を歩く。

 そんなことをしていれば九重に見つかってしまうのは明白だが、それが狙いでもある。もう一つは走りながら考え事をするなど、そのような器用なことができないからという理由からだ。

 ――もっと、能力のことを知る必要があるんだ。今まで苦手だからってやってこなかったけど、頼れるのは自分だけ。なんでも一人でできないと、枢に合わせる顔がないもんね。

 四つほど教室を過ぎた後、階段なる場所にたどり着き、無意識かで上方へと足が運ばれる。一段、二段、三段、四段。一つ一つ確実にゆっくりと歩んでいく恵良。自然と五段目へも足が伸びる。だが、足が五段目につくことは終ぞなかった。

反射的に四段目でしゃがみ込む体。

 ついで右隣の壁に「ガン」とも「カン」とも聞き取れるような音を奏で、反動で恵良の足元まで転がってくる小さな玉を目にする。それは昨今あまり見かけないラムネの瓶に入っているタイプのビー玉が、ツルツルと転がり土足の運動靴へを当たってから止まった。

 しかし恵良はそちらを気にも留めていなかった。意識が向いているのは、

「見ぃ~つけた。あれくらいで撒けたとでも思ったの? 甘いなぁ」

 人を小馬鹿にして気分を逆なでるような物言いをする九重へ。

 相手の物言いに苛々を顔に見せるも、まだ九重は二階中腹にいるため、表情は見えない位置にいることから怒気は向けず、能力の使用宣言もしないまま一段飛ばしで上へと駆け上がった。その際チラリと腕輪に目をやると、メモリが七つあるのが見える。少し前まで六つしかなかったが、小まめに節約していたことが功をそうしたようで、先程から能力の開始も解除も聞いていない九重はかなり消費していることだろう。

 ――時間的に不利かと思ったけど、これならいける!

 勝機を見出しながらも階段を駆け上がる速度は一切落とさず、そのまま最上階の四階へ向かう。後ろからは鬼ごっこを楽しむ童子のような声を上げながら、追いかけてくる九重を振り切るように最上階へと上り詰め、悩む暇もなく二つ目の教室へと入っていった。

 ギリギリ九重が最上階へたどり着く前に室内へと入り、戸を閉めることができたからか、

「おんやぁ? 恵良ちゃんは何処に行ったのかなぁ?」

 わざとらしくも探す素振りを、言葉で表す音が廊下側から届いてきた。このまま通り過ぎればそれでよし。それならば後ろから奇襲を仕掛ければいいからだ。見つかったとしても問題はない。そのために、相手を倒すために逃げるなどという無様な行為をしたのだから。

 膝元が見えないよう設計されているテーブル。それらが口の形で並べられているが、恵良は窓際にする位置で片膝を着き、小さく呼気を漏らしながら様子を窺っていた。

 隣の教室を「ここかなぁ」などと、まるでかくれんぼをしているかのような声で戸を開く九重。正直恵良は苛立ちを感じられずにはいられない。あまり気長とは言えない性格もあるが、それ以上にあの男の声が、一々恵良の気分を逆なでしてくる。嫌悪感や、生理的に無理という相手はこういうものなのだろうと、気分を紛らわすために思考していると、隣の教室の戸を閉める音が聞こえてきた。

「ここにはいなかったかぁ」

 何故だが、その声がさらに楽しそうにしている。恵良にはそう思えた。そう、まるでこれから取って置きが待っているかのような昂揚感を見せる声。

 ――――まさか!

