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黄巾無双  作者: 味の素
自己確立の章
27/62

第十九話 命短し、創れよ乙女

世の中は美しい。それを見る目を持っていればね。


~映画『聖メリイの鐘』より~

~??? side~



何の特徴もなく、自分だけが特別であろうと希望することなくいきられる人間などいない。

特別を望むのが普通なのだ。なのに、なのに普通の彼女は……ははは。


ああ、面白い。面白い。


この特別だらけの世界で、この英雄が謳歌する世界で普通?

ああ、それはなんて喜劇?悲劇?


彼女は普通、間違いなく普通。普通だけれども彼女がこの世界で特別な存在であると理解出来た。

彼女は私とは違い特別、ああ、特別なのだ。


だが特別なのに普通。

様々な英雄達が特別で在るこの世界で特別であるものの英雄ではなく、魅力もなく、力もなく、かといって無能ではなく、力がないわけではなく、魅力がないわけでもなく、覇気が無いわけでもない。


ただ普通。普通と言う言葉がこれほど当てはまる人間はいないだろう。


彼女と私の違いはなんだ?特別では無い特別と特別でありながらの普通。この違いは果たして何?

ああ、面白い。これは面白い。


孫策は死を前にして英雄たる姿を見せてくれた。だがそれは私はある程度分かっていたと思う。何故なら彼女は英雄だから。この世界が特別たる、英雄たる彼女をそれ以外の死に方で死なせるのなら私は幻滅せざるを得ない。

英雄が命乞い?命だけは助けて?金ならいくらでもとか言ったりする?そんなこと言ってたなら私は首ちょんぱしてたでしょうねぇ。いや逆か?もらう必要のない首だから撥ねなかったか。


そして世界は私に……いや、彼女に応えた。


彼女は英雄なのだ。

どこまでも英雄、英雄の中の英雄。


きっと死に様もそれはそれは素晴らしい輝きを見せてくれるだろう!!


だが○○○は?特別であり普通である彼女は最後にどんな姿を見せてくれる?

分からない、普通だからこそ予想もつかない、普通と言う存在はここまで得体が知れず理解ができない者だとは今の今まで考えたこともなかった。


面白い。ああ、面白い。普通がこの英雄が謳歌する世界でどこまで足掻き、どんな物語を紡ぐのか。

普通は語られない、後の世に語られることはない。


だからこそ、見てみたい。

普通と言う存在が紡ぐ物語を、普通であり特別な存在がどんな終わりを迎えるのかを。


私が孫策さんに仕えたら?曹操に仕えたら?え?結局天下を分ける戦いに巻き込まれてどちらかの英雄がが勝ちました~一緒に戦った仲間達と分かち合いましょう~パチパチパチ(ワーワー)。


そんな予感がするんですけど。


ねぇ違います?そう思いません?英雄が負けるんですか?負けないでしょう?だってこの世界の英雄達はみんな女性という世界からの特別扱い受けてるんですから。特別扱いほど先が読めるものはないですよ。だって強いんだもの。だって他の人間よりも全ての能力が逸脱しているのですからね。そりゃ負けませんよ。いや、それでもいいんですけどね。王道として英雄の戦いも楽しみたいものですし。

出も私はこう考えると世界に愛されるのが幸せなのか疑問も感じますね。


だが○○○は違う。普通だ。どこまでも普通で私の方が特別である彼女より上であるかのように思えてしまう。


まるで誰にも予想出来ない物語、特別な普通に特別ではない特別が組み合わさればそれはさらに誰にも予想出来ない物語へと変貌する。


それこそ私も英雄もこの世界すらも理解出来ないような、ね。


心臓がばくばくと動いている。こんなどきどきは初めてですね、しかもそれが普通の人によるものなど誰が予想したでしょうか?負けても良い!!死ぬのは許されないですが黄泉の縁にまで、三途の川まで追い詰められても良い!!その未知なる物語が見たい!!見たいのですよ!!


天和様には手紙を送り、孫策は途中遊びに行ってくればいい。ああ、なんでしょう。よりどりみどりじゃないですか。

知ってます?二兎追うものは一兎をも得ずといいますが、二兎手に入れられるのは二兎追った者だけなのですよ?


ああ、貴方は私にどんな一生を見せてくれるのですか?見せてくれるためならこの波才、第二の忠誠を貴方に誓いましょう!!ああ楽しみです、実に楽しみだ。




彼は嗤った。楽しそうに。楽しそうに。














~波才 side~



偶然……という言葉を信じるだろうか?


私はつい最近まで信じてはいなかったと思う。

何故なら全ては必然で、万が一の可能性なんてものは無いと思っていたから。起こるべくして起こる、なるべくしてなる。私はそう考えて生きてきた。


だが、ここに来て私は偶然と言う言葉はやはり無いのだと理解する。


この世界に来る確率、前世の記憶を持つ確率。

前者は過去ならばあり得るが、武将全てが女性などというパラレルワールドならそれこそ奇跡だ。私は計算なんぞ得意ではないが何億分の……いや、何兆分、もしかしたらそれ以上の確率の不可思議に遭遇している。


そして後者、前世の記憶を持つ確率……こんなもの考えるだけ馬鹿げている。

これ一つで一体どれほどの宗教を敵に回すのか考えるだけで恐ろしい。そもそもこれは確率とか偶然ではなく、もはや奇跡だ。


この奇跡も起こるべくして起こったのか、そうでないのか。私には分からない。

だが、今これだけは言える。



「ぜってぇー誰かの陰謀だ。ぜってぇー誰か私をどこかの軍に入れようとしてやがる」



事の始まりは、幽州に向かう前に一度洛陽行ってみたいかも、とか言って洛陽に立ち寄った事から始まる。


この時代の都を一目見ようと洛陽を回っていたところ、一人のアホ毛の少女が物欲しげにお店の前に立っていた。最初は無視でもしようかと思ったのだが、……その、あまりにもつぶらな目で切なげに見ていたのでいたたまれなくなり、お昼時も近い者だから「せっかくだから一緒に食べませんか」と誘った。


