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黄巾無双  作者: 味の素
孫呉設立の章
59/62

第四十六話 波才のくせになまいきだ。

不運が大好きなためにわざわざ不運を迎えに行く人達がいる。


~ダグラス・ウィリアム・ジェラルド~

 「貴方が波才?私の名前は尚香。真名は小蓮っていうの。シャオって呼んでね♪」


 「わぁお、いきなり真名を預けるとかすんごい軽い感じですね」



 急に現れ名を名乗った少女は、どうやら孫家の一番末っ娘。

 姉妹と同じく桜色の毛色に、薄く茶色がかった健康的な肌。

 さらには短いスカートにヘソ出しルックの姉妹に負けぬ露出が激しい赤い服を身に纏っている。

 付け加えるのなら美少女である。この世界の有名どころは皆美しく強いようだ。


 だが、波才の興味はそこではない。

 史実で男性だった人間は、こっちではことごとく女体化していた。

 順当に考えて、性別がこの世界では入れ替わっていると考えた方が良いだろう。


 孫家の弓腰姫といえば、劉備と結婚した女性である。

 女だ、普通に女だ。


 ……つまり、この少女にはもしや『あれ』が生えているのではないか。


 波才に電流が走る。

 ざわざわとまるで某麻雀漫画のような擬音が聞こえてくるようだ。



 「ん、どうしたの?なんか心なし顎が尖ってない?」


 「小蓮さん」


 「シャオでいいよ」


 「小蓮、貴方男ですか?」



 よくよく考えれば、様々な属性を持つ乙女に出会ってきた。

 幼女、眼鏡っ娘、ドジっ娘、ヤンデレ、ツンデレ、クーデレ、のほほん癒し系、お姉さん、妹、メイド。


 だが『男の娘』には出会った事がなかった。


 男の娘、それは禁断の園で生まれた存在である。

 こんなかわいい娘が女の子なわけがないということである。


 もしかしたら、『だが男だ』と言わなければならない必要がある。

 波才はノーマルだからだ。普通に女の子が好きであった。


 

 「ぶーぶー、こんな魅力的な女性を捕まえて男扱いはないんじゃない?」


 「魅力的……?」


 「何かモンクあるの?」


 「いえなにも」



 波才の言葉は彼女の触れてはならない部分に触れてしまったのであろう。濁流の如く溢れ出した怒気は、彼女が纏う不穏なオーラへと変わる。

 ぎらりと光った目はまさに虎。孫策が波才を殺さんと剣を振り上げた時と同じ、人を見ただけで萎縮させる殺気を放っていた。


 確かに彼女は孫家の娘であるらしい。孫策にそっくりであった。

 胸やお尻などの豊満な肉体の部位は受け継がれていないようだが、それでもその気風は孫家らしいといえよう。



 「なんか変な事考えていない?」


 「小蓮、君はこの大陸で、いやこの世界デ一番可愛く美しい」


 「うん、嬉しいけど何で棒読みなのかな?」



 勘が鋭いところまでそっくりだ。


 頬を可愛らしく膨らませているが、そういうところが子供っぽい事に彼女は気が付いているのであろうか。


 活発で行動的、考えるよりもまず動いてみようというタイプだ。

 まず厄介事を持ち込むタイプだ。


 面倒くさいタイプだ。

 ぶっちゃけかまいたくない。


 孫家の姫君はどれも個性的で疲れると波才は頭を痛める。

 この姫様はどちらかといえば孫権よりも孫策よりの人間のようだ。つまり面倒である。帰りたい。


 体と心はまだまだ未成熟だが、やがては他の姉妹に劣らない女性へと変わるだろう。


 

 「というより、何で小蓮はここへ?」


 「だって話には聞いていたけれど、実際にあったことは無かったし?それに……」



 気まずそうに顔を動かした先を、波才も眺める。

 そこにあった光景とは……。



 「孫呉の同胞達よ、待ちに待った時は来た!栄光に満ちた呉の歴史を。懐かしき呉の大地を!再びこの手に取り戻すのだ!」


 「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!」」」


 「これより孫呉の大号令を発す!呉の兵たちよ!その命燃やし尽くし、孫呉のために死ね!全軍、誇りと共に前進せよ!宿敵、袁術を打ち倒し、我らの土地を取り戻すのだ!

