第三十五話 嘘つき波才さんと壊れた彼女
国を建てるには千年の歳月でも足りない。だが、それを地に倒すのは一瞬で充分である。
~バイロン~
洛陽に入城した連合軍は呼吸をすることを忘れた。
各々が目を見開き、あの脳天気な袁紹でさえあまりの驚きに手に持っていた扇を落としてしばし呆けてしまった。
かつて栄華を誇った帝のお膝元。この漢の大地の中心に相応しい、絢爛な洛陽の街。それが今や荒らされて、街のあちこちから煙が上っている。
聞けば警備が疎かになった隙を突き、この街に潜んでいた黄巾党の残党や盗賊、荒くれ者達が今が好機とばかりに荒らし回った結果だという。
洛陽の姿に君主や末端の兵を問わず、皆涙した。
もはやこれでは諸侯に公言したも同然であったのだ。漢は終わりを告げたと。
この事態を収拾できなかった今の国に、求心力などありはしないのだ。兵達はそれを悟り、僅かばかりにあった漢への忠義の全てを、自らの主君に向けたのであった。
諸侯はそれぞれが軍から人を回し、洛陽の街の民へと救援を行い、復旧作業に身を乗り出していた。元より疲弊した帝と民の救済が目的であった。だれが断れようか。
もちろん、それは公孫賛軍も例外ではない。
「鄧茂、貴方は民にご飯の炊き出しを。裴元紹は怪我人の治療とこの区画の復旧にあたれ」
「「っは!」」
付き従うモブ、ではなく黄巾時代からの配下に指示を飛ばす。
大方の命令は既に下した。ここに来てからろくに休まらない体は軋み、吹き抜ける風に打ちひしがれている。
見まわせば酷い有様であった。かつては名商家であったであろう金箔が貼られていた看板は、今やその全てがはがされて食料を煮るための薪となっている。自分たちが剥いだのではない、賊にやられたのだ。
扉は割られ、壁は無残に崩れ、くすぶった燃えかすが風に乗って吹き渡る。なんと酷い有様だ。
かつての洛陽はいずこに消えたのだ。
「……歩みて北芒の坂を登り
遙かに洛陽の山を望む
洛陽 何ぞ寂寞たる
宮室 尽く 焼焚す
垣牆 皆 頓れ擗け
荊棘 上って天に参わる
旧耆老を見ず
但だ新少年を覩るのみ
足を側つるに行径なく
荒疇 復た田さず
遊子 久しく帰らず
陌と阡とを識らざらん
中野 何ぞ蕭条たる
千里 人煙無し
我が平常の居を念い
気 結ばれて 言うこと能わず」
気が付けば大敵である曹操の息子、曹植の詩を口ずさんでしまっていた。
徒歩で北芒の坂を登り、遥か遠くの洛陽周囲の山々を見まわす。
かつて都だった洛陽の なんと寂しいところになったことか。
宮殿は戦乱によって全て焼き払わた、宮室も全てだ。垣根や塀まで全て壊されてしまった。ただ茨のみが生い茂って天にもとどかんばかりだ。
道行く人とて華やかな頃の洛陽をしっている老人の姿など一人もいない。ただ顔も知らぬ若者たちの姿があるのみだ。
道も荒れ果て、つま先して歩こうにも足の踏み場などない。荒れ放題の田畑はそのまま捨て置かれている。
他郷に長らくいた者達には、道の東西も見分けられないだろう。野原ばかりがいかにも物寂しく、千里彼方まで炊ぐ煙も見えない。
昔住み慣れた屋敷を思いだせば、悲しみで胸が塞がり、口にする言葉さえないだろう。
やがて、彼が言ったような姿にこの洛陽は変わるのだろうか。だとすればなんと悲しきことか。
かつて仇と思い牙を剥けども、洛陽の無残な姿には胸を抉るような痛みを覚える。
「ずいぶんな詩ね。単経」
淡い悲しみに囚われていると、背後から声をかけられた。
振り向かなくとも分かる。
「……何のようですか。曹操」
「軍議に姿を見せないからどうしているのかと思えば。貴方、詩の才を持っていたのね」
肩をおろしながら振り向けば、思わぬ収穫に微笑む曹操の姿があった。
曹操は文学にも精通している。そんな彼女から見ても波才が述べた詩は、溢れ出る才を感じせずにはいられぬものであった。
だが賛辞を受けようとも己のものではなく、自身を殺した男の息子の詩である。素直にそれを受け取ろうとも思えない。
