第四十四話 大抵の無口キャラには壮大な設定が備わっている
不幸な人間は、いつも自分が不幸であるということを自慢しているものです。
~ラッセル~
「呂布殿ーっ!呂布殿ーっ!」
自らを呼ぶ声に天下無双の武人、呂布は背後へ静かに振り返った振り返った。
呂布に連なる兵達の顔は凛々しくも美しいものである。
幾重にも連なる彼女の精兵達。彼らの姿が華麗などではない。むしろ荒々しいとさえ言えるだろう。無骨な筋肉に、傷だらけの身体。
決して容姿が美しいわけではない。彼らの在り方、生きる武人の姿が輝いて見えるだけだ。
ただ一念に付き従い続けた呂布の兵達。
流浪の兵となり、明日を知れぬような身になったとしても信じ突き進む兵。
彼らは自らの主君の武こそが天下一だと信じている。それ故に誰も怯まない、誰も恐れない。『死』という生物が恐れる生存欲。それを『志』という人としての在り方に昇華された呂布の軍。
まさに最強というに相応しい。
彼らを横目で眺めつつも呂布は駆け寄る忠臣へと目を向けた。
「ちんきゅ……何?」
汚れを知らない子供のような瞳、首を傾げるその姿に陳宮は血を吐き出した。いや、実際はそうではないのだが、周りはそう見えた。
もんどり打って倒れ伏した陳宮に、周囲の精兵達は目を見開いて戸惑っている。
呂布の精神ははるかに幼い。まるで子供のように純粋で素直。
そんな呂布が陳宮は大好きであった。故に、彼女がここで鼻血を垂れ流しているのは邪な気持ちではないと断言できるだろう。
「い、いえ。あと少しで袁術の領地に入りますぞっ!斥候によれば慌ただしい動き在り、予定通り打って出てくるようなのですっ!」
「……分かった。全員、警戒」
「「「っは!」」」
「んっ」
呂布は満足げに一回頷くと、すぐに顔を前方に戻した。
別に何かを見ているわけでは無い。ただなんとなく、ただぼうっと先を見ているだけ。その視界に一羽の鳥が目に入り、なんとなくそれを追って視線を動かす。
陳宮はそのまま彼女の横に馬を走らせると、自分の場所とばかりに胸を張ってその隣に並ぶ。
「にしても、単経っていうやつはどうも怪しいのです。確かに渡された書状はみんなの自筆で間違いはない、十分に信用に値しますぞ。でも他ならぬあいつ自体は何か胡散臭いの一言に尽きますぞっ!」
最初あの男、波才を目にしたのは既に一ヶ月近く前の話だ。
■ ■ ■ ■ ■
食料もあてもなく、ふらふらとさ迷う呂布軍。見つかりそうになれば、すぐにその領地から逃げだし、またも休める地を探し続ける。そんな苦難の日々であった。
付き従う兵のほとんどは呂布の武自体に惚れ込んだ者達であったため、逃げ去った数が少ないのが救いであった。
だがすでに限界は近い。兵の顔には極度の疲労が見えた。このままでは敵対者と相対すれば、いくら自分の信じる主君、最強の武であっても勝ち目は薄いだろう。
呂布は、自らの僅かな食料でさえも部下に分け与えていた。
純粋故に、いや、そんなものに関係なく彼女は優しいのだ。
自分の大切な仲間のために、自分の命を繋ぐ物さえも分け与える。だからこそ、最強の軍。信じ、繋がりを絶やさぬからこその最強の武。
配下の兵が食料を探している。
主君であるのならば任せればいい。任せて座して待つこそ主君の役目。
だが彼女はいても立ってもいられず、彼女自身も立ち上がって森の中へと消えて行ってしまった。
今の呂布は食べる物も食べず、弱り切っている。
ただでさえ細い体が、更に細く見えていた。
そんな彼女であっても、おそらく最強の武は奮うであろう。だがいずれ限界が来る。
そんな自らの主君の姿を幻視した陳宮は、呂布を追って森の中へと飛び込んでいった。
その小さな体で懸命に、敗れる服を顧みずに森の中を走った。
そして、やっとのこと見つけてみれば。
『こんな森の中で貴方に出会うなんて、いや~久しぶりですねぇ。たしか前にあったのは洛陽でしたっけ?ははは、なんとも奇遇な』
『もぐもぐ……もっと』
『ああ、じゃぁ私の分もどうぞ』
えづけされていた。
思わずその場に頭から盛大に転んだ陳宮。そんな彼女をよそに、二人の会話は続いていく。
『もぐもぐ……!?』
『へ?どうしたんですか?』
『……これ、持って帰っても、いい?』
