番外編 とある過去~夢~㊤
禍福は糾える縄の如し。
~老子~
「行かれるのですね」
私は青空の下、主に平坦な声で淡々と言った。
「ええ、ちょっと旅がしたいのです」
主は青空の下、ちょっと恥ずかしそうに言った。
琉生と明埜は静かに主を見つめている。何も言わず、ただ主を見つめたまま時間が過ぎていく。滅び行く黄巾党の砦から私達は主と共に出撃、ただ嵐のように牙を剥く諸侯を突破したその翌日。
既に私達に最後まで従った兵達もここにはいない。
主は突破したその日の夜。彼らを集めて言った。
「これで私は終わった。貴方達は平和になる世を生きて欲しい」
だが彼らは一人たりともその場を動かず、微動だにしない。
最初に彼らに言われて去っていった兵達は正しかったのか?今ここで最後まで付き従おうとする彼らは主の意志に反した愚か者なのか?
私はそれは違うと断言する。
彼らは彼らなりの忠義を主に示しているに過ぎない。一人一人彼らの正義と悪は違う、どんなに不器用だとしてもこれが彼らなりの生き方の忠義なのだ。だからこそ主は彼らの真意に気づき複雑な笑みを浮かべたまま何も言えない。
その笑みは嘲笑うものではなく照れくさそうな、嬉しそうな、残念そうな、そんな笑みだった。
主はなおも付き従おうとする彼らにただ一言。
「上がらぬ日を望むなら、永久に日の出を待ってみては」
そう言った。
主は困った顔をして言っていたが、ようするに二度と無いことを望むのかと我らに説いたのだろう。兵達はその言葉を受け止め一人、また一人と離れて去っていく。
私は解る。
今ここで去っていった者達は誰一人として主に失望し、軽蔑している者はいない。もう二度と主が立ち上がることはなく、日は上がらないなどと諦めた者は一人もいない。
誰もがその時を切望し、挙兵の時を待つのだろう。
例え主が死に、彼らが老いて死の床にあろうとも。
彼らは死に最後の髪の先を喰われるまでその時を生きる。
主は彼らの覚悟に困った表情を浮かべて頭をかいたが決して彼らを馬鹿にせず、笑うことはなく、評する事は無かった。ただその事実を受け止め、照れくさそうにそっぽを向いた。ただそれだけ。
最後の一兵が去るまで主と私達はその場を動かなかった。
気が付けば、朝になっていた。
朝日を眩しそうに見る私達へ向けて主はは旅をすると言いう。なれば私達もと琉生と明埜と共に志願したが主は首を横に振る。
「一人、一人で旅をしたいんだよね」
一瞬私は主にあの兵達と同様に二度と会うことは無い、去れと言われたのかと愕然とした。だが主の言った意味を知るに連れて私は乾いた笑いをこぼす。
ようするに本当にただ一人で旅をしたいのだ。
明埜も同じように乾いた笑いをしている。明埜の声は決しては普通では無いのだが、何故かこの時はかわいらしく聞こえて吹き出してしまった。
まぁ次の瞬間私の頭に礫をぶつけられたが。
「うぉぉぉ」とその場に蹲り頭を抱えて唸る私に明埜は包帯をしていながらでも解るほど顔を赤くして私を罵倒する。心なしか琉生もそれを楽しそうに見ている気がする。
その様子を主は軽く失笑しながら私達へ向けて再度言う。
「一人で旅をしたいんですよ。明埜は連絡係として時たま私を見つけて欲しいのですが」
明埜はよほど私が忌々しいのか私の尻を蹴飛ばして主へと不敵な笑みを浮かべる。
いや、尻が痛いのです。ひりひりします。涙目で見上げると明埜は気づいているはずなのに無視して再度私の尻を蹴り上げてきやがりました。
ひ、酷いのです。
「ッタク。見ツケルノガドンダケ大変ダト思ッテンダヨ」
明埜は言っていることとは裏腹にとても嬉しそうだ。
……あれ?私と琉生は?
おずおずと痛む尻を抱えつつ私は手を上げる。
「あの~主?私と琉生は?」
「大丈夫です、貴方達も一人ぶらぶらしてください。有給もらったと思って黄巾の乱中にやれなかったことをしてはいかがですか?」
言っていることの大半は意味が解らないが要するに見聞を広めてこいと。そういうことですね。
決して役にたたないからどうでもいいというわけではないのですよね?
そうですよね?
