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黄巾無双  作者: 味の素
自己確立の章
31/62

第二十三話 わたしにこのてでたたかえというのか

It is the common wonder of all men how, among so many million of faces, there should be none alike.

(誰でも不思議に思うことには、これだけの多くの顔があるのに、似たものが一つもないことである)


~Sir Thomas Browne~

約一ヶ月後。



やたら偉そうな使者が幽州の城へと現れた。付け加えるなら派手な装飾と衣服。

袁紹からの使いだと聞いて誰もが服装については納得した様子である。



「(……いや、あのセンスには納得していませんよ?バブル期のおばちゃんですらあんな金ぴかな格好はしないだろうに)」



波才はため息をつきながら考え込む。何の使者なのだろうか。


それは予想通り、当然ながら袁紹からの反董卓連合に関する檄文であった。

既に各地に使者が飛んでいるとは聞いていたので、何の不思議もない。ああ、ついに来たかと彼らは時代が変わることを感じた。


使者の前に現れた白蓮の顔は厳しい。以前話した内容から大まかな事は理解しているのだろう。

ここが決め所ですねと波才は一人目を光らせる。


使者は一礼すると白蓮の前に進み出る。そしてご丁寧に董卓の非道を語り尽くす。

高慢なその姿は真実を知るものからみればいっそ滑稽に見えた。


帝を誑かしている、民を苦しめている、国を脅かしている。董卓の所業許すまじ!!


影にて潜む明埜は笑いを堪えるのに必死のようだ。肩をしきりに震わせて腹を抱えながら、音を立てない程度に柱に平手を何度も叩きつけている。

美須々は目を瞑って成り行きに身を任せていた。同じく琉生も目を瞑っているが……船をこいでいる。


一方、事情を知る波才話を一切合切聞き流していた。


使者の語る内容も自分が予想したものと変わらない。そう、全くの予想通りだったために開始五分で聞くことを止め、脳内で好きな曲を話が終わるまで何度もリピートし始めた。


自分が決めるのでは無い、白蓮が、つまり『波才が仕える王』が決めることだと割り切っていたからだ。

事実決めるのは白蓮であり、波才自身にそんな権限はない。

付け加えれば『可哀想な女の子を助けたい』なんて崇高な精神を彼に求めている人間は、もはやこの軍に誰一人としていなかった。


そんな波才の考えは至ってシンプル。


『犠牲になるならなればいい、ご愁傷様って拝むぐらいならしてあげても良いです』


命が軽いこの世界で一々犠牲者のこと考えるなどくだらない、無駄に心が疲れるだけだと彼は割り切っていた。

黄巾党時代に多くの同胞を失っていた波才。だが『死んだ人達の命も背負って』などという崇高な気持ちなどさらさら無い。

『背負わず』とも『受け止める』覚悟はあった。一人の凡人に何万もの命を背負う事など無理に等しいと考えている。そもそもそんなものを背負っていたらやりたいこと出来ないジャン、というのが彼の持論であった。