お金がないと言葉少なげに話した少女に私は「構いませんよ、私が払いますから」と言いました。

いや、だってあんな捨てられた犬のようなかわいそうな顔をしていたら助けたくもなりますよ。

お金も売上の分が予想以上にあったので大丈夫だ。一人や二人どうってことない!!と思っていました。

この後地獄を見るとは知らずに。



積み上がる皿。騒がしい調理場。唖然とこちらを見る客。激しく動くウエイトレス。そして顔が青くなる私。


私が瞬きをしている合間にも一枚皿が積み上がっている。


え?なんですかこれ。


目の前の女の子、私が奢っているアホ毛の少女はスタイルが良く、細身です。

なのに質量保存の性質を無視するが如く次々と口の中に消えていく料理。

どう計算しても彼女が食べた量がその細いウエストに収まっているとは思えません。彼女の服装は露出が多く、おなかも見えるのですがどんなに食べてもふくれていないのです。



「(人体の神秘ってレベルじゃねぇぞ!!おい!!)」



自分の頼んだ料理を食べるのも忘れてその食べっぷりに釘付けになりました。


そして結果は言わずともいいですね、金欠です。すっからかんになりました。

『おーあーるぜっと』の形になった私。流石にやり過ぎたと感じたのでしょうか、この少女は私に「……お礼。うちに来る」と琉生並みの無表情で迫ってきました。


最初はどうせ宿無しだしいいかなぁと軽い気持ちでついていこうとしたんです。ですが、ここでやけに小さな少女が現れました。なんでもこのアホ毛の少女を捜していたとのこと。

健気なお嬢さんだと感心したのもつかの間。


次ぎにこのアホ毛の少女が口走った名前に体が凍り付く。



「ん、陳宮。お客さん」


「へ?恋殿の客人なのですかっ?」



この健気な小さい少女の名前、陳宮というらしいです。


聞いた瞬間その場を走って逃げました。後ろから呼ぶ声が聞こえましたが無視して走りました。後ろを振り向いたらアホ毛の少女がもの凄い速さで追いかけてきたので、更に走りました。


いや、陳宮って董卓軍の将ですよね。


このままのこのこついていったら間違いなく董卓軍の目に触れます。董卓軍ということは帝のお膝元です。

いくら帝の権威が此度の乱で失墜しているとはいえ、ノコノコと官軍の本拠地で将に見つかるとかもう死亡フラグじゃなくて「死亡確認!」になるでしょうが。

ただでさえ官軍相手には暴れすぎたんです。大抵は皆殺しにしたのでここで働く生き残りはいないと楽観したいですが、もし、もしいたら間違いなく私の人生が詰みます。


……ん?なんか今頭に『董卓軍ルート』とか訳の分からないものが浮かびました。

ははは、なにそれ。ないない……ない……よね?


そう笑い飛ばそうとしました。

でも先の孫策の事を思い出すと笑えませんね。


あの場で客将と言い出したのは私の一分の誇りもありますが、客将となることで余計なフラグを叩き折ろうと考えたのです。

あの場でなっているんだからもう大丈夫だ、と考えていましたが甘かった。もう甘かった。


これ、確実に落としに来てやがる。



「これぐらい日本のニート対策もしつこければ働く人も増えると思うんですけど……」



まったく。笑えない話だ。

だが、こうなった以上一応の配慮として、どこかに所属という線も考えるべき……。



「……な~んて、そんなわけないでしょ、偶然偶然」



たまたまですよ、たまたま。


偶然天和様と会って、偶然孫策さんとあの最後の黄巾党の場で出会って、偶然黄蓋さんが常連客になって、偶然孫策さんと再会して、偶然董卓軍の人と出会って、偶然その人にご飯を奢っただけじゃないですかぁ。心配性ですね私は。


はっはっはと一人森の中で笑います。


……私の頭から三本の青筋が下がっているのは気のせいです。

いや~偶然って怖いね。


えてして偶然は、必然性の欠如によって定義されることから、必然性の解釈次第で、多様な意味をもつ。ようするに解釈のしようでどうとでもなるのだ。だから、これはあれだ、新たな可能性を見付けるための肯定的な生き方として偶然が必要なんだ。

そして偶然を認めることで、私は人として成長できるのだ。たまには偶然も良いよね!!


そう乾いた笑いと共に私は今、森の中を幽州へと向けて進んでいる。

何故森の中か、理由が二つある。


まず一つは……悲しい事に先の洛陽の件にて金銭が尽きた。

もう宿にも泊まれず、食料も買えないが、この時代の山の豊かさを舐めてはいけない。

美しい川からは魚がとれ、森では野ウサギや蛇などの動物を獲ることが出来る。山の幸が満載だ。

流石に寝るのは万全の注意が必要だが、これ以上ないぐらいに人が生きていける場所はない。

やはり人は自然が必要なのだと実感出来た。


……熊?猪を狩る?