やや笑みを引きつらせる私を主は笑いながら頭に手を置きぽんぽんと叩く。
「貴方らしく生きてください。私はそうしてもらえれば十分なのですよ」
私はそう言って微笑む主を見て、呆然とする。
この、この感じは。
思い出して私も笑う。
ああ、やっぱり主は変わっても主だ。
「ええ、いつか帰って来た主に尽くすために」
その応えに意表を突かれたのか主は驚き、直ぐに困ったように頭をかいた。
私の生まれは何の変哲もない村だった。
母は若い頃は漢に仕えた文武両道の文官だったが漢の悪政に嫌気がさして官職を辞め、旅をする内に私が産まれた村で生活して居たごく普通の父と互いに恋に落ち、あれよあれよという間に婚儀を上げて村で暮らすことになる。
その両親の間に生まれたのが私だった。
私は三才の時には髪は長く太陽に反射して宝石のように輝いた。私の髪はよく父と母と村人達に褒められた。
「将来はさぞや美しい美女になるな」と長老に優しく頭を撫でられ、私はくすぐったくて頭をゆらして「いや~」と頬をふくらませていたのを両親と村人達は微笑ましそうに眺めている。
そんな温かい村が私は子供の頃から大好きだった。
母は私が物心ついてきた時に一組の筆と炭と木の板を差しだした。
そもそも字すら読めない人々が多いこの漢のごく普通の村で暮らしていた私はそんな物に全く縁が無く、初めて見たまるで導師が使うまじない用具のようなそれを見て目を輝かせたのを覚えている。
「美須々、貴方は字を覚えなさい」
私は首を傾げた。
「じ~?」
「そうよ、字を覚えるの。字を覚えれば先人の残した教えが学べる。私達が教えられることは満足ではないわ。先人の教えを学び、見識を得ることで貴方の世界は広がる。貴方は世界を見るべきなのよ」
「せかい?」
「そう、世界よ」
母は嬉しそうに笑った。私が興味を持ったことが嬉しくてたまらない、そんな思いが顔に表れていた。
「人間はだれだって一人の世界に閉じこもりたがるの。その方が自分にとって嬉しいし楽しいからね。でもそれはとっても可哀想なことよ。多くの人間が生きているこの広大な大地でたった一人の世界に閉じこもり都合が良い世界を見るなんてつまらないの。でもそれは一人の世界に閉じこもっている人は気が付かない」
「なんで?」
「だってその方が傷つかないもの。自分一人の方が都合が良いし思い通りになるからね。でも、私はそれは決して幸せではないと思う。例え自分が嫌いな世界でもより多くの世界を知ることで不思議とそれを知りたくなってくるの。多くの人と出会い、話し、触れ合うことで人は多くの世界を内に秘めることが出来るの。それはとても幸せなことなのよ」
一通り話を終えた母は不思議そうに頬を膨らます私を見て「あらら」と言って微笑む。
「ちょっと美須々には難しかったかな?」
「ん~」
その問いに私は満円の笑みを浮かべる。優しげに微笑む母を私は満円の笑みを浮かべて体を弾ませて身を乗り出す。
「私は幸せになりたい!!」
母はあっけにとられたように私をしばらく見つめた後、小さく声を上げて笑って私の頭を撫でた。
「そうね、誰だって幸せになりたいもの。不幸になりたい人なんていないわ。……美須々、貴方は字を勉強したい?」
「うん!!幸せになるから!!」
「っよし!!ならがんばるぞ~!!」
「お~!!」
といった感じで始まった私の字の勉強だったのだが……。
悲しい事に私には何故か「文字」が認識できなかった。
「文字」は母が言うには形が変わらず、一つの言葉に一つの意味を持つらしいのだ。だが私は同じ文字らしくてもそれを同じと認識できないのだ。母の言う同じ文字が私には毎回兎が虎に、虎が犬にと変化したように見え、とても同じ字だとは思えなかった。
母もこれはしばらくすればどうにかなると思っていたのだが二年、三年と経っても一向に変わることはなかった。
母はしょぼくれる私にいつもと変わらない優しい笑みを浮かべ抱きしめ、「誰にだって出来ないことがある、字以外にも世界を知る方法はいくらでもあるわ」と私を慰めた。
それ以来母は寝物語で過去の偉人の話や武勇伝を子供にも解りやすく話してくれた。
このおかげで字は書けず事務系は駄目と言われる私だが過去の偉人の体験を元に進言した所、主と明埜に驚かれたことがある。
母の話は確実に私の中で生きているようだと嬉しく思う。
母がしてくれる話の中で私が好きだったのは孔子や孟子などの話よりも、武人の話が大好きだった。
母の話を聞きながら多くの武人が私の中で戦い合い、消えていき、誕生していくのをわくわくしながら聞いていたのを忘れない。
その中でも私が好きな話は項羽の話だった。
私と同じように字をいくら習っても覚えられず、「文字なぞ自分の名前が書ければ十分です。剣術のように一人を相手にするものはつまりません。私は万人を相手にする物がやりたい」と答えた項羽に他人ならぬ感情を抱いていたからだ。
項羽が死んだ話を聞いた時は何故だと思い母に尋ねた。すると母は私が項羽が好きだということを理解した上で丁寧に私へと問う。
「貴方は戦の時、降って来た兵をどうする?」
「許す、だって罪はないよ」
「そう、なら投降した兵が命令され私を殺していたとしても?」
そう言われた瞬間私は固まり動けなくなった。
そんなの、そんなの決まっている!!