だが、そんなくだらないとあくびを噛み締めて一笑している波才とは反対に、白蓮の様相は見ていて痛々しい。


王座に座る白蓮は苦虫を噛み締めた顔で使者を睨む。

真実を知らなければ彼女は喜んで反董卓連合に飛びついただろう。真実を知らなければだ。

だが知ってしまえばその連合は私利私欲に塗れた英雄達の宴、狂乱の戦禍。


真実はいつだって人を苦しめる。

だが人は真実こそ至上の蜜として追い求める。これなんて矛盾なのだろうか。


白蓮は顔を歪ませる、苦悩に満ち溢れた彼女の顔は事情を知る良識ある者なら目を逸らさずにはいられないほどであった。

君主としての自分、誇りある武人としての自分、人間としての自分。その二つが背反し、白蓮の心で大きな戦火が荒れ狂っているのだろう。


使者は董卓の悪逆非道の行いに彼女が怒りを募らせていると感じたのか、ますます声高らかに話す。

すると白蓮さんはますます己の葛藤により苦しい表情になる。

額には汗が浮かぶ。


すると使者さんは……とぐるぐると無限回廊に囚われたが如く。流石の波才でさえこれには白蓮に同情した。嫌なループですねと。


だが、どんな物事にも終わりは来る。

使者は一通り語り終えると反董卓連合の誘いを申し出る。その姿からは当然受けるのだろうという強い自自信が感じられる。


波才はちらりと横目で白蓮を覗い観察すると手が握りしめられ震えているわ事に気が付いた。

波才はそれを見て内心ため息をつくと、しばし答えを客室で待つようお願いして、使者を丁重にを客室へと案内させた。

使者の姿が見えなくなったのを波才は確認すると。



「白蓮様、決断を」



思えば仕官したとき以来、初めて敬語を使ったと心の中で彼は苦笑する。

あえて敬語を用いることで波才は圧力を白蓮にかけたのだ。思えば波才と白蓮がこうやって面と向かって行う対話は一ヶ月ぶりであった。

白蓮はどうするのだろうか。董卓につくのであろうか


もしそうするのなら波才は愚か者の烙印を白蓮に押すつもりであった。


何故ならばその為の用意を白蓮が何も行っていなかったからだ。

不利であるならばそれなりの用意を事前にしなければならない。しなければならないのにも関わらず白蓮はあの日から何も行ってはいなかったのだ。

あの時すぐさま董卓につくと動けばまだ負けたとしても本質的な勝ちは得られた。とはいっても砂粒のように小さなものだが……それでも0と1は全くの別物である。


その僅かな希望に全てをかけるというのもまた乙なものだっただろうと波才は考え手はいたのだ。


しかし、この時点で董卓に味方する道は既に消失している。例え味方をしようとも董卓と共倒れであることは間違いない。百害あって一利なしなのだ。

もし白蓮がそれでもと何も行動を起こさずしてただ感情のみで動くのなら、波才は完全に彼女を見限るであろう。

そのケースになった場合は孫策か劉備の軍にでも赴くのも一興、と彼は考えていた。


だがそれは無いであろうと波才は確信していた。

あれだけ言ったのだから傍観などしない、むしろ傍観する意味が解らないと。

傍観が許されるのは舞台の外だけ。役者がぼおっと舞台の上で突っ立っててどうするんですかっつう話ですか、と。


白蓮さんはそれが解らない愚か者ではないことを彼は理解していた。そんな愚か者ならそもそも選択肢を用意する必要も無いのだから。

つまり、選択肢をいくら用意しようと既にこの場で彼女が進む道は決まっていたのだ。

いくら悩もうとも道は他にない、一方通行なのだから。




「「「………」」」



美須々、明埜、琉生はも静かに時を待っている。控える兵士達も誰も動かない。

彼らには主の口から出る言葉に従うだけ。それが臣下の務めというものであるからだ。



「(白蓮言い出しづらいでしょうね。今、彼女の中ではさぞや面倒くさい葛藤が渦巻いているのでしょうね。民を守るのか、自分の感情を取るか、どうすればいいのかと。そもそも選択肢は一つだけなのにね。だが、それが分かっているからこそなお悩み、苦しむ。何をやるべきか理解している上での苦悩というのは、想像を絶する苦しみを与えるのもの。今の彼女は悲痛すぎて見ていられませんよ)」



本当は波才も静かに答えを待っていたい。だがこのままでは埒があかない。

いつまでも使者を待たして不信感を持たせるのは不味い。かといってこのままでは彼女は動けないであろう。

波才は汚れ役を背負う決心を固めた。



「白蓮様、もしや…董卓に与するおつもりですか」



白蓮はその言葉を聞き、歯を噛み締めて俯く。波才は微笑む。

そうですよ、貴方は分かるでしょう?貴方の愛する民、自分を信じこの幽州に残った兵達を自分の感情如きで死なせてはいけない、と。

『王』としての自分をとらなくてはいけないことを彼は白蓮に再び叩きつけたのだ。


白蓮は目をかっと開くと、王座から勢いよく立ち上がった。

そしてこの場にいるに、自分の心を切り捨てを振り切るように叫んだ。



「我らは反董卓連合に参加する!!」



一瞬の間。



「「「「「っは!!!」」」」」



波才含めた全員が王に跪く。今、この時を持って董卓としての命運は完全に消えたのだろう。

もとより波才にとって董卓の命運など実にどうでもいいものであったが。



「単経、使者をここに呼ぶのだ!私の口から直接伝える!!」



自分で決めたのだと、迷いなどないと、そう伝えたいのだと言うことを波才は理解した。

そして同時にそれは強がりであることも。震える手を力強く握りしめることにより誤魔化している事に、彼は気が付いていたのだ。


……このままだと白蓮が壊れる。しばし時間を空けて訪ねるべきか。

波才は頭を下げつつ、何とも形容しがたい笑みを浮かべたのであった。







■ ■ ■






私はその日の夜、白蓮様の部屋を訪ねるべく夜の廊下を進む。

静かな夜に聞こえる虫の鳴き声はなかなか風流だ。


……それにしても、今日一日で我が軍はずいぶんと忙しくなったものだ。既に軍備は着々と進んでいる。

琉生は兵の訓練のさらなる向上に。

美須々は軍備を着々と進めている。

明埜は董卓軍の動きを知るために間諜の量を増やし、工作を始める。


いや、『こうなるだろうと予測してあらかじめ備えていたので仕上げを行っている』というのが正しい。

とおの昔から既に準備を固めてきていたのだ。無許可で。


先を読み動くのは当たり前のこと、客将の身には出過ぎたまねかも知れませんが、仕えている間は最善の働きをするつもり。


え?もし白蓮が連合に入らなかったらどう始末付けたのって?

そんなものどうとでも言える。軍備の増強なり模擬訓練などとのたまっておけばいいこと。

それに私は彼女が連合に入るだろうと内心あの時に確信していた。


彼女は一人の白蓮なのではない。一人の王なのだから。

王たるものが個人の感情で動くことがどれほど愚かな事か、彼女は知っている。その王としての彼女を私は信じている。


……別に王だけの彼女を信じているわけでもないわけだが。


やがて白蓮の部屋の前に部屋に着く。

中には人の気配がすることから中にいることは間違いないだろう。



「白蓮、波才です。入ってもいいですかね?」


「………」



無言ですが扉が開く。


のんびりと部屋の中に歩を進めるが……暗い。

明かりをつけてはいないようですね。


暗いのでどのような顔をしているのかよくわかりませんが、白蓮は椅子にそのまま力なく座ります。

私もそこら辺にあった椅子を持ってくると彼女の正面に座った。



「「………」」



お互い話す事はなくただ時間だけが過ぎる。

最初に口を開いたのは白蓮だった。



「笑っていいよ。私はさ、董卓を見捨てることを躊躇った。最後の最後まで」



その声は今にも消えそうなか細い声でした。



「笑いませんよ」



その言葉を聞いて白蓮は乾いた笑いを漏らす。



「ハハハ…私は馬鹿だよ。民を守る、それが私の第一の使命であり当たり前のことだ。それをさ、董卓の話を聞いたときに忘れてしまってさ。……波才に怒鳴っちゃってさ、波才は当たり前のこと言っているのにな。そして波才が手助けしなかったらあの時決断することが出来なかった…馬鹿だよ私は」



