第二十話 家畜に神は居ない
「僕はずっと山に登りたいと思っている。……でも明日にしよう」
おそらくあなたは永遠に登らないでしょう。
~レオ・ブスカリア~
「物足りない・・・これは物足りない」
執務室で波才は呟く。
私は流石に波才と名乗るのは時期的に不味いと単経と名乗っております。たしかそんな人が公孫賛軍にいたなぁと思い出したので。仮面を装着し人相も隠している私が何故この軍で違和感なく仕事しているのか不思議でなりませんが・・・まぁ皆さん人が良いのでしょう。結果も出していますしね。
あと天和様に手紙を送ったところ「私の事もう嫌いなのかな?」って妙に字が濡れた跡付きの手紙が来ました。
いろいろ無視して天和様に会いに行きました。
天和様嫌いになるとか香川県がうどんを嫌いになるぐらいありえません。
安心してくださり「がんばってね♪」と応援していただきました。
ああ、やっぱり天和様は私にとっての救世主です。
でも去り際に「夫を待つ妻ってなんかいいよね♪」とおっしゃっていましたがどういう意味でしょう?いい人でも見つけたのでしょうか。
その際にはこの幽州のお金全てお祝い金で送って上げたいです。
……いや、比喩表現ですからね。精々十分の一ぐらいです。
仕事が一段落落ち着き、だいぶ遅い昼食を取っていた私。昼食はそれなりの物で味も悪くはない。だが添加物大盛りの料理に慣れ親しんだ舌はいかんせんこの味には中々なれなかった。
「呉ならば塩を塩田で取りやすくできるんだが・・・。内陸部だから塩層を発掘すべきか?いや、金がかかりすぎるし断念するべきか」
単純に味が物足りないという理由で塩層まで発掘しようとする自分に少しは呆れますが・・・割とこれ死活問題ですよ?
そういえば豚とか牛とかも味が物足りない。待てよ、あれは確かえさにまで拘っているはずだ。
「私達でリンゴだけしかえさを与えない豚とか作ってみるか?」
一番身近なのは食料です、食さえ変えれば人々の心ですら豊かになる。だからこそ私は食に拘るです。決して自分が食べたいわけではありません。
「いや待て、じゃがいもは無くともこの時代に里芋はある。ならば里芋でポテトチップスもどきが出来るのでは!?更にこの世界は砂糖が私の知っている時代に比べればまだ扱えるレベル・・・ケーキやチョコを制作できるか?オーブンは石窯でいけるが冷蔵庫は・・・調理器具辺りはいけそうだが・・・ケーキはいけるかな?・・・むぅ。ここはポテチで我慢すべきか」
この漢の大地にポテトチップスを広めよう。会社名はケルビーで。マスコットは鹿っぽいあれにして。なんかいろいろなところに喧嘩売ってる気もするが多分気のせいだろう。
・・・流石の私も赤いズボンをはいた丸い耳のネズミをまねするのは止めにしよう。よく解らんがこの世界が終わる気がする。いや、ドアラ辺りならいけるか?
某球団のアイドルキャラクターをまるぱくりしようとしている波才だったが扉を叩く音で意識を戻される。
「はいは~い入って来て構いませんよ」
ぎぃっと開いた扉から入って来たのは白蓮だった。
「・・・話がある」
「こっちにはありません」
「話がある!!」
強引に手短にあった椅子を引き寄せて白蓮は座る。
その動作はどこか荒々しい。流石の波才もこれには諦めて大きなため息をついて次の言葉を促すことにした。
「・・・それでどんな話ですか?」
「まず一つ、お前が言っていた二毛作、二期作、輪作を実行している。既に成果が出始めているのもある。これで内の食料や穀物は確保された」
「おお、それは良かった」
私は先も言った通り私は食料の重みをいたいほど理解しています。
食料が満ちあふれれば人の心は豊かになりそれを加工して二次産業を発展させることも可能。そのまま売っても良しだ。
二毛作は同じ耕地で一年の間に2種類の異なる作物を栽培する。
二期作はその耕地から年2回同じ作物を栽培し収穫することで多くの収穫を上げる事が出来る。まぁこれは多くなりすぎて需要を上回る供給になるという欠点もあるがこの世界では二次産業が余り発達していないし多くの食料があるというのはメリットにしかならない、その分税収下げれば良いんですから。でも調整するところはしないと駄目なんですけどね。