『いや、もちろんいいですけど……何かあったんですか?』
『……仲間、たくさんいる。たべもの、たくさんいる』
『ふむふむ……』
なんだ、何が起こった。
行方不明の呂布を探していれば、餌付けされていた。なんだ、一体何なのだ。混乱し、訳が分からなくなった陳宮は目を回していた。
単純に頭打ってふらふらしているだけだった
『……もしよければ、うちに来ませんか?』
『……でも、迷惑かける』
『構いませんよ。実を言えば、うちのところは人不足でしてね。私はいろいろ斡旋できるえら~い立場にいるのですよ。どうです?うちに来ませんか恋さん。お腹いっぱいとは言えませんが、少なくとも飢えることはありませんよ』
『……恋で、いい』
『その言葉は了承と見て良いですね。いやぁ、めでたいめでたい』
静かに頷いた呂布の頭を撫でる波才。
それを気持ちよさげに呂布は眼を細めて受け入れていた。
ここにきて、陳宮はようやく目を覚ました。
アイツ、ワタシノ呂布殿ニナニシテクレテル?
森の中を疾走する。それは先ほどとは比べものにもならないものであり、本来短い彼女の足ではあり得ない。
が、それを可能にするのは彼女の忠誠心……ではなく嫉妬心だった。
『っあ。そう言えば何人ぐらいいるんですか?』
『三千』
『……へ?』
『大体、三千ぐらい』
『……すいません、恋という名は多分真名ですよね』
『(コクリ)』
『あの、貴方の名前は……ッ!!』
陳宮は空高く飛び上がった。
茂みから一気に飛び出すと、空中で体を固定。そしてそのまま急転直下で目の前で呆けている男目掛け、足を突き出し強烈な蹴りを突き出す。
それはさながら悪の組織に改造された、何代も代替わりし続ける某バッタヒーローのようであった。
「陳宮ゥゥゥキィィィィィィィィィィィィィックゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」
「いや、なんであんたキックなんて言葉を知ってるんだ?」
しかし思わず素に戻った波才により、あっさりと受け流された。
姿は某バッタヒーローだが、現実は身長150センチにも満たない少女。ぶっちゃけ将軍レベルの波才はその力を受け流しつつ冷静に受け止めた。
ちなみに、蹴りの威力が公孫賛の剣以上でったことは、白蓮の尊厳にかけて波才の胸の奥へとしまっておく。
波才はそのまま陳宮の足を掴み上げると、逆さにして左右に揺らし、顔を覗き込んだ。
「……っげ」
「『っげ』っとは何ですか!?早く離すのです!!」
「うわ~、っべーわ。マジっべーわ。なんで陳宮がこんな所にいる。流浪呂布の裏切りイベントが全く起こる気配無いなぁとは思ったが。む、ということは呂布が近くにいるってことか。まったく……呂布はどこへ行き、誰が裏切られるんだか」
密かにぶつぶつと内心の徒労をこぼす波才を、二人は不思議そうに眺めていた。
しばらく虚空を眺めていたが、やっとのこと現実に戻ったのか。波才は不自然なほどに打算に富んだ笑顔を彼女達に向けた。
さながら強欲商人が、お代官に黄金いろの饅頭を届けるような姿である。
「まぁ、下ろしますけどね。陳宮さんもどうですか、これ食べます?」
そう言って差しだされた野生の兎の肉焼きを、陳宮は不思議そうな目で見つめる。
彼女とてお腹が空いていないわけではない。
自らの主君が身を削っているのだ。自分もそれに習うこと真の臣下だと、彼女もまた自らの食料を削っていたのだから。
「う、うぅ~恋殿~……」
「陳宮、大丈夫。この人、とってもいい人。洛陽で、ごはん、沢山食べさせてくれた。だから、だいじょうぶ」
「ほ、他ならぬ恋殿がそう言うのであればっ!」
満円の笑みを浮かべ、陳宮は勢い勇んで波才の手から串焼きを奪い取ると、頬一杯にかぶりついた。
むきゅむきゅと食べる姿は、呂布に劣らず可愛らしい。
それを微笑ましげに見つめていた波才であったが、問題をとっとと解決するべきかと陳宮へと件の憂いを尋ねた。
元来彼は子供好きであり、まだ幼かった妹の影を彼女に重ねていたのかも知れない。そうでなければ躊躇うことなどしなかった。
「そう言えば、陳宮さん」
「っむ。そういえばなんでお前は音々音の名前を知っているのですか?」