 ハッとした時にはその場から飛び退いていた。一秒遅れで窓を突き破って入ってくるビー玉の雨。無数の破片となった窓ガラスを更に砕きながら突き進むそれは嵐のように床を穿ち、テーブルを押し流す。もう留まれないとばかりに崩れたテーブルの形は、口という字から穴へと変化していた。足りない一画を九重が立つことで補うようにして完成する形で。それはまるで九重からココがお前の墓穴だとでも言いたげに。

「いやはや、君の直感や身体能力は大したものだよ。まさか今のを避けるだなんて」

「なんで分かった」

 九重の発言を無視し、逆に恵良は問いかける。九重は九重で、話に乗ってきてくれないことを残念そうにしながら嘆息し、返答してきた。

「ふぅ……簡単だよ、音を拾いやすくなる能力。それで君が逃げた方向や場所が分かったんだ。直ぐに動き出さなかったのは、他の行動をするとそれだけ能力に制限がかかってくるから。その間はジッとして耳に集中してれば、屋外でも二十メートル先くらいなら話し声を聞き取れるくらいできる。ここは室内で音が響きやすい分君の位置は簡単に分かるってことさ」

 元々がお喋りなのか、聞いてもいないことを話してくるあたり、能力以外何も変わっていない。そんなどうでもいいことを確認させられた恵良だが、苛立ちもなければ怒気を向けることもなかった。むしろ心拍数が跳ね上がり、肝が冷えていくのが分かる。つまり、

「あぁそうそう。恵良ちゃんが何かを登録した声もバッチリ聞こえてたから。何か探してる音だったけれど、あれは掃除道具とかの音だよね? 箒がぶつかる独特な音と、バケツに何かがあたる音が聞こえたし」

 自分が何をしようとしてるのかばれている可能性があった。九重の洞察力が高いことは承知している。それが更に鼻につくのだが、苛立ち以上に恐れてもいる。自分にないものであり、深く考えられる者がどれだけ凄いかは、近くで見てきたことから知っていた。

 自然と木刀握る手に汗をかき、半歩足が下がる。

「気にしなくても大丈夫大丈夫。君が何をしようとしてるかは分からないから。そこは予想するしかないねぇ」

 手の平の上で転がされている錯覚に陥りそうな、それほどまでに人の気持ちまでも先回りする物言い。初めて会った時から好きに慣れないタイプだとは思っていたが、恐怖を覚えたのは初めてである。人を殺すシーンを見てしまった時ですら、恐れることよりも先に怒りを感じたというのにだ。

 ――だけど、それがどうした!

 右手に持っていた木刀を左に投げて持ち替え、右手にじっとりと掻いた汗を服で拭い取り、再び右へ持ち替え、背筋を伸ばしてから切っ先を相手に向ける。九重と、自分の心に負けない意思表示として、下がった足をあえて一歩前に出すことも加えて。

「だったらあんたはここで私が倒す。絶対に!!」

「うんいいよ。僕としてはもうちょっと楽しみたかったけど、恵良ちゃんの能力は面白いし、僕の能力とかなり相性もいいし、ぜひ欲しいからねぇ」

「っつぁ」

 奥へと向かっていたテーブルを思いっきり蹴り飛ばす。キャスターのストッパーが利いてなかったのか、簡単に転がってゆく。九重に向かって。

 テーブルの勢いはかなりのもので、九重の正面にあったテーブルを奥へと押し込み、壁とテーブルに挟まれるのを嫌って右手へと回避している。そこへ、

『プリーズアビリティ!』

斬撃を飛ばそうとするが、こちらの動きを読んでいたのだろう、三つ程ビー玉が飛んでくるのに気づき、斬線を歪ませ、ビー玉を弾き返す。無理に振るったせいか重心が流れてしまい、そこへお返しとばかりに放ってきたビー玉が十数個、恵良に向かって襲いかかってくる。今までの遊びのある動きではなく、一直線に最短距離を迫ってくるビー玉の速度は、教室という狭い空間内では物凄く早く感じられた。それこそ避けてしまうことができないほどに。

――避けれないなら、弾き返せばいい!

