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代用恋愛  作者: 長久ろあ
1/3

 彼が私自身を見ていないことに気づいたのは、いつ頃だろう。

 彼の笑顔が、痛く感じるようになったのは、もっと前だったように思う。



「菜乃子」


 そう呼んで私に微笑みかける彼は、きっと私なんて全く──とまではいかなくても、ほとんどは──見ていないのだろう。

 優しい声。優しい笑顔。

 傍からすればきっと、私と彼は仲睦まじい恋人同士に見えているはず。

 それが、本物か否かの問題だ。


「どうしたの、心波(このは)

「んーん。菜乃子の部屋ってやっぱり落ち着くなー」

「そんなこと言われても…。住み着かないでよ? 学生アパート追い出される」

「えー、菜乃子が一緒だからいいのにぃ」


 そんなに甘えた声で、甘えたことを言わないで。

 それを本当に言いたいのは──誰?


「はいはい、ありがとうね」

「おざなりな返事だなぁ」

「バカみたいなことを言う心波が悪いの。はい、ココア」

「んー。ありがと、菜乃子のココアが一番好き」


 その私のココアは、インスタントなんだけど…と思いつつも、笑顔で返す。

 一番好き、という言葉は、他意があろうとなかろうと嬉しいものだから。


「それはどうも」

「軽いなぁ」


 あんたの方が軽いだろ、というツッコミは心の中に留めておく。

 ソファーに座る彼の横を、我が物顔で座っている彼がぽんぽんと叩いた。

 そこに座れ、と。

 そう言っているのがわからないほど、彼との付き合いも短くない。


「砂糖とって」

「…心波、いつも言ってるけど」

「糖分の摂り過ぎ、でしょ? わかってるよぅ」


 わかっているのならさっさとその砂糖をテーブルに戻せ。

 結局、言っても言わなくても結果は同じなのだ、舌がバカになっている甘党め。

 サラサラとカップに消えていく砂糖たち。

 その量は目も当てられないものなのに、心波は平然と口に運ぶ。

 …ホットでなければ、飽和濃度を越えて底に溜まりそうだ。


「……ありえない。やっぱりその量ありえないでしょ」

「ありえてるよー。ほら、ホットだからねぇ、飽和濃度が上がって、いつもより余計に溶けております」

「何よ、その大道芸人みたいな発言。いつもよりって、私の言うこと聞いてなかっ…ん、」


 指先でクイッと顎を持ち上げられ、あっと思う間もなく唇が重なる。

 少し体温の低い唇が、ふわりと重みを増して。

 噛み付くように角度を変えると、薄目でこちらを確認しながら舌を挿入してきた。

 舌先が触れるまではされるがままになっていたけれど、これは──、


「あまっ…んんー!」


 耐えられないくらい、甘い。

 どうしてこんなことをするんだろうと、力を込めるも、いつの間にか腰から背中に回った腕に阻まれた。

 細っこいくせにどうしてこんな力が…!

 吸い取るだけ吸い取られたというか、遊ぶだけ遊ばれたというか。

 心波は気が済んだら離れて、ニコッと笑った。


「菜乃子の舌、相変わらず熱いな」

「感想言うなっ!」

「熱いココアよりも、美味しい」

「ばっ…か、じゃないの!」


 まるで、私のことを好きみたいに言うくせに。

 甘えてくるくせに。

 ──私のこと、好き?

 こう訊かずに「好きだよ」という言葉が返ってきたことはない。

 私のこと、好き?

 ──好きだよ。

 だったら、キスして?

 ──いいよ。

 もっと。もっと。もっと欲しいのに、行動ではなく言葉が欲しいのに。

 心波は、別に照れ屋というわけじゃない。

 わかっているから、悔しい。

 好きなら、せがまずに出てきた好きだって言葉が欲しい。

 …そう思うようになって、気付いてしまった。

 彼の瞳に映るのは、自分を通した、自分も知らない“彼女”なのだと。

 名前も顔も知らない“彼女”なのだと。

 どうしてわかったかなんて、第六感と言ってしまえば根拠がないけれど。

 どこか遠くを見ていて、上の空のことが多い、と思ったのがきっかけだった気もするけれど、だいぶ前だから、覚えていない。






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