「(ねるねるねるね?)いえ、それはそこの恋さんがおっしゃっていたので」
「っ!?まさか呂布殿、このえたいの知れない男に真名を許したのですか!?」
「だいじょうぶ、この人。優しい、恋には分かる」
「うぅ~他ならぬ恋殿がそういうのであれば……そういえば、以前も恋殿がお世話になったのに、とんだ無礼をしてしまったのです。それに他ならぬ流浪のみである私達の保護を申し出てくれたことにも感謝するのです」
陳宮は深々と波才に向けて先ほどの非礼を詫びると共に、自らの軍を助けてくれることに感謝の意を表した。
まさにその姿は幼いながらも、一軍をまとめる軍師たる姿であったといえよう。
小さな体とは思えぬほどの威風堂々とした姿。数々の戦をくぐり抜けてきた武をとりまとめる者の姿であった。
が、波才の問題はそこではなかった。というか、問題だらけだった。
「あ、あの-」
「そういえば、お前の名前は何というのですか?」
「あ、はい。単経と申します」
「……あの幽州の公孫賛軍の軍師の。確かに虎牢関で我らはお前と戦ったのです。でも恋殿がここまでお前を信用するというのであれば我らも異存はないのですっ!この最強の呂布軍の天下無双の力、公孫賛の下でもお前にしかと見せつけてやりますぞっ!」
そういって胸を高らかにはる陳宮。それにならって同じく胸をはる恋、もとい呂布。
まぁもっともその胸の豊かさに大きな違いはあるもの、実に微笑ましい。
だが彼らとは反対に、波才の顔は青ざめていた。もうこれ以上に無いくらいに青ざめていた。
もともと董卓が完全におかしい時点で、波才はある程度のずれを予測していた。
あの暴虐王が見目麗しく清く正しい董卓に変わっていたのだ。人物は大きく変貌していると見て良い。
しかし結果的には董卓は死んだことになっている。生きる者は生きて、死ぬ者は死んでいる。ならば結局はおおかた本筋通りに、史実や演技通りに動いているだろうと目星をつけていた。
ようするにキャラは変われどストーリーは変わる事はないだろうと考えていたのだ。
そして油断していたらこうなった。なにがなんだかよくわからない。
確かに、呂布の行動地点はここから劉備の拠点辺りだとは情報から推測できた。
だがこれは完全に予想外であった。旧董卓陣営から聞き及んだ上で、呂布の性格や容姿はある程度掴めた気にはなってはいた。
しかし董卓に加え呂布もここまで変わるものなのかと波才は驚嘆する。
思わず横に視線を動かしてみれば、呂布は残った肉に手を伸ばしていた。
「……だめ?」
視線をぶつけられた呂布の姿は、さながらいたずらがばれた子供のようである。
いや、そんなチワワみたいなすんごいつぶらな目で見ないでくれ。
「~♪」
「……ハァ」
波才は億劫になりながら手で構わないと指示を出す。そして頭を抱え込んだ。
これでは董卓陣営そのままである。もはや董卓軍は全軍吸収し尽くしたといえよう。
しかしそれは波才にとって大変都合が悪い話であった。
確かに旧董卓軍は服従の意を示してはいる。今日の今まで公孫賛軍のために力を貸してくれている。
だが彼らは独自の軍など持ってはいなかった。自分たちが与えた兵に加え、精々少ない旧董卓軍の兵士を集めたぐらいのものである。
のっとりや反乱など起こせない状態に押さえ込んでいた。
しかし、三千。三千だぞ。軍に組み込まれている旧董卓軍の兵士を合わせれば、立派な一軍が完成する。
幸いにも、董卓である月ちゃんは己の手の中にある。
反乱を起こせば、犠牲は出ようが押さえつけられる余裕はある。民心と軍は万全。
しかしそれでも反乱を起こさないという確証はない。
独断で誰かが動き出す可能性もなくはない。
危険過ぎる、この呂布という鬼札はあまりにも博打が過ぎるのだ。せめて兵が無ければ、まだ両腕を振って迎えたというのに。
断るべきか。いや、ここで彼女を拒んだ話を知れば旧董卓軍の連中に不信感が芽生える。これから先の戦いに彼らの力は必要不可欠だ。
ああ、何でいつもいつも私はこうも壁にぶち当たるのだ。
波才は自らの生い立ちに不満を覚え、唇の端を強く噛み込んだ。
霞は恐らくは反乱を起こさない。月は私達に反感を抱いている様子はない。
だが華雄は?詠は?そしてこの呂布は?陳宮は?