 

 「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!」」」



  真っ赤に染まった孫家の宝刀を振り回す、完全にスイッチが入った孫策。

 立ちふさがる兵の首は皆等しく宙を舞う。というか逃げようと背を向けていようが、恐怖から立ち向かおうが、みんな首を綺麗に撥ねられている。


 血を戦場の化粧とばかりに体に浴びる彼女顔は、歓喜と興奮に歪んでいた。


 いや、それを言ったら袁術だって国から命じられてきているわけだから、別に奪い取ったわけじゃないよね?

 と思いっきり水を差す事を考えていた波才だが、流石に空気は読んでいるのか隣の小蓮にさえ何も言わなかった。



 「今こそ積年の恨みをはらすときだっ!皆のもの、私に続けっ!」


 「蓮華様に遅れるなっ!我らも突撃しろっ!」


 「みなさんっ!隊列を乱さないで、一人一人確実に殺してくださいっ!」


 「い、今ですっ!乱れた陣形の合間に突撃しますっ!」


 「みなさ~ん、一気に押しつぶしちゃいましょう~!」


 「ははは、やはり戦はよいっ!血が騒いで仕方がないわっ!」


 「囲んで各個撃破しろっ!もはや戦の勝利は近いっ!」



 そしてそれに続くは呉の恨み積もった将兵達。おのおの頭には怒りの四つ角が幻視できる。

 何故かアグレッシブになった孫権を中心に、それぞれの将が奮起して袁術の兵を刈り尽くしている。

 もはや虐殺、戦と言うにはあまりにも一方的過ぎた。袁術の兵の泣き叫ぶ悲鳴と孫策の兵の雄叫びの二分化。勝敗は火を見るよりも明らかであろう。



 「ねぇ、蓮華お姉ちゃんちょっと変わったような気がするんだけど。あなた何かした?」


 「……いえ、ちょっとからかったぐらいです」


 「ちょっとの尺度が危ういね」

 

 「信用なりません?」


 「うん」



 断言であった。

 孫策から聞き及んでいた小蓮に容赦はまったくなかった。


 波才が目頭を押さえていると、さらに戦場にけたたましい馬の悲鳴がいくつも鳴り響いた。

 見れば深紅の『呂』の旗が戦場に翻り、袁術の陣営に真っ赤な華をいくつも咲かせているではないか。



 「弱いヤツは……死ね」


 

 たった一回呂布の武器が奮われるだけで、一気に数名の兵が胴体を根こそぎ切り捨てられて宙を舞う。

 兵も囲んでなんとか対処しようとしているが、張飛と関羽に趙雲という猛将に互角以上に戦いあった彼女にはまったく意味を成さない。


 まさに天下無双。


 

 「灰と……なれ」


 

 槍ぶすまがしかれた瞬間、槍の先端が瞬く間に薙ぎ払われ、持ち手が宙を舞う。

 剣を振り上げた将の頭が唐竹割にされ、数人の歩兵を巻き込んで地面を転がる。

 弓を打とうと引き絞っていた兵の開かれた口腔に、呂布が雑兵から奪い取った槍が飛来。まざまざと突き刺さり、背後の兵ごと串刺しにされる。


 