率直に言いたい。

死ぬ。


一度見たがあいつらアオアシラにドスファンゴだった。どこのモン○ンだっつーの。

私が主人公や英雄なら圧倒的な剣術や武術によって、逆に捕食するだろうが、生憎私にかかっているのは主人公補正ではなく、悲しい事に現実補正だ。

つまり死ぬ、直ぐ死ぬ、圧倒的に死ぬ。

私が現代で学んだ武術は対人用であって、対獣用では断じてない。というか獣なら銃が普通だ。


この世界の住人は恐るべき事に聞いた話で狩ることがあるらしいが……あ~明埜もそう言えば小さいときに虎を殺したらしい。まぁ取り合えず、一言言わせてくれ。



「勝てるわきぁねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



その声で隠れていた鳥が飛び立つ音に、私は思わず身を縮ませて辺りを警戒する。つい声に出してしまった。


思わずターンXの人になってしまったが、あれだ。無理だ。

私は気が使えたとしても勝てる自信など全く無い、自分は一般人なのだ。熊の腕力に、猪の突進に勝てる次点でそもそも人間止めていることに、何でこの世界の住人は気が付かないのだろうか。


というわけで、猛獣なんぞと闘わない。あったら気を殺して隠れる。


二つ目は……フラグ破壊だ。

普通に考えて森の中で、特別側の人間と出会う確率なんぞ、まず少ないと私は思う。

少なくとも街道を進むよりは数倍は確立が下がると見ている。

これで私は無事幽州に辿り着くことが……できたらいいなぁ。


もしこれで駄目なら、私はそんな星の下に生まれたのだと諦めるしかない。

……かな~り不満だが。あれだ、反乱でも起こして暴れて帰ろうかなぁそん時は。


そんな物騒なことを考えていると、何やら妙に清々しい風が私の髪を撫でた。



「この感触……よかった。ちょうど咽が渇いていたんだ」



私はほっと一息をついてその風の下へと歩き出す。

やがて現れたもの、それは。



「おお、綺麗だ」



目の前には広い川が流れていた。水がキラキラと輝き、透き通っている。思わず感嘆の声を私は漏らした。

すぐさま川辺に走り寄り、手で水をすくって飲む。この世界の水は生水だから気をつけなければならないが、慣れてしまえば問題ない。

冷たい水が咽を通り、ほてった体を覚ます。


うん、空気も水も美味しい。

この世界は自然がたくさんあり、排気ガスなども当然無いために、空気すら味を感じる。植物も生き生きとしていて、動物も自分らしく生きている。

本当に自然が豊かだ。


この川もそれは例外ではなく、鳥が木にとまって歌を歌い、葉は青々と茂り、裸の女性が水浴びをし、花が美しく咲いている。なんと美しい……。










……ん?なんかおかしくね?


ええと、再確認します。

鳥が木の上で歌を歌っていて、葉が生き生きとしていて、裸の女性と目があって、花が綺麗で……。


……ん?裸の女性?



「「……」」



髪は赤くてポニテールでスタイルは普通で、胸も普通で……えと、冷静に観察してる場合じゃないですよね。その女性と目が合ってます。

しかも彼女は生まれたままの姿、要するに裸なわけでして……その。



「なっなっな!!」



女性が狼狽えながら後ずさっています。あ~そうかぁ。この時代って、割とこういうふうに川で水浴びするのってデフォでしたよね。


……これは不味い。性犯罪者はいけない。

やったら社会的に死ぬ犯罪第一位であるそれに手を染めたら周りから白い目で見られ、肩身が狭くなり、近所で噂をされて。ついには家族総出でその場所から引っ越さなければならなくなる。

あ、でもこの場合しょうがないから冤罪になるか?


見たくて見た訳じゃない!!見せられたんだ!!


っ違う!!それアウトです!!もういろいろ駄目です!!って落ち着け、今はそんな事考えてる場合じゃない。

目の前の女性は今や顔が真っ赤、これは下手に対応を誤れば誤解されかねません。

そうだ、落ち着いていくんだ。


大きく深呼吸して……っよし!!落ち着いて対応すれば実は大丈夫的なオチに!!



「えと、まず」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」



だよね~そんなオチで済ませられるんなら警察はいらないですよね。

女性は剣を持って私に斬りかかって・・・斬りかかって!?


とっさに避けましたが逃げ遅れた髪が私の体から強制退去させられました。泣き別れした髪が宙を舞う。

……あ、やべ。死ぬ。


いや!?殺す気でしたよね!?今避けなければ死んでましたよね!?警察どころじゃねぇぞこれ!!

むしろ私がおまわりさん呼びたいんですけど!?



「忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



忘れます!!忘れますからその剣を退いて!!

そんな私の気持ちなど全く関係なく、頭目掛けて振り下ろされた剣。

……え?死ぬんですか私?









悪いのは私ですけどこんな所でこんな理由で死ぬわけにはいかない!!

というかこんな所でこんな理由で死んだらいろいろやってられません!!


女性のの懐に飛び込み、剣を握る腕を絡め取り膝に溜めを作る。

気を体に集中させ背筋力を強化、多少強引にでも引き寄せる。

歯を噛み締め、右手を自分の後方に突き上げると相手の肩甲骨あたりをめがけて腕を筋肉で挟み込む。

女性は突然のことに驚き、抵抗してもがくが既に重心は前に崩れ、力はよりどころを失い意味がない。


そのまま私は水面に女性を叩きつける。

地面に叩きつけるよりは威力はないがそれでも無力化するのには十分。衝撃により女性の手から剣が飛ぶ。

受け身が取れないためになすすべもなく水に沈んだ女性。だがまだ目には意識がある。

手を伸ばし水の牢獄から抜け出そうとする。


させるか。


無防備な腹部目掛けて腕を引き絞り、正拳突き。

更に咽へ必殺の一撃を・・・って。












殺してどうする!?

慌てて女性を水の中から抱え上げるが……。



「……」



意識がない。

嫌な予感が頭をよぎる。

素早く心音と脈を確認。だが幸いにも心音は止まっておらず、脈は正常。


……よかった。この人思ったよりも頑丈らしく、気絶しているだけのようだ。

思い出せば振られた剣は、武を知らない人間のものでは無かった。その道の人なのかもしれない。一般人ならば下手すれば死んでしまう。

というかあのままやってたらもしかしなくても。


……。


先の武を垣間見せた嫌疑と、その身から溢れ出る特別臭、一瞬このまま女性を放置して逃げようかと悩んだが……流石にそれは、あれだ。

酷すぎる。


ため息をついた私は女性を看病すべく抱え上げた。私って結構甘いですねぇ。



















「いや~助かったよ。まさか水浴びの最中突然気を失うなんてなぁ」



そう言って笑う服を着た女性。しばらくしてこの女性は目が覚めました。

え?なんか女性がおかしいこと言ってないって?


