第二十二話 英雄よりはやーい
人間は自己の運命を創造するのであって、これを迎えるものではない。
~ヴィルマン~
私は主を信じている。
あの方の道は私の道。
あの方が死ぬときは私が死ぬとき。
あの方が戦う時は私が戦う時だ。
その思いは変わらない。
あの日出会い誓ったその時から、この美須々という人間はあの方の下で死ぬと決定づけられたのだから。
その事に後悔も未練もない。そんなものは必要が無いのだから。ただ私はあの方の後ろに続けばいい、迷いなど無く、躊躇うことなどなく、ただあの方の道を進めばいい。
それが私、武人として生き、武人として逝く我が天命。
……だが今回ばかりは解らない。
一体主は何を思ったのか?何を思ってあのような突き放す言葉を白蓮さんにかけたのだろうか?
白蓮さんは主が出て行った後も椅子から動くことなく、口を一文字に結んで膝を手で掴み震えていた。
その顔は俯いていてよくわからなかったが、あの様子ではしばらくは仕事が出来る状態ではない。彼女とて馬鹿ではないのだ。あのような言い方をされれば思うような所は多く苦悩するのは分かりきっている。
……そして最後の言葉。
私も主が出ていくのならこの城から、白蓮さんから離れる。
私は主の配下であって白蓮さんの部下ではない。白蓮さんの命のために自分の生涯を捧げ、この身を猛火の中に投じることなど考える事すらしていない。
私は主の下で死ぬ。その主の道が白蓮さんの道を辿るのであって、白蓮だからこそ辿るというわけではないのだ。
それは明埜、琉生も同じはず。
だがあそこまで言われて彼女は大丈夫なのだろうか?立ち直れるのだろうか。
主は優しい、だがそれは天和様達に限ってのこと。他の他者に対して、主は慈悲はあれど哀れむ、悲しむなどしない。
それは私も同様のこと。もちろん私達は他者側の人間だ。
私と天和様達、主は間違いなく天和様達を選ぶ。あの方は両方を助けられる道を探すなどというお方ではないのだ。
切り捨てる存在は切り捨てる。他の百を殺して望む一を救う。
それが波才という存在。
実際それで構わないと私は思っている、その道を私自身が選択したのだから。
私が選ばれなかったことではなく主が天和様達を助ける道を選んだことが重要なのだ。その主が選ぶ道こそが私の道、なれば選ばれぬ私はそれを笑いながら眺めて死んでいく。
主が自分の進みたい道を進めたことに喜びを感じて。
それを白蓮さんは分かってはいない。
あの人は主がただ優しいと勘違いしている。
そんな人間ではない。あの時初めて出会ったときの印象は実を言えば私の中で変わっていない。自分の利益と楽しさだけを追い求めて世界の理など軽くその手で引き裂く。他人の幸福も踏みにじらない程度に踏みにじる。それが波才という人間、私の主。
他者を幸せなどあの人にとってなんの感慨も抱かない。
……だが私はここで考える。
それは当たり前のことではないのかと。
考えてほしい。
他者の幸せを望む人間は、その幸せが自分の存在と背反する時、はたして祝福出来るのか?
自分が欲しいものを、追い求めていた物が他者の手に渡ったときはたして諦められるのか?
己の幸せを切り捨てて他者の幸せをとれるのか?