再生茎を利用した二期作栽培技術は10aあたり200kg~300kgの収量があげられます。ぱねぇ。
輪作は同じ土地に別の性質のいくつかの種類の農作物を何年かに1回のサイクルで作っていく方法。これにより栽培する作物を周期的に変えることで土壌の栄養バランスが取れ、収穫量・品質が向上、連作での病原体・害虫などによる収穫量・品質の低下の問題を防ぐことが出来るのです。
「お前の言った通り木の灰とか木くず、貝殻を砕いた物を蒔いたら確かに土壌が豊かになったらしい。それらは既に実行に移しているよ」
「あれ?糞とかはまだ実行されていないのですか?」
「・・・反対意見が強いからなぁ。正しいんだろうけども実行できる空気じゃないよ」
白蓮はため息をつくが、まぁこれはしょうがない。
民でも女性の反対意見が特に多い。
試験的な段階にもかかわらず、流石に臭いし排泄物だし余計受け入れられないんでしょうかねぇ。
それにそれなりのものになるまで大体半年はかかるはずです。更に失敗する可能性を加味すれば……だったら現状維持の方で十分かぁ。
「ん~まぁいいでしょう。そこまで強要する気もないしあくまでやり方の一つして覚えていてください」
「分かった。それと千歯扱きもなかなかに好評だ。これは我が軍の機密の一部と・・・」
「あ、それ売りに出して良いですよ~」
「・・・は?」
惚けた顔で私を見る白蓮。いやぁ、これはむしろ売った方が良いですよ。
「肥料の素ならまだ不思議な粉として隠せますが千歯扱きは農民に普及させるつもりだし正直盗まれてもおかしくない。だったら盗まれる前に幽州の特産物の一つとして今のうちに儲けた方がマシです」
「ん~そう言われればそうだな」
「手始めに近くの袁紹辺りに何個か恩を売るつもりで渡しましょう。あの人は生産するよりも買った方が楽だと思うでしょうからね、あ、顔良さんを通してくださいね?あの人なら価値が分かるはずです。あとは使者には弁を立つ者を。指示はこちらで出しときます」
「袁紹かぁ・・・」
白蓮は嫌そうですけど私だって嫌です。でも豚もおだてりゃ木に登る、今のうちに布石を打たねば。
・・・うん、これぐらいである程度目を逸らせればいいのですよ。後は媚びへつらう手紙かぁ・・・めんどくさいなぁ。でもこれからのことを考えると必要なんですよね。
「それで、次は何ですか?まさかこれだけなわけないでしょう」
「ああ、まだある。町の区画整理と清潔に勤めてるよ。その為に人員を採用するなどして働かない無法者などを上手く扱っている。治安も兵士の巡回経路の変更などでだいぶ良くなったよ」
疫病が起こるなんて嫌すぎます。清潔運動で働かない人達を半ば無理矢理雇って町の美化に努める。貧民街の人達を採用するのは骨が折れるでしょうねぇ。だってあの人達心が折れているんですもの。毎日炊き出ししたりしているのに全く働こうとしない。働けるのに心が折れて働かない。
でも無理矢理ですが働かせるおかげで最近は貧民街もこざっぱりしてますねぇ。別に腕が無くとも目が見えずとも声が出せなくても「働ける」のですよ。
擬似的就職案内所と指導所立ち上げて良かったですね。
「後お前のいうとおり兵達の訓練で使う水に関しても試験的な運用で効果が出た。でもなんで水に塩を入れるだけで脱水症状だっけか?死者や倒れる数が減るんだろうな。これで訓練も効果的に出来るようになったよ、兵士達からの声も上々だ。ちょっとお金がかかるのが難点だが命には変えられない。士気の上昇にもあれは一役買ってる」
この時代は水だけですからねぇ・・・人間の生きる糧である塩分が水だけでは失われる一方です。
白蓮の言う通り塩は割と高価ですからお金はかかっちゃいますがしょうがないでしょう。税収も安定してるので負担にはまだなりませんから。
あ、そう言えば思い出した。これを聞かないと。
「白蓮、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「ん?」
「この医療系の件なんですけど・・・切られたなどの負傷の際、傷口を水だけで処理するのは不味いですね」
「ん?どこがだ?」
白蓮が不思議そうにしていますが・・・これ、結構笑えませんよ?
