第三十六話 とある凡人のコンプレックス
怒った女はかき乱した泉みたいなもの、泥だらけで汚くてどろどろして、美しさだいなし。それではどんなに咽が渇いた男だって口をつけやしないさ。
~シェイクスピア~
家畜の乳は古くから栄養価の高い食品として世界中のさまざまな民族に利用されてきたが、そのままでは保存性に欠ける上、液体のため運搬にも不便。これらの欠点を補うために水分を抜いて保存性と運搬性を高めたのがチーズの始まりだ。
起源は定かではないが、紀元前4000年ころには作られていたと考えられている。例え三国時代に作ろうが問題ないだろう。
というかラーメンがあるんだからチーズぐらい許せ。
「さて、やるか」
仕事とか、いろいろある気もするけどぶっちゃけどうでもいい。
そんなものより料理だ。
明埜活躍により、異民族と友好を既に結んでいる。
道のりは実に遠かった。偏見やら悔恨やら何やらで向こうもこちらも睨み合いだった。はっきりいってまったく友好なんてこのままでは結べなかっただろう。
だが対名家のためにもこれは必要不可欠の同盟なのだ。やるしかあるまいて。
というわけで、向こうに離間の計を仕掛けて仲間割れさせました。
ある部族の族長と共謀し、現存している異民族の族長を暗殺。残る反乱分子はこちらの兵と向こうの兵で追い散らし、反乱勢力とその一族郎党皆殺しにした。皆殺しにする必要は別に無いのだが、向こうさんが乗り気だったのだ。まぁ足場を固めるための、異民族流のやり方なのだろう。
そして新たなまとめ役の族長はこちらの息がかかった連中だ。
同盟などできレース同然。いろいろと調整はあったが、結果として戦いの際の共闘や馬や家畜の輸入などを約束させた。
と、ここまで明埜が一ヶ月でやってくれました。
なんであの子は異民族と会話できるのだろうか。そういえば南蛮にいろいろ探しに行ってくれたのも明埜だった。
……まぁ、結果オーライだろう。
助かったのは、史実で大の異民族嫌いの白蓮が早い段階で納得してくれた事。
いくら何でも主君が大反対したら同盟なんて結べやしない。
何故か明埜に任せた策を聞かせた時には半笑いであったが、成果には大満足だったようだ。
まあそんなわけで友好(笑)の証に送られてきた牛が、乳牛だったので作ることにした。
それまで乳牛はなく、耕作用の牛しかなかったのだ。
……ああ、懐かしき地球のチーズよ。
凝乳酵素として必要なレモンはよく解らんが、明埜が見つけて来てくれた。なんでも南蛮にあったらしい。
南蛮には聞いた限りでメロンとかバナナとかもあるようだ。聞いたとき「ふぅん、そうなんだ~」と納得した私はこの世界に毒されてきている。
だって突っ込むことより慣れた方が気が楽なんですもの。
常識は投げ捨てるもの(キリッ
というわけでチーズを作る。
まずは乳に凝乳酵素であるレモン汁を加えます。しばらく静置するとふわふわの白い塊と上澄みの水分に分離。
この上の白い塊が乳が凝集した状態、チーズの元だ。湯を注いで練り、餅のような弾力がでてきたところで、引きちぎって整形。
あとは温度とかに気をつけて発酵……かどうかはしらないが放置すればチーズは完成。
だがそううまく行かないだろう。何回か試行錯誤をしなければいけない。
上手くできることを祈ろう。
ああ、夢のドリア。ピザよ。
■ ■ ■ ■ ■
「ゆ、月様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「その、華雄さん苦しいですっ」
お前は某戦国の真っ赤な槍使いか。
幽州で繰り広げられる甲斐も真っ青な珍奇劇に、思わずまぶたが重くなった。
細められた眼の先には、漫画のような滝の涙を流しながら力強く董卓を抱きしめる華雄。