普通の人間なら誰しも思う者ではないのだろうか。許せないと。
主はそれをおおっぴらにしているだけなのかもしれない。
人間は誰しも心の奥底ではそう思いながらも表に出しなどしない。だが、主はそれを出している。
いや、出し過ぎているのだ。
だからこそ人間臭い。誰よりも人間臭くて、誰よりも臆病で、誰よりも……。
いや、だからこそあの人は人間ではないのかもしれない。
人ならあんな顔で笑えない。だが人ではないのに人らしいのが主なのだ。あの人は人以上に人らしい、多くの地獄を生きて求めて死んで。
熱を持たない人。どこまでも冷たく燃え上がる炎。それが波才という人間。波才という化け物。
白蓮さんはそこに初めて触れたのだろう。その闇に、矛盾に、異常に。
ああ、そうだ。私が何であの方を毛嫌いしたのか今理解出来た。
イヤなのだ、どうしようもなく自分を見ているようでイヤなのだ。
誰しもが欲望に忠実に生きたいと思っているが、それは叶わない。何故なら人の生きる中でそれは許されないのだ。人が文明を創る上でそれは許されない、誰もが大平の幸せを得る上でそれは許されないのだ。
そしていつしか人はその人間としての欲を、本能を無意識に己の奥底に閉じ込めるようになった。
あってはいけないと、自らがあらんとする存在を否定してひたすら奥に、自分としての根源に隠すようになった。
そして、それを畏怖するようになったのだ。
だからこそ波才は恐れられる。
あってはいけないものを自分として表に出しているから。
認められないものを認めて生きているから。
だからこそ波才は人を惹き付ける。
真に人間らしく生きているから。
人間の人間たる存在を肯定しているから。
それはなんて……素晴らしいのでしょうか。
だが白蓮さんは……決して強くはない。それを見て耐えられるほど強くはない。
普通、そう。普通なのだ。
悪いが普通ではあの人の闇には耐えられない。よほど強い人間、英雄と呼ばれる者達ですらそれに耐え扱えるのかすらも分からないというのに。真の主と関われるのは私達のようにどこか壊れている、もしくは曹操や孫策、劉備などの英雄達。そうでなければあれに耐えられなどしない。正視できない。
あの会話が後々の禍根にならぬだろうか?
思わず歯を噛み締める。
私は主が無事なら白蓮さんがどうなろうと構わない。確かにあの人はいい人だ、私のような得体の知れない人間を信用してこのように重用してくれる。主を受け入れてくれている。友達になれといわれたら喜んで自ら私は進み出る。
だが私の覚悟は親、子供、親友であろうと主が殺せと言われたら殺せるぐらいは出来ている。
あの方は私の人生だからだ。
この国を出るなど主の言葉であれば迷いすら感じないであろう。
だが、あのせいで白蓮さんが主を、この国を害する選択をすることもありえるのだ。人間という生き物は弱い。自分の思い通りにならなければ内心良く思う者など一人もいない。白蓮さんは仮にも幽州の相、主の名前を知る彼女は主を容易くこの国の敵に出来る。
それが分からないほど主は愚かではない。馬鹿ではない。愚かで馬鹿ならばあの黄巾の戦いを生き残れなどしなかった。無残に英雄達に殺されていた。
その主が何を思ったかまるで白蓮さんを敵に回すかのような言い回しをする。どう考えても利益など得られない。悔恨にしかならない。
主ならもっとうまく反董卓連合に誘うことも出来たはずなのだ……。
言い方など私と違い教養が在る主はいくらでも変えることは出来る。それこそ白蓮さんを反董卓思想に、例え真実を知っていても引きずり込むなど造作もないはず。
解らない。
あの方の考える事は常に解らないが今回の事もよく解らない。
いったいあの方は何を求め、何を見ている。
気がつけば主の部屋の前にいた。
無意識のうちに答えを欲していたのだろう。
……主に聞いてみましょう。
まぁ、例えそれがどんな答えであろうと私は納得し、受け入れる……受け入れてしまうでしょうね。
答えなど意味がない。