顔は見えない。

ただ彼女がどのような顔をしているのか想像できる。



「なんでだろうな…董卓はわざわざ宦官や高官を敵に回してまで帝を助け、民を助けた。なんで私みたいな人間に討たれなくちゃいけないんだろうな」


「………」


「なぁ教えてくれ波才。私は…幽州の民を助ける王として相応しいか?」



その質問に私はしばし考える。

果たして今の白蓮に応えて良いものなのか……結論として私は答えた。



「治世においては貴方は名君でしょう。ただ今は乱世、王として相応しいとは思いません」



非情と人は言うでしょうね。

でもね、ここで嘘を許せる世ではないのですよ。



「そうかぁ…ハハ。なんで私はこんな人間なんだろうな。曹操みたいに王としての力もない、桃花みたいに人を導く魅力がない」



ダンッ!


机を激しく叩いた音が部屋中に響き渡る。



「なんで私は!!私はここまで力がないんだ!?決断する度胸もない、先を見て民を守る力もない、私は本当に…」



暗闇に慣れた目が白蓮の顔を見る。

その顔は後悔と怒りに染まり、目からは涙が伝っていた。



「無力だ」



嗚咽を漏らして泣く白蓮。

それを見て私は思う。


本当になんで彼女のように優しい人間が乱世に巻き込まれるのかと。


天和様も白蓮も同じ、

これは本来生まれなくていい苦しみだ。

私がここにいなければ何も知らずに連合に参加し、董卓軍を滅ぼしただろうに。

私がいることによってこれは起こったと考えれば……まぁなんとも救いがない話だ。


董卓も白蓮と同じなのだろう。

明埜が言っていた、董卓は優しすぎると。あれは純粋に民を助けたかっただけだと。ただ助けたくて彼女は宦官と対立したのだと。



そして馬鹿らしいと。


この乱世において優しさなんて通じはしない。

騙し、騙され、反吐が出るような策謀が謳歌するこの乱世において、優しさなど愚の骨頂だ。

董卓は帝など見捨てれば良かった。民など見捨て、外道になりきればこんな危機には陥らなかった。私のように己を捨てさえすれば良かったのに……。

優しいが故に今死に瀕している。


世界は残酷だし、狂っている。

人が争わなければこのような苦悩は生まれない。だが争いがあるからこそ、人は可能性が見いだせる。

争いは善である、悪であるなど差別しない。だからこそ戦争は平等だ。だからこそ時代を築く。

そして平等に苦痛を、怨を有象無象の区別無く与え、振りまく。

白蓮や董卓はおそらくそのような戦争に耐えられる人間ではない。

曹操や孫策などの英雄こそが、それらを真に理解し受け止められるのだろうか。



「貴方は人として間違ってなどいないですよ。そして無力でもない」



白蓮は人として間違ってなどいない。

そして、それは誰にでも言える。


誰もが間違ってなど無く、誰もが正しいからこそ争いは起こる。



「貴方はこの幽州を守り続けて来た。多くの人間が貴方を評価しなくとも貴方は仕事をこなし続け、ついには太守にまでなられた」



私は白蓮を抱きしめた。

人は人の温かさでしか真の安心を得ることは出来ない。

だから私は優しく抱きしめる。



「私はね、貴方だから客将としてここに入ったのですよ?曹操でも、劉備でもない。白蓮だからこそ私は貴方に仕えているのです」


「…嘘だ。私は無意識のうちに波才を無理矢理従えた。波才は嫌々従っている、そうじゃないと波才ほどの人間がうちになんて来ないさ。それぐらい知っている。城の者が言っていたよ。私はそれを知っていても、例え客将でも波才が離れていくのが怖くて聞けなかった」



力ない、余りにも弱い声。

城の者がそんなことを……。


ですがそれは間違いですよ白蓮。



「ならばその人間を殺しに行くので教えてください」



その言葉に白蓮は驚いて私の顔を見る。

ああ、分かる。これは怒りだ。

今の私はさぞや良い顔をしているのだろう。



「その人間は侮辱した。私を、白蓮を。誰が嫌々?巫山戯たことを言うな。もう一度言う、私は白蓮だからこそ従っている。誰が望まぬ主君に従おう、望まぬ主君に従うぐらいならこの舌を噛みちぎり自害します。私は白蓮こそが我が主君であると感じたからこそ貴方の側で仕えている。そのような私の主君を乏しめ、あざ笑う侮辱に私は耐えられませんからね」



唖然として私の目を見る白蓮。

私は正面から見据えて言う。

そして白蓮から離れると、臣下の礼をとる。



「我が主君、貴方は民を守りたいという。そして董卓すらも守りたいという。ならば私にそう命じてください。今の貴方は私の主君、貴方はここにいる、貴方が選んだ選択でここにいる。命じてください」