「ぅらあっ」

 右手に握られていた木刀をあえて離し、新たに登録しておいた塵取りを手に、がむしゃらにガラス玉を叩き落とそうと振り下ろす。

 木刀と違い風の影響を受けすぎる塵取りに歯を噛み締めての行動は、二つほど腹部にあてられただけで、以下のものは全て叩き落とすことができた。最短で全てが迫ってきたことからタイミングにズレが少なく、おかげで迎撃できたのだが、恵良はそのことに気付くことなく「カランッカランッ」と子気味良い音を奏でた木刀を左手で広い、塵取りを九重に向けて投げつけた。

「あ、あははははは、まさか塵取りとはね。それは予想外だよ。でも確かに今みたいな軌道なら防ぐにはもってこいの道具だ」

 既にいつでも動ける体勢になっていた九重は半身になっただけで避け、両の手が何かを放った。

「なら、これならどうかなぁ?」

 放り投げられたものは空中で交差し、倍に倍にと増えてゆく。始めは一つずつのガラス玉が、既に片方四十は下らない数の塊を作り、今正に九重に向かって迫ろうとしていた恵良に襲いかかってきた。

 何をどうすべきか思い悩むこと一瞬。

 その合間に右手にあるビー玉の塊が弾け、個々となって飛散してくる。かと思えば左手の塊は、その密集体型を維持したまま突き進んできた。

 恵良はその凶器にもなりえるもの達に向かって、正確には九重に向け大きく踏み切った。一瞬驚きを見せる九重だが、着地に衝撃が一切ないことを知ったのだろう。顔の前で防ぐようにしていた腕の向こうで、口角が緩んで見せている。

罠に飛び込む思いで踏み切ったことに後悔はない。そのおかげで嵐のような攻撃を避けれたのならばむしろプラスといえるだろう。

そう割り切り、九重の腕に着地し、

「ふぅっ」

 短く鋭い呼吸をしてから恵良は木刀を振るった。

「甘いよ恵良ちゃっ――――」

 跳ぶ斬撃が無くても、骨の五、六本は折る気持ちで振るった木刀だが、容易にビー玉の盾で弾かれる。更にその間隙に行動に移していたのだろう。視界の端にビー玉の影が映り、九重自身も笑みを浮かべていた。これで終わりだとでも言いたげに。しかしそれとて長くは続かなかったばかりか、表情が驚愕へと変化していた。

「ちょっとごめんよ」

 一切悪びれるつもりのない謝罪をいれ、九重の額と腹部を踏み台に、限界を超える勢いで跳んだ。

「うぶぉっっっ」

 醜い声を上げながら後方の壁へと、後頭部から叩き付けられた九重は、至る所を傷付けながらもその場に尻餅をついた。

 歪んでしまっている窓枠に着地した恵良は、ガラスの殆どついていない枠の上に立ち、左手へと登録しておいた物を取り寄せる。プラスチックの容器に入ったソレを、蓋によって外部に出ることを遮っている物を、惜しげもなく室内へと引っくり返した。

 やや粘性のあるソレは、独特の臭気を漂わせる。恵良自身は既に自分の衣服についてしまっていることからもう麻痺してしまっているが、九重はそうもいかなかったようだ。

「こ、この臭い、は」

 後頭部を打ち付けた影響でまだフラフラするのか、発言にキレないのない九重だが、鼻は働くようで、しっかり臭いをかぎ取れていた。ワックスの臭いを。

「こん、なもので、何を」

「普段のあんたなら一瞬で察せれたろうに……まぁ多分その状態でも近づいたら危ないだろうからわざわざこういう手間をかけてるんだけどさ。それだけ厄介な相手だって認めてるんだ。最後くらいもっと足掻いてみせたら?」

 困惑と不機嫌さを露わにしながら、既になくした余裕を取り戻すように立ち上がろうとする。が、

「あ、足が、滑って立てない」

 立ち上がろうとした瞬間、濡れた氷の上を歩こうとでもしているかのような不安感を覚えた瞬間、滑稽なまでの滑り方をして倒れる九重は、思考が纏まらないのかオロオロと狼狽える素振りを見せる。