そして苦しそうに、されど嬉しそうに華雄を抱きしめ返す月の姿がそこにあった。
華雄の勧誘は彼女に任せればいいやぁ、とか思いながら幽州に帰ったその翌日。
そこにはなんというか、曹操が涎流して喜びそうな二人の乙女の姿があった。
……血の付いた槍斧振り回す奴が乙女かどうかはしらないが。
「……いいなぁ」
何故か横で羨ましそうにそう呟いた白蓮。
お前もか、白蓮。お前は百合の国の百合ホワイトであったのか。どうりでいい年して浮いた話の一つも無いわけだ。
だが下手な権力持った後じゃ、婚姻は面倒くさいの知っているだろう。そこらへんどう考えてるんだか。
取り合えずうちの三姉妹に手を出したらぬっころします。
そう告げると真っ赤になって否定してきた。
別にいいよ白蓮、お前が例え女同士でしか愛し合えない女だったとしても、約束したからには最後まで付き添ってやるさ。ただ私からもうちょっと離れてくれないか?曹操臭がうつる。
終いには白蓮が『の』の字を地面に書きながらぶつぶつと何かを呟き始めた。
「……確かにさ、魅力はないけどさ。それでも女に手を出すわけ無いじゃないか、なんでアイツはあんなに近くにいるのに気が付いてくれないんだ。あ、あれかな。やっぱり阿蘇阿蘇に載っていた黒い下着とか履いて、夜に」
よくは聞こえないが、私の身に多大な危機を感じる。
明埜を身辺の護衛にあてるべきか。例え神であろうと、不穏なやからは容赦するなと伝えておこう。
それはさておき、視線を動かすと未だに華雄と董卓は抱き合っていた。
ああ、こっちからも迸る百合の香りが……。現代でも『董卓×華雄』なんて組み合わせ見たこと無いぞ、精々『董卓×呂布』ぐらいだ。
ちなみに張角様も無双版で例の大人のお店にあったが、全力で買い占めて焚書しておいた。いくら何でも想像力が豊かすぎやしないだろうか。幸いにも自分は無名なので絡みは無かったが……あれはあまりにも酷すぎる。
そう思い苦渋の決断で買い占めた事が悪かったのだろう。人気だと思われたのか大量に再入荷しており、泣く泣くまたその全てを再び買い占めて焚書したのはここだけの話だ。
あの店員の何とも言えない優しい視線が、さらに私のPTSDを加速させた気がしないでもない。
駄目だ、涙が出てくる。このことは忘れよう。
しかしだ、年若い乙女だというのにこの大陸の英雄達からは百合以外にとんと恋愛については情報がない。
憂国の美女の話のように、本人は無理でもその周りから絡め取って国を滅ぼす事は可能だ。他にも人質や扇動を行う事もできる。だからそういう情報は率先して集めさせている……はずだったのだか。
もしやこの世界は女の子同士で生殖できるのだろうか。それとも新ジャンルの『男の娘』の開発に成功したのだろうか。
もし女の子同士で生殖できるのならば、うちの君主にそんな噂がないのもある程度うなずけるが……。
隣でまだ包帯がとれていない張遼と、どこか優しげな眼差しで彼らを見つめる賈駆に、董卓軍のそこらへんの性事情について聞いてみた。
「覇ッ!」
賈駆にぶん殴られた。いい左だ、天和様を思い出す。
世界を目指せるぞ。
「ば、ばっかじゃないっ!?」
「あちゃ~単経そんな事意外と純情な詠ちんに言ったらアカンで~」
「意外は余計よっ!」
聞けば、やはり異性間でなければ子供は生まれないらしい。
では何で浮ついた噂が一つも無いのか、そう張遼に尋ねると驚くべき答えが返ってきた。
「いや~うちを負かせるぐらいの強い男だったら興味も湧くんやけどな~」
分かった、多分この女は一生結婚できないだろう。断言してもいい。
というか他の武人の女性も、こんな理由で男性との話がないのならば、多分一生結婚できないだろう。
……え?ちょっと待て。これ下手しなくても国の存亡の危機じゃないか?