「……私のものではありません」
「ではその人物を貴方を降した際に、共にこの曹猛徳の下に連れてきなさい。ただ今はこう伝えよ、この洛陽を私が持つ以上そのような姿には二度とさせないと」
大方、洛陽は曹操辺りが手に入れるだろうと思っていた波才は、別に驚きもしなかった。
馬一族は中心なれど遠すぎる。それは公孫賛軍も同様。猿と袁紹はこのような都に興味など無く、劉備は自身の領地で精一杯だ。
なれば残る曹操に洛陽が渡るのも当然のこと。
ただ、彼女の手駒の姉妹。姉の姿は曹操と共におらず、ただ妹のみがこちらを睨みつけていた。聞けば史実通りに目をやられたらしい。
片目を失った彼女はまた戦い続けるのだろうか、運良く片目で済んだというのに、まだ戦うのだろうか。
まったく、私はどうにも理解できない。
どうしていざとなると、誰も彼もが地獄へ望んで進撃したがるのだろうか。
私自身、よく分からない何かに突き動かされて戦い、ここに存在し、曹操と対峙している。
この世は理解できない事で溢れている。
「……もし、出会うことがあるならば」
ただ一言、そう言い残しその場を足早に波才は去っていった。
曹操はそれを面白げに、完全に姿が見えなくなるまで見送ったのであった。
■ ■ ■ ■ ■
「おお、やってるな」
再び現場に身を投じていると、聞き慣れた声を耳にした。振り返る。
そこには自身が使える主君、白蓮の姿があった。心なしか、顔に疲れが表れている。
「ずいぶんと遅いお帰りでしたね。軍議はどのように?」
「ここで解散だとさ」
やれやれと肩をすくませて、大きなため息をつく。その姿は妙にすすけており、彼女の苦労がにじみ出ているように思えた。
「董卓の死は周りにかなりの衝撃を与えていたけど、まぁ死んだからよしって事で解散。洛陽は曹操がなんとかするって」
「なら問題はないのでは?」
「……一部の連中がどうもきな臭くてな」
「……ご苦労様でした。紅茶はいかがですか?」
「もらうよ、積もる話もある」
自らの腹臣の意図を感じ取り、白蓮はすぐさま同意して頷いた。
波才は周りの兵達に指示を下すと、現場を主君と後にする。
しばらくして、慌ただしく動く兵達の合間を縫って辿り着いた先は、それなりの大きさの商店であった。やはりこの店も被害に遭っているのか、看板が壁から落とされ、ドアが破られている。
入り口の脇にいる二人の兵に敬礼をされながら、二人はその店の中に進む。
驚いたことに、外から見ればあれだけ外装が荒らされているのにも関わらず、店の中は至って小綺麗である。
このまま今すぐ営業を再開しても、この様子ではおそらく問題は無いだろう。荒らされるどころかチリ一つ落ちていないのだから。
「ここは明埜の拠点の一つでしてね。商家を営んでいるよう偽装されていたのですよ」
「その割には荒らされていないようだけど……」
「予めある程度壊しており、なおかつ賊に間諜を紛れさせてここを襲わせないようにしていました。……まぁ別の手段としては彼らを上手い具合に統率し、内から門を開かせる手も残していたのですが」
頬を引き攣らせている白蓮に気が付いているのか、いないのか。波才はさらに奥へと進んでいく。現れたのは、目の上に×印が書かれた扉。
迷わず波才が扉を開けると、そこには。
「そっちを十八番から幽州に持って行ってくれ」
「おい、これはどうするんだ?」
「それはこの資料、ああついでにこれと一緒に渡しといてくれ」
何人もの男女が慌ただしく動いていた。部屋には多くの書簡が溢れており、それを必死に運び、整理していた。
「失礼します」
「……へ?子供?」
彼女の脇を、腰ほどにも満たない身長の女児が通り過ぎる。
驚いたことにその中には齢八つから十ほどの、まだ顔に幼さを残す子供まで仕事をしていた。
この歳の子供がお使い程度に手伝うのならまだ話は分かるが、見るからにこれらの資料は子供のお使い程度で済まされる物では無い。
さらには彼らの腰に剣や短剣、加えて暗器が見え隠れしているのを見て確信する。