問題ありすぎて笑えます。あれ?結果的に笑っている。
あれか・・・この時代では医学が発達してないから病原菌の意識とか無いのかもなぁ。そもそもこんな時代に細菌に関しての知識がある方が異常なのか。
つまり消毒の意識がない。消毒をしなければ最悪はガス壊疽を起こして足を切る羽目になる。
ん?・・・病気の馬を兵糧攻め中の城に投石機で投げつけるとか結構楽しそうかもしれない。
お腹が空いたときに目の前にはお馬さん!!うっめ~と病気塗れの馬食べてぽっくり。さらには疫病が広がるとか胸熱です。
これは手の一つとして考えておきますかね。
・・・じゃなくて今の問題はこの衛生意識だ、これはやばい。夏場に食中毒や疫病で軍壊滅だって十分ありえる話なんですから。
「切り傷の場合では、初期の段階については蒸留させた度の強いお酒を振りかける、最悪の場合は熱した刃物を押しつけたり切開して患部を切り取り、白灰・炭・塩を混ぜた物を練り込んでおいてください」
ガス壊疽。
さっき軽く触れたが、切り傷などの創からガス産生菌が組織へ侵入すると、壊死に陥った組織内で増殖が起こり、毒素をつくって全身に影響を及ぼします症状だ。この戦いの世においてなりやすい外傷である。
菌が進入すれば最速で数時間で症状が出始める。傷の痛みが強くなり、最初は赤くはれ、壊死により創は褐色から黒色になって腐敗臭やドブ臭を発し始める。
進行すると多量の毒素や壊死物質が血中に流入することにより、貧血、血尿、黄疸などの症状が現れ、敗血症、多臓器不全症。こうなればもうこの時代では手の施しようがない。
本当はペニシリンなどの投与が必要なのだが……生憎、私はどっかの医者みたいに江戸時代にタイムスリップして開発できるような知識はない。なので膿の切除、及び消毒と軽い抗菌薬を作成するのが精一杯だ。あとは薬草学で何とかするしかない。
「それと、料理の際の手洗いは徹底してください。使用後の食器類を洗う場合は、水に炭を細かく砕いたものを混ぜて洗うように。あと数日に一回程度は熱した熱湯につけてください」
「それでどんな結果が得られるんだ?」
「前者は傷の治療の効率が上がり、後者は食中毒の発生を未然に抑えられるかもしれません、夏場には効果的でしょう」
「なるほど・・・それは凄い」
嬉しそうに笑っていた白蓮だったが急にその目がきついものに変わる。
「それで、これが最後だ」
「どうぞ」
どうやらこれが白蓮の本命らしい。
今まで以上に真剣な目をしている。さて、白蓮は私に何を望むのですか?
「頼むから書類仕事もっとしてくれ!!」
「だが断る」
そう言うと白蓮は「っなっなっな・・・」と固まり動かなくなる。そしてふつふつと熱が上がってきたようで某タイガー道場のあの人みたいにガー!!っと激昂する。なにこれ面白い。
「いや、私どんどんアイディア出してますよ。それこそ他の国が涎ものの知識。それだけで十分じゃないですか」
「確かにそれは言えている!!でもな!!うちは万年人材不足なんだよ!!さっきまでのやつ波才は進言しただけで実行は全部私任せじゃないか!?頑張りはするけどもう限界が近い!!頼む!!働いてくれ、もっと仕事してくれ!!」
「単経です。その名前次ぎ言ったらこの軍出て行きますよ」
よく見れば白蓮の髪に艶は無く枝毛が反乱を起こしている。目元には大きな隈があり、目は血走り頬は痩せこけている。出会った頃の彼女はまだ美人であったがこの有様ではどう見繕っても三十路の疲れたキャリアウーマンにしか見えない。恋人もいなくてこの先の未来に絶望を感じているような設定がありありと目に浮かぶ。
「そう言えば酷い顔してますね。休んでは?」
「だから休めないんだよ!!お前が言う中には特殊で上の人間しか、っていうか軍の中核をなす人間で私かお前しか扱えないものが多いんだよ!!さらに通常の案件でお前が本来なら判を押したり決定するべき物も回ってきてるんだよ!!私に!!」
そう言って頭をかきむしり拳を握りしめる白蓮。
「だから今回も私がここに来てるんだよ!!もう四日も寝ていないんだ!!お風呂にだってもう1週間も入っていないし!!」
「白蓮、女の子としてそれはいけませんよ。君主の姿がそんなんでは兵士達に不信感を与えます」
「それが分かっているのなら頼むからもっと仕事してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「嫌ですよ面倒くさい」
実を言うと波才は全く仕事をしていない。
一つで財をなせるほどの知識を、彼は惜しみもなく白蓮のために譲渡している事から、軍に貢献していることは間違いない。