 「天下無双の呂布軍は無敵ですぞっ!恋殿、左から孫策軍と挟み撃ちにするのですっ!」


 「……うん」



 陳宮が呂布に適切な指示を出し、たちまち袁術軍は瓦解していく。

 孫策と共同し刈り取って逝かれる袁術軍にはもはや同情しか沸かない。



 「小蓮は流石にあそこに混ざるのもどうかなぁって。なんていうか、確かに私も思うところはあるけれどあの姉様にはちょっとついていけないかな」


 「私も流石についていけません」



 流石に同情すら沸いてくる袁術の姿に、波才と尚香は互いに見つめ合ってため息を吐き出した。


 呂布軍を迎え撃とうとした袁術軍。先陣は合流した孫権と孫策の兵達でまとめられていた。

 袁術はおそらく何だかんだ言っても、後ろで遠征気分になって見物しているつもりであったのだろう。

 実際これまではそれで良かった故に、袁術は何の疑問も抱かなかった。


 しかし、実際に戦が始まると彼女は大いに後悔することとなる。


 正面から突撃する呂布軍に、孫策軍は軍を二つに分けて迎え撃つ。

 かに思われたが、分けられた孫策軍を呂布は無視。そのまま袁術本軍へと突っ込んだ。

 そもそも孫策が軍を分けた時点で、袁術本軍への道がまざまざと空けられていたのだ。


 当然、呂布軍の突撃に袁術軍は大混乱となった。抑えようにも、天下無双の呂布を止める術がそもそも他人頼みであった彼らには、為す術もなかった。

 さらに軍を分けた孫策軍が、それぞれ包み込むように袁術軍へと突撃。中央は呂布、左から孫策、右から孫権がそれぞれの将を率いて袁術軍を蹂躙した。


 結果、まったくの予想外の事態に袁術軍は瓦解。もはや指示も通らず、立て直すこともできず。

 見ていて非情に虚しくなってしまう現状をたたき出してしまったのだ。


 

 「……う~ん、でもさ。あそこまで混乱しきっちゃっているとさ。袁術がどこにいるのかわからないよね?」


 「あ、袁術ならさっきバスガイドさんの格好していた人と、真っ先に馬に乗って逃げてましたよ」


 「ふ~ん、そうなんだ」



 なるほど。その『ばすがいど』なるものは分からないが、つまり袁術は既にあの場にはいないということだ。

 お姉ちゃん達があそこで殺戮をしちゃっている間に、袁術は今頃城に戻って、確実に反撃の用意を進めているのだろう。


 

 「……って!逃げたことに気が付いていたなら教えてよっ!なんでそんなさもどうでもいいような感じで、呉の今後の未来を分けるようなことあっさり言うの!?」


 「おお、貴方ツッコミもできるんですね。そういうのいいと思いますよ」


 「なんでそんなに冷静なのか、シャオはわけがわからないよっ!と、取り合えずお姉ちゃん達に報告しないとっ!」


 「え?」


 「なんでそんな『え、この子何言ってるの』みたいな顔で小蓮をみるわけっ!?いいから早く行くよ!」


 「いや、だって君のお姉さんって……」



 波才が指さした方向を見ると、案の定地獄が広がっていた。

 もはや殺しているのではなく、すりつぶしているような状態である。


 

 「あははははははっ!どうしたの、散々私達を馬鹿にしていてこれでおしまい?いいから命置いて行きなさいよっ!」


 

 その中心でやけに聞き覚えがある声。


 

 「逃すな!我らの積年の恨みを今こそ晴らすべき時ぞ!(見ているか、波才。私はもう悩まない!)」


 

 波才はばっちり見ていたが、目をすぐさまそらしていたことに孫権は気が付いていないようだ。


 

 「あれに近寄りたいとは思わないんですけど。なんであんなトリップしてるんですか君のお姉様」


 「……うん、あれお姉ちゃんの病気みたいなものだからさ。血を見るとあんな感じになっちゃうの」


 「下手な廚二病よりも質が悪いですよね……。というか私あんな状態の人に関わりたくないんですけど。割とマジで」


 「少なくとも蓮華お姉ちゃんは絶対に波才が原因だと思うな」

 