この子供達は彼らと同じ、明埜の兵隊なのだと。
「オ?ヨウヤク来タノカイ?」
背後から妙に甲高い、そして重い奇妙な声が波才と白蓮にかけられた。
振り向けば、人を喰ったような笑みを浮かべる明埜の姿があった。
「旦那、ココハチョイトバカシタテコンデヤガル。コッチダゼ」
そう言われて案内された先は、来客用と思わしき装飾が施された部屋であった。波才は自然に、白蓮は戸惑いつつ席に着くと、すぐさま遊女姿の女性が入れ立ての紅茶を二人の前に差しだし、一礼して部屋を出て行った。
主君らが一口紅茶を口に含み、飲み干すのを待ってから明埜が話を切り出すために身を乗り出した。
「ンデ、白蓮サンヨ。軍議ノハドウナッタ?」
「……その前に、一つ良いか?」
明埜は煩わしげに顎で先を促した。
「何であんな小さな子供がいるんだ?」
「何デッテ、ソリャ俺ノ使イッパシリニ決マッテルダロ」
「まだ子供だぞ?お前の仕事の中には……その」
「ソリャ人殺シダッテサセテンゾ。今回ダッテ馬鹿ガ予想以上ニ暴レヤガッタカラ、人手足リネカッタシ。アイツラノ剣ハ脅シジャネェカラナ、ガキニハガキナリニ仕込メルモノガアル」
まるで苦虫を噛み締めたような顔で、明埜を睨み付ける白蓮。それを鬱陶しそうににらみ返す明埜。
険悪な雰囲気を察知した波才は、二人の間を遮るように大きな咳をわざとらしく行う。
「白蓮、子供は有用な間諜になり得ます。誰もがまさかあのような子供まで仕込まれているとは思いません。その油断をついて集められた情報は、私達の力になっている」
「だけども」
「あの子達の中には黄巾時代からの者もおります。戦災孤児、また役人に親を殺された者、そしてゴミをあさって生活して居た路上生活者達で構成されています」
「ヨウスルニ、死ンデモ問題ネェッテコッタ」
明埜は何が面白いのか笑い声を漏らす。それに激昂したのか白蓮は椅子をなぎ倒して立ち上がり、明埜へ歩み寄る。そして馬鹿にしたように見上げる明埜の胸ぐらを掴み上げた。
「お前は……!」
「何ダ、ガキダカラ使ウナッテ?命ノヤリトリサセンナッテカ?」
「当たり前だろうが!お前だっている、波才だっている、琉生に美須々、そしてお前達が鍛え上げた精兵達がいるだろう!子供に頼らなくてはいけないほど私達は落ちぶれてはいない!」
「ツマリダ、テメェハアイツラガガキデアル以上。戦ワセル必要ガ無イッテ言イタイノカイ?」
有無を言わせぬ気迫で明埜の服を話さない白蓮に、明埜は苦笑した。
そして。
「甘イ事ヌカシヤガルンジャネェ!」
キレた。
「サッキカラウダウダ抜カシヤガッテ!落チブレテイナイ?精兵達?ッハ」
逆に明埜は白蓮の服を掴み上げた。互いに服を掴み睨み付けるその姿を、波才は何も言わず静かにただ見つめている。
「アノガキ共使エバソノ精兵ガドレホド救ワレルト思ッテヤガル、ドレホドノテメェガ大好キナ民ガ救ワレルト思ッテヤガル!コノ狂ッタ浮キ世デ、命ノ価値ガ等シク意味ガネェ世界デ大人モ子供モ関係アルカボケッ!」
「何だと!」
「人殺ス物持テバソイツハ立派ナ兵ダ!テメェガ道ヲ進ミ作ルタメノ必要要素ダ!ソレニ俺ガ気ニイラネェノハ、テメェガアイツラヲガキッテダケデ戦力カラハズソウトシテイルコトダ!」
ふと、白蓮は明埜の自分を掴む手が震えていることに気が付く。
目の前の外道と呼ばれる女の怒りは、怒髪天を衝いていた。
「アイツラハ拾ッタ俺ラニ命預ケテンダヨ!「僕達モ戦ワセテクレッテ」アンナガキガ感ジル必要モネェ馬鹿ゲタ信念持ッテ、命賭ケテ戦ウ事ヲ決意シテヤガルンダ!オ前ハ知ッテンノカ、アイツラガ血反吐吐キナガラ大ノ大人デサエ逃ゲ出ス訓練耐エ抜イテアソコデ働イテルコトヲ!脱落シタ奴ガ血ノ涙流シテソレデモ戦ワセテクレッテ俺ノ足ニシガミツイテ請ウ様ヲヨォ!」
明埜はいい加減限界であった。
子供であることがなんだというのか。自分は子供の頃から野を駆け巡り、虎を殺し人を殺した。子供ながらも自分には信念があった。