「む、無理だ」


「私が今まで無理なことを進言しましたか?」


「………」


「私はね、白蓮」



そう言えば、本心から彼女と話し合うのはこれが初めてになるのか。



「董卓の命なんざどうでもいいのですよ」


「っな!?」


「驚きました?私には何故貴方が驚くのかが分かりませんがね。私はね、白蓮の物語を見たいのですから」


「私の……物語?」


「ええ。白蓮が白蓮自身で決めた白蓮だけの道。そこになんで董卓如きが入り込む隙があるのですか。そんなものあるわけないでしょうに。そんなものじゃ満足出来ませんよ」


「……分かっている、分かっているさ!!董卓が助けられないことなんて「っは?何言ってるんですか?」……え?」


「白蓮、私は助けられないとは言っていませんよ?『董卓如きに貴方が惑わされるな』と言っているんです」


「……」


「董卓なんぞに縛られる?違いますよ、貴方が董卓を操るのですよ。捨て駒にしても良い、助けても良い。貴方という道が董卓に続くのではない、貴方という道の過程に董卓がいるのですから」



だから。

そう言って私は跪く。



「命じてくださいな。貴方が物語を創る上で董卓は殺させたくないのでしょう?ならば殺させるな、助けろと命じればいいじゃないですか。私は貴方の臣下なのですよ、主の期待に応えぬ臣下がどこにいるのです?」



主君の為に死地にすら喜んで向かう人間。

少しだけ、美須々・明埜・琉生の気持ちが理解出来る。私はいつから己が馬鹿と呼んだ存在になったのかと、笑みを浮かべた。


対して白蓮は波才に目を奪われていた。

主君の為に己の誇りや信念などいらない。ただ、主君の為に存在するかのような形容しがたき姿。

白蓮はその姿に心を奪われた。

いつもくたびれていて、仕事がイヤだと怠ける彼からは想像もできないその光景に、胸から熱いものが込み上げてくる。


……そして、その中には自分が知らない感情も含まれていることに気がついた。

思わず頬を赤くする。今の彼女にはこの感情は理解出来ない、興奮しているだろうとそれを無理矢理に理由付けて拳を握り込む。


涙はもう止まっていた。

もう、泣くことは止めた。


立ち上がる。


白蓮は驚くほどに清々しい気分であった。この暗い部屋、その全てが無のように見えない中で、今自分が見えるものは波才だけだった。

何故彼だけが見えるのか分からない、でもこれは……きっと。


敬語など、求めるような言葉などいらない。

ただ、堂々と整然と命じればいい。

それこそが彼が、波才が求めること。


理解した彼女は涙を拭う。

理解した彼女は顔を引き締める。


そう、彼女は王なのだから。



「董卓を救え」


「御意」



短く、余りにも短い言葉の紡ぎ合い。

だがその短い言葉こそがこの場に相応しいものに想える。


王と黄天に生まれた道化。

今、ここから公孫賛の物語は始まったのかもしれない。






■ ■ ■ ■





「と言うわけで董卓さんを助けます」




仮面に工具に、怪しげな道具。

中には龍の爪とか鱗、白虎の心臓などいかがわしげな物がそこら辺にある怪しげな部屋。

ここは私の地下の作業部屋です。部屋の扉には板がかけてあり、



『入った人がいたら宦官へ昇進させちゃいます♪』



と言う文字が書いてあります。

これできっと城中の兵士さんが押し寄せて来るだろうと思ってお茶を用意してるのですが、部下である三人娘以外は来ません。

あるぇ~?

一度白蓮さんが来たのですが、開けて中を見た瞬間何事もなかったように閉めて、何事もなかったように帰ってしまいました。……何故でしょうね。


あと一回、曹操さんとこの間諜が入って来ました。

嬉しくて宦官さんにしてあげようと思い四肢を固定していざ宦官の世界へ……と思ったら、知りたくもないことをべらべらと話してくれました。


よっぽど嬉しいんだと思って宦官にして故郷に帰してあげました。泣いて喜んでいました。

いいことをした後は気持ちが良いですね。

何故か後ろで美須々は顔を青くしていましたが。明埜は大爆笑してたのになぁ。


で、その時の歓喜の声が城中に聞こえたらしく、城の皆さんにはここは「魔の部屋」として近づく人はいません。

なんで魔なのかは気になりますがまぁいいでしょう。

とにかくここは聞き耳をたてる者もいないので内緒話にはちょうど良いのですよ。





「「「………」」」


昨晩あったことを話したら皆さん急に黙ってしまいました。

琉生以外の二人は口を開けて惚けています。

ちなみ琉生は私が制作したモッツァレッラをむきゅむきゅと食べている。

いつか作っておいたチーズがちょうど良い感じに出来てきたので振る舞いました。

先に白蓮に試食してもらったところ大喜び。

この三人も気に入ったようです。

次はワインかな?

南蛮探ればほとんどの果物がありそうなので、数年がかりではありますが制作してみますか。

モッツァレッラもピザとかグラタンに使えるしいろいろ料理の幅が広がりますね。


……って二人が何故かニヤニヤしています。

なんででしょう。



「どうなされたので?」


「どうなされたって……ねぇ?」


「ケケケ……旦那ラシイッチャラシイナ」



そう言って顔を合わせて笑いあう二人。

この空気は暖かくて好きなんですが……なんかもやもやしますね。



「まぁいいでしょう、と言うわけで董卓を救出します。明埜、間諜と仕込みお願いしますね」


「イイネェ…久シブリノ本職ダ。南蛮観光モ悪クハナイガヤッパコイウノガイイヨナァ。アレカ?旦那風ニ言エバ『ロマンティックガトマラナイ』ダッケカ」


「微妙に違う気がしないでもないですが、まぁあってるかと」



彼女には私の料理のために材料探しをやってもらってましたからね。

本当にお世話になっています。

明埜は袖の中から資料の束を取り出すと、私に「ホレッ」と投げ渡した。


思わず受け取るものの……え~と、あんたの袖はどらえもんの四次元ポケットですか?