 「人のせいにしないでください」



 小蓮は頬が引きつって言葉が出なくなった。

 とりあえず落ち着いて整理をつけようと小蓮は首肯する。確かに自分も波才のように、あの団体に近寄りたくはない。しかしだ。



 「それが原因で言わなかっただけとかじゃないよね」


 「それが原因ですけど」



 小蓮は波才を殴りつけた。

 鼻血を溢しながら宙を舞う波才。その姿に異常を察知した周瑜が、戦闘を急遽止めたことにより問題の事態が発覚した。


 そして発覚したと同時に、波才は血が頭に昇ったままの将たちに殴られて宙を舞ったのであった。



 

 ■ ■ ■ ■ ■ 




 


 「お、おのれぇ。孫策のやつめ、妾が今までかけてやった恩を忘れたのかっ!」


 「う~ん、どちらかというと『恩』というより『怨』じゃないんですか?」


 

 身に纏っている絢爛豪華な、それだけで農民が一生食べていけるような服。それを土と埃と涙で散々に汚した袁術は地団駄を踏んで王座の上で悔しがった。



 「今すぐ打って出て孫策を打ち払うのじゃっ!」


 「ひ~ん!それは無理ですよぉっ!相手には袁紹さんところの顔良さんに文醜さんを打ち破った呂布がいるんですよぉ……。私じゃ勝てませ~んっ!」


 「な、ならどうすればいいのじゃっ!?」


 「どうしようもありませ~んっ!」


 「な、七乃~っ!」


 「美羽様~!」



 互いに涙を流して抱き付き合う主君と軍師。

 だがあえて言うならば、まったくの自業自得であった。


 そしてそれ以上に哀れであったのは。



 「「「「「(俺達は、どうなるんだよ)」」」」」



 袁術軍の兵士達であったことは言うまでも無いだろう。


 

 「もう、こうなったら逃げちゃいません?」



 しばらく抱き合っていた二人であったが、何か思い付いたのか張勲が悪どい笑みを浮かべて笑った。

 当初はその言葉に袁術は難色を示したが、彼女は子供を諭すように一つ一つ穴を埋めていった。


 

 「もうこうなっちゃったらまずは命ですよ。幸いにも兵はあるのですから、一点突破して袁紹様にお助けしていただくしかありませーん」


 「し、しかし姉様の下に行くのは気が引けるのぉ」


 「でもいくしかありませんよ~、このままじゃ孫策さんに食べられちゃいますし?」


 「わ、妾は孫策に食べられるのか?」


 「ええ、頭からかぶりと」



 名を呼びながら怯えた子供のように抱きしめる袁術に、思わず涎が垂れてくる。

 しかしこのままでは間違いなく自分たちは殺されるであろう。

 実際殺されてもおかしくない事を自分たちはやって来たのだ。だから逃げなくては命がない。


 

 「な~に大丈夫ですよ、だって私達には玉璽があるんですから♪」


 「なっ!?まさかあれをあやつに渡すのかえっ!?」


 「渡す振りだけですよ、渡す振り♪」


 

 そうだ、あれがある限り袁紹はこちらを拒絶はしないだろう。

 なんせあれは馬鹿だ。明らかに釣りであっても食いついてくれるに違いない。

 後は何だかんだ言って誤魔化して玉璽を渡さず、再起を図ればいい。


 そう述べると袁術は華のような笑顔を浮かべて張勲に抱きついた。



 「流石七乃じゃっ!おのれ、孫策め。いつか倍返しじゃっ!」



 


 ■ ■ ■ ■ ■




 だがその頃、孫策軍もまた袁術の居城を包囲しながらも攻めあぐねていた。

 あの絶対的な勝利を前にして、まさかの失態を演じてしまった孫策軍。

 もちろん攻城もある程度は視野に入れていたものの、それはある程度しか視野に入れていなかったと見るべきか。

 