主の口から出た言葉に意味があるのです。
決心し扉を開けるとそこには
「……ん?どうかしたのですか美須々」
狐の仮面を身につけて何かの作業に勤しむ主の姿がありました。
手に何かを持ち、削っているようだ。
「いえ……少しお聞きしたいことが」
「ふ~ん……入られては?」
「っは、それでは失礼して」
部屋に入らせてもらう。
主が手に持っているのは小刀のようなものだった。どうやら木を削っているらしい。
主の部屋には壁にお面……狐や豚、何とも形容しがたいものなの様々なお面がかけられている。
本棚には兵法書、それになにやら若い女性向けの雑誌などが並んでいた。
「阿蘇阿蘇」
「孫子の兵法」
「糞みそ技巧」
「月刊吸血鬼~かりちゅまお嬢様の受難~」
「兄貴の下着格闘技」
「使い魔の躾方~桃髪お嬢様監修~」
「グリモアの書」
「ダゴンの書」
「聖☆おねえちゃん」
「私の弟がこんなにかわいいわけがない」
……おかしい。何かがおかしい。
明らかにおかしい物がある気がする。
なんでしょうこのもやもや感は。
……まぁ主ですからね。
気にするだけ無駄でしょう。
「ふ~ん、珍しい。うちの3人娘の1人が相談なんて。まぁ取り合えず入って、そこの寝床にでも座っててもらえますか。悪いけれど椅子は二つ無いもので、お茶入れるからちょっと待っててくださいね」
私は主の言うとおり寝台に座ると主がお茶を差し出した。
受け取ったのを確認すると主は椅子に座り、仮面を外してお茶を一口飲むと私に問いかける。
「それで?なんの相談ですか?」
「先ほどの白蓮さんへの話の件です」
「ん~あ~あれですか」
そう言うとうんうんと頷いた。
「私は何故あのような話し方をなされたのか解りません。説得するにしても主ならばもっとうまく白蓮さんを主が望む方へ導くことが出来たのでは?」
そういうと主は首を傾げた。
本当に不思議そうにえ?っと今にも口に出す。
そう思わせる表情。
「……質問していいですかね?」
「なんなりと」
「君は私が白蓮を自分が望むようにしたいと思っていると思うのですか?」
「違うのですか」
「うん、結局は選ぶのは白蓮ですから。彼女が選んだ道に私はついていきます。それともう一つ、私は白蓮に説得していたと言うけれど、君は私が白蓮にどうして欲しいと思っていると感じたので?」
それは……。
「反董卓連合に入る事を勧めていたのでは?」
あの会話から私はそう感じた。
他の道は許さない、そう言っているように思えたのだ。
だが、主からの答えは私が全く予期しない答えであった。
「はずれ」
そう言うと主はお茶を口へ運ぶ。
私は思わず唖然として惚けてしまった。そんな私を見て主は笑いを堪えているようだ。
「正直、私は白蓮が傍観しようが董卓に味方しようが全然構わない」
……ますます解らない。
「ですが最後に主は言ったではありませんか」
「ん?董卓を選んだら出て行くって?そりゃ董卓は詰んでいるからなぁ」
「詰んでいる?」
「ええ」
主はお茶を持ったまま腕を組む。
いや……それはいくら何でも無理があるのではと思ったが出来ている。
案外やればできるものなのか。
「董卓はね、内から来る毒と外から来る矢に勝たなくてはならない」
内から来る毒……都の高官や宦官、外から来る矢は反董卓連合か?
「ハッキリいってムリゲーです。詰みです詰み。そもそも董卓は洛陽で帝に信用されながら宦官連中と戦うことが間違っている。郷には入れば郷に従え、戦わずに勝つ方法をとれば良かったんだ。でもさぁ董卓は優しかったんだろうね。宮中を全て敵に回してでも民を助け、帝を救った。本当に優しい、だからこそ董卓は死ぬ。あの既に腐った魔窟で戦うなんざ無謀もいいとこさ、今回の件を仕組んだのも高官や宦官の連中だ。さっきでこそ彼らを笑ったが、それは彼らの未来への見通しが甘すぎたという点だけ、董卓を殺すという点では花丸の大当たりの策ですからね」
そう言って主は笑う。
楽しそうに、楽しそうに。