子供達にもそれと同様のものが存在していた。親という自分を守るものがいない、一人で生き抜かざるを得ないことを知っていた彼らの目は、かつての自分の目そのものであった。その目が持つ意味は自分がよく知っている。
だからこそ彼らが自分に頼み込む意味も、痛いほど理解出来ていた。
生きたいのだ、この腐った世界に救いがないことを知りながらも、生きたくて仕方がないのだ。
白蓮に何が分かるというのか、仮にも教育を受け、衣食住の不自由なく育った彼女に何が分かるというのか。友がいて、親がいる彼女に何が分かるというのか。
「信念ト覚悟ガアリャガキデアルカドウカナンテ関係アルカ!テメェラ武人ニ誇リガアルヨウニ、アイツラニハ信念ガアル!テメェガガキッツウ理由ダケデアイツラノ生キ方ヲ否定デキルノカ!ア!?」
「明埜、そこまでにしなさい」
波才の制止に舌打ちを飛ばすと、明埜は白蓮を突き飛ばして深く椅子に腰掛けた。
一方突き放された白蓮は、理解が出来ないわけではないのだ。ただ、それが認められるかどうかは別だ。
子供は情報、暗殺において有用な存在となる。大人もまさかこのような子供が相手方の差し向けた存在だとは思えない。それ故に得られる情報は幅が広がり……だが、それでも。
「白蓮、彼らとて誇りがあり、守るべきものが有る。貴方が守るべきものは民であり、仲間なのかも知れない。その中に彼らも含まれているのかも知れないが……だとしたらそれは杞憂というものです」
「……」
「私だってね、本音を言えば貴方や美須々。琉生に明埜と言った女性の方々に戦わせるのは嫌なんですよ。でもそれは余計なお世話というものなのでしょう?」
「……分かった、だけどできるだけ危険なものからは役目を外してはくれないか?それが余計で彼らを馬鹿にしたものだってのは分かっている。分かっているんだ!」
拳を握りしめ、立ち尽くす白蓮は絞り出すようにそう答えた。
波才はそんな白蓮に苦言を、ましてや嘲笑を浮かべることも無かった。むしろ慈母のような笑みを浮かべ、立ち上がると彼女に歩み寄り、抱きしめた。
「良いんですよ、それでいいんです」
「……え?」
「結局の所、私達はどこか壊れているのですよ。貴方は優しい、でもその優しさはただ優しいだけでなく、この世の苦痛をしるからこそ湧き出たもの。むしろその心こそが、貴方が王である証なのですから」
優しさは必ずしも弱さではない。むしろ計算だけでは、利だけでは人はついてはこない。
王とは、非情でありつつも守るべきものを守る存在。自分を割り切れた彼女は賞賛すれこそ、貶される事はないはずだ。
「その優しさを、あの子達にあげてください。あの子達が死んだら泣いてあげてください。あの子達が生きて帰って来たら「おかえり」って言ってあげてください。 あの子達のことを分かれとは言わないから寄り添ってあげてください。抱きしめてあげてください。あの子達が生きて帰って来る意味を教えてあげてください。私達に出来ない分、貴方が彼らに与えてあげてください」
私や、明埜にはそれは出来ない。何故ならばそのような資格がないのだから。同じ狢の穴である私達では彼らの心に火は灯せども、温かさを感じさせる事は出来ない。
仮に出来たとしても、私達はそれが許せない。私達がそれを認めることは、私達の生き様を否定する事と同じ。それは許される事ではない。
だから白蓮、貴方が彼らに生きる意味を教えてあげてください。
そうでなくては、私達と彼らは同じになってしまう。私達が進む結末など、碌な物ではないのだから。
波才の言葉に白蓮は静かに頷く。
上げられた顔は凛々しくもあり、そして儚さと優しさを秘めていた。白蓮という人間の生き様がそのまま現れた顔。
「……ああ、やってやるさ。私は幽州の全ての民のために生きているのだから」
「……決心ツイタンナラサッサト軍議ニツイテ話シテクレマセンカネ、幽州の王様?」
「明埜。……す、済まない。お前にも突っかかったりして」