……。


いいじゃないですか。この女性は川で気を失った。私はそれを助けた。目覚めた彼女は不思議なことに記憶がなかった。私は親切に何が起こっていたのかを教えてあげた。おかげで彼女には感謝されている。


それで良いじゃないですか。私凄い良い人です。



「う~ん……なんかお腹が痛いなぁ」


ッギク


「倒れたときに岩にぶつけたのではないのでしょうか?」


「あ~そうかもしれないなぁ。おお!!そうだ。まだ恩人の名前を聞いてなかったよ」



そう言って私に笑いかける女性。……心が痛い。もの凄く痛い。

胸が、胸が苦しい。

胸に手をやり苦い顔を見せる私に、女性は心配そうに私を労る。



「って大丈夫か?お前もお腹痛いのか?」


「あ~そうかもしれませんね。最近いろいろと疲れと悩みが多だありまして」


「……そうかぁお前も苦労してるんだなぁ」



お互いため息をつきます。

ああ、よく分からないがこの人とは気が合いそうだ。



「何か貴方も悩みがあるので?」


「ああ、実はなぁ」



そこから始まるのは聞くも涙、語るも涙なお話でした。

自分に人望が無く、人が来ない。がんばっても普通の結果しか出せない。というか私って何なんだろう?

など見ていて気の毒になってきます。


……ん?

聞いているとこの人割と重要な職に就いてるっぽいんですけど。

汗がたらりと額から流れます。あれ?やっぱりその、そんな展開?いやいや、流石にそれは……無いよね?



「あの~」


「でなぁ・・・ん?なんだ?」


「まだ貴方の名前聞いてなかったんですが、教えてもらってもよろしいでしょうか?」


「おお、そうだったな。すまない、すっかり忘れていたよ」



頼む、頼むから予想と外れてくれ。

そこら辺の一般人であってくれ。私は見たいのであって体験したいという気持ちはそれ程ないんですよ?

っな!!ほら、村人Aとか名乗れよ!!



「私の名前は公孫賛、真名は白蓮。ああ、お前には命を救ってもらったから真名で呼んでもらいたい」



そう笑う女性、公孫賛。私もつられて笑います。

お互い無駄に良い笑顔……ああ、だめだこれ。もうこれ逃げらんねえ。



「っちょ!?なんで泣いてるんだ!?」


「……あ、いえ。貴方の真名を教えてもらえたことが嬉しくて(あはははは、もうどうにでもな~れ♪)」


「え///……そ、その……なんだ。照れるな」



思わず涙が出てきました。孫策、董卓と来て公孫賛ですか。だめだこれ。

もういろいろ諦めるしかないのか。



「でも嬉しいなぁ……私の真名でそこまで喜んでくれるって」



悲しげに笑う公孫賛。

さらには大きくため息を……あ~なんかスイッチ入っちゃいましたね。酒に酔った天和様と地和様辺りの匂いがぷんぷんします。



「私はやっぱ地味だからさぁ。それにほんとに何やっても普通なんだ。」



……なんか話しづらいので流されましょう。



「私ってさぁ……居る意味ないのかなぁ。同じ地位でも曹操とか袁紹とかに比べて地味だしさぁ」



ん?これはいろいろと駄目ですね。もしかして彼女は取り違えているのでは?



「そんなことはありせん、貴方はよくやっています」


「お世辞はいいよ・・・桃香にも魅力で負けて兵を持ってかれるし、星には逃げられるし・・・私はもう駄目「何を言っているのですか」・・・え?」



これはいけませんね。

お世辞?特別側の、物語を作る人間が何をぬかすのです。……あ~なんかいらいらしてきました。少しばかりかつを入れてあげましょう。



「白蓮さん、貴方、王の条件を知っておりますか?」


「王の条件?ええと、だな……」



そう言うと彼女は考え込む仕草を見せた。



「王とはみんなを導き幸せにする……その為には今の私みたいに普通じゃなくて」


「普通は王ではないと?普通以下でも王になれるものはいましたよ?」


「そ、それは」


「王とは、力量など必要無い。武や知識などまず二の次。必要なのは器、魅力、配下の三つのみです」


「……ずいぶんとはっきり言ったな」


「言いますよ、王が前線で戦う。それもまたよし。王が自ら策略を立てる。それもまたよし。ですがそんなのは本当に必要なものではない。器がなければ王にはなれない。多くの苦難、絶望、死を乗り越え、部下達の全てを受け入れ肯定し、なお満たされない器が必要である。ここで多くの王が分けられる」


「分けられる?」


「王は孤独である、王は仲間と共に歩む、全てはそれを包む込む器次第なのですから。種別が違ってきますよ」



聞く限りでは前者は曹操、後者は劉備か?本当に王も様々で面白いものだと感心させられる。



「次ぎに魅力。人を惹き付け、自らの命すら惜しくないと思わせる狂気なる魅力。これがあるからこそ人はその人のために戦えるのです。何が悲しくて何の魅力もない者に付き従う」


「魅力がない……か」



白蓮は何か思い辺りがあるのか、顔を青くして考え込む。だが私はそれに構わずに続ける。



「最後に配下、これが重要です。そもそも君主に最も必要なのは、万を蹴散らす武勇でも、人の裏をかく知勇でもない。人を使う能力です。当然、全てをこなせればそれがよいですが、優秀な部下を使える能力さえあれば君主は事足りる。かの漢の始祖の劉邦がそれにあたる。優秀でも部下を使えない者、凡人だが部下を使える者、どちらが国を安寧に導くか分かるでしょう」


「……」


「白蓮さん、私が見たところ貴方は平凡です。これと言ったところで秀でるところはない、少し強い程度の私にも勝てないでしょうし。こんな所で見ず知らずの人間に愚痴るなど愚か者でしょう」