 そんな相手に対し、ゆっくりと歩みを寄せ、音が鳴るよう意識して目の前に立つ恵良。向かう途中拾った木刀を手に、怯える九重を見下ろす。

「これ、ワックスをかける能力って言うんだけどさ。使ってみると結構便利なんだよね。こうやってワックスの範囲とか使う量も自由に選択できるようだし」

「た、助けてくれ。ぼ、僕は能力がないと、また皆に馬鹿にされるっ」

 九重の言い分に恵良は一瞬、再び殺意を抱き本当に自分の狂気を向けそうになってしまった。それを奥歯をかみ砕く勢いで強引に押しとどめる。

 ――こんな奴に枢は……!

 恵良は耐えれそうにない激情の一部を吐き出すように、無言のまま顔を蹴り飛ばす。

「んがっ…………お、お願いだ。助けて」

「あんたさ。都合良すぎない? ココであんたは何人殺した? 私とあった時に、私と枢に初めてあった時に、嬉しそうに人を殺してたあんたを見たけどさ、何人殺した? あれから」

 蔑む目で、問いかける。自分の気持ちを整理するために。そしてどんな風にしたのかを聞くために……。

 しかし、恵良の予想を大きく裏切る形で、答えは帰ってきた。

「ひ、一人だけ。で、でも君と一緒にいた子は、殺してない」

「え?」

 ――枢が殺されてない……? 枢が生きてる……?

 優に五秒は全てのことが停止していた。思考も呼吸も、九重に向けていた怒りさえも全てが何処かで無くしてしまった落し物のように消えてしまっていた。

「え、ちょ、ちょっとそれってホントのことなの。ねぇ、アンタは枢を殺してなんかホントにないの!?」

 慌てて思い出したかのように蹲っている九重に詰め寄る。これまで恵良が何のために頑張っていたかを考えれば致し方ないと言えることだろう。

素の自分で九重に、ワックスで汚れた服なのも忘れて襟首を掴んで引き寄せる。

「早く吐きなさいよ。じゃないとここのまま殺すよ。さぁ早く!」

「――――ほ、本当、だ。犯しはしたけど、その後、能力も奪えずに、逃げられ、たんだ」

「つまり、生きてるんだ……ホントなんだ……良かった。ホントに良かった……」

 知らぬ間に涙が目元から零れ落ちる。もう会えないと。二度と彼女の顔を見ることができないと思っていたのに、それがまた会えると分かった。それだけで全てが救われると恵良には思えた。枢によって逃がされた恵良だが、実際は見捨てて逃げたのと変わらない。枢の持つ能力、モノを跳ばす能力で捕えられた場所から自分だけを跳ばしたが、十分戻ることができる範囲内だったにも拘らず、彼女に戻ってくるなと念を押されていたとは言えその場から逃げ出した。人殺しのいる場所に一人残して……。

 無論時間を置いて戻った。しかし戻った時には既に遅く、その場には誰一人いなかった。そのため殺されたのとばかり思ったが、違っていた。これほど嬉しいと思えたことが、まだ一八年という短な人生とはいえ最上の喜びを恵良は今この時味わっている。

『タイムアウト』

 機械的な音声が教室内響く。

 唐突な音声にその場にいた二人はどちらもビクッと体を震わせる。恵良は慌てて掴んでいた襟首を離し、メモリを確認すると一つもないものの、まだ能力の使用ができているのが分かる。