「それに袁紹の放つ号令はさっき言ったとおりとても魅力的な話。時代の英雄達は集まって我先にと董卓の首を狙うでしょう。私達の時みたいに」
「ですが董卓軍には私達とは違い、呂布などの猛将、陳宮や賈駆などといった知将もいます。訓練された軍で迎えうち、勝つこともあり得るのでは?」
「ありえるだろうねぇ。でもさ、それは外からの矢であって内の毒ではない。あの何進を殺し、先代帝を傀儡とする権力と力がある宦官連中に高官連中の毒から戦時中に守れるかな?無理だと思うね。守るためには呂布や、張遼、華雄といった武があり忠義がある連中じゃないと。でもその1人でもこの戦いからはずれたら負けるだろうね。それに例え生き延びたとしても、それを許すほど袁紹はおおらかな人間じゃない。必ずや暗殺とか手を打つだろうね。袁紹がやんなくても宦官連中が何進の時みたいにやるんじゃないかな。」
そしてお茶をまた一口。
「董卓は詰みだ。例え、彼女に味方しそれを全て防ごうともそれは味方した者の物語であって董卓の物語ではない。そんな董卓の物語を私は見るつもりも聞くつもりもない。そんな董卓に味方するぐらいならとっとと出て行って孫策さんの軍に入った方がマシです。あの方がまだ退屈じゃないし見ていて気持ちが良い」
そう主ははっきりと言った。
その声には意志の強さが表れている。
「ま、というのが董卓軍に与するなら出て行くよって言う理由ですかね」
「孫策……と言いましたか?」
「うん……一応約束してますから。いつか行くよってね」
驚いた。まさか孫策とそのような約束事をしているとは。
それならば白蓮さまに客将扱いで入ったことも頷ける。主から聞くに孫策は英雄と呼ぶにふさわしい魅力があるらしい。
惹かれたと話していたから、孫策殿は主にとって見たい物語なのだろう。主としてもなにかしらの要因で不本意ながら白蓮様に味方しているのかもしれない。
「……美須々。君は今、私が不本意ながら白連に味方してると思っていないですか?」
え?そう思わず声が漏れる。
「それは違いますよ」
私はその言葉と主の目に、体が芯から凍っていく錯覚を覚えた。
……解らない。
それ以外に白蓮さんに仕官する理由が正直見あたらない。
孫策という大御所の仕官口が整っているのに何故?
孫策にくらべ白蓮さんは魅力がある人間には感じられない。
「ねぇ君は白蓮のことどう思います?」
「彼女は良くも悪くも普通です。何事もそれなりにこなしますが、秀でていると言うわけでもありません。それに英雄としての素質もなく正に普通と呼ぶしかありません」
今この場に白蓮さんがいたら間違いなく落ち込むでしょう。それぐらい酷い台詞を言っている自覚はありますから。
でもこれがほとんどの者が抱く公孫賛の評価。
「ねぇ……普通って何ですか?」
そう主は机に茶の入れ物を置きながら私に聞いてきた。
だが私はその答えに渋った。
「普通というのは……平凡であり……一般的といいますか」
「うん、普通は特筆すべき属性を持たない状態のことさ。どこにでもありふれている、新鮮味がないって意味で使われているかな。君もそう言う意味で彼女を評したんじゃないですかね?」
「ええ。……そうではないと?」
「いんや、彼女は普通だよ。私から見ても君の評価と代わりがない」
そう言って主が笑う。
「でもさぁ……ただの普通の太守が普通に黄巾党を普通に撃退して普通の評価をもらい、普通に町を特に問題もなく普通に治め、普通に何事もこなしているのですよ」
主は口に茶を含め、飲み込む。
次に笑った顔はまるで人をバカしたような、そう。狐を思わせる笑み。
「それって面白くないですか?」
主が可笑しそうに椅子に寄りかかって頭をかいた。
私はその意図を計りかねてただ主の話を聞くだけに徹する。
「こんなさ……荒れた時代に、普通に民を暮らして生かせてるんですよ。確か一時期趙雲さんがいたらしいですがその前も、その後も黄巾党の残党はいたんですよ。徒党を組むぐらいはね。彼女はそれを白馬陣といいましたか?騎馬で撃退しておかげで彼女の町の民は平穏に暮らしている。ここまでしたら高評価とはいかなくとも評価はしてもらえます。なんせ他の太守は逃げ出したり、負けたりしているわけですからね。彼女はこの世界にとって特別な存在であることに間違いはない」