そう言うと彼女はますます顔を青くし、反対に拳を赤くなるほど握りしめる。

だが私はそんな彼女の頭へと手を運び、撫でる。

白蓮は驚いたように顔を上げて見るが、私は構わず微笑み、撫で続ける。



「ですが、私は貴方はその三つがあると見ましたよ?」


「え?」


「貴方は自分という存在をよく理解し、その上で国を良くしよう、民を救おうとする気概と思いがある。幽州の民をその両手で抱え込む器がある」



先ほどの彼女が言った「みんなを想い、幸せにするよう導く」。この言葉にどれほどの想いを彼女が乗せているのかを、私は痛いほど理解出来た。

本当に彼女は幽州を守りたいと思っている。だが、その力が己にないと思うが故に苦しんでいるのだ。



「魅力は……残念ながら私が知る貴方の対抗馬達に比べて低いですね。でも確かにあります。貴方を慕う民がいるでしょう?貴方のために死んでくれる兵士がいるでしょう?」


「…っあ」



私は彼女が黄巾党から守り抜いた話を聞いている。確かに将達からは酷評されているが、民から彼女に対して不満が出ているなど聞いたことがない。

普通に政治をしている?それがどれほど難しいのかこの世界の将達は理解出来ないのだろう。曹操や孫策などのあまりにも化け物が多すぎるこの世では、どうしても彼女は霞んでしまう。

普通に政治が出来る、良くもなく、悪くもなく。良いが故に出る弊害がある、悪い故に出る弊害がある。


何故誰も普通が良いと分からないのだろう。理解しようとしないのだろう。



「そして今貴方が一番悩んでいる事。それは最後の将です。違いますか?」


「……ああ」


「なれば貴方が見付けなさい」


「私が……見付ける?」


「ええ、そうです。この世界は広い、その多くは曹操や、貴方のお友達の劉備の下へ行くでしょう。ですが貴方が本当に自らをさらけ出し、本心から礼を尽くして誠意を見せて触れれば、きっとその心に感化されて貴方の魅力に気が付く者が居ます。断言してもいい。その者は曹操に誘われようと、劉備に誘われようと心から貴方と繋がれば貴方を選ぶはずです」



私は彼女の頭から手を引く。

何故か白蓮は残念そうに「あっ」っと声を漏らした。

私は彼女に背を向けて、空を見る。どこまでも、どこまでも青い中華の空。

この空はきっと日本、邪馬台国にまで続いているのだろうか?



「決して折れぬよう。貴方は貴方なのです。曹操は曹操、劉備は劉備の王があり、道がある。貴方は貴方の王を見つけ、そして進みなさい。どうです?元気、出ました……か?」



笑いながら振り返った私だったが……最後の言葉がなかなか出てこなかった。

それは何故か。


……白蓮さんが目を輝かせて、私を尊敬するまなざしで見ていた。心なしか頬が上気している。

え?何これ?


戸惑う私をよそに彼女は今まで考えられもしなかった、晴れ晴れとした笑顔で笑う。なんか握り拳を作っているぐらい元気だ。



「そうだ、そうだよな!!私は私なんだ!!桃香ではない、幽州の公孫賛なんだ!!桃香のように、曹操のようになろうと思っていたから駄目なんだ!!」



うんうんと頷くと、彼女の変わりように惚ける私の手を両手で握り込む。

いや、顔が凄い近いんですが……。



「私は私だけの王になる、私だけの道を進む王となる!!」



……まぁ多少元気すぎな気がしますけど、結果オーライですね。

私も若干苦笑しつつ微笑む。やっぱり笑顔の女性はいいものだ、暗い顔してるよりもよっぽど魅力がある。

まぁ、そうは言ってもこれからの公孫賛は大変だろう。なんせ董卓連合という大激戦。膨大な財力と、豊富な土地を持つ袁紹と戦う事になるのだから。


私も影ながら応援させて……。



「だから、だからその為に私に力を貸してくれ!!」



……はい?



「頼む、お前の力が必要なんだ!!」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!私が言ったのは優秀な配下、私凡将以下、理解しました?」


「お前は私よりも強いのだろう?」



……あ、そういえばそんなこと言っちゃった気が。



「それにあれだけのことを言える見聞と知識、そしてそれを扱える力があると私は見た!!」



くそったれ!!昔からの悪い癖だ!!どうも一度熱が入り込むと抜け出せなくなる。

今回もやっちまったよ、もうやっちまったよ。



「いやいや、そればかりは貴方の勘違いだと……」


「私には今お前だけしか見えない!!私が生きていくために、私が王となるために、私が私の道を進むためにお前の力が必要なんだ!!頼む、力を貸してくれ!!私を支えてくれ!!」



ついには白蓮さんはその場に跪き、両手をついて、さらには額を地面にこすりつけて私に懇願し始めた。

その姿は……OH。


ジャパニーズD☆O☆G☆E☆Z☆A。

貴方なんでそれ使えるの?土下座の始祖ですか?

というか、確かに痛いほど思いが伝わってくるんですけど。何いきなり実践しちゃうんですか貴方。


思わず逃避するも流石にこのままの状態は大変に不味い。

私は孫策と同じように彼女の申し出を断ろうと口を開……








こうとして止めた。


ちょっと待て。これは好機ではないか?


自らを思考の海に沈める。


別に客将ならば問題ない。白蓮さんの軍に入れば曹操もおいそれとは手を出せないだろう。

確かに私には天和様、地和様、人和様というかけがえのない主がいる。言っては悪いが私の優先順位は彼女よりも天和様達へと傾いている。これは他の誰であろうとこれは変わることのない不変の決まりとなっているが……。


今の状況ではとてもじゃないが側にいることは出来ず戻れない。それに彼女の軍へ入った方が、いざという時はそれを盾に天和様達を守ることが出来るし、天和様達が平和な世を生きるための……言っては悪いが踏み台に出来る。


それに孫策・曹操とは違い、彼女であれば抜けようと考えれば、抜け出せるのではないか?