「オ前ノ耳ハ飾リカ?俺ハ軍議ニツイテ話セッテ言ッタンダ。取リ合エズ座ッタラドウダ」
「あ、ああ」
「ケッ!」
明埜、良かったですね。
私は心の中で彼女へ向けてそう呟いた。明埜が一番彼らの事を気にかけていたのだ。かつての自分と重ね合わせる所もあったのだろう、子供達の事を考えているからこそあそこまで白蓮と言い合ったのかもしれない。
明埜はああ見えて、一番私達の中で面倒見が良い。なんだかんだ言いながらも一番仲間を想っているのは明埜なのだ。美須々とは一見仲が悪いように見えるが、その実は親愛の情から来る彼女なりの気配りなのだろう。
まぁ、本人がそれをどう思っているかは別としての話だが。これを言ったら間違いなく美須々はその日の内に照れ隠しで冷たくなっているにちがいない。
少なくとも白蓮の決心は明埜にも受け止められたようだ。
そう言えば明埜は何故か子供に大変好かれる。あんななりで声なのに、何故か一番すかれるのは明埜なのだ。本人は嫌がっているのだが、何故か寄ってくるのだ。
ちなみに子供受けが良いのは次点で私、一番酷いのが美須々。
美須々は鬼ごっこやかくれんぼなどの遊びを本気でやるため怖がられるのだ。本人が何にでも真剣に取り組むのだが、それは子供の遊びでも例外ではない。
よって鬼ごっこでは黄巾党一の鬼武者が全力で追ってくるのだ。もうごっこどころの話では無い。
本人は子供達ともっと触れ合いたいのだが、あれではとてもじゃないが無理だろう。
子供の遊びで武人が震えるほどの闘氣出してどうするのだっつうに。
琉生は無難に人気である。無言ではあるが、その分優しさがあるというか、普通に良いお姉さんとして成立している。何故か男の子をかわいがる傾向にある……どことなく犯罪臭がする。そっちの趣味なのだろうか?
「え~とだな。まずは解散が決まった。途中董卓の不振な死に関して話題が上がったが、袁紹はどうやらめんどくさいのは嫌いだったようでな。そこにあんまり追求は無かったよ。曹操は何か思うところがあるようだけど……」
「あの人ニュータイプですからね、だとしたら孫策辺りも危ないだろうなぁ」
「アイツガキガツコウガ、立場的ニドウコウ言エネェダロ」
「それもそっか。猿の下にいる以上、動きたくても動けはしないかな」
「そうだ波才、旧董卓陣営はどうなったんだ?お前に全て任せていたけれど」
「張遼は快くうちの将になってくれました。でも美須々との戦いの後を引いているのか、美須々と仲良く外のテントで休養中です。華雄は董卓の説得で何とかなるでしょう。賈駆は董卓がいるならと交渉済みです。結果的に呂布以外は全員吸収完了です。幕下の精兵も手に入れて万々歳」
「呂布……かぁ」
何だか白蓮が物欲しそうに考えているけれど、呂布はちょっとなぁ。
「確かに美須々・琉生の二人がかりでも勝てず、劉備の幕下の姉妹と配下に互角以上の戦いを演じた。その力は確かに天下一かも知れませんが……白蓮、貴方呂布の手綱握れますか?私は自信がありませんよ」
「いや、すまない。……人間の欲には限りがないな。随分と恵まれた環境にいるはずなのに、そのすばらしさを今私は忘れていたよ」
恥ずかしそうに頬をかく。
まぁここまでうまくいけば、さらに欲が出るのも仕方がないと言うべきか。それが在るべき人の姿……っていうか普通の事だし。うん、普通だわ白蓮。
「呂布ノ行方ハ悪イガ解ラナイ。アノ乱戦ノ中ヲ追跡スルノハ至難の技ダゼ?加エテ洛陽方面ニホトンド手ハ出払ッテンダ、今何人カ飛バシテハイルンダガ……」
「追随する将は陳宮だけ……兵と将は強くとも、物資を運び出す暇はなかったはず。略奪か拠点を作る際に自然と噂になるはずですから、それをじっくりと待ちましょう」
「ソレシカネェヨナァ。ッタク、食アタリデ死ンデテクレネェカナァ」
飛将呂布、食あたりで死亡。享年20前後。
……三国志上最強の武将(笑)、なんかそれ嫌すぎなんだが。あれか、最強の武も食あたりには勝てないってか?