……私でも主が言いたいことが解ってきたかもしれない。
「彼女に大敗はありませんよ、少ない負けで彼女は勝ち続けてきた。なのに彼女は普通と評価される。しかもよく考えてください。彼女の将は誰が居ますか?」
「……将、名のある人間はいません。また誰もが才気に欠け、精々普通の文官止まりです」
「そうですよねぇ特に目立った者は居ないそれこそ一般の兵と文官だけ。でも彼女は一般の兵と文官とは違うでしょう?彼女1人でこの幽州を実質支えていたことになります。彼女は人を使うことも普通なんですよ。普通なのに普通の評価、普通と人々には評価される。これって異常ですよ?異常なのに普通なんですよ?」
「異常なのに普通?」
「ええ、彼女は果たして大衆と変わらぬ人間ですか?なんの特徴もない民や兵士や文官と同様なのですか?」
私はその言葉に戸惑う。白蓮さんは確かに普通と言う枠に収まる人間、だがその普通は決して一般の普通に収まるものでないのだ。だがそれを上手く言い表すことが出来ない。
「ね、彼女は特別なんですよ。この世界という本に綴られる登場人物として最初に書かれるべき人間。曹操、孫策、劉備と同様にね。でも貴方は彼女達……劉備は女だっけ?まぁどっちでもいいですね。彼ら英雄と比べるには余りにも不相応だと思うのでしょう?」
「……」
「遠慮などしなくて良いですよ」
「白蓮さんには悪いですが……彼女は特別と言えど英雄ではありません。そもそも比べること自体が間違っている気がしてなりません」
意を決してそう言った私に主は歪な笑みを見せる。
そう、この笑みこそが主の本質。無邪気にこの世界に楽しさと面白さを見いだしぐちゃぐちゃにかき乱す。この世界という画板にいくつもの色を塗りたくってぐちゃぐちゃにする。
だがそれは何故か美しい色を生み出していくからこそ人は主に惹かれる。
今、この主は笑っていた。楽しくて楽しくて仕方がないと言わんばかりに。
「普通と言う壁が高すぎますか?」
「はい。普通ではこの乱世は生き抜けません」
「……では質問です英雄は英雄の死に方をするでしょうね。では普通は?」
「え?」
普通の死に方?
「普通に死ぬって……どんな死に方ですか?」
「そ、それは……」
「この乱世に、英雄達の旗が翻るこの乱世に普通に相として生きていく特別な彼女の道とは?」
「……」
主は更に笑みを深める。
「貴方も分かっているのでしょう?一般大衆の有象無象の輩とは彼女は違うのですよ?特別という枠でくくれば彼女は曹操・孫策・劉備と同じなのですよ?」
「……」
「貴方達は英雄という枠で見ているからこそ彼女の面白さに気が付かない。そもそもこの世界は普通でいることを許される世界などではない。愚か者か英雄か、特別にはその両極端しか存在しないはずなのだから。その枠の狭間にいる。本来存在することを許されないその枠の狭間でもがくのが白蓮なのですよ」
私は思う。これは主でしか気が付かない。
他の者達には夢がある、信念がある、力がある。だからこそ仕えるに相応しい者達に彼らは仕え、この大陸で戦う。そもそも愚か者に仕えるなど彼らにとって論外。英雄こそ彼らは魅力に惹かれ、夢に惹かれ、まるで蝶のようにその甘い蜜に吸い込まれて集まっていく。
だが主はそんなことなど考えない。この大陸の未来を憂うこともなければ信念も誇りもない。
ただこの人が求めるのは面白さと楽しさだけなのだから。
逆を言えばだからこそ主は気がつけた。主は英雄と愚者など差別をしない、ただ面白く、楽しく、先が見えないものを見たがる。
英雄達の最後……それはさながら神話の一角のように死んでいくのだろう。英雄達の道はさぞや後人から見て華々しいのだろう。儚いのだろう。
だがその狭間に存在する者は?