あの二人の英雄なら、それこそがんじがらめに抜け出せないような事をしでかしそうだが、彼女はそれを行える力は見て分かる通りだ。ぶっちゃけ英雄だと思えない、普通だが特別という訳の分からないものだ。


それに、これが最も重要だが。



「(もう、逃げられない気がする)」



流石に何度もこの手の人間と出会いすぎだと感じる。

ここで断っても、私の縁は強く太い、確実に誰か特別側の人間を寄せ付ける。ではここで聞く分の残りの特別側を並べてみる。


劉備

あ、なんか駄目だ。それ以前に明埜が毛嫌いしていますし、私自身もあれ以来ちょっと苦手です。いや、楽しそうだが彼女の配下たる面々を見るとな。悪いが私とは馬が合いそうにない。


袁術

そもそもなんで選択肢になってる?いや、面白そうだが胃が。


袁紹

おーっほっほっほ。


……もう分かったと思う。自分として生きられて、抜けることが出来て、ちゃんと話を受け止めてくれる。

これ以上の優良物件は無いのでないだろうか。良くも悪くも普通、戦うとしても袁紹だ。勝機はある。


いざという時は逃げればいい。なんとも物語を見るのに最適ではないだろうか。


……だが、問題が一つある。

それは彼女が面白いか、そうでないかという問題だ。

いくら周りが面白くても自らの軍がつまらないなどもっての他。やはり全ては劇的に動き、楽しくなければならない。それが私の生きる道なのだから。


それに彼女が値するのなら、私の矮小な力やちっぽけな命程度、くれてやっても惜しくはない。

怠惰な日常よりも劇的な日々、どうせ軍に入るのならそんな日常を過ごしたいと思いませんか?



「白蓮さん、一つ聞かせてください」



……試すか?







~公孫賛 side~



やっと、私は見付けることが出来た。


ずっと悩んでいた。私は幽州を守るのに相応しくないのではないかと。

桃香が来て、星の奴が私よりもあいつに目を奪われていたのは知っている。私は桃香みたいに魅力がある人間じゃなかった。努力をした、認めてもらおうと、必死になって生き抜いてきた。そのかいあって幽州の太守に命じられた。認められた、嬉しかった。


……黄巾の乱、名が広がったのは私ではなく、私を訪ねて頼ってきた桃香の方だった。


私には有能な部下が星しかいない。対して彼女は関羽、張飛の二人の猛将を従えていた。

羨ましかったよ、私にも星という有能な客将はいるが、彼女は私に対して忠義を見せてはいなかった。命を賭して尽くすには、値しなかったらしい。

対して桃香は二人の忠義と想いを一心に受けていた。きっとあの二人なら桃香のために死ねるのだと思う。


私は嫌になった。友達のはずなのに桃香が無性に妬ましく、羨ましかった。

だから最後に私は桃香に「出て行ってくれ」と言葉に潜めて伝えた。その際桃香が兵を募っても良いだろうか、と尋ねてきたが、私はそれを一瞬の間を置かずに認めたよ。すぐに、すぐにでも桃香に出て行って欲しかった。こんなに醜い自分を見られたくなかった。


でさ、笑える話なんだけどな。私が何度も、何度も呼びかけても応えてくれなかった民がさ、桃香になら応えてくれるんだよ。私の民が、幽州の民がだぞ?笑えるだろ?面白い話だろ?

私はその時無性に笑えてきたのを覚えている。


桃香が出て行った後、星もこの軍を去っていった。

……私は止めもしなかったよ。

どうせ私には彼女を従える魅力も、器もないのだから。


なんだかそんな自分が無性に嫌になって、虚しくなって。私は頭を冷やすためにここに来た。

だけどいくら水を浴びようと、心を落ち着かせようとしても、私は胸の空虚さを埋めることは出来なかった。

……ここまでしか記憶にない。なんだかその後、もの凄い恥ずかしい思いをした気がする。


気が付けば目の前に狐みたいな仮面を被った男がいた。

そして私はいつの間にか、そんな赤の他人の男に愚痴っていた。何だか無性にこの思いを誰かに伝えたくてしょうがなかったんだ。


……あいつはそれを全て受け止めた、受け止めた上で私を叱咤し、認め、道を示してくれた。


暗雲と汚泥に塗れていた世界がぱっと明るくなった気がしたんだ。いや、した。目の前が急に広くなって、今まで見えなかったものが見えて。救われたんだと思う。本当の自分を彼は見付けてくれたんだともう。


そう感じた瞬間、私は彼がどうしようもなく欲しくなった。

私を初めて『公孫賛』として認めてくれた、しっかりと根本を見て私を評価してくれた。

分かるか!?今まで誰も、私でさえ知らなかった『私』を見付けて、導いてくれたんだ!!私はその時以上の喜びを知らない。


だから側にいて欲しい、私を見て欲しい、見守り、共に戦って欲しいと私は願った。

恥も醜聞も捨てた。素のままの自分で私は今彼に請い願っている。

私に仕えて欲しいと、道を共に歩んで欲しいと。


どれぐらい頭を下げていたか分からない。一瞬だったし、長かった気もする。

突如私に彼からこんな事を言われた。



「白蓮さん、一つ聞かせてください」



私は顔を上げて彼の顔を見る。仮面で覆われていて、今どんな表情をしているのか分からないが、輝く二つの眼光が真剣さを帯びているのを感じた。

息をのんで私はその先を待つ。



「貴方はこの大陸で何を成し遂げるおつもりで?」


「この幽州を守りたい、民を安寧に導きたい」


「私が言ってるのはこの大陸中ですよ。全てを治める?全ての民を救う?何でも良いんですけど。貴方は無いのですか?お友達の劉備はこの漢の民全てが笑って暮らせる幸せな世界を作りたいそうです。曹操はこの大陸に覇を唱え、天下を我が者にするそうです。それは孫策も同じ、貴方はこの僅かな幽州にしか目を向けないのですか?貴方の器は全ての民を救おうとは思わないのですか?」