「許せるわけない!!だってお母さんを殺したんだよ!!」
そう怒りに震える私を母や頭を撫でてなだめると、静かに私へと話す。
「そうね、それは人として当然のことよ。でもね、彼らだって私を殺さなければ自分が殺されていたの。彼らにもしかしたら年老いた母親がいたかもしれない、子供が、妻がいたかもしれない。帰ったら結婚するかもしれない」
母は私の肩を掴むと私を抱きしめる。
華に包まれたような気がして私は嬉しくて恥ずかして体を動かす。だが母は話すことはなくただただ抱きしめていた。私は母の顔を見る。するとそこには真剣な表情をした母の顔があった。
私はこの時初めて母がこういう表情を出来るんだと理解した。
普段の優しい母からは想像も出来ない姿だった。
「聞きなさい、生きたいから殺すの。生きたいから戦うの。その生かす物は生命であれ誇りであれ思想であれ夢であれ、人によっていろいろなのよ。その為には多くの人を使う。使われる人はそれはまた多くの人がいるわ。たんにお金が欲しい人、家族を守りたい人、純粋に戦いたい人。でもね、彼らが使われた存在に変わりはないの。だからその人達が貴方の思想に反しないのならば貴方は受け入れなさい。過去の者達の事を過去の事柄を忘れ、今を生きなさい。項羽はね、狭い自分の世界しか見られなかったの。かわいそうな人なのよ」
母は初めて私に人としての負の感情を見せた。
「私情による復讐ほど、悲しくて哀れなものは無いわ」
この時の母の言いようのない表情は決して忘れない。
悲しそうで、虚しそうで、辛そうなこの表情を生涯忘れることはないだろうと私はこの時幼い心ながらに理解した。
私はこの母の話を受け入れた。
母の思いを受け取った。
母の気持ちは痛いほど理解出来たし、例え何が起きようとも復讐だけはしないと。
そう心に誓った。
しばらくして私は過去の名将達に憧れて武を習いたいと母に言う。
父はそんな女の子が武器を持つなどと言って私を心配するが私はむしろそう言う父を心配する。この時代別に男だけが武器を持つというわけではない。むしろ今聞く者達は女の人の方が圧倒的に多い。そして何より父よりも母の方が強い。
それを父に言ったら泣きそうな顔になって母に慰められていた。
結局は私の強い希望と母の「やりたいようにやらせてあげましょう」と言う言葉により私は武を母から習うことになる。
森のちょっとした広場で私と母は木刀を持って対峙する。
「それじゃぁまずは貴方のやりたいように打ち込んできて」
「技とかは教えてはもらえないのですか?」
「う~ん、実戦で役立つ武が美須々は欲しいんでしょう?」
私はこくりと頷く。すると母はいつもの優しい笑みを浮かべ口を開いた。
ただどこかその笑みは恐ろしくて私は一歩後ずさる。
「実戦はそんな無駄なことはしないわ、結局は殺せればいいの。相手を惑わす見せかけの動作をして隙を突き殺すこと、単純に敵を突き殺すこと。どっちが楽?」
「えと……単純に敵を突き殺すこと」
「そうよ。確かに強い技を覚えるのは良いことだわ。でも母さんはその覚える間に一回でも多く単純な基礎動作を練習する方が大事だと思う。強い技で殺さなくとも単純に基本である突きで敵を殺した方が楽でしょ?百回の斬撃を繰り出して敵を殺す技よりもただ一回の斬撃で敵を殺した方が楽でしょ?」
私は確かにと考え込んだ。
戦は一人を殺してお終いではない。次々と敵がやってくる。単純な動作で敵を殺した方が楽だし、体力もそれ程使わない。敵が恐ろしい技を使おうともそれよりも速く敵を斬りつけて殺してしまえば早い話どうということはないのだ。
「いいかしら?」
「はい、解りました」
「それじゃ、好きにかかってきなさい」
私は母譲りか力が同年代の子よりも強く、ほとんど大人と変わりない力をこの時既に持っていた。私はただ剣を握りしめ母目掛けて振り下ろす。
だがどんなに剣を振ろうともそれは弾かれ、かわされ、当たることはない。
何故だろう?そう思う私はあることに気が付く。
母はある形を取りそれに基づいて動き捌いている。
それはとても合理的であり、また隙がないのだ。
私は一度距離を取る。