 「……前が、見えねぇ」


 「波才、自分のせいだってわかっているのかな?」


 「自業自得だな」


 「自業自得じゃのぉ」


 「自業自得ですねぇ……」


 「そ、その」


 「死ね」


 「今回は流石に単経様が悪いのです」


 

 彼を気遣っていたのは孫権と呂布のみであった。

 唯一彼を気にかけていた呉の将である孫権。健気にも高そうなハンカチで、ぱんぱんに膨れあがった波才の顔を拭っている。

 


 「その、済まない。……ところで、貴殿は私の姿を見てくれていたか?」


 「だから顔がアンパンマンなんです。今もあなたの顔が見えません」


 「そうか……よくは解らないが、未だ私は未熟と言うことか」


 「貴様ぁ!蓮華様になんて言葉をっ!」


 「え、俺が悪いの?なにそれこわぶるぁぁぁあああ!」


 再度宙を舞う波才。何やら微妙に良い雰囲気なのかはなただ疑問である。

 ちなみに孫策はまだ目がやばかった。肉食獣のごとき笑みで袁術の居城を睨み付けていた。



 「それで、どうするのだ?いくら私達でも城に籠もった袁術を相手にするのには骨が折れる」


 「困りましたよねぇ。私達はそれほど食料の備蓄があるわけではありませんからぁ……」



 周瑜と陸遜が困ったように頭を抱えた。

 これで今まで自分が積み上げてきた計画は仕切り直しになってしまったわけだ。


 確かに呂布が味方したおかげで圧倒的に兵士の被害は軽減できたであろうが、これではプラスマイナス0どころか、マイナスになってしまう。


 知らせなかった波才にも原因があるのであろうが、そもそも主格である私達が気が付かなかった事が原因だろう。

 あくまで波才は外部の人間でしかない。頭に血が昇って気が付かなかった私達に原因がある。


 

 「ともかく袁術をなんとしてでもあの城から引きずり出さねば。万が一にでも玉璽でも持ち逃げされれば、こちらとしてはたまったものでは無いからな」



 元々返してもらうはずのものだ。

 随分と貸してしまったが、利子はきっかりともらうつもりだ。命という名の利子を。



 「持ち逃げは困るのぉ」


 「いやぁ~それだけならいいんですけれどぉ、持ち逃げされて袁紹さんに渡ったりしたら面倒くさいことになりますよねぇ」


 「あまり考えたくない話だな」


 

 古参の三人はそれぞれ頭を悩ませているが、もし実際に彼女らがいうように袁紹に渡れば実質回収は不可能であろう。

 こちらが手を伸ばすよりも、曹操が手を伸ばす方が早い。


 

 「(もし公孫賛に渡ったとしても、これ以上この男に貸しは作りたくない……)」



 他の二人とは違い、周瑜はそこまで考えていたが顔には出さなかった。


 今波才の顔を拭っている孫権は、戦闘や話しぶりを見る限り大きな成長を果たしたようだ。

 しかし自身が心配した通り、波才に対して人間的な好意を持っていることは間違いない。

 おそらく自身が変われた恩を感じているといったところか。



 「雪蓮、貴方はどう思う?」

 

 「……そうねぇ。単経、貴方何か考えはないかしら?まさか呂布を用意したぐらいで終わりって事はないわよね」


 

 視線が孫権に看病されている波才へと集まる。

 少し腫れが引いてきたのか、呉の将達によってばらばらになって次ぎ剥ぎ直した仮面を再び付けて立ち上がる。


 普通は呂布を懐柔したことで十分過ぎる話だが、この男に限ってそれだけではないだろうと孫策は予感していたのだ。


 他の面々もこの怪将がどのような策があるのかと期待を寄せて見つめる。


 その視線にいたたまれなくなったのか、波才は若干おどおどしながら右手を挙げて呟いた。

 いささか彼女達の視線は真剣すぎて、いつもの調子が戻らないようだ。



 「あ~実は玉璽に関しては既に回収済みだったりします」


 「「「「「……っは?」」」」」





 ■ ■ ■ ■ ■ 

 