だが書類仕事などは一切していなかった。軽い案件も他に回し自分は最低限の怒られない程度にしかやらない。これが曹操や孫策軍ならば、他の人間に強烈なだめ出しをくらい君主に剣を抜かれてもおかしくはないが、ここにいるのは白蓮だ。
彼女は自分には手を出せず、追い払ってしまっては幽州の損害が余りにも大きいという事を理解しているのだ。さらにはここにいるめぼしい人材は悲しい事に波才一人、彼にこの軍を出られてはもはや今検討されている案件の判断を全て自分がしなくてはいけなくなる。
それを理解しているのかどうかは分からないが彼は基本働かない。いや、働いてはいるのだが必要以上の仕事はせず提示の時間には必ず帰る、残業などせず過剰労働もしない位置に属しているのだ。
「なんでだ!?悔しいがお前の方が頭が良いんだしお前が手伝えば少なくとももっとこの軍は発展し私だって少しは眠れる時間があるんだぞ!?」
「いや・・・だって」
そう言って次ぎに発せられた言葉に思わず白蓮は意識を失いかけた。
「ぶっちゃけ漢文嫌いです」
これが波才が働かない最大の理由だった。
確かに彼は過去に前世で黄巾党として漢の大地にいたのだが字などまるでわかりなどしない。逆にこの世界で一般大衆までもが字が分かり食堂にメニュー表があること自体が異常なのだ。本来ならそんな民が字を読めるなどあり得ない。字が読めるのは学者ぐらいの教養がある者だけなのだから。
蜀の名将である王平でさえ十字ほどしか字が書けなかったといわれている。なのでこの世界に来たときにメニュー表が受け入れられていることに彼は一番驚いた。学校が国で作られてないのに識字率が高いなどそれこそ天の国ですらありえない。
一応彼とて現代の日本で学業に身を投じていた人間だ。漢文に触れる機会は決して少なくはない。
だがその難解な漢字だらけの文面と面倒くさい配置に日本語に慣れ親しんだ彼は酷くそれを嫌ったのだ。英語ならまだ異文化やグローバル化により必要であると理解出来るが何故面倒くさい漢文をやらなければいけないのだ。
そう考えるために彼の漢文の成績は大変悪く、彼の成績が三番手四番手に落ち着いたのはそう言う理由がある。
まして誰が女の子だらけの三国志の世界に行くと予想出来ただろうか。
想像して欲しい。
「俺、将来は女の子だらけの三国志の世界に行って文官になってやんよ!!」
もう親が泣き崩れるセリフだ。正直いたら間違いなくクラス中から敬遠されて、親には精神病院で現実と空想の区別を明確にするよう言われるだろう。
波才だって日本では将来の夢は「公務員」「銀行員」と語っていた。だれが進路のアンケートに「三国志の世界でうんぬん」などと書くだろうか。
そういうこともあり波才は嫌いで苦手なまま一切漢文を受け付ける事は無かった。
そしてまさかの漢の大地に立つことになる。
ここだけの話、天和と地和と人和は「クソッタレ!!何が悲しくて漢文を書かなくてはいけない!!言葉が日本語で通じるなら字も日本語でいいじゃないか!?というかあの異常なほど苦労した英語が一切の役にたたないとかあの単語に費やした時間返しやがれ!!」という絶叫を出会ってから数日後に聞いて、冷や汗を流したという話がある。
そんな彼にとって漢文まみれの書類を見るなど余りにも苦痛で耐えられないのだ。
これが曹操や孫策の所ならば無理矢理にでも詰め込まれただろうが、公孫賛軍ではそんなことあるはずもなく。結果こうして白蓮は目が血走っているのだ。
だが流石の彼にも仏の心はあるし自分の理不尽さを理解しているのか。しなくてはいけないと感じてはいるのだ。
事実君主である白蓮がこの状態はまずいものであり、兵の不安にも繋がる。それ以前に綺麗な女の子がこんな荒れ狂っている姿を見るのは内心辛いものがある。
年貢の納め時か~と諦めかけた彼だったが悪魔のひらめきが到来する。
いるではないか、優秀な部下が。
「明埜~かもん!!」
そう天井に向かって声をかける。
すると「がこっ」と言う音がして天井の板が外れ、そこから一人の人間が執務室の中へと舞い降りた。
「旦那、ナンカヨウカ?」
「な、単経!?こいつは何者だ!?」
見知らぬ包帯で顔を覆った、いかにも不審者ですと自己主張が激しい人物に思わず声を上げる白蓮。
彼女は明埜。波才の懐刀である。
だがその姿は以前とは少し変わっていた。袖が長いことは変わりがないが、真っ黒な服で袖には龍が蛇と喰らい合うという模様。さらに前まで顔や頭部を隙無くぐるぐる巻きにしていた包帯は少し間隔が開けられ、髪が数束飛び出している。背には金の刺繍で大きな目が二つの×印で閉じられている姿が書かれている。
波才は暑そうだと内心思っているが明埜がどう思っているのかは不明である。
明埜は白蓮を見て煩わしそうに舌打ちし、波才へと向き直る。
どうやら何か不満であるようだった。