「無理だ」



私の言葉に彼は動きを止めた。



「私はそれを成せる人間ではない。私に出来る事は、私の願いは今この両手に抱え込んでいる民を救うこと、ただそれだけ」


「……では、貴方がそれだけの力を手に入れたらどうですか?」


「力?」


「曹操の覇気、劉備の魅力、孫策の地勢。この三つを得られるとしたら何を望む?私には出来ますよ?そういうものがあるのですから。望むままの願いと希望を叶える書が。言いなさい、その願いを。平凡が特別になる、鶏が鳳凰へと変わる事が出来る。貴方も望むでしょう?特別を!!劉備ような英雄になることを!!」



そう叫ぶと男は懐に手を突っ込み、取り出したのは一つの巻物。


私は彼のその言葉を馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすことが出来なかった。何故なら今の彼から発せられる気、いやこれはそんな生やさしいモノじゃない。


『鬼気』


体が震えた。今目の前にいるのが同じ人間だとは思えなかった。

人がこれほどまでこんなにおぞましい、負の感情の嵐を起こせるのか?



「さぁ、貴方は得たいですよね?力?特別になるべき力を。劉備すらも超えられるかもしれませんよ?」


「……いらない」


「っは?何ですか?貴方は普通のままで行くと?この乱世を?」



確かにそれは、あれだ。無謀だよな。桃花の魅力?欲しくてたまらない。

でもそれはいらない。



「ああ、いらない」


「……何故です?」


「だってさ」



お前が教えてくれただろ。



「それ、私じゃないだろ」



彼はその言葉を聞いて固まる。

同時に、辺りに無造作にまき散らされていた彼の鬼気が消滅する。


彼は肩を震わせる。もしかして、怒らせてしまったんだろうか?

でもさ、私じゃない私なんて気持ち悪いと思うだろ?特別な力を得たってさ、それは自分の力じゃないんだから。己の力で自分を変える必要なんて無いだろ?

私はもう決めたんだ。私は私として生きていく。私として生きられたなら、死んでも悔いは無いと。

民は私を信じてくれている、ならば私はそれに私として応えるべきなんだ。


どこか清々しい気分だった。白蓮は彼の答えが例えどのようなものであろうと受け入れる覚悟があった。

……だが。



「……あは」


「あは?」


「あははははははははははははははははははははは!!」



仮面の男が突然笑い出した。面白くて、面白くてたまらないといった感じで笑い出した。

腹を抱えてヒィヒィと息が霞んでいるがそれでもなお笑っている。彼の笑いは止まらない。



「貴方は本当に普通なんでね、うん普通。普通だ!!見事に普通だ!!素晴らしいぐらいに普通!!果てしなく普通!!ああもう面白い!!こんな英雄だらけの世界で普通の貴方は物語を紡ぎたいのですね!?ああもう面白いったらありゃしない。どこまで貴方は普通なんですか!?ひぃひぃ……ああもう腹が痛い!!まったく、こんな偽物使って騙す必要なんてありませんでしたね、普通なんですから」



そう言って手に持った書物を無造作に投げ捨てる。みればその書物、全くの空白であった。


……泣いて良いか?


途中男が言っている言葉が心にぐさぐさと刺さる。

なぁせめて、せめて断るんでもさ、もうちょっと言葉選んで欲しいなぁ。

涙が込み上げそうになってきた私。だが、それも次ぎにかれが言い放った言葉により吹き飛んだ。



「客将です」


「え?」


「私は自分が信じる主がいます。その人のために私は生きているので、客将です。それに私はちょっと訳ありなんですけど、それでも私でいいのですか?」


「……言っとくけどさ、私の小さな器は全く満たされていないんだよ。お前一人どうということはない。全部受け止めてやるさ」


「あははは!!なればこの命かけて見ても面白いですねぇ~いや~見誤ってました。貴方普通だけど普通じゃない」


「なんだそりゃ」



私は笑った。仮面の男は更に声を上げて笑った。

客将?良いじゃないか。私のために戦ってくれるんだろ?私のために命賭けてくれるんだろ?

ならそれで十分だろうに。



「そ、そう言えば私の名前まだ言ってませんでしたね。あ~腹が痛い」


「ん?そう言えばそうだな。教えてくれないか?流石にこれからの仲間の名前も知らないんじゃぁな」



男は仮面に手をかけると、一気に外した。

現れた顔はどこにでも良そうな平凡な顔。だが彼の力はよく知っている。


男はまるで役者のように腕を曲げて私に頭を垂れる。



「私の名は波才、真名はない身ですが貴方に第二の忠誠を誓わせてもらいますよ」


「改めて、私は公孫賛、真名は白蓮。私の真名はさっきも言った通り預ける。よろしく頼む」



そう言って互いに笑い会う。

今日は良い日だ。自分を見付け、共に道を進む配下を客将と言えど手に入れた。

しかも名の聞こえた波才と同じな前だとはな……なんていう偶然……ん?


波才?



「なぁ、もしかしてさ。あれか黄巾党の波才か?……済まない。同じ名前だったんでな。にしてもあの黄巾党の波才と同じ名前なんて相当珍しい……」


「いや、本人ですけど?」


「え?」


「私、本人、分かりました?」



そう言って不思議そうに自分を指さす波才。

そうかぁ、黄巾党の波才本人か。これはますます良い拾いものをしたなぁ……………って!?



「波才ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??」


「っちょ!?白蓮?もの凄い唾とんできてるんですけど!?」



あれ、私の明日はどっちだ!?




