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代用恋愛  作者: 長久ろあ
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「ねえ、心波」

「ん?」

「どうして私と付き合うってオッケー出したの?」


 他に好きな子が居るくせに。

 その言葉は、きっと彼が隠そうとしている部分だから、そっとオブラートに包み込んで。


「菜乃子だから」


 その一言だけいうと、形状記憶合金のような、歪みのない笑みを浮かべ、立ち上がった。

 ──菜乃子だから。

 その言葉は、どれだけ曖昧なのだろう。

 そしてどれだけ、私を喜ばせれば済むのだろう。


「心波…」

「菜乃子は」

「え」


 床に脱ぎ捨てていた上着と鞄を拾い上げ、上半身だけで振り返る。


「菜乃子は、どうして俺に付き合ってみる、とか聞いたの?」


 ──好きで。

 好きで好きで、傍に居たくて。

 遠くで見ているだけでは足りなくて。

 少し近づいてみればわかるくらい、彼は気持ちが落ち込んでいたというのに、その時はそっちの都合なんてどうでもよかった。

 どうしても彼に近づきたくて、仕方がないという衝動のままに動いて。

 だけど、好きだという勇気がないのに、チンケなプライドが邪魔をして。


『私と付き合ってみない?』


 今からしてみれば、なんて上から目線で自信過剰な聞き方だろう。

 正直腹の立つ問いかけに、彼は言った。


『…いいね、付き合ってみようか』


 これは、きっと彼としても「お試し」だったように思える。

 どこか、心の中で断って欲しかったのだとも、今なら思える。

 「付き合ってみる」という言い方で返されて、気づくべきだったのかもしれない。

 別れることになった場合、「試しに付き合ってみたけど、駄目だった」という言葉をより有効に使えるのではないか。

 そして好きだというオーラを出しすぎず、それでいて彼の意識下に存在することは、思ったよりも辛いものかもしれない。


「…心波と、同じ理由じゃないかな」


 そんなわけないじゃない。

 思いながら、ギュッと唇を噛み締めたのは、彼には見えなかったと思う。


「俺と一緒、か」


 不意に、後方に回った彼のてのひらが、無造作に頭を撫でて、


「お揃いだな」


 静かに、離れていく。

 そのまま扉が閉まる音を最後に、静寂が訪れる。

 扉に背を向けたまま、立ち尽くすことしか出来ない。

 足元が、自分のものではないような感覚がして、その場にしゃがみこんだ。

 彼の手が触れた部分が、熱い。


「どうしよう、好き…」


 例えあなたが誰を想っていても。

 私を映している双眸が、私を通した別の誰かを見ていても。

 …それでもいいと思っていた、当初の自分を恨みたい。

 好きになればなるほど欲が出て、うまくいかない現実に地団駄踏んで。

 妥協も少しずつ許せなくなって。


「心波…」


 ねえ、私を見て。

 私、代わりなんて嫌だよ。

 私の目を見て話して。

 もっと私の名前を呼んで。


「私、誰の代わりなの?」


 あなたと付き合っているのに、あなたを想って泣くことばかりだ。

 …まるで片想いの、生殺しじゃない。


「代わりなんて菜乃子に言ったっけ」

「ほぇ!?」


 な、何でいるの!?

 その言葉も出ないまま、振り返ると彼氏──心波がいて。

 目をパチクリさせていると、心波は私を一瞥して、深い溜め息をついた。


「タバコ。買いに行ってただけなんだけど」

「ちょ、待っ…え、帰ったんじゃないの!?」

「挨拶もなしに帰るわけがないだろ」

「な、な…!」

「で、誰が代わりにしてるって?」


 とん、と背後にあったソファーの肘掛けに心波の手が置かれ、完全に包囲された。





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