手裏剣といい、鎖鎌といい、薬品といい、たまに酒が出てくる事すらある。謎だ。


あ、もしかして「枯れた樹海ラストカーペット」?つまりぶっ殺す。



「ア~忍ノ数ヲ増ヤサネェト。ソノタメニ曹操ノ方ヲ少ナクスル必要ガアルナ」


「構いませんよ。忍には何時でも動けるようお願いします。最悪、貴方が軍から抜けても構いません」


「……内政と軍備の面で明埜が抜けるのは厳しいですね。私と琉生の二人では補えぬ所があります」


「………」



琉生と美須々はいい顔はしませんね。

出来ぬ事はないでしょうが、人が減るのはやはり厳しいですか。



「私としてはあと一人、せめて一人使える人材が欲しいところです」



苦し紛れに美須々が声を上げる。


何気に人材不足です。いや、よくこの四人で回せていると褒めても良いでしょう。一人というのも最低限の数。本当はあと五人いようが足りません。

国を回したり戦をするのに将はいくらあっても足りない。


でも、全く来てくれません。

みんな曹操とかおーほっほっほとかに流れていきます。

おい、お前ら英雄もいいが普通もいいもんだぞ?今なら飴ちゃんあげるぞ?


とは言ったものの、ああ、望みは薄いでしょうなぁ。

馬鹿げた事言っても言わなくても来ないんですもの。みんなそんなに英雄が好きか?私も大好きだよ。でも今回ばかりは妥協して欲しいですよ、はい。


妥協なんて言ったら白蓮は涙ぐむでしょうが、本当に苦しいのだ。

私以外少数精鋭であると誇りたいがですが少数すぎて死ねます。戦の前に過労死で死にます。

おい、この世界に労災はないのかっての。


無理なのが解っているのか美須々も諦めながら言ってまよね、絶対。



「それにもう一人いれば波才四天王に……」



何か言ったようですが小さくて聞こえませんでした。

隣の明埜は聞こえたのか「何言ってんだ?」みたいな顔で見ています。

琉生は何故か目を輝かせている気が……後で聞いてみますかね?



「無理でしょうね……董卓から将を引き抜かないとこの先戦えません」


「……トイウカソウシナイト戦ウ以前ニ内政ノ過労デ死ヌナ」


「戦で死ぬのならまだしも、書類に埋もれて死ぬのは……」


「………」



何気に一番琉生が抗議の視線を向けてきます。

ほとんど彼女が軍を統括してるので疲労もそれなりになるのでしょう。

聞けば一回書類に埋もれていたところを美須々に保護されたようです。


ごめんね、琉生。

過労死するなら先鋒はたぶん貴方です。


……私は最後まで生き延びて見せます。



「……」



なんか更に琉生の視線が厳しくなった気がしますが多分気のせいでしょう。



「基本方針としては余り戦わず、獲物は最上を狙いましょう。単純明快、下手なことやれる労力なんてないですから。人材の確保及び我が主の名声を高める。これを基準とします。部隊は既存の訓練された兵のみを使いましょう。何かご質問は?」


「主、新型の投石機及び弩砲、長弓兵はよろしいので?それと馬の鞍なども」


「使えば楽になるでしょうが目をつけられますからねぇ……他の群雄達に下手に目をつけられる方がやっかいです。なのでそれらは使用はしません。それに、兵は数が足りませんって」



そうそう、新兵器の開発に成功しました。


新兵器の開発をしようとトレビュシェットの開発に成功。

こちら既存の物は移動が出来ますが射程距離、発射物の重さと量に不安を感じます。

ですがトレビュシェットは動けず、固定型ですが巨大な錘の位置エネルギーを利用して石を投げるので射撃距離を自由に調整でき、精度も高い。

記録によれば最大約140㎏の物を300メートル飛ばしたという化け物です。

この時代から約1000年後のオーパーツですがまだこの程度は再現可能です。


次にバリスタの製造。

対城壁、迎撃用に製造しました。

どうしても投石機では放物線を描いてしまうので水平線上には狙えません。

その為にバリスタを製造。

それと歩兵用にクロスボウを作ろうかと思ったのですが短距離であり、打てる量が少なすぎるので却下。

ならば時間はかかりますが生産が楽であり、長距離である長弓を採用。


火薬があれば戦いの幅が広がるのですが製造が難しく時間がかかるためそこら辺は諦めましょう。

無い物をねだってもしょうがないですからね。


それにどれもがまだ開発に成功というだけで、実装するにしても数が少ない。作るお金もない。

比較的安価な長弓兵も私の配下である黄巾党の残党達の兵達2000名がやっと使える程度だ。

こう考えるとクロウスボウは使いやすいから作るべきか…。



「ナラ旦那ノ重装兵ヤ騎兵ヤ長槍兵モダメダナ。目立ツシソモソモアレハ白兵戦用ダ、城攻メハ別種。ソレニ金銭ノ都合デ重装兵ヤ騎兵ハ数ガ少ナイ。……コウ考エルトマジ貧乏ダナ公孫賛軍(ウチノ家)」