「旦那、最高ニ旦那ハイケテイルコトハ間違イ無イガ女ノ趣味ハ同意シカネルネ」
「・・・」
「ちょ単経!?なんで否定しない!?」
「彼女は馬元義、主に諜報を担当しておりこの軍でも影ながら活躍しています。お互い初対面でしたね」
「頼む!!頼むから否定してくれ単経!!悲しくなるから!?」
「ウルセェナァ。ナンカ臭ウ女ヲイイ女扱イハ無理ダロ」
見えない矢が確かに白蓮の心臓にクリティカルヒット。クルクルと回って白蓮は椅子から転がり落ちる。
「確かに彼女は臭いですが臭くても普通でも今の私の主ですよ。貴方も信用してあげてください」
「確カニ臭クテ普通デモ旦那ノ主ナラショウガネェ。俺ノ名ハ馬元義、真名ハ明埜ダ」
更に二本の矢が倒れている白蓮に到来し、二度ほど体が大きく揺れる。
なんとか彼女は立ち上がり再び椅子に座る。正直よく再び立ち上がれたと思う。
「・・・どうせ私は普通で臭い女だよ。私は公孫賛、真名は白蓮。最近どうも間諜の量が少ないとは感じていたが」
「ソユコト。マ、ヨロシク頼ムゼ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら机の上で手持ちの手裏剣を器用に回す明埜。
白蓮は波才から間諜を消すためにある人材を動かしているとは聞いていたが、自身の多忙と波才が紹介を行わなかった事から彼女とは初対面。
・・・第一印象は当然ながらあれだったようだ。包帯でぐるぐるの人間に見た瞬間好印象を抱けと言う方が無理な話だが。
「・・・はぁ、お前も癖があるけどその部下も結構癖があるなぁ。でも何で今の今まで黙っていたんだ?別に毒を喰わば皿までって言うぐらいだし、私は何も言わなかったぞ?」
その質問には明埜も同意したのか波才へとその答えを仰ぐ。
二人の視線を波才は受け止めるとうんうんと腕を組んで頷いた。
「いえ、忘れてました」
まるで反省の色が無いその言葉に明埜は楽しそうに笑うが反対に白蓮は頬が引きつっている。
「それで、お願いがあるんですけど。頼めます?」
「ア?旦那ノ命令ナラナンデアロウトカマワネェ。何ダ?」
うって変わり真剣な顔になる自らの主に明埜もまた険呑な光を目に宿す。
その空気に白蓮は思わず唾を飲み込む。
「美須々、琉生の二名を呼び寄せてください。あと同胞達も」
「ソレハ吉報ダ。特ニアノ脳筋ハ狂気乱舞スルダロウナ。ダガモウチョット早ク呼ビ寄セテモヨカッタンジャネェカ?」
「忘れていました」
「・・・初メテ旦那以外ノ誰カニ同情シタワ」
明埜が珍しくうんざりとした顔で苦笑いを浮かべる。
だが彼女よりも強くこの言葉に反応したのは人材不足で頭を強く悩ませている白蓮だった。
「まさか、新しい人材が入るのか!?」
目を輝かせて身を乗り出す彼女に波才は苦笑しつつ頷く。
ふぅっと一息をつき、安心した様子で椅子に座る白蓮。
「そんなわけであとちょっと我慢してください」
「そうだ・・・って待て。お前もやるんだよな?お前も仕事やるよな?」
「ははっ何を言って・・・」
笑い飛ばそうとした波才であったが固まる。
白蓮は笑っていた。それはもう気持ちが良いぐらいに良い笑みを浮かべていたのだ。
内心冷や汗をかく。ちらりと横にいる明埜に助けを求めようとするがその姿が無い。
「(に、逃げやがった。逃げやがりましたね)」
明らかに普通を脱した怒気を放つ白蓮に思わず椅子から立ち上がり一歩下がる。
今の白蓮は曹操の軍にも劣らない殺気を放っている。
本当に良い笑みで白蓮は波才に笑いかける。
元来男とは女には勝てないと決まっている。それは何故か。男よりも女の方が攻撃的な笑みを浮かべることが出来、怖いからだ。
波才はやりすぎた。いくら普通とはいえ目の前の女性は曹操や孫策と同じく『特別』側の人間であり男の天敵である女なのだから。
白蓮はすでに限界を迎えていた。・・・疲れ、限界を迎えていらいらしている人間を見たことがあるだろうか?それが今の彼女であった。ようするに。
「仕事、しような?」
「・・・はい」
もの凄く怖い。
~明埜 side~
「マァイクラナンデモ流石ニナ。男ト女ノ喧嘩ホド関ワリタクナイモノハナイナ」
犬も食わない喧嘩に首突っ込むのはあまりにもめんどうくさい。
完璧に旦那の自業自得だ。
・・・美須々や琉生は自分とは違い相当悲惨な目に合うだろう。
自分は間諜を束ねる者として子飼いと同じように暗躍する必要があり、文官や武官のまねごとをすることはないが、内政、及び軍備担当であった琉生や美須々はあの様子だと間違いなく相当な量の仕事をさせられることになる。
自分が主がこの軍に来てからしていることは主に内の毒を握りつぶし、この庭を汚す雑草の駆除。ついで他国にばらまいた種を成長させることだ。