「わ、私は別にそこまでじゃないぞ。ただ側で支えてくれるような、そう。お前みたいな」
白蓮、黙れ。お前から心なしか曹操と同じ百合の匂いを感じる。
白蓮は地面に指で延々と円を書き込み始めた。
白蓮のマイブームなのだろうか、珍しく普通じゃない趣味だ。まず普通の人間が見たら引くであろうこの姿。何故か哀愁を感じる。
賈駆と張遼が何とも言えない視線を私に向けてきている気がするが、多分気のせいだろう。
「まぁ~それよりもや。月も詠も真名を許しているようやし、うちの真名も受け取ってや」
額に汗を浮かべながら、『霞』と書いて『しあ』という真名を波才に授けた張遼。
ちなみに単経=波才だと言うことは既に美須々から教えられていたようだ。
加えて……。
「なぁなぁ、ところで美須々ってどうなんや?」
「へ?美須々ですか?……何が?」
「だから、美須々の好みや」
心なしか、いや確実に頬が上気して目がトロンとしていた。
隠しようもない胸騒ぎが波才を襲い、聞いたら駄目だと分かりつつも追求すると。
「いや~あれやん、あそこまで必死に向かって来てな。しかもうちを殺さずに勝つ、しかもあの猛々しい笑みに思わずズキュ~ンてきてもうたんよっ!」
「あかん、もうあの時のこと想像しただけで動悸が収まらへん」
「そや、美須々っ!美須々はどこやっ!?」
「も~、うちの愛からすぐ逃げるんや。ええやないか~胸を揉んだりお尻触ったりするぐらいっ!」
おう、ブルータス。お前もか。
そういえば、この場に美須々の姿がいないことに気が付いた。
明埜は欠伸をしつつ庭木に背を預けており、琉生は董卓いわく友達の家から回収してきた動物たちと戯れていた。普通は三人セットである。
珍しい、美須々はいつもならばすぐ側で鬱陶しいぐらいに元気に控えているというのに。
と、視線を動かしていくと。……いた。
この城内の園庭は、憩いの場として存在している。日の当たりがよく、手入れがよく行き届いており、まさに休息の場といってもいい。
具体的には、本を読んだりお昼寝したり決闘したり、それぞれが思い思いの事をするのにちょうどいいのだ。
この園庭は中廊下に通じている。見れば美須々はちょうどその中廊下の窓からこちらを窺っているようであった。
心なしか顔色が悪い。視線が合うと、何かを頼み込むように手で拝んでくる。少なくとも必死なのだというのは十分に分かった。
さて。
隣を見ると、何故か悶えている変態というか百合モドキが一名。
もう一度視線を向けると美須々は顔を真っ青にして首を激しく横に振っていた。
なるほど。
空気が読める波才さんは彼女に向けて親指をサムズアップ。
美須々もそれを見てほっとしたように親指をサムズアップ。
「霞さ~ん、あそこに美須々が」
「は~……って、なんやてっ!?ホンマかいなっ!?」
もういいよ、百合は仲良く乳繰りあってろ。まさか身内に曹操の刺客がいようとは、この波才考えもしなかったわ。
もしや霞をこちらが手に入れたのは、曹操の陰謀だったのだろうか。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁるぅぅぅぅぅぅぅぅぅじぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!何故、何故、何故なのですっ!?というか伝わってましたよねっ!?間違いなく目と目で通じ合ってましたよねぇっ!?」
「あ~ん、目と目だけやなくて、うちと体同士で通じ合いせえへんかぁ?」
「だ・か・らっ!!私にそんな趣味は無いと何度も言ってるでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
涙をこぼしながら猛烈な速さで走り去る美須々と、それを追う神速の張遼。
瞬く間に姿が見えなくなっていった。
それを見ながら爆笑する明埜。琉生はどこ吹く風とばかりに動物と戯れている。よくよく観察すると、何故か琉生は雄で白い動物を優先してかわいがっている。何かあるのだろうか。
「ヒャハ、ヒャハハハハハハハハハハハハッ!!コイツァ傑作ダァッ!!……早速幽州ノミナサンニ広メテヤッカァ?」