ここまでの猛将が結託されれば……。
波才は胸に圧迫感を覚え始めた。不自然なほどに動悸が強まり、息切れを起こす。
目は揺れ動き、体がまるで水の水面に浮かんでいるような錯覚を感じる。
「(かくなる上は暗殺……駄目だ。不信感、不信感を煽ってしまう。いっそここで始末をつけるか?いや、勝てるわけがない。呂布に、彼女に勝てない。陳宮を人質に……したところでそこから先どうするというのだ)」
波才は、根が大変に臆病であった。
彼が一度死んだことに大きな原因がある。PTSD、トラウマとも呼べるべき爆弾を抱えていた。
だがしかし、臆病であることを彼はむしろ利用していた。
心配事が一つでもあるならば、それを徹底的に潰せばいい。そう思い僅かな悩みの種さえも、彼はあらゆる努力と方法によって不利な可能性の一つに変えてきた。
それはもはや潔癖症と言っても良いだろう。
彼は自分が再び為す術もなく死ぬことをただひたすらに恐れた。
だからこそ、その心は強い。
他の者が例え諦めようと、死へと繋がると思えば彼は不可能を可能にしてきた。
諦めることは、詰まるところ自分という存在の否定だ。何もせずして諦めることは、今までの自分に対しての否定に他ならない。
彼にとって、『切り捨てる』と『諦める』は別物。命ではなく、自分の存在を否定することを彼は何より嫌った。
それ故に、諦めきれない。
この事象は断じて切り捨てるわけにはいかない。
他の英雄であれば、むしろ反乱を起こされればたたきつぶしてやるほどの気概を持っていただろう。そんな事を起こさせないという心構えがあっただろう。
だが彼は違う。彼はその先の先、死を体験している。ただ一笑の下にそう切り捨てる事はできなかったのだ。
目が血走る。
あふれ出す憎悪の念を必死に抑えつける。
やがて一つの結論に辿り着いたのか、唇を歪めて嗤う。死神が嗤うような、ねっとりとした黒い笑み。
そうだ、これは好機と思えばいい。
飼えるとは思ってはいない。あの呂布、呂布なのだ。裏切りの将の代名詞。
かつての仲間の身柄をこちらが所持しているという証明を見せつける。軍の内部に渡る優遇を書かせ、見せつける。僅かでもいい、こちらに心を揺らして天秤を傾けさせるのだ。
それが一時でも彼女の邪な心の妨げになればいい。
呂布を幽州に連れ込むなんて愚行を犯してたまるものか。
孫策の策に呂布を無理矢理にでも組み込めばいいだろう。孫呉の独立に彼女を一枚噛ませるのだ。
恐らく孫策は強烈な一手を求めている。なればこその呂布、なればこその天下無双。
こちらの言うことを聞けばよし。袁術は作戦途中で呂布が孫呉や私を裏切ろうとも、必ずや滅亡するに違い無い。
孫呉が独立後に呂布が自らの利を優先し反旗を翻し、こちらの手から離れたとしよう。
それはそれで独立したての孫呉と呂布が共倒れをして美味しい限りではないか。
むしろ、旧董卓軍の連中に彼女が裏切ったという何よりも代え難い証明なる。そうすれば見捨てる事ができよう。
劉備や曹操に安心して始末を任せる事ができる。
呉の領地は取られるだろうが、こっちは安心して奴らが争っている最中に袁紹の領土をとりにいける。
そうなれば、所詮は未開の地の呉。異民族が激しく争い、多くの民族が蔓延る統治の難しい領地。たいしてこっちは文化の中心の富有の地を手に入れられるというもの。
波才は静かに嗤った。
そうだ。これは好機だ。むしろ裏切れ、裏切ればいい。
仮に裏切らずとも、ここでこちらに呂布ありという言葉が、必ずや公孫賛軍に次の戦の波を呼び込むだろう。
裏切る気配がなければそれもまたよし。董卓がああなのだ、今の呂布は計りかねるが、見極める時間を作ればいい。
