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コンカツ~ありふれた、けれど現実的じゃない物語~  作者: 音無威人


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すれ違い

 僕は憂鬱な気分を引きずりながら、学校に向かった。本当は休みたいほどテンションは下がっていたのだが、一応僕は無遅刻無欠席を誇っているので、こんなことでその記録を途絶えさせるのはもったいないと思うのだ。

 いつもと同じように、僕以外の学生は友人同士もしくはカップル同士で仲良く連れ添って歩いている。

 今の僕にはそれが酷く恨めしい。

 昨日のことが僕の心に重くのしかかっている。

 僕だって彼女を利用しようとした癖に。本の効果を確かめるためだけに告白した癖に。

 なのに彼女が僕を利用しようとしたことに傷つくなんて、何とも理不尽なことだ。

 あれはお見合いゲームなんだ。振って振られて当然。上手くいかないことなんてしょっちゅうある。

 僕はそのことを身を持って知っている。今まで何度も振られてきたのだから。その中には同じく僕を利用して、目当ての男性に近づこうとしたやつもいた。

 だから慣れているはずなのに。


 なんで……こんなに彼女のことが頭から離れない?

 なんで……こんなに心が傷つく?

 

 僕は彼女のこと好きだったのだろうか? たった一ヶ月共に過ごしただけなのに?

 実際に会って話をしたわけでもないのに。

 そんなことあるのだろうか。こんな短い時間で人を好きになることがあるのだろうか?

 分からない。僕には向いてないのかもしれない。

 恋愛など、繋がりなど求めるべきではなかったのかもしれない。

 繋がったからこそ壊れた時、酷く傷ついてしまう。なら最初から繋がりなどなかったほうがいい。

 僕は孤独である。それは僕が思うよりも幸せなことなんだろう。

 傷つかないですむ。失わないですむ。

 僕は求めるべきじゃなかった。繋がりを。

 これは僕のミスだ。

 僕は幸福だった。――愚かな僕はそのことに気付かなかったけれど。


 彼女の言ったとおり、僕は低脳だった。だから幸福を履き違えた。

 僕は求めない。――何も。

 そのほうが僕にとっては良いことなのだろう。

 だから僕はこれまでどおり、孤独であることを選択する。

 繋がって傷つくのはもうイヤだから。



「――光太君?」

 ? 誰だ、僕の名を呼ぶのは?

 僕の名を呼ぶ知り合いなどいただろうか?

 僕は不思議に思いながらも、声の方向へ顔を向けた。

 そこには――泣きそうな顔をしながら微笑む、クラスメイトの姿があった。



 僕は黙って彼女について行った。

 話があります――彼女はそう言って、僕について来るよう促した。

 彼女の名は有坂倉乃、僕が通う大学のマドンナ的存在であり、クラスメイトであり、僕が恋していた相手だ。

 今はどちらかといえば、彼女――クラリが僕の心に居座っている。何てやつだ。僕の心を傷つけただけでなく、奪うとは。

 というかいつまで歩き続ければいいのだろうか? だんだん疲れてきたのだが?

「有坂倉乃、いったいどこまで行くつもりだ? 僕はもういい加減疲れてきたのだが?」

「ごめんなさい。この辺りで話をしましょうか。私は別にどこで話をしてもよかったのですが、あなたに至ってはその限りではないと思ったので、大学の人たちがいない辺りまで移動するべきだと判断させてもらいました」

 ほう、そんな考えがあったとは。

 確かに僕はそのほうが好都合だ。マドンナと話をしていると知られれば、どうなるか分かったものではない。

「それで話とは?」

「はい……それは」

 彼女は視線を少し俯けた。

 言いにくいことなのだろうか?

「……です」

「はっ?」

 なんて言ったか全然聞こえなかった。

「もう一回言ってほしい」

「……きです」

 木です? 意味が分からない。

「もう一度」

 彼女はキッと怒ったように目を吊り上げた。なぜだ?