本当に貧乏です。


夢に向かって羽ばたこうにもお金が無くて羽ばたけません。

嫌な時代になったなぁ。夢で飛ばせろよ、お金とか現実臭いのいらないから。

商人の誘致や国土の発達で以前よりも財政は数倍はマシになったのですが……ああ。


領土は手狭。そもそも商人が来にくい場所。便利になるにつれて問題が。お金が足りない。資材も足りない。というか人材が足りない。


人材が足りない。


大事なことなので二回言いました。

せめてもう少し有能な人間が後数人いたらいいのですが。


お金もこれ以上やろうとするとどうしてものし掛かってくる問題です。

いくら実入りが良いと言ってもなぁ。……袁家の広大な領土と膨大なお金が羨ましいです。


でもそれだけの好条件な所で君主が馬鹿というのはなぁ。


正直、上がしっかりとして武将もある程度有能であれば天下十分狙えますよ。

外交策で他国を味方につけてうまく立ち回り、この連合で名と地位を得て内政により国土の発展を図る。

袁家という名門のネームバリューを最大限に利用し、人材・外交に有利に。

それにこの群雄時代で広大な領土と膨大なお金を持っているってだけでよっぽどの馬鹿をやらない限り、袁家は負けませんて。

一番はじっくりと焦らず、確実に仕留める。


そうすれば問題は無いでしょう。

でもそれには明瞭な確固たる王が必要なのですが…。


「オーホッホッホ」


ああ、幻聴が聞こえた気がします。

兵士もろくに訓練させないでなにやってるんですかあのお馬鹿さんは。

私の華麗な袁家の兵達が負けるわけがないって何それギャグ?

数で勝てるなら黄巾党が今頃全土を闊歩してますよ。



故に兵に走る者有り

弛む者有り

陥る者有り

くずる者有り

乱る者有り

ぐる者有り。


凡そ此の六者は、敗るの道なり、将の至任、察せざる可からざるなり。


孫子さんの言葉です。

敵を見ずに戦い、兵を将が下ろしきれず、将が自分勝手に戦い、陣形なにそれおいしいの?状態、訓練もろくにせず、己らを過多に見て敵を見ず。

これが戦で滅ぶ者の道だ。だからこそ上に立つ者は聡明でなければならないという言葉です。


……まとめ役の顔良さん。

貴方はおそらく私達の敵になるでしょうがそれでも言いたい。


とりあえず職場変えなさい。


おすすめは過労死ルートである公孫賛軍です。

普通な君主と楽しい仲間達がお待ちしています。

笑顔がある意味溢れている素晴らしい職場ですよ?



「現状では通常の部隊で行きます。……それと、宦官連中には踊ってもらいましょう」


「踊る……とは?」


「彼ら舞台は決定していますが出番はまだ決まっていないのですよ。下手すればいつまでも上がらないし、ならば私達が出番が引きずり出しちゃえばいいのですよ。まぁ最初で最後の舞台になるでしょうけどね」



そう言うと美須々は頭にはてなを浮かべている。

反対に明埜は楽しそうに笑っている。どうやら理解出来たようだ。

……琉生?琉生はそこでお茶菓子食べています。



「ケケケ…ホント旦那ハ悪ダナ。ソレデ勇者様ヲ演ジテ哀レナオ姫様救ウッテワケカ。確カニイイ考エダナ。オ姫様ハ旦那ニ惚レルネ、デキレースッツウヤツカ」


「???」


「ダガ、ソレダト後々宦官共ニ気ガツカレルンジャネェカ?連合モ董卓ニ逃ゲラレタトナルト面目ガアレダシヨ」


「だ・か・ら、宦官なんてみんな殺せばいいじゃないですか、もちろん董卓もね。董卓も大陸中探せばもう一人ぐらいいるでしょう?」


「確カニソレナラ上手ク収マリガツクワナ。デモソウソウ見ツカルカネ?」


「顔もぐちゃぐちゃにすれば良いので面相はきにしなくていいですよ。髪と背丈似てれば十分。首は晒されれば腐れてさらに気にもならなくなるし。……くれぐれも捕獲の際に足跡残さないでくださいよ明埜。トラップツールだけ持って行って雷光蟲忘れたとかも無しですよ?調合できやしねぇ」


「……マァ心配スルマデモネェヨ旦那、任セトケッテ。ヤル瞬間マデ生カシテオク必要アルダロ?時間アルダロウシソノ間部下ニ代ワリデ遊バセテモイイカ?最近ゴ無沙汰ラシイカラ士気ガアガルワ」