不穏な事を呟きつつ、明埜が顔を向けてくる。
私は満円の笑みで頷いてやった。
悪どい笑みを浮かべて去っていく明埜、彼女が纏う雰囲気は間違いなく悪役のそれと同じもの。
「いや、あの子味方じゃないのっ!?というか何でそんな嬉々としてとんでもない嫌がらせ許可してるのよっ!?」
「えいさん、ぼくいやがらせだいすきなんだ」
「なに清々しい顔でやりきった感だしているのっ!?」
「正しく言うとレズビアンが嫌いなんだ。現代ではそんなん個人の自由だったから別にどうということはなかったんだけど、曹操がレズビアンならばサマーソルトを使わざるをえない」
「……大体意味は察したけれど、少なくとも張遼に追いかけられていたあの子は白じゃないの?」
「白ってなんかすぐ汚れるから嫌いなんだわ。何者にも染まらない、あと血が乾いた後の黒とか好きです」
なにやらキ○ガイを見るような目で賈駆はこちらを見てきた。
「こいつについていったのは失敗だったかしら」とか言っている。うん、少なくとも大失敗だと思うよ。
劉備辺りだったらお優しいし、随分とましな待遇をえられたのではないかと切に思う。実際に董卓が逃げる進行路の逆方向は劉備達がうろうろしていた。劉備と会う確率が半端なく高かっただろう。恐らくは私達が手に入れなければ劉備がゲットしていたに違いあるまい。
だが私達が先だった。おかげさまで、優秀な社畜が手に入ったのだ。
あれだ、天才だから俺らの仕事の十倍ぐらい任せてもいいよね。というか全部任せてもいいよね。
目で確認をとると、詠は訝しげに目線を返してきてくれた。目と目が通じ合ったのだ。
うん、契約は成立した。この契約はエントロピーを凌駕したんじゃないかな?
指を鳴らし、明埜直属の顔面包帯という疑似ショッカーを召喚。
「ショッカー一号、彼女を例の部屋に連れて行くんだ」
「いや、私の名前は韓忠なんですけど……」
「ショッカー二号、彼女を例の部屋に連れて行くんだ」
不満そうなので番号を増やしたら、ショッカー二号は渋々といったように賈駆を背負った。どうやらお気に召したらしい。
だが存在しない一号をどうすべきかが今後の課題だろう。
一方賈駆は戸惑いこちらに向けて罵声を飛ばし始めた、だがそれを甘んじて受けるような趣味は無い。
構うことなく早く逝ってくれとアゴで先を示すと、ショッカー二号が暴れる彼女を背負って彼方へと走り去っていった。
あれか、三国志大戦的にいえば……。
「まずは奇襲成功……」
あながち間違ってはいないだろう。いや、ここはSR版で『混沌の世界へと誘おう』も案外はまっている気がしないでもない。計略的にも案外あっているような気がする。
「あの~詠ちゃんはどこに行ったのでしょうか?先ほど悲鳴が聞こえた気がするのですが……」
「む、そういえば霞の奴もいないではないか。あやつもそろそろ調子が戻って来ている頃だ、久しぶりに競い合ってみたかったのだが……」
彼女が消えて行った方角を眺めつつ、感傷に浸ってると背後から声が。振り向けば、不思議そうに首を傾げる董卓と華雄の姿があった。
「詠さんは先ほど仕事を手伝ってくれるらしく、執務室の方へ。悲鳴は多分ヤル気の雄叫びでしょう。月さんの分もがんばるのだそうです」
あながち間違ってはいないと思う。
「月ちゃん……」
「霞さんは一足先に、一騎打ちで敗北したうちの勇将にもう一度再挑戦に行きましたよ。多分城を走り回っているかと」
あながち間違ってはいないと思う。
「なにっ!?そういえばそんな話を聞いたが……本当だったのか」
華雄はわくわくが止まらないとばかりに肩を震わせていた。あれだ、猪武者なのは変わっていないらしい。
「むぅ、では私も参戦するとしようっ!ではこれにて御免っ!」
「あ、そういえば月さんにお話しされたか分かりませんが」
「お前の軍に入る事ならば異存はないっ!」
やっぱり華雄は猪であった。
堪えきれぬとばかりに斧を手にして猛ダッシュ。土煙が晴れた先には、もはや彼女の姿は微塵もなかった。
大丈夫かなぁ、話の中身分かって言ってんのかなぁ。まぁ別にいいんだけどさぁ。
というか、私の軍じゃなくて白蓮の軍だからね。別に乗っ取ってないからね?