 「え、玉璽が無いっ!?」


 「は、っはい!宝物庫の守備をしていたら衛兵達はみな食事に毒を盛られたらしく、倒れ込んでいる内に奪われたようです。他の物は持ち去られず、また荒らされた形跡もないことから、玉璽のみを狙いとしていたようです」



 呆気にとられる袁術をよそに、張勲は怒りのあまりに歯をあらん限りの力で噛み締めた。

 歯に当たった唇は破れ、真っ赤な血が溢れ出る。



 「(……先手を、打たれちゃったのかぁ)」


 

 甘く見ていた、甘く見すぎていたようだ。

 主君や兵達は玉璽を持ち去られたことに動揺しているようだが、張勲が見ているのはそこではない。


 何故、自分たちしか知らない玉璽の場所が解っていたのか。

 それが解る時点で内部犯しか考えられない。宝物庫にやすやすと忍び込めるほど、この城の警備はざるではないのだ。

 ならば裏切った者がいる。しかしそれを探す時間は、もはや無いにも等しい。


 既に賽は投げられているのだ。ここで隙を見せてしまえば、それは兵達に恐れが伝染していく。

 この孤立した城の中で、裏切り者を探すなどという愚行を犯せば、間違いなく疑心暗鬼に陥る。

 誰が敵であるか解らないところで寝られるほど、人間は強く無い。そうなればお終いだ。


 幸いにも、兵士達は気が付いてはいないようだが、放っておけば主君の身が危ない。

 もう、詰みだ。玉璽が無い以上は、再起も図れまい。


 張勲は覚悟を決めて立ち上がる。


 今自分たちができることは、兵達をかき集めて脱出を図るしかない。裏切り者がいるという事実を知られる前に、逃げ出すしかないのだ。



 「美羽様……」


 「な、七乃。どうしたのじゃ?いつものお主ではないぞ?」



 ああ、かわいい自分のご主人様。

 どうやら、私達はお終いみたいです。例え袁紹の下に赴こうとも、孫策と同じく飼い殺しにされるだけでしょう。あの人は妹に甘いようですから酷い目には会わないでしょうが……。


 張勲は思わず自分の主君を抱きしめた。

 この人には恐らくそれが解らないのであろう。今後どうなっていくのか解らないのであろう。

 しかし大丈夫です。七乃は貴方の側にいます。貴方の周りには誰もいなくなろうとも、私だけは貴方の側にいますから。


 震えていた袁術の体は、温かく、優しかった。

 もう少し抱きしめていたいが、そんな暇はない。時は一刻を争う。


 零れ出た涙を拭い、覚悟を改めて決めて立ち上がった瞬間。

 兵が扉を勢いのままに開き、主君への礼をとる暇もなく、流れ出る汗を飛ばして叫んだ。



 「た、大変ですっ!孫策軍が城内に雪崩れ込んできましたっ!」


 「そ、そんなっ!」


 「残り三方の門も開かれ、もはや逃げる隙間も……ここに来るのも時間の問題です、早くお逃げくださいっ!」



 張勲は未だ甘く見ていたようだ。

 それも仕方あるまい、彼女はこれを孫策の仕業だと考えていたのだから。

 それ故に、その影に潜む者の姿に気が付くことができなかった。


 袁術の手を取ると、張勲は王の間から何人かの兵と共に飛び出した。



 「な、七乃っ!?」


 「大丈夫です、美羽様。大丈夫ですからっ!」



 そのまま抱えられて胸に抱き寄せられた袁術は気が付いた。

 彼女の家族とも言える存在に、いつも見せている余裕が少しもないことに。

 そして、その体が自分以上に震えているということに。




 ■ ■ ■ ■ ■




 

 「なるほどね。事前に混乱の中でどこの馬の骨かもしれないような人間に持ち逃げされないよう玉璽を回収、加えて元から仕込んでいた兵に門を開けさせる。考えたものね」


 