「ん~まぁあまり乱暴はしないでくださいね?違和感が検分した際に見つかったら危ないし」


「薬漬ケニスレバ抵抗ナンザシネェヨ。ナンナラ旦那ガ最初ニ食ウカ?ソレナラバナルベク面ガイイノ選バネエト」



ここまで一切口を挟まなかった美須々であったが(理解出来ていなかったのだろう)、『食べる』の一言に思わず身を乗り出す。



「明埜、董卓って食べられるんですか?美味しいのですか?」


「テメェハ死ンデロ食欲馬鹿(美須々)」


「へ!?何故ですか!?」


「はいは~い、喧嘩しない。明埜、私は魔法使い目指してるんで食べません。顔なんざどうせめちゃくちゃになるんですから体が似ているのを選んでくださいね」


「……意味ハワカラネェガ真意ハ理解シタワ、理解シタクモネェケド。ソリャソコニハ手ヌカネェッテ、。ヌイタラ全部パーダロウガ」


「???」



美須々……これを解れとは言いませんからせめて自分の名前を間違えずに書けるようになってください。

琉生は最近文官も行けるようになってるのに貴方は自分の名前すら……。


ん~順調に軍議もどきは進みますが不安ですね。


この世界は余りにも優しく、壊れている。

なにか強制力があることは先の大乱でよく解りました。

なればこそ、この連合。得られる宝は全て得なければこの先、世界に愛された者達に勝てる可能性すら無いのかも知れません。


明埜から渡された資料を眺める。動員出来そうな兵は2万か……。

後将軍袁術、冀州牧韓馥、豫州刺史孔伷、兗州刺史劉岱、河内太守王匡、勃海太守袁紹、陳留太守張邈、東郡太守喬瑁、山陽太守袁遺、済北相鮑信。

彼らが実際には参加していた者達だがこの世界で参加している中で目立つのは袁術、袁紹、公孫賛、曹操、劉備、馬腾ぐらいかなぁ。

劉備がこの時期既に領土を得ているのと孫堅が死んでいるというのがネックですね。

やはりパラレルワールド、目立つ者達がとことん目立ってます……面倒くさい。


パラレルワールドの呂布とか止められるんでしょうか。どないすんべ。

多分私達では勝てないでしょう。となれば他の方々にお任せしましょうか。


しかし、呂布を除いても捕らえるべき勇将。

私では彼女達は止められもしないであろう。私の武勇などたかがしれている。


だが、私には幸いにも一級の武を持つ部下に二人も恵まれた。

本当に私にとって過ぎた部下ですよ。貴方達は。


そう思い彼女達へと視線を動かす。

美須々、琉生。貴方に私達の命運を託しま




「琉生……董卓って食べられるんですか?美味しいのですか?」


「……私にそんな趣味はない。味は人それぞれ」


「ほう!!董卓の味は人によって変わると、それは素晴らしい!?それは是非私も食べてみたいですね」



からからと楽しそうに笑う美須々に、明埜と琉生と私は何とも言えない視線を向ける。

……あれ?何か急に不安になってきた。

ねぇ、大丈夫だよね?


……ねぇ?




次回の投稿は作者ですら予想出来ない、どうも。味の素です。


本来なら2話分なのですが、短かったのでまとめて投稿。おかげで前半と後半のカオスが融合してなんか産業廃棄物の匂いが。


次回から連合編です。長かった。

本来なら12話ぐらいで収まるはずだったのになんか長くなってしまった。どうしてこうなった。


あ、今回の話には結構重要な伏線があるんですが……皆さん分かったでしょうか?分かったらその人は作者と同じ病気です。


さて、今回の武将紹介は……あ~親孝行はしとけ?


□ □ □ □


「母上!母上!母上!母ぅぅうううえぁああああああああああああああああああああああん!!!

あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!母上母上母上ぅううぁわぁああああ!!!

あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん

んはぁっ!母上のきつね色の髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!

間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!

井戸から小さい体で水をくみ上げる母上かわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!

野菜屋さんからおまけつけてもらって良かったね母上!あぁあああああ!かわいい!母上!かわいい!あっああぁああ!

この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?絵の母上が僕を見てる?

絵の母上が僕を見てるぞ!母上が僕を見てるぞ!絵の母上が僕を見てるぞ!!

頭の中の母上が僕に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!

いやっほぉおおおおおおお!!!僕には母上がいる!!やったよ母上!!ひとりでできるもん!!!

あ、母うえええええええええええええん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!

あっあんああっああんあ母上ぁあ!!は、母上!!母上ぁああああああ!!!母うぅぅぅあああああ!!

ううっうぅうう!!俺の想いよ母上へ届け!!三国志の母上へ届け!」

「何やっているんだ馬鹿息子がぁぁぁぁぁっぁぁ!!??」

「そげぶっ!?」


女性が書かれた絵を見ながら、女性のものであろう服を抱きしめている男。

彼をきつね色の髪の眼鏡をかけた少女が蹴り飛ばす。顔面にクリーンヒットして宙を回転、鈍い音と共に落下した彼であったが……何故かその顔は不気味なほど笑顔だった。

そんな彼を少女は胸元を掴みあげて持ち上げる。


「ご褒美www来たこれwww」

「母親の服抱きしめて何とち狂った事ぬかしてやがる孟宗!?」

「違うね、愛だね。これは母上への愛だね。というか肩で息をして頬を上気させた母上マジ萌える!!」

「いっぺん死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ馬鹿息子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」(ドグシャァ!!)