異民族などの理由をつけて、最北端に飛ばし、なおかつ軍師である陳宮と別れさせる。互いの統治先を理由をつけて別れさせればいい。その時間の間に、いくらでも他の手を打つことなどができる。
ともかく、この時期に呂布を手に入れられたのは、好機以外のなにものでもないのだろう。
なんせ幽州にすぐに連れ込む必要がなく、彼女という人間を観察できるのだから。
それも流浪の呂布にとって絶好の餌を、孫呉の地という餌をぶら下げている状態で。
「……では、恋殿に陳宮殿。早速ですがお願いしたいことが」
頬を歪ませ目の奥に深い真っ黒な炎を燃やしながら、波才は不思議そうに首を傾げる二人に向けて口を開いた。
■ ■ ■ ■ ■
「そんな事、いっちゃだめ」
「うぅ~恋殿~」
憤る陳宮の頭をぽんっと軽く叩く。涙目になる彼女を無表情のまま見続けると、口の端を僅かに上げた。
「ですが、いくら何でも手土産が必要とはいえ我らだけがここまでやる必要は」
「ごはん、たくさんもらった。約束、守ってくれた。でも一つだけ違った」
そういって自らの臣下に微笑む彼女は、まさに聖母のようであった。
全てを包み込むような、許すような、そんな温かい何か。
「恋も、おなかいっぱい食べられた。みんなお腹すかない、みんな満足。恋は、幸せ。だから恋も、約束を守る。単経のために、戦う。陳宮も、戦う」
「う、うぅ~。隙をついてこの地で再起を計ることも可能なのですぞっ!そうすれば呂布殿の天下もっ!」
「……?恋は、『てんか』とかよくわからない。月と、詠と、みんなと、陳宮と一緒に暮らせれば、それでいい。たんけいにそんなこと言っちゃ、だめ」
波才は読み違えていた。
彼女は、呂布であって呂布ではない。天下ではなく、ただ家族を求めているのだと。ただそれを守るために武を奮い、戦っているだけなのだ。
断じて、己のために奮っているわけではない。波才はそこを取り違えた。
ただ純粋に、彼女は波才に感謝していた。
既に自分の体は疲労困憊。食べる物も食べず、常に闇夜に目を光らせ続けた当然の結果であった。肉はやせ細り、外面上にはそれほどの大きな変化はないが、それも時間の問題に見える。
もう、だめかもしれない。
そう思った矢先、洛陽で出会ったあの人と出会った。
藁にも縋る思いで彼の僅かな食料を懇願した。彼だってお腹が空いている。その少ない食べ物で今日を凌ごうとしている同じ流浪の身であるはずなのに、自分は同じ待遇をうけている存在にすら縋ろうとしている。
上に立つ者として、情けなかった。
助けてもらった人間にまた情けを受けようとしていることが、とても嫌な感じがした。
だが躊躇っていては、仲間は助ける事ができない。
限界であったのだ。呂布も、彼女の軍も。
既にさ迷い一ヶ月弱。追われ、逃げ続けた。
このままでは、食料を求めて戦うしかない。今の自分では負けるかも知れないことは分かっている。それでも、彼らを、仲間を放って一人逃げることなど彼女は考えもしなかった。
決死。自分たちを敗北させた者達への、命を賭けた戦い。
それを強いられようとしていた。
戦いで仲間が死ぬという矛盾、だがそれ以上にこのままでは飢えて死んでしまう。自分を信じてくれた家族が、仲間が死んでしまう。
頭を下げた。無理だと分かっていても、酷いと思っていても、その僅かばかりの兎の肉が欲しかった。
だが。
『どうぞ、まぁ一日ぐらい食べなくても大丈夫ですから。というか貴方、以前見た時よりも弱っていますね。もう、しっかり食べないとダメでしょうに』
『あ、私のこのお水いります?干し肉もすこしはあるので』