『リバースアビリティ』

 もしこの場で他の者に襲われても、ほんのわずかに時間の節約になるようにと慌てて能力を解除する。

「あ、あ。僕の力。僕の能力。僕だけの能力がぁ……」

「ああ、そういえば一発だけ」

 右手を握りしめ、後ろへ腕を回すように腰を捻り、全力で振りぬいた。

「がっ」

「これで私は枢のことは勘弁してあげる」

 右腕に巻かれた腕輪を外そうとすると抵抗しようとしたが、体に力が入っておらず、殆ど無抵抗に近い形で外すことができた。

『ギフトアビリティ』

 十秒経ってから機械音声で告げられる、九重にとっての死刑宣告。そして恵良にとっての、怨恨との別れ。

「僕は、ただ、普通に生きれる体が欲しかっただけだったのに……」

 男の最後の言葉を聞き、消えてゆく様を見届けてからその場から出ていった。この端の世界で生きているであろう親友の枢を探すために。



 シャワーを浴び、服を着替え、一軒家から出る。

 既に半分はメモリの回復した腕輪を目にしながら、一つ息を吐く。本当は直ぐにでも枢を探しに出かけたかったが、あんな汚い恰好のまま会いたくはないし、何より能力の使用が殆どできない状況下で外を出歩きたくなかったからだ。

「よし、枢を探しに行きますか」

 勢いよく、新たに生まれ変わったかのように一歩踏み出した恵良だったが、そんな彼女に予期せぬ声がかかった。

「ケイちゃん。そんな必要はないよ」

 虚のつく形でかけられたその声音は、全身の筋肉が硬直し、その場で恵良を縫い付けるには十分すぎた。

「っっっ……その声は、もしかして……く、るる?」

 螺子巻が切れそうな人形のようにぎこちない動きで、聞こえた方へ視線を向けると、セミロングのウェーブのかかった髪。低身長ながらも豊満な胸。キーの高い声。それら全ては自分の知っている楠木枢という人物を形成するのに必要なものであった。

「久しぶりだね。四日ぶりか。元気そうで良かったよ」

「それは私のセリフだよ」

 しかし、

「それもそうだよね。……それでね、お願いが一つあるんだ」

 狂気を滲ませる顔は知らない。目元には隈を作り、疲れ切った顔で笑顔を向けてくる彼女の顔は、これまで見たこともない表情だった。

「たった一つだけ。お願い、私のために、死んで?」

「枢何、を?」

 恵良を襲った小さな違和感。それを理解する前に枢と衝突。腹部へ何かがするりと侵入してくる感覚を感じながらもふらふらっと数歩後ずさり、腹部へ目を向けると、そこには一本のナイフが刺さっていた。

「え? 何で? 何で枢が私を……?」

 まるで意味が分からない。意味を分かりたくない。しかし無情にも突き立てられたナイフの隙間から血が漏れ出し、衣服を赤く染めて行く。

「枢、どうし、て?」

「私が何にコンプレックスを抱いてたか、知らないよね? ケイちゃんにも言ったことなかったし。私のコンプレックスはね、弱い心なの。私はいつだって他人の顔色を見て生きてきた。何に対しても流されるままで自分の意志も伝えれず、いつだってケイちゃんの後ろに立ってるだけだった。そんな自分から抜け出したくて。ねぇ知ってる? 能力ってね、何も与えられたものだけじゃないんだよ。私たちも元々持ってた物があるんだ」

 枢は一体何を言っているのだろう。能力には初めに貰った一つしかなかったのはお互い確認し合ったことだ。あの九重ですらそんなこと言っていなかった。

「ごめんね。分からないよね。ちょっとそれにはコツがいるんだけど、でも教えられないんだ。だってケイちゃんにはここで死んでもらわなくちゃ駄目だから。多分、ケイちゃんが私の欲しい強い心を持つタイプの能力を持ってるはずだから」

「分からないよ! 私には今の枢のことが分からないよ。それに枢だって私のコンプレックス、知らないよね。私だって枢みたいに頭が良くなりたい。もっとうまく立ち回れたら、傷付けないですんだ人がいったいどれだけいたかっていつも思ってる。私は深く考えることができないから、いつも色々考えられる枢が羨ましかった。羨ましかったんだよ!」