誰者がそんなものにそもそも興味などわかない。何故なら英雄などではないのだから。彼らが仕えるに値する魅力も力量も蜜もまるで足りないのだから。無いわけではない、足りないのだ。
だからこそ彼女は見向きもされない。目的地に着くための道しるべを終着点と見定める者がどこにいる。
それは主だからこそ、純粋に自分の欲求のみを求める壊れた人だからこそ見つけたのだ。
「彼女のどこに新鮮みがない!?彼女のどこに特筆すべき特徴がないと言うのです!?特別という範囲でくくられるのならば彼女以上に特筆するべき人物はいない!!むしろ特別という範囲で曹操や孫策や劉備こそが普通と呼ばれるに相応しい!!英雄?そんな存在など三人もいる!!普通はここにしかいませんよ!?この異常な世界で特別では無い特別と特別で在る普通の二人が出会い、紡ぐ!!なんてそれは新しいのでしょう!!英雄の物語なんざ吐いて捨てるほどある、たまたまこの時代に英雄が三人もいただけなんですよ!!」
「……負けるかもしれません。彼女は英雄の器ではないのですから」
「それがどうかしました?」
かろうじて穴をついた私だったが、すっかりその時は忘れていたようだ。
私と出会った時に、出会ったときこのお方は言ったではないですか。
「勝利などというものに何の価値があるです?負けようとも面白い物語は面白いのですよ?」
この人はぞっとするような笑みで笑いかける。
ああ、この人は壊れている。
死んで欲しくないと、最も大切な人達が願っているのにこうして死へと無意識に飛び込んでいこうとしている。
「この世界は異常だ、その中で普通で太守になっている彼女は異常だ。異常なのに普通、普通なのに異常。白蓮は下手をすれば曹操以上に面白い人間ですよ?」
話を終えた主は仮面を机に置き、お茶を飲む。
……何も言葉に出せない。
「私が力ずくで従うと?馬鹿を言っちゃいけません。自分が仕えたくない者に仕えるぐらいならその場で舌噛んで死にます。戦いたくないのですからせめて主は選びたいんですよね、私は」
恐ろしい。
この方も恐ろしいが何故か普通という存在が恐ろしい。
普通が恐ろしいということがもはやおかしい。
その異常を成立させている白蓮さんと壊れている主。
何故この二人は出会ったのでしょうか。
「……主、白蓮さんは今後どのようになると考えているので?」
「袁紹あたりにでも負けたのでは」
「……彼女は愚者ではないはずですが」
「白蓮は良くも悪くも普通。普通の範囲を飛び出した者には勝てない。負けて死んだかもしれませんね。それも面白いですけど、まぁ私達が来たのでどうなるかはしらないですけどね」
この人は白蓮さんを何も思ってはいない。真に思うべき相手は天和様達なのですから。
他にこの人は一切の情をかけない、人の道を外れすぎている。『外道』と呼ばれるに相応しい人がこの人以上にいるのでしょうか?
一体この人はどこでここまで歪みきったのでしょうか。
でも、それが当たり前なのだと思いこの人に仕えている私は更に歪んでいる。
歪んでいる人に望み仕え、幾多の命を奪って来た私は歪みきっている。
その事に後悔も何も無い私、それは明埜も琉生も同じ。私達の兵も同じ。
……でも。
「主」
「何ですか美須々」
「私達は歪みきっていますね。今幽州は混沌の渦の中にあるように思えてなりません」
「混沌……ですか。言い得て妙ですね」
嬉しそうに笑う主だが、それに「でも」と私は付け加える。
「それは白蓮さんを中心に回っている。混沌の渦の中心は台風の目のように穏やかなのでしょうか?それとも実はもっとも混沌としているのは白蓮さんなのでしょうか?果たして、一番歪んでいるのは私達なのですか?」
その問いに主はきょとんとしてしばらく考え込む。
そして唸り絞り出したように声を発した。
「もしかしたら……一番おかしくて歪んでいて壊れていて、それで人間らしいのは白蓮なのかもしれませんね。うん、そこまではこの私も考えませんでしたよ。美須々、貴方ますます私と同様におかしくなってきていますね」
私はそれに笑い返す。
「それは実にめでたい話です」
主の部屋の扉をそっと閉めると、私はゆっくりと歩み出す。
私達は混沌。
どうしようもなくぐちゃぐちゃで、もはや白にも黒にもなれやしない存在。
だがその混沌を扱っているのは白蓮さん、貴方だけ。曹操が孫策が望んだ混沌を扱うのは貴方だけ。
扱われているのか扱っているのか、だが確かに彼女の手に私達は握られている。
……白蓮さん、貴方次第なのですよ?主の言い方でいうならば、そう。
貴方の物語なんですから。
私は頬を釣り上げて密かに笑みを浮かべながら、幽州の城の廊下を一歩一歩、確実に進んでいった。
主人公が黒い?いいえ、ケフィアです。真っ白です。作者的に真っ白なのです。
今回のサブタイトルは多方面に喧嘩売ってる気が……ま、いっか。
みなさんお久しぶりです。味の素です。
多分あと1、2話挟んで本格的に連合編突入、なげぇ。
ところで、作者はもう疲れました。世間は夏休みだそうですね。作者の夏休みは遠い彼方です。
更新速度は来年にならないと上がらないかなぁ……本当に地震は大変な傷残していきやがりました。ええ。本当に。
今回の武将紹介は……不細工?美人?