『っへ?私?いやいや、貴方はお腹が空いているのでしょう。ならばそんな事気にせず食べなさいな』
『……もしよければ、うちに来ませんか?』
『構いませんよ~実を言えば、うちの所人不足でしてね。それに私はいろいろ斡旋できるえら~い立場にいるのですよ。どうです?うちに来ませんか恋さん。お腹いっぱいとは言えませんが、少なくとも飢えることはありません』
救われた。一度のみならず、二度も救われた。二度目は、大切な仲間の命まで救ってもらった。
月も、詠も救われていた。董卓軍のみんなが、大切な仲間だった人達も救われていた。
嬉しかった。どうしようもなく嬉しかった。
でも、迷惑をかけてしまった。
どうすれば返せるのかも分からないほどに迷惑をかけてしまった。
自分の家にいた洛陽の家族達も、月のお願いで助けてもらっていた。また、あえるのだ。あの家族に、失ったと思ってずっと苦しかったあの家族に。
もうどうしようもないくらい、嬉しかった。声に出なかった。
これほどのものを与えてくれた彼に、どう恩を返せばいい。なにをすればいい。
彼が示してくれた案は、とっても簡単だった。
助かった自分の仲間の数ももしかしたらまったく減ることの無いようなお願いだった。
返しきれて無い。このどうしようもなく込み上げてくる思いとそんな小さな事は釣り合わない。
波才は、呂布を狼だと思っていた。
それは違う、彼女は犬であったのだ。
何よりも家族を大切にし、恩を忘れず主を裏切るはずのない犬であった。
与えられたのは彼女の全て。そう全て。
それに見合うものなど、この命をかけることですら怪しいぐらいのもの。
呂布は、純粋な心を持っていた。汚れのない心を持っていた。
目が恐怖で曇っていた波才には、それが分からなかった。
「……たんけいのこと、悪く言っちゃ、ダメ」
「れ、恋殿~っ!」
陳宮の叫びが青空にこだました。
■ ■ ■ ■ ■
一方、その頃幽州では。
「……なぁ、美須々。」
「なんでしょう?」
「私の気のせいかな?なんか『呂布が手に入った。赤飯炊いておけ』って書いてあるように思えるんだけど」
「あっ、それだいぶ前に通達来てましたよね。詠さんと琉生が許可だしてたんで、ちゃんと文書作ってだしておきましたから」
「……私、初耳なんだけど」
「え?」
顔を見合わせる二人。
幽州はいつも通り運転されているようです。
「っな、なんで呂布がいるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?ますます私の影が薄くなるじゃないかぁぁぁぁ!?」
「いや、そう言う問題ですか?」
白蓮が自らのキャラ立ちに不安を覚えていた。
カリスマがある人(もろもろの主人公)→やったぁ呂布だ!よろしくな、一緒にがんばろう!
小心者(うちの主人公)→やばいヤツがきたじゃないですか!やだぁー!
遅れたけれど、構わず投下。最近本当に忙しいのですが、誰か助けてください。
そして夏休みはタイの寺院に修行に行ってきます。何がなんだかわからない?大丈夫です。自分もよく分かりません。ノリとか勢いで生きてきたら何故か決まっていました。というか決めていました。「いいよいいよ、いらっしゃい」とお坊さんと既に話もつけてしまいました。
まぁ人生何事も経験といいますからね。最近日本の空気に疲れていたのでリフレッシュしてきます。
ちなみにオヤジにその事を伝えたら、『タイって美人のニューハーフ多いから気をつけろ』と言われました。
イヤ、あんた小学校の校長なのに何言ってるのよ。なんか嫌な思い出でもあるのかと汗を流した今日この頃。みなさんいかがお過ごしでしょうか。