だがどうやらそこに新しい項目が追加されるな。
そう思い自らの胸元に手を突っ込み一枚の紙を取り出す。
それは先ほどの自己紹介の際主から密かに受け取った物。
期待に胸を膨らませて開くと、そこにはこう書かれていた。
『宦官、及び董卓周辺の動きと諸国の動きを探ってください』
その先の見て彼女は口の端を持ち上げた。面白い、何で旦那はここまで面白い事を見付けられるんだか。
思わず堪えていた笑いが漏れる。
これが起これば時代が変わり、世界が慌ただしくなる。それはなんて愉快で面白いんだか。
そこには短く一言だけ書かれていた。
『反董卓連合が生まれるか否かを』
「イイゼ、旦那。最高にクールッテヤツダナ、南蛮メグリナンカメジャナイ刺激的ナ、俺好ミナ中身ダゼ。ケケ、気分ガ高揚シテキヤガッタ」
言うやいなや明埜は周辺に向けて短く何か言葉を発する。とたん、周りに潜む気配が大きくうねり、そして消えた。
今か今かと待ち続けた明埜の親愛なる者達は、己が主の名により動き出す。
見届けた明埜は顔をにやつかせる。南蛮で波才の調味料を探しや、間諜の駆除をしていた彼女にとって、この仕事は久しぶりのやりがいがある任務であった。
大きく背伸びをするとこきこきと腕を鳴らす。
「サテ、俺モ動クカ。マズハ洛陽」
そして気が付けば明埜の姿は消えていた。誰もいなくなった城の廊下に、一陣の寒風が吹き渡る。
~数週間後 波才side~
「人は・・・虚しい」
筆を置いて波才は呟いた。
「働き、働いて気が付けば老いている。自分のしたいことと夢を切り捨てて必死に働いて、気が付けばもう夢と自由を好きに出来る体と心ではない。それはなんて虚しく悲しいのか」
悲しげに目を伏せる。視線を窓の外に向けると鳥達が自由に飛び回っている。
「人は知恵と技術を得て気が付けば自由を失っていたのかもしれないな。あの鳥達のように自由に羽ばたこうとしても人の社会はそれを許さない。果たしてこれが地上の支配者たる人間のあるべき姿なのか、その姿のために真の幸せを捨てたのではないのか。あの鳥達のように何も考えずに飛び回ることこそあるべき姿だったのではないのだろうか」
儚げに微笑む波才、ゆっくりと視線を動かした。
「そう思いませんか白蓮、琉生!!もう書類仕事は嫌です!!どれだけやっても終わりやしねぇ!!あの時旅は飽きたとのたまった自分をぶん殴りたいですよ!!」
「そんな戯れ言ほざいてる暇あったら手を動かせ手を!!まだ山ほどあるんだ!!今日も徹夜になるぞ!!」
「・・・!!」
こんにちは。波才です。
今修羅場の真っ最中です。夏場のコミケの原稿を仕上げるばりの忙しさです。
いやぁ、もしかしてこれってあれですか?デスマーチですかね。
あはは、死ねます。人間行くところまで逝くと無意味に笑いが溢れてきます。
★
デスマーチ。
ソフトウェア産業で長時間の残業や徹夜・休日出勤の常態化といったプロジェクトメンバーに極端な負荷を強い、しかも通常の勤務状態では成功の可能性がとても低いプロジェクト、そしてこれに参加させられている状況を主に指す。
BYウィキ
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今の私達ですね。成功確率が高い分なお諦められないし捨てられない。
★
プロジェクトが死に向かう過酷な状況でメンバーが行進する、という意味で「デスマーチ」と呼ばれる。メンバーは心身ともに極めて重い負担を強いられるため、急激な体調不良、離職、開発の破棄ともとれる中途半端な状態での強引な納品、最悪の場合には過労死や自殺に至る危険性を孕んでいる。
BYウィキ
★
頭が痛いです。もう三日も寝ていません。自分の意識がどこか遠くにあるように感じます。
白蓮も琉生も目元に大きな隈が出来ており目が血走り、目玉が飛び出んばかりに書類と格闘しています。
私も酷い顔をしているのでしょう。
★
デスマーチは具体的には以下のいずれかに該当するものと定めている。
1.与えられた期間が、常識的な期間の半分以下である
2.エンジニアが通常必要な人数の半分以下である
3.予算やその他のリソースが必要分に対して半分である
4.機能や性能などの要求が倍以上である
BYウィキ
★
幽州情報
①与えられた期間は無制限だが考え無しに献策したために山のように多く、次々とそれぞれに関しての事柄が溢れ出てくる。
②文官が足りない、そもそも人材全般が足りない。実質今この三人がこの国を回している。
③予算は現在調達中。むしろリソースが多すぎて人材不足もあり処理できない。
④倍以上ですまされる話では無い
うん、間違いなくこれはデスマーチだ。
果てしなくデスマーチだ。
え?この作業白蓮一人でやってたの?