□ □ □ □
「うう……お外出たくないよう。皇帝さんのお嫁になんて行きたくないよう」
「いや、賈南風ちゃん?お母さん困るんだけど。そんなこと言われたらお母さん権力握れなくて困るんですけど」
「お母さん!!かわいい娘と権力どっちが大事なの!?」
「権力」
「ガーン」
とある部屋にて。母と子が言い争っていた。
方や鋭き眼光を放つ色白の女性。方や褐色で母親譲りのつり目だが優しき小柄な少女。容姿や性格はほとんど違えど家族であった。
「第一私15才だよ!?まだ子供だよ!?結婚は16才からだよ!!」
「それどこの法律よ。というかこの時代16超えたら生き遅れリーチよ。とっとと行け」
「うう……あのさ……皇帝さんってどんな人?」
「馬鹿で暗愚で頭悪くてあれな13才よ。良かったわね、あんた頭いいからしっかり支えてあげなさい」
「ふ、不幸だーーーーーーーーー!!??」
深夜の都に一人の少女の声がこだました。
□ □ □ □
「え、側室の一人が夫の子を?」
「っは!!身ごもられたそうです」
突然の部下の報告に思わず彼女は身を震わせて微笑む。
「(やったよ!!私は女の子しか産んでない……もし男の子だったら私はお役ごめん。ちょっとあれな夫の執務の手伝いすることなく部屋でニートが出来るよ!!)」
「(な、何という禍々しき笑み。流石あの腹黒いと名高いお方の娘だ)」
「ねぇ、私もう嬉しくてたまらないの。だってもし男の子生まれたら私はいらないじゃない(ああ、やっとためていた本が読めるよ。うれしいなぁ♪)」
「は、っは!!(つ、つまり生まれる前にやれと……っな!?まさか私にそれを命じると!?いくらなんでも非道すぎ)」
「そういえばさぁ……貴方にも子供がいたよね(忙しくて会えないんだよなぁ。大きくなったかなぁ?ふふ、これでようやく会えるよね。今度おかし持って行ってあげよう)」
「!?(断れば……家族が)」
「今度おいしいおかし持って行ってあげるよ(きっと天使のような笑顔で喜んでくれるんだろうなぁ。ふふ)」
「……(つまり、お菓子に毒を盛ると。皇帝の妻のお菓子を捨てる事など出来ない、毒といえど食べざるを得ない。生か、死か選べと)」
「ふふ、他の側室のみんなも赤ちゃんが生まれると良いね(そうすればきっと私の事なんか忘れてくれるよ。ニート生活キタァwww)」
「そうですね(これ以降、皇帝に余計な手を出さぬよう他の側室の芽も詰んでおけと……何とも外道な。いや、荷担する私はそれ以下なのか)」
「分かりました……お任せください」
「え?何が?」
数日後。
「お、おい。聞いたか?」
「ああ、なんでも胎児ごと斬り殺されたらしい」
「他の女官も多くやられたそうだ……」
「っし、聞こえるぞ。今や宮中はあの女の足の下じゃ。うかつなことは出来ぬ」
「お、賈南風ちゃん。なかなかハッスルしてるようね。流石お母さんの子。これで皇帝は貴方だけしか目に入らないわ」
「……ふ、不幸だーーーーーーーーーーー!!??」
□ □ □ □
賈南風
晋の功臣である賈充と後妻である郭槐の長女であり、皇帝の寵愛を受ける皇后。