 そういって孫策は向かって来る兵の腕を切り飛ばし、続いてその心臓を貫いた。

 何が起こったのか理解できない。あまりの早業に、倒れ行く兵士の目は驚きに見開かれたまま光を失っていった。



 「いやぁ、黄巾の時からの仕込みの賜物ですよ」


 

 波才も孫策の言葉に照れながら、迫ってくる兵の腕を摑んで反転、廊下に背中から叩きつける。さらに泡を吹く兵士の首目掛けて、底に鉄を仕込んだ足を一息に踏み下ろした。


 今現在、二人は袁術の居城を散策していた。

 理由と目的は至って単純、『袁術』のデストロイであった。


 本来であれば波才が孫策と同行するなど、周瑜が止めたに違いない話である。しかしだ、我先にとつっこんだ孫策が悪い。

 それに面白そうと目を輝かせた波才は、周瑜が止める間もなく孫策に続いた。その結果、今こうして二人は廊下を走っているのだ。

 後の周瑜曰く、『むしろあの二人に任せておけば良いのかもしれない』とのことであった。


 もちろん、諦めた感が否めない顔であったと部下は語っている。


 彼らが通り過ぎた先には、いくつもの、何十もの袁術の兵が無残な姿をさらして転がっていた。

 そしてまた一人、孫策の手によって首のない兵士が廊下へと倒れ込む。



 「それにしても、こんな事態になって裏切らないなんて。案外袁術の兵も馬鹿にはできないわよね」


 「それだけの魅力はあったのでしょうね。まぁ中身はあれだったとしても、外面は良かった方だと思いますから」



 からから笑いながら波才は兵の首を剣の柄でへし折った。

 廊下に肉と骨がひしゃげる独特な響きの音が鳴り響く。聞いていて良いものでは無く、人大変耳に不愉快な音であった。



 「(……しかし、黄巾の頃から仕込んでいたかぁ。こりゃうちの方もちょっと危ない話よね)」


 

 孫策は波才を横目で眺めながら、恐怖に顔を染めて斬りかかってきた兵の胴体を薙ぎ払う。顔に血潮が若干ついたものの、拭うことなく走り続ける。

 

 もし彼が兵を身近に潜ませていれば、自分も袁術の事を笑えない事態に陥るだろう。

 黄巾族はそれこそ大陸中に放っても余りある数が存在していた。決してこの事態を他人事として楽観視はできまい。


 

 「なんですか?」


 「いえ、な~にもないわ」



 それでも現状ではそれを探す時間とお金はない。精々この男が敵にならないことを祈るばかりね、そう結論づけた。

 ため息を吐き出しながらも走り続けるべく前方を見つめた瞬間、孫策の体に電流が走り立ち止まる。


 唐突に立ち止まった孫策を、不思議そうに波才は眺めていた。


 

 「どうか、なされたので?」


 「いえ、あっちに袁術はいるわ」


 

 そういって指さされた方向は、未だに自分たちが踏み込んでいない領域。このままでは通り過ぎてしまったであろう横道であった。

 自信満々に剣を払って血糊を落とす孫策に、波才はやはり納得できないのか不満げに頭をかいている。



 「え~と、それは何の根拠で?」


 「『かん』よ」



 獣のような顔で笑う孫策。奇しくも波才までもが『この人とは戦いたくないな』と苦笑することになった。



 


 

前書きの言葉は全部実際にある言葉です。

ちなみに今回はイギリスの劇中作家さん。波才は果たして役者か観衆か、どちらなのでしょうね?


次回か次々回で孫呉編は終了です。

孫呉編はだいぶ駆け足でした。

まぁあんまりここでだらだら書いてもプロット的には問題はありませんが、完結が遠のいちゃうので。


あれだよね、個人的は呂蒙とか周泰とかともっと絡ませたかったのに何故か年寄……げふんげふん、もといお姉様方の方が絡ませやすいという罠。

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