影が薄くなっていた白蓮の影がさらに薄くなっているからね?というか白蓮まだいたんだ……気が付かなかったわ。
「華雄さん、いつもあの調子なので……」
「うん、ぶっちゃけおかげさまで大変連合では扱いやすかったです。というかぶっちゃけ敗因の九割は彼女でしょう」
「はは……」
歯にものを着せぬ言い方で一蹴する波才に苦笑する董卓……プラス公孫賛。
史実でも、演義でもあり得ないであろうこの組み合わせは、まさに異色の世界そのものだ。
まぁ華雄についてだが、取り合えず元気がよいことは素晴らしいと思う。少なくとも、友達になりたいランキング部将とかがあったのならば、一位とってもおかしくはないだろう。
親しみやすさは霞以上だ。
そんな親しみやすさすら持たない、ベスト・オブ・普通がのっそりと起き上がる。
ステータスは全部70で固定されているだろう女だ。
「うぅ、なんか最近私の扱いが雑になってきていないか?」
「分かりました、この際ですから雑にさえ扱いません」
「やっぱり今の無しで」
笑顔で告げると真顔で返された。なんか怖い。
「あ、あはは」
うん、笑うしかないよね月ちゃん。でもこれうちの軍の日常なんだ。
毎日SAN値が減っていく職場です。そして笑顔が絶えません。
「な、なぁ単経。この後暇か?」
「すいません、部屋でごろごろするという崇高な使命が天から課せられておりまして……」
「私も天からお前と一緒に最近話題の茶屋に行くべきだと、今日の朝に天啓を受けたんだ」
「それ幻聴」
自分を棚に上げて言いたい放題の波才。
だがそれも怪しげな光を瞳に宿す白蓮にはあまり効果を為さなかったようだ。
どうやら普通な彼女にしては珍しく覚悟を決めたらしい。
なんてどうでもいいところで覚悟を決めるんだ、この女は。
そして何故に茶屋に二人で行くのか。
古来より女の買い物に付き合わされる男の末路は総じて決まっており、加えてその男とはとどのつまり女性と関係があると相場が決まっている。
そしてこの時代の茶屋は何故か解らないが、ちょっとしたカフェテラスなのだ。明らかに時代を間違っていると言わんばかりの白い丸テーブル、木製の椅子、立てかけられたメニュー。
そこで恋人同士でいちゃいちゃしまくる連中が互いに話に華を咲かせるわけだ。
そこに、私と白蓮が行く。
……もしや、あれか。白蓮は私に気があるのか?
そこまで考えてついに自分にも春が来たのかと一瞬歓喜。が、相手が白蓮だということで気落ちする。
「(いや、ちょっと待てよ)」
まぁ待て。白蓮はゲイパレスと背反するレズパレスの住人だ。あの曹操と同じ百合の国に生きているのだ。
ゲイが互いの活火山を活性化し合う薔薇の存在だとすれば、彼女らは華畑を蹂躙し尽くす百合の華なのだ。
つまり万が一にも私に対して異性の興味は持たないだろう。
ぶっちゃけそんな連中に興味もたれても困る。私の休火山に彼らがダイナマイトをぶち込むのであれば、私は恐らく正気を保てない。初めての女性との行為が、まさかの自分の処女喪失なんて余りにも衝撃的で今世紀最大の悲劇だ。
では何故そんなカップルだらけの茶屋に行くのか。
ここで私は驚くべき、だが紛う事なき真実であろう答えに辿り着いた。
恐らく白蓮はカフェで安らぐ恋人達をぶち壊す気なのだろう。恋人どころか曹操のように愛人関係すら結べていない彼女の性欲は、恐らく限界を迎えているのだ。
もう我慢の限界なのだ、よく映画やドラマである展開の一つ、街中の女の子を権力で強引に連れ込んでランデブーする気なのだ。
だが今の彼女はもはやただ連れ込んでランデブーするだけでは物足りなく感じてしまうのだろう。もう本当にいろいろ限界なのだろう。
つまり白蓮は現場で強引に押し倒すと、恋人の前でハニーをランデブーする気なのだ。
もうかなりの上級者向けのプレイ内容だ。震えが、震えが止まらない。
NETORIに加えて、彼女を人前で仕込んでいくという調教プレイ、それも恋人の前で行うという三重の構えを見せている。
なんて、なんて布陣をくみ上げたのだ彼女は。
