夜の町
何時でも暗く、白い月の光る煉瓦造りの豪奢な街並み。
其処には酒場や萬屋、アパルトメントや仕立て屋が有る。
此処は何時でも音楽と豪華な服を纏った人々が賑やかしく華やかに毎日を過ごしているのだった。
夜の町は噴水広場を囲むように商店や酒場が建てられていて、酒場や仕立て屋は表通りに面して建てられている、そしてその広場の中で少しばかり音楽と声が聞こえてくる、其処は酒場だ。
その酒場はピアノとステージ、そしてバーも備えられて居て週に1度だけ歌姫と演奏家が酒場で演奏するのが仕事なのだった。
気になる歌姫は美しくて背が高く長い髪が艶々していた、彼女は黒いドレスを華麗に翻らせ歌い踊る。
演奏家はシンプルなベストに黒いズボンに蝶ネクタイと眼鏡と言ったすっきりした井出達の優男だった。
「良いぞー!」
「今日もルミエラは可愛いな!」
そんな歓声や野次もこの酒場では週に1回は湧きあがり、ステージにはコインや紙幣が舞い込んでくる…ただ優男は「コインは嬉しいけど散らかして欲しくないかも…」と小さく心の中でぼやいていた。
彼は演奏だけではなく指揮者も出来るので、演奏家同士の公演では指揮もやっているのだった。
そして演奏が終わり、コインで重たくなった袋を担ぎながら歌姫のルミエラが「今日も格好良かったよ、フレディック」と軽くキスをして家路についた。
そして酒場の反対方向には慎ましくランプの光る一軒の仕立て屋が有った。其処には色素の薄い髪を小さく結わえた青年が針仕事をやっていたのだ。
「今日はドレスを2着作ってスーツも1着作れば足りるかな…」
とにこやかに足踏みミシンで少しずつ丁寧に作って行った、そもそも此処は最初は仕事着が破れた男の為に継ぎ接ぎして居た所、被服に興味を持った彼が仕立て屋になってしまったのが切っ掛けだった。
カタカタと糸車が回り、今日も仕立て屋の夜は更けて行くだろう
そして広場通りから外れて夕方丘の通りに抜ける小道には萬屋があった、萬屋とは日用品や保存食、酒やタバコなどありとあらゆるものが売られている店だった。
そこの主人は窓の付いたカウンターで外から買い求める人を接客し、売買するのが仕事なのだが…主人は少し伸びた黒髪に吊り上がった目に咥えタバコと言った少し無愛想な印象を与えている。
けども仕事はしっかりするので、信用はあった、そして夕方丘の人間も此処を訪れる、そして今日は丁度週末なので客はそろそろ来る時間だろう…
「ワイン小瓶と小麦粉500gね」
「ありがとさん、シスターも外ぐらいは修道着脱いだらどうだよ、暑苦しいな」
「お気遣い有難う、シンジ…私は仕事で此処に居るのだから脱いでしまう訳にはいかないな
「堅ってぇやつ…ほらよ」
「銅貨3枚だね、はいよ」
「御贔屓にしているぜ?」
教会のシスターの他にもタバコを買う労働者や夜の町から学校に行っている子供達にも駄菓子を売っているなど、彼の日常はそんな風に続いているのだった。
そして隣には元富豪の館を改造したアパルトメントがある、其処には学生や書生が下宿学校として使われている、そこに住んでいる図書館の常連の書生が先生の部屋で何かを学んでいるようだった。
彼は哲学の本を見ているが、空を見ながら「死んでるとか生きてるとか誰も証明として出せないのになあ…」とぼやいて居たり、先生の所まで行って1日1日学ぶ分を課題や授業としてだしている、いわば大学の様な物だった。
そして髭の生やした教授が「なあ、和樹よ…もし生と死で悩みが有るなら哲学だけに拘らず、神と言う物に触れるが良い、そこには哲学には無い思想や神を教えるところだからな」
そう言うと彼は「期待しないけどね…」とぼやき、アパルトメントの自室で本を読みながら眠りに落ちて行った