 自分の心をさらけ出し、ぶつける。今まで心の内に溜めいてた感情を、自分がコンプレックスを抱く原因に向けて。

「でも、それでもケイちゃんは歩いていけると思う。一人でも立派に。だけど私は無理だよ。ほんの数日一人になっただけでこんなに壊れちゃったもん」

「そんなはずない! 枢はちょっと疲れただけだよ。ココは普通じゃないから、私は馬鹿だから、気付けないことも気付けちゃう枢は疲れちゃっただけ」

「ううん、私は本当に壊れちゃったんだ。だってケイちゃんに、大切な友達にナイフ、刺しちゃったもん」

「ああ、この程度なら心配いらないよ」

『プリーズアビリティ』

 恵良は能力使用の宣言をする。そして奥歯を噛み締め、ナイフの柄を両手で握りしめ、脂汗を大量に掻きながら、呻く声を漏らしながら、深く突き刺さっていたナイフを一思いに引き抜いた。

「今の私は能力の一つに傷を治せる奴を持ってるから、これくらい大丈夫。えへへ」

 痛みで表情が歪んでしまうも、無理やりに笑顔を浮かべる。でないと枢がより自分の心を傷付けるから。

「そんな……それじゃあケイちゃんをもっと傷付けないと、もっと一杯刺さないと、駄目なの……?」

 信じられないのか、足取りがおぼつかずよろよろと後ろに数歩下がる枢。そんな彼女を追いかけるように恵良は下がった以上に前へと歩を進めた。

「だからそんなことしなくて良いんだって」

 ナイフを投げ捨ててからゆっくり枢を抱きしめる。強く、とても強く。自分の存在を分からせるように。

「だってね、私が本当に強かったらこんなところに来ないんじゃないかな? 本当に強い人って、コンプレックスなんて抱かないんじゃないかな」

「――――ぁ」

「それにね、私は枢がいてくれるから強くあろうとできるし、どこまでも強くなろうと思う。でも、枢がいなくなっちゃったら、私は自分を保てる自信がないよ。実際枢が殺されたんだって勘違いして、何度も破れかぶれな戦い方してたから」

「そんな、だってケイちゃんは……あんなに強くて、格好良くて、私の憧れで……」

「私も、ずっと枢に憧れてた。頭が良くて、テストの点数だっていつも高くて、私がつまんない喧嘩をしちゃった時もあっという間に解決して。私に持ってないものを持ってる枢のこと、大好きな枢のこと、尊敬してた。勿論今も」

 自然と涙が溢れていた。こんな血生臭いことなんて枢としたくない。だから外の世界に、元の世界に戻りたいと強く願う。

「ケイちゃんが、私を?」

「うん。枢のことずっと憧れてた」

「は、あはは。じゃあ私って世界で一番果報者だ。だって、尊敬してた人から憧れるだなんて、好きだなんて言われたんだから……」

 始めは涙で景色が薄れているのかと思っていた。が、直感で恵良は違うと分かった。今この世界にいる人間全員が戻りたいと、本当に戻りたいと思ったから、この世界から出られるのだと。

「ねぇ、私が昔言ったこと、覚えてる?」

「うん、覚えてる」

 抱き合ったままお互い涙で濡れた顔を見せあいながら、額を合わせる。そして、何かあった時、困った時に解決させる魔法の呪文を、二人は寸分違わず、口にした。

「「私たちは、二人で一人」」

 言葉の残滓も残さず、二人と世界は、その場から消失していった。


設定資料集的なものを作ろうか悩み中。

とある場所で上げられた企画用に書いたもので、文字数の制限やページ数の都合上結構解説をはぶって書いたため、意味が分からないという人は必ずいるであろう内容となってしまいました。

恐らく考えながら読み、更に物語りのかみ合う部分を見つけれない人には意味不明のまま終わってしまうようになっていると思われます。

結構伏線満載で書いてます。っというかそうとしかまだ書けない実力なので、その辺りはご勘弁を。


取り敢えずまぁ何が言いたいかというと、読んでくださり有難う御座いました!

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