孔明のような策略をこのような所で発揮するとは、ぶっちゃけもっと別の所で発揮して欲しかった。なにもランデブーで発揮する必要はないというのに。
恐ろしい事だ。彼女の嗜虐心を抑えるには、これほどまでに残酷な布陣をしかねばならぬのか。恐らく血の涙を流す男性の前で恋人をランデブーし、高笑いをかますつもりなのだろう。
白蓮……恐ろしい子。
しかも私をそこに巻き込むとは。
いくら最後まで付き従うからって言ったって、それは範囲外だぞ白蓮。お前はいったい私に何を求めているんだ?私は至ってノーマルなのだぞ。
込み上げる何とも言えない感情。
それは恐ろしくもあり、悲しくもあり、儚いものだった。
というかこんなんで覚悟決めるならもっと、別の所で覚悟決めて欲しかった。
白蓮には『残念属性』が備わっていたことにここで初めて気が付かされた波才。その現実に頭で除夜の鐘が鳴り続けるも、何とか不器用な笑顔で彼女に笑いかけた。
「えー白蓮。そのひじょーに残念な覚悟に免じて、明日私の時間を空けておきましょう」
「や、約束だぞっ!?約束だからな!?」
そこまで暴れたいのかお前は。
「ええ。あ、そういえば白蓮、貴方仕事は大丈夫なんですか?」
「……あ」
慌てたように白蓮はあたふたと木陰においていた剣を抱え持つと、約束を何度も念を押して立ち去っていった。妙に鬼気迫る顔であったために、やはり彼女の覚悟が伺えた。そんな覚悟捨てちまえ。
「もしかして……白蓮さんは貴方のことを?」
「ええ、巻き添えにするつもりでしょう。大丈夫です、手はうっておきますから」
「え?」
「え?」
何故かお互いの意見が食い違っているように思えたが、多分気のせいだろう。
目の前で不思議そうに見上げる月を横目で眺めると、何故か猫が鳴くような声を漏らして顔を朱くした。
本当に、これであの董卓なんだから笑う以外に無いだろう。
「あ、あの」
「なんでしょう」
「私達を助けていただき、本当にありがとうございました」
まるで汚れを知らないような笑顔に思わずたじろいだ。
これは、そうだ。劉備のような顔だ。ぶっちゃけ汚れた人間である自分にはきついものがある。
「い、いえいえ。私は打算があって助けた所もあります。それにその事は白蓮にお礼を言ってくださいな」
「こんな時代です。含むところがなければ私達のようになってしまうのでしょう。それは仕方がない事だと思います。でも」
華だ、花じゃなくて華だ。
純粋無垢、汚れを知らぬ赤子のような暖かな微笑み。見ているだけで心が落ち着き癒される。
これが彼女のカリスマ、人徳というものだろうか。
……だからその笑みは向けないで欲しい、何故か心が痛み軋むのだ。
「貴方はそれでも私を助けてくれました。私は詠ちゃんみたいに頭もよくありません。華雄さんや霞さん、恋さんみたいに武にも秀でてはいません。それでも私を、私達を助けてくれました。自らの危険を顧みず、私達と真摯に向き合ってくれました。だから」
あ、やばい。なんか死にたくなってきた。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
静かに頭を下げた月の背後には、何故か後光がさしているように思えた。
なんというか、眩しすぎて直視出来ねぇ。
む、むりじゃん。こんな子が宦官という名の肉達磨共と渡り合えるはずがないじゃん。
「あ、あの。どうなされたんですか?」
「はっはは。ちょっと用事を思い出したので失礼」
「へ?」
脇目を振らずにダッシュで走り去った。
■ ■ ■ ■ ■
「無理……あの子は、無理」
心の奥底まで外道になりきってなければ、あの笑顔には勝てない。
いや、勝つ必要は無いんだが……。
「……なんだかなぁ」
羨ましいなぁって、思ってしまうのだ。
「何黄昏れてるんだ?」
「この空気の読めない声は白蓮っ!?」
「悪かったな、空気がよめなくて」
何やってるんだこの君主様は。
仕事はどうしたのだ、仕事は。貴方が働かないと、私が遊べないじゃないか
「いや、ちょっと気になることがあってな」