「ご褒美あざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!」(ブフォォォ!!}


何度殴られても笑顔。そんな彼の名は孟宗。

父を亡くした彼は、幼き頃孔明や鳳雛と同じく学問所に通いつめ、母親一人の手によって育てられた。

幼き頃からの猛勉強の努力が実り、彼は宰相の器があるとまで評されるにいたる。現に今やかの有名な呉の将の軍史となっている。


だが、重度のマザコンだった。


「母さん!!母さんの寝床の雨漏りが酷いよね!!寝てる間に僕が屋根に張り付いて雨を受け止めてあげるよ!!」

「んな馬鹿な事ぬかす暇あったら忠勤に励めやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ごふぁぁぁぁ!!出た、母さんの拳だ!!これで後1000年は戦える!!」


呉の重要な収入である魚の管理をするようになってからは。



「母さん!!魚を沢山僕自ら捕ってきたよ!!さぁ新鮮なうちに」

「籠五つなんて食えるか!?というかお前がそんなことやったら悪徳官史に疑われて私までご近所の目が痛いわぁぁぁぁ!!」

「ごふぁぁぁぁ!!母上最高!!」


などと……まぁ、母親思いであった。

だがそんな彼の愛する母親は重い病にかかった。


「母さん!?大丈夫!?」

「……五月蠅い馬鹿息子。……長くはないかな」

「!?」

「あ~あ、ごほごほ。げふぅ!!」

「母さん!?」

「……死ぬ前に、タケノコ食べたかったな」


儚げに笑う母。季節は冬。タケノコなど生えてはいない。それは彼女自身も十分に分かっていた。

だが、額に汗を浮かべて苦しげに笑う母に彼はいても立ってもいられなくなる。


「僕が、僕がとってくる!!」


母親の制止を振り切り彼は山を駆け、竹林へと辿り着く。雪に覆われた竹林。彼は自らの手が霜焼けになり、赤く腫れ上がるのも気にせずに懸命に手で掻き回す。何度も何度も。だが見つかるはずもない、冬に出るタケノコなどないのだから。

だが彼はそれを知っていようとも、涙をこぼしながらも、雪に打たれながらも必死に手を動かす。もはや手の感覚などない。自らの体は氷のように体温を奪われる。

それでも頭に苦しげに笑う母を思い浮かべると手を動かさずにはいられなかった。


「どこだ!?どこなのだ!?母親の願い一つ聞けぬ男に国が守れるか!!くそったれが!!」


涙し彼は天を仰ぎ願う。そして自らの剣を抜き放ち己が咽に突きつける。


「天よ!この孟宗の命が惜しければ我が願いを聞き届けろ!我が才が惜しくば我が願いを叶えるのだ!」


涙を流し天へと咆哮する。

すると、突然、雪が溶けてあたり一面からタケノコが生えてきた。

天は彼の命を惜しんだのだ。

彼は喜びそれを持ち帰って母親に食べさせる、すると母親は病気が瞬く間に癒えた。だが


「……母さん、その、なんで私土下座してるんですか?」

「あんたね、何馬鹿なことしてんの?私が死んだら俺も死ぬ?ふざけんな」

「……ごめん」

「あんたはこれから長い人生生きるの。こんな一人の老いぼれのために命かけんじゃないわよ」


そう言って母親はそっぽを向くと、ぼそぼそと顔を赤らめて呟く。


「……ありがとう。でも死ぬんじゃないわよ馬鹿」

「……!?母さん俺だ!!けっこ「やっぱ死ね馬鹿息子!!」ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」



□ □ □ □



孟宗もうそう、字は恭武。


江夏の人。呉の大臣。「二十四孝」の一人に数えられる。


南陽の学者・李粛の元で学問に励み、昼夜真面目に学問に打ち込んだことで才能を認められるようになり、李粛から「お前は宰相となるべき器だ」と称された。始めは驃騎将軍朱拠の部下であったが、やがて朱拠も彼の才能を認め、呉県の県令となる。最終的には呉の最高官位の一つである司空まで上り詰めた。

高官に昇っても、陸凱や丁固らと共に常に国家の行く末を案じ、腐心したという。


非常に親孝行な人物として知られており、彼の母親にまつわるエピソードが正史にもいくつか記されている。

朱拠の軍営に母を呼んで共に暮らしていた時、雨漏りがひどい事を孟宗が母親に謝罪したところ、母親から「今はただ忠勤に励むべき時です。雨漏りがひどいぐらいで泣く程の事ですか」 と言ったことが朱拠に伝わり、孟宗は魚を管理する塩池司馬に任命された。

魚の管理を仕事とするようになった孟宗が、自ら網を投げて魚を捕り、漬物にして母親にたべさせようとしたところ、母親から「魚の管理をするのがお前の仕事です。そんなお前が私に魚を送ってきては、悪徳官吏の嫌疑を避ける事はできません」 とたしなめられた。


数ある中でも特に有名なのが孟宗竹の由来となった話だ。

あるとき彼の母親が重病になった。かれはせめて母親の好物である筍を食べさせたいと思うが季節は冬。とれるはずがない。

それでも彼は竹林へと赴き、必死に探して天へと懇願するとその祈りが通じたのか。なんと筍が生えてきたのだ。

彼がそれを喜び勇んで持ち帰えって母親に食べさせるとその病気は瞬く間に治り、ついには天寿を全うした。

それを伝え聞いた世の人々は、彼の母親を思う心に筍が応えてくれたものであろうと噂した。この筍がいわゆる「孟宗竹モウソウチク」で、このエピソードにあやかって名付けられたといわれている。



また、彼の母親が亡くなったとき孫権が業務停滞を防ぐため服喪を禁じる法令を出していたが、孟宗は母の葬儀のため禁を破ってしまった。本来なら死刑になるところであったが、顧雍や陸遜のとりなしもあって、罪一等を減じられたというエピソードもある。

作者が書いたらあれになってしまったが、実に優秀で親思いの男だ。……すごい男だ。

彼が上り詰めた司空は三国志で言えば曹操や董卓、そしてかの有名な孔子がついた位である。彼がどれほど優秀であったかが伺える。


……なんで作者は彼をこんな風に書いちゃったんだろう?


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