波才がハイになっている回。大丈夫です、次回で沈静します。

公孫賛軍への参入はヒロインが天和達という時点で決めていました。


白蓮の中の人→スクールデイズの世界

天和の中の人→スクールデイズの言葉

やっべぇ、おら書くのわくわくしてきたぞ。


それにしても、かなり好き嫌いが分かれる話だなぁと思います……。

どちらの方にも一応は読んでもらえるよう何度も書き直したのですが……何分3ヶ月前の内容なんてそうそう覚えていませんorz


番外編の黄巾エンドの最後の誰かのセリフはこの話から始まっちゃいます。

急に話が進みます、作者がギャグもの書いてます。なんていうか駄文過ぎて笑えてきます。

それでも「構わん、やれ」という方はどうぞ、これからもよろしくお願いします。


それでは今回の武将紹介に移ります。

今回の武将は地味で無双のモブキャラに出てるぐらいのあの人です。


■ ■ ■


「本当に出て行くのかのぉ?」


「ええ、悪いけど決めたのよ。私は劉備殿についていく」


徐州の城で陶謙は一人ため息をついた。

目の前に立つ女性は気が強そうなつり目に、清んだ赤の髪を靡かせて自分を見ている。

彼女こそは陶謙にとって懐刀だった。外交に秀でており、人を支える才があった。

手放すのはあまりにも惜しい、だが彼女は既に決意を固めているようであった。


「……ふぅ。お主には負けたよ、孫乾。だが何故そこまで劉備殿に浸透しているのだ?」


その問いに彼女はふっと笑みを浮かべると、人好きが良い笑みで笑う。気が強そうな顔が、この時ばかりは一人の幸せを見付けた女性の顔になっていた。


「私は……あの方に天下を見たの」


■ ■ ■


「ふぇ~公祐ちゃん、もう勉強したくないよぉ」


「はいはい、それじゃ次はこの項目を」


「うわ~ん!!公祐ちゃんの意地悪!!」


それから彼女は彼女に尽くした。

己の学んだ事を全て彼女のために費やす覚悟を決めたからだ。


「ど、どうしよう!?私達曹操さんの武将の車胄さんを……!?」


「……朱里?私ね、曹操に反旗を翻す時が来たと思うんだけれど」


「……それしか手はありません、ですが私達だけでは」


「北方の名家、忘れたわけじゃないでしょう?」


「孫乾さん!?まさか袁紹さんを!?」


「え?どういう事?」


「桃香、私に命じて。袁紹を動かせと」


主の危機に、北方の名族の下へと一人旅立ち、そして動かした。幾多もの知識を引き出し、利害を説いた事によって劉備の危機を救った。


■ ■ ■


「本当に……たどり着けるのであろうか?」


「たどり着けるのでしょうか?違うわね。たどり着くの」


道を劉備の母親を連れて進む関羽。曹操の軍より主の下へと帰還するべく関羽は歩みを進めた。だがその距離は長く、険しく、千里もの大旅であった。


関羽は弱気になっていた。たどり着けるのか、と。


「だが……」


「くどい!!」


突然の怒声に関羽は思わず立ち止まる。見れば孫乾は鬼のような顔で彼女を見ていた。


「天下を支える武を持ちながら何を弱気になっているの!?貴方を待ち焦がれる主君の気持ちの一片でも理解出来るのなら、ただ歩みを進めなさい!!」


■ ■ ■


「やった!!やったよ!!ついに蜀を手に入れた!!」


「こら、桃香。そんな子供みたいなまねは止めなさい」


「えへへ、でもこれも孫乾ちゃんのおかげだよ!!これからもよろしくね!!」


「……ええ、そうね。ちょっと咽が渇いたから水を飲んでくるわ」


そう言って彼女はその場を後にした。

平然と歩く孫乾、だが廊下の途中で思わず立ち止まると咳き込む。口に当てた手、それは血で濡れていた。彼女は青白い顔で微笑む。


「……もうちょっと、貴方の天下を支えたかった」


劉備が蜀を手に入れた数ヶ月後、彼女は病死した。劉備の仲間達はみな泣き崩れ、彼女の冥福を祈った。


「支えて……支えてくれるって言ったのに。孫乾ちゃんは本当に……いじわりゅぐす、ふぇぇぇぇぇぇ」


そして、劉備は声を上げて三日三晩泣き続けた。


■ ■ ■


孫乾、字は公祐


劉備が蜀建国前から付き従った功臣。文官のような働きが多いが武官である。


彼女は徐州刺史の陶謙が亡くなり、その遺言で劉備が後任者となると、彼は師の鄭玄の推挙を受けて、劉備に仕官して従事となり、縻竺・縻芳兄弟(劉備の外戚)、簡雍とともに各地を転々とした。


また、劉備が曹操の配下である車胄を殺すと袁紹へと決死の外交をし、盟約を結ぶことに成功する。さらに演技では関羽が曹操の下から千里の道を帰還する際励まし、その旅を成功させた。

汝南郡で曹操の部将の于禁と李典に敗れた劉備は、縻竺と孫乾を、荊州牧の劉表のもとに派遣した。両人は劉備を受け入れるように手続きをまとめた。その功績で従事中郎となった。


が、劉備が蜀を落として数ヶ月後に病死する。この時の彼の功績は劉備軍でも目を見張るものであり、かの孔明よりも位は上であった。


劉備が流浪時代から付き従った。外交官です。この時期の劉備は危険のど真ん中でした。呂布を討った陳珪・陳登父子などの人材が彼を見捨てる中、彼女は劉備にただ付き従い、何度も彼の命を救いました。


また、劉表が劉備を受け入れた際。彼女を劉備と同じ待遇でもてなしたことから、彼女がいたからこそ劉備を受け入れたという説があります。彼女がいなければそもそも蜀は生まれなかったかも知れません。


縁の下の力持ちがこれほど似合う武将はそうはいないでしょう。

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