色黒で醜く、性格も陰険で、結婚しても子を身篭らないだろうと言われた。「米がないならお肉の粥を食べればいいじゃない」と言っていたらしい。すげぇ、マリーが生まれる前からマリマリしてたようです。
一方で頭はやたら切れたらしく権謀術数を操った。幼い頃から腹黒い父に教え込まれたのだろう。
ちなみに彼女の父は魏の重臣であったが、真っ先に晋に鞍替えし重臣となった。それも孔明も真っ青なほど鮮やかな手口で。
親子二代の真っ黒家系である。
皇帝の后の座を巡った衛瓘が彼女を恨み、「皇帝が暗愚」と先帝である司馬炎に告げたために(実際あれだったらしい)司馬炎は彼女の夫を訪ねて政治の事を聞くことにした事があるらしい。
もしこれで夫があれだと分かれば皇帝の地位は夫から離れ、自分は皇后ではなくなる。彼女は配下のスネーク達からその報告を受けると、すぐ模範解答を用意して夫をサポートし危機を乗り越えた。
この話から彼女が如何に機敏に富んで有能であったのか分かるだろう(ちなみに余計なことした衛瓘は後にしっかりと彼女によってデストロイされました)。
賈南風は陰険で嫉妬深く、司馬衷も彼女を恐れていたという。自ら人を殺したと史書に描かれている程であり、司馬衷の別の身重だった側室を胎児ごと殺した時は司馬炎も激怒して賈南風を洛陽の一角に閉じ込めたほどだ。
さらに先ほど述べた通り彼女は行動力もあり、先帝が亡くなると自分の政敵をクーデターを起こして皆殺しにした。
かつての恩人であった前皇后でさえも監禁して餓死させ、クーデターに協力した功労者も用無しと見るや一族事デストロイ。他にも邪魔と見るや廃太子させたり、その相手を撲殺するなど行動力ありすぎである。
だがそんな彼女も、300年に挙兵した司馬冏や司馬倫達に捕らえられた。
「犬を繋ぐのに頭でなく尻尾を繋いだか」とやたら格好いい言葉を残し、毒酒を飲んでその命を絶たされる。
このお酒、金粉が体を害すほど入っている金屑酒というのだが……うん、何とも言えない。
享年44才。一族は因果応報で皆殺しにされた。
『晋書』『資治通鑑』によると、賈南風は淫乱で、亭主の司馬衷以外にも密通しており、さらには道端に美少年がいるとこれを捕まえ、一夜を共にするとこれを殺すということを行っていた、と記載されているがなんという逆レイプ。
不細工に犯されるとかマジ勘弁、そう思う人もいるかも知れないが……昔の日本人の美意識を考えるんだ。あんなのっぺり顔が好まれていたのだ。
作者が本当に不細工だったのか不思議に思い調べると
「身長が小さい(当時の女は160が平均、つまりそれ以下)」→「少女体型であり貧乳信望者歓喜」
「色黒」→「アジア系褐色」
「歯が○○(表記不明、尖っていたらしい)」→「八重歯っ子来たわぁ!!」
「性格が悪い」→「ドS」
「淫乱」→「エロゲ」
「当時の中国の美人の基準がふくよかな女性 (ようするにぽっちゃり)」→「すらりとした少女体型」
つまり、褐色系エヴァンジェリンみたいな感じであった可能性が高い。当時の美意識と現代の美意識は違う者なのだから、もしかしたら彼女は現代で美女だったのではないだろうか。
もうこれドストライクな人が続出ではないだろうか。作者はもうロマンティックが止まらない。
ひゃっはーこれだから歴史は止められねぇぜ!!