「だから、好きだと言っているんです! 何回言わせるんですか! バカなんですか。好きという言葉の意味ぐらい分かるでしょう。もし分からないというのであれば、ダメ人間のレッテルを貼らせてもらいます。いやそれより返事です。返事はイエスオアノーでお答えください。でないと手首をへし折ります。分かりましたか?」


 彼女は睨みつけるような目で僕を見ている。

 ――本当に?

 本当に彼女は僕に対して好きと言っているのだろうか?

 僕にはそうは思えない。

 彼女は辛そうに悲しそうにその言葉を吐いているからだ。

 彼女の目は僕を見ていない。彼女の言葉は僕に向かって吐き出されていない。

 なら彼女は誰に"好き"と言いたかった?

 なぜわざわざ僕に言う?

「ノーだ有坂倉乃」

「そうですか……」

「それに……その言葉は正しいのか? その相手は僕で正しいのか? 君は本当に僕に好きと言っているのか? 違うだろう?」

 彼女はハッとしたように目を背けた。

 やはり僕の考えは正しかったようだ。

「いえ、私はあなたのことが好きです。厳密に言うなら好きでした、と言うのが正しいのでしょうけど」

 好きだったということは、今は僕のことを好きというわけではない。ならなぜ告白したのか?

「私はあなたのことが好きでしたよ。ほんの少し前までは。ですが最近あなた以上に気になる人ができたのです。その人はあなたと似ている部分がありました」

「似ている部分何だそれは?」

「孤独であるということですよ、光太君。私は最初その人のことを好きというわけではありませんでした。しかし気になっていたのも事実です。ですが愚かな私はそのことにまったく気付かず、彼を怒らせてしまいました。それで初めて気付いたのですよ。私は彼のことが好きだったと。でももう遅いんです。彼はもう私のことを嫌いになっているでしょうから。だから私はあなたに告白した。その未練を断ち切るために。私はあなたのことが好きでした。だから光太君が受け入れてくれれば、私は嬉しかっただろうと思います。でもそれも叶わないようです」

 彼女は悲しみを堪えるように、口元を固く結んでいる。

 つまるところ彼女は二度振られたわけだ。僕以上に気になる人と僕に。

 この告白がもう少し早ければ僕は頷いていただろう。しかし僕はクラリのことが気になっている。それこそ有坂倉乃以上に。

「引き止めて申し訳ありませんでした。話はこれで終わりです。……はぁー、マドンナと言われているにもかかわらず振られるとは、私にマドンナの名は相応しくないということでしょうか?」

 彼女は自重するように笑った。

 ――きれいだ。素直にそう思う。

 だけど僕は彼女を受け入れることができない。僕にはその器量がない。

 ましてや孤独であることを選択したばかりの身。

 受け入れることなどできるはずもない。

 しかし……。

「……私もう行きますね。これから学校ですし。時間をとらせて申し訳ありません光太君。それじゃ学校でまた」

 彼女は僕に背を向けた。

 本当にこれでいいのか? 彼女は勇気を出した。なら僕も出すべきだ。

 一言でいい。

「……好きだ」

「……えっ?」

 彼女は驚いたように足を止める。

「有坂倉乃、僕も君のことが好きだったよ」

「……過去形なんですね」

「ごめん。でもおあいこだ。君も過去形だったんだし」

「それもそうです」

「君と同じように僕も、君以上に気になる人ができた。ただそれだけのことなんだよこの話は」

「光太君もですか?」

「そう。そして気付いた時には何かも遅い。僕はもう彼女に会うことはないだろう」

 彼女は泣きそうな顔で僕を見つめた。

「……私もあなたももう少し早く気付いていれば報われたのでしょうか?」

「さぁ、どうだろうか。対して変わらなかったかもしれない。けどいまさら言っても仕方ない」

「ですね。いまさら言っても変わりませんよね」


 今度こそ本当に僕らは別れた。

 僕も断ち切りたかったのかもしれない。クラリに対する未練を。




 その日、家に帰ってから僕はもう一度コンカツにログインした。

 これを最後にこのゲームを止めるつもりだった。

 そこで僕は本当の意味で、もう彼女に会えないことを知った。

 彼女はこのゲームを――退会していた。

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