すんごいがんばりやさんですね。今度暇があったらぶん殴ります。
机にはちょっとしたビル群が出来上がりさながら都会のような有様である。更に妙な熱気が籠もっており、そこにいる面々も皆目が血走っている状態だ。
この様子をおかわりを持って入って来た兵達が、睨み付けられて逃げ帰るという事件が既に数回起こっており、兵士達の間ではここは『魔窟』と呼ばれ始めていた。
「ああ、美須々はまだ戻らないのか!?」
「美須々もうしばらくすれば帰還するかと!!そろそろ賊もでなくなる頃ですので本格的に此方に巻き込めます!!」
美須々は現在盗賊狩りで治安の上昇・民心UP・金銭補充の真っ最中であった。同じく過労で死にかけており、これからの地獄を知って彼女の髪は黒から真っ白に変わるだろう。
言葉を交わす間にも波才と白蓮は異常な速さで書類を片付けていく。だが、どれだけこなそうとも増えるばかりだ。時節此方に向かってくる文官がおかわりを持ってくる姿を見て二人は顔を更に青くする。
「・・・!!」
「え?何ですか琉生・・・って美須々は字が読めない!?知りません!!そんなの今の私のように根性でどうにか出来ます!!」
「・・・!?」
「ああもう!!大丈夫ですから手を動かしてください!!この書類の塔をバベらせる作業に徹するのです!!」
この日、波才は働くことの大変さを知ったとかそうでないとか。
夏ですね、死にますね、助けてください。味の素です。
『http://www.omoshiro-sindan.com/koihime/』
の恋姫無双診断、作者が「あじのもと」でやってみたら華雄でした。なんかいろいろと申したいことがあります。あれか、猪ってか?
ちなみにこれをこの小説の主人公である『はさい』で是非診断してみてくださいな。多分相性一位の人にみなさんツッコミが入るでしょう。少なくとも作者は吹いた。麦茶返せ。
めんどくさいと言う人は作者の活動報告に載せていますので是非見てみてください。きっと誰もが突っ込むはず!!
……それと蚊は全滅すべきだ(おい
武将紹介のリクエストは今受けている分を消費し終えるまで打ち切ります。前回急にたくさん来たので作者の頭はハテナ妖精です。地道に書いてくべ~。
今回の武将紹介は……モゲロ。
■ ■ ■
「ご主人様」
「ん?愛紗か。どないした」
ある晴れた日のことである。関羽に呼び止められた北郷はあくびをしながら振り向いた。
「いえ、関索を見ませんでしたか?」
「あ~確か南蛮行ったとか言ってたな。あれだよ、多分フラグを回収しに行ったんだよ」
「ご自分の息子になんて言いぐさですか」
呆れながらため息をつく関羽。二人の間には三人の子供が出来ていた。性格が母親に似た清廉な長女の関平、一刀に似て非常にめんどくさがりやでありながら武の才を一番受け継いだ次女関興、そして。
「いやだってよ。武者修行に行ってくるとかいって嫁さんをもらってくるのあいつぐらいだぞ、多分」
「……良くも悪くも関索は一番ご主人様の血を引いておられますから」
「ぜってぇそれ褒めてねぇよな。いや、流石の俺でも『私を倒したらお嫁さんになってあげる』なんてやつとフラグは立てたことない。第一俺は桃香とお前と鈴々の三人と結婚。あいつは新記録で四人目狙ってるぞ」
三男、関索。良くも悪くも北郷のあれな血をついだ男である。
「それはそうですが……」
「この前は盗賊退治に行ってくるとかであれだぞ、盗賊姉妹丼ゲットだぞ?いくら俺でもあれはないわ。あいつ俺とかの次元じゃねぇ。リア充は死ぬべきだ」
「ご主人様が言えた義理ではない気がしますが……」
「それはそれ、これはこれ」
既に彼は受け継いだフラグ構築能力により三人の妻を得ていた。
「お父様!!関索を見かけませんでしたか!?」
「あ、お父様だ~夫をみてな~い~?」
「あら、お父様。本日はお日柄も良く……早速ですが夫はどちらに?」