同じ事を考えていたのか、白蓮も乾いた笑いをこぼしている。うん、気持ちは分かる。
「……それで、今後はどうするんだ?波才」
「今後とは?」
「幽州に帰ってからの話だよ。お前の予想だと、袁紹が攻めてくるんだろ?それが終わっても曹操がな」
十中八九、袁紹は攻めてくるだろう。多分「北海の王者とか、何やら私に相応しくありませんこと?」、みたいな理由で。
「でもどうやって袁紹の目をあっちに向けさせるんだよ。あいつとは付き合いがある程度あるから私は解るが、一度決めたら馬鹿だから一直線に来る。つうかそれしか見えてない。今のあいつは私達しか見えてないから、いくら曹操が宿敵だとはいえ簡単には動かないぞ」
「ようするに、私達が抗う限り彼女は攻め続けるんでしょう?」
「……まぁそう言う事だけどな」
な~んだ。簡単な話ではありませんか。
ようするに私達が牙を見せるから向こうは躍起になって槍を振るうのだ。ならば逆転の発想だ。
「何がおかしいだよ。こっちは真面目に話しているのにさ」
「ふふふ、白蓮。何も戦は正面から戦い合う事が全てではないのですよ」
「つまり?」
いい加減じらしすぎたのか、彼女は身を乗り出して波才を問い詰める。
そんな彼女に波才は苦笑しながら、例の蛇の笑みを浮かべた。
「戦えば負けるのなら、戦わなければいい。槍を見せれば矢が飛んでくるのならば、槍を見せなければいい。咆えれば首輪をされるなら、咆えなければいい」
そうだ。やられるのならば、やられる前にやられればいい。
本来は董卓軍の軍師である彼女の策ではあるが、なに。多少借りてもよかろうて。
私は嗤った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
だが同時期、一人の乙女が天を仰ぎながら同じく嗤っていた。
足下には薄い氷の膜が。彼女はそれを嬉々として踏み抜く。
「……波才さん、こんな薄っぺらい氷と私の気持ちが同じだなんて、思わないで」
砕け散った氷を拾い上げる。彼女の心を映し出したかのような熱。その熱が手の中に収まる氷片をゆっくりと溶かしていく。
「……生半可な気持ちじゃ、ないんだから」
乙女は完全にとけて水になったそれを服の裾で拭うと、再び歩き出したのだった。
幽州の方角へと笑いかけながら、ゆっくりと、ゆっくりと。
多分来週は更新むりです、忙しい、忙しい、忙しい。ああ、だれか作者に寝る時間をください。
今回はいろいろやばくて水曜日ですが、更新曜日は基本変わりませんので。
ちなみに最後の『彼女』の歌は万葉集からとりました。解る人はいるのかどうか。原文見ているとすんげぇ心がほんわかっつうか。まぁ見ようによっては病んでますよね。
暇な時に読む万葉集と漢文は、執筆欲をそそります。だって廚二病とかロマンとか妄想に溢れているから(おい
皆さんも是非訳されたものでいいので読んで見てください、下手なライトノベルよりも面白いですから。