「何ですか。ちなみに貴方は恋姫から真・恋姫に変わって主要人物になるにあたり、期待度ランキングが1位の呂布に続いて2位でしたよ。意外と人気あるんですね」
「なんだかよく解らないが、その話題は止めた方がいいと思うぞ」
「すいません、自分でも意味が解らないのですが、私もそう思うので止めておきます」
「はぁ。そうじゃなくて……」
妙に渋っている。
言いたいことがあるならばはっきりと言って……。
「董卓の身代わり、お前誰を使ったんだ?」
……やっぱり空気よめない子だわ。
「袁紹の領地、中山の村の娘です。歳は十五ほどですが、我が幽州の民ではございません」
「……そうか」
ただ一言、それだけ述べると彼女は踵を返して歩き出した。
後ろから発せられる怒気は、もはや鬼気と言えるまでに禍々しい。触れるべからず、されど触れてしまうのが人のさが。
「……深くは、お聞きにならないので?」
「聞くだけ無駄だ、私は既に覚悟は決めている。ただ今後は独断行動は慎め、全て報告するんだ」
「……一つだけ、よろしいですかな」
足を止めたということは、肯定の表れなのだと思いたい。
「もし、私が幽州の民を犠牲にしたならば。どうしていました?」
「愚問だな、お前の首を撥ねていたよ」
微かに動かした首、見えた左目は充血していて深紅の色。
噛み締めた唇の端からは、血が一筋流れ出ていた。
まるで吸血鬼ではないか。
しかし本人は血を忌避しているのにも関わらず、血を求める存在に見えるとは。皮肉が効いた例えだね。間違っても口には出せん。
そのまま二度と振り返ることなく彼女は行ってしまった。
しかし私を殺した後、彼女はいったいどのようにして天下を統一しようというのか。
……ああ、別に天下統一なんぞしなくてもいいのかもしれん。
白蓮にとっての王道がある。
道が彼女の先を作るわけではない、彼女が作った道の先が天下なのだ。
別に、それに私なんぞ必要は無いのだろう。
「……必要、ないねぇ」
董卓は犠牲になった少女の命を背負って生き抜くことを選んだ。
公孫賛は自らの業をさらに深めて王としての格を高めた。
では、私は?
「ま、考えるだけそれこそ無駄だわなぁ」
強くもない、頭もよくない、特に何の珍しい力があるわけでもない。
考えるだけむださぁ。
■ ■ ■ ■ ■
翌日。
「……って!?なんだこの仕事の量はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
白蓮の机の上には、普段の倍。いや、それ以上の竹巻の山があった。
慌ておののく白蓮に、申し訳なそうな顔をした文官が一歩進み出る。
「その、単経様から伝言があるのですが」
「た、単経?……そうだよ、折角のあいつとの約束がぁ!?」
涙目でぐずる白蓮。よほど楽しみであったのだろう。
いつもはしていない化粧を顔に施し、外行きようの可愛らしい服を身につけていた。さらには目のしたにくまがあることから、遠足前の子供のように心が躍り、夜に満足に眠れていなかったことが解る。
「あの、『確かに私の休みはいただいたけれど、その分の仕事があるよね?変な理由で部下を休ませるんだから上司がキッチリやりなさい。あと女の子あさりも止めろとは言わないからほどほどに』……とのことでして」
「……は?」
「その、単経様はおっしゃるには『私の休暇は受理したが、白蓮の休暇は受理した覚えは無い』……と」
「……ふ」
「ふ?」
「不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
幽州の空、果てに届かんばかりの涙声。
哀れな叫びを街中の屋台で聞いた不振な仮面男が、酒瓶を傾けながらにたりと笑ったかは定かではないようで。
これにて、董卓連合編は終了。
そしてそろそろ現実で訪れる、例のアレの時期ですね。
そう、花粉。
道ばたに生えているあいつらの元を見ると、もうヒャッハーしたくてたまりません。勝手に刈ってもいけないんですよね、もうどうしろっちゅうねん。
あれです、友人がおいていった毒ガスマスクを装着して街中を歩きたい気分。