「噂をすれば……」
見れば誰もが目を引くほどの美人。しかも彼女達全てが関索の嫁ときた。
……なんとなく一刀はむかついたので。
「おお、なんかまたフラグ立てたらしい」
「……へぇ」
「……ふ~ん」
「……ほぅ」
「ご主人様、いい加減な事を「父さん!!」……」
諫めようとした関羽、だがそこへ問題の声が聞こえて来る。振り向けば南蛮に出向いた関索がこちらに走ってくる。……片手に毛皮を被った猫耳の少女の手を繋ぎながら。一刀と関羽は頬が引き攣り、三人の嫁は気のせいだろうか。頭に角が見える。
「おお、早いお帰りだな。……で?その子は?」
「うん、ええと」
「花鬘……です。関索のお嫁さん」
「……な、なぁ、確か花鬘ちゃんってさ」
「孟獲殿の娘……でしたよね」
「あれ、母さんと父さん知ってたんだ。うん、でもそんなの関係な「「「あるわボケ!!」」」ぶほぉ!?」
関索は三人の嫁にぶっ飛ばされ、一刀と関羽は自らの息子のあれさに頭を痛めたという。……もげろ。
■ ■ ■
関索、字は維之
演技でも史実でも全く記述が無く、その存在を近年まで疑われていた関羽の息子。
だが花関索伝という物語により一躍躍り出た超リア充である。モゲロ。
ここでは花関索伝の中身を紹介しようと思う。モゲロ。
劉備・関羽・張飛が青口桃源郷の子牙廊で義兄弟の契りを結ぶが、その時、関羽と張飛は後顧の憂いを断つために、互いに相手の家族を殺すことにした。
関羽の家にやってきた張飛は、命乞いをする息子の関平を殺すに忍びず、供としてつれていくことにし、また関羽の婦人であった胡金定も見逃してやった。この婦人が身ごもっていたのが関索である。モゲロ。
彼がある事情から鮑家荘へと訪れたが、その入り口には、三娘が自分と戦って勝った者を夫とすると記してあった。関索は喜び勇んで決闘開始。そのままもげてしまえ。
「俺の娘は誰にもやら「娘さんをください!!」ぐふぁ!!」
「父さん!?おのれ!!妹は誰にもやら「娘さんをください!!」ひでぶ!!」
と愛ある男達をぶっ飛ばして権利を獲得。娘である鮑三娘はこれに怒り勝負を仕掛けたが。
「……僕の勝ちだ!!」
「私の負け……ね(あ、でもこの人凄い綺麗。前婚約結んでた廉康とは比較にならないぐらいイケメンじゃん♪)」(マジで書かれているモゲロ)
と生け捕られて結婚を承知。関索はイケメンだったようだ。死ね。
この後、王桃・王悦という盗賊の頭目をしていた娘も側室として娶って一緒に戦っている。
男勝りの女性を見つけては対戦を申し込み、父譲りの武芸でねじ伏せ、力を見せ付けて自分のものにしてしまうという、もはやナンパの手口でこの二人も囲ったのだ。
さらに他の話では南蛮王の娘である花鬘すらも「目と目が合う、瞬間~♪」みたいな感じでストレートで側室に。こいつ魅惑の魔眼でも持ってたのか?
武勇ももう俺最強じゃね?並に酷い。曰く
・枯れ木を引き抜いて振り回し、賊を退散させることができた。
・曹操に招かれた宴会で武将を素手で絞め殺す、怒った曹操を逆に包囲してフルボッコ。
・姜維・張飛・劉備が勝てない武将に何故か不思議なことが起こりまくって勝利できた。
・陸遜や糜竺・糜芳や呂蒙を生け捕ったり殺害したり。無双すぎワロタ
などと軽い俺最強ものである。なんつうか凄すぎて逆にひいてしまう。モゲロ。
逆に考えれば明の時代の墳墓から発見されたことから数百年、下手すれば千年以上前に書かれた「俺最強&ハーレム」ものである。つまり今の最強もの書いている私達とあんまり変わりがないのである。
古来の俺らが最強&ハーレムものを書いたんだ!!と考えればまぁこの関索というキャラも許せ……るわきゃねぇぇぇぇだろぉぉぉぉぉ!!
軽く作者の黒い部分が多かった気がする今回の武将紹介ですが、皆さんはどう思います?作者は……もげれば、良いと思うよって思います。