そして母を真似ようと思ったが自分が母のそれをしようとも実力が発揮できない、力を上手く母みたいに使えないと思い模索し、全く違う構えを取った。
母はそれを見てたいそう驚いたように私を見る。
「美須々、その構えは誰かに教えてもらったのですか?」
「構え……?」
「貴方が今している剣の持ち方とその体の形です」
「いえ、これは今お母さんを見て考えました」
そう言うとますます驚いたように「まぁ」と声を上げる。
そしてわくわくしたように私を眺めながら小さく笑う。
「面白いわね、いいわ。打ち込んできなさい」
それからまたも母へ打ち込むのだがやはり年期の違いか、以前より数倍体が動けるようになったものの当てられることはない。
だが私は母の言う「構え」をとっていてもまだ何かのへんな感じが自分の動きに残っている事に気が付く。どうも木刀が自分には馴染まない。この長さは自分の最も動きやすい構えに適しておらず、また扱う上でどうにもやりづらい。
どうやらこの木刀は自分の動きを邪魔している。
顔をしかめる私に母は打ち込ませながら疑問の声を発する。
「今度はどうしたの?」
「いえ、どうも木刀は扱いづらいのです。もっと長くて刃が短い物の方が私は良いです」
そう漏らした私はふと地面に長い木の枝が落ちているのを見つけて、打ち込むのを止めてその枝へと走り寄る。うん、ちょっと短いけどこれぐらいかな?
そうは言うもののこの時見つけた枝は私の身長ほどあった。いや、それより大きかったと思う。
私はその枝を持ち、自分の構えに合う持ち方をして新たに母と対峙する。
「行きます!」
そして母へと走りよりまた打ち込みが始まる。
結論から言うとまったく当てることは出来なかった。くやしいなぁとふてくされていると母は終わった後に何故か言い笑顔で「明日から私も貴方にちょくちょく打ち込むから」と宣言。
私はまだ今日初めてやったばっかりだし。一回も当てていないし。などと思ったが言っても仕方ないだろうということで私は渋々納得。
その翌日から私の体には青あざが絶えない事になった。
母は私の事を「このまま続ければお母さんを超えて天下を支える武となれる」と評した。
私は「へぇ~」ぐらいで受け流し母が「最近美須々はお母さんに冷たいなぁ」と地面に手で変な円を描き続ける事になり、夕飯までふてくされてその日のご飯がおかず無しになってしまった。父のしょぼんとした顔がかわいそうだった。
何故そんな淡泊な反応なのかといえば自分の力に実感がもてなかった。周りの人間が母よりも弱いことは何となく分かるし、その母に自分は結局一回も棒を当てられてない。この棒も母がしっかりとしたものを作ってくれたのだがそれでも母はすいすいと避けてばしばしと当ててくる。
これで「天下支えられる」とかいわれても「へぇ~」としか言えないだろう。常識的に考えて。
天下を支えられるについて自分は特に何にも感じていなかった。
ただ支えるということはよく解らなかったが、母はいつも通り笑って
「いずれ貴方の事を理解し、導いてくれる人が現れるはず。きっと貴方はどうしようもなくその人が好きでその人のために貴方の力を使いたいと思う日が来るはずよ。それはね、恋愛とか恋とかと違うの。ぐ~っと心の底から沸き上がる衝動って感じかな」
と教えてくれた。
今の自分には分からないがそれでもその日が来るのかなと深い感慨に私はひたった。
こんな日が続くと思っていた。
ずっとこの日常がすぐ近くに存在すると思っていた。
私は今父と母の前で佇んでいる。。
いや、違う。
父と母だったものの前で佇んでいる。
二人からは血が流れ、大地を赤く染めていた。呆然と家の中を覗いてみれば中には何もなくなっていた。食器も、イスも、机も、あの思い出の筆と炭も、母が持っていた剣も。何もかもが無くなっていた。
何故?何故?
驚きと衝撃で涙が出てこない。未だに父と母が死んだとは思えなかった。一人で鍛錬しに森へ行った間に何があった?
呆然とする私に周りで私を見ていた村人の一人が話しかけてきた。
「気を、気を強く持つんだよ」
「誰が……こんな事を?」
そう問う私に村人は一瞬黙り込み、意を決して口を開く。
「役人様が……税金が払えぬ見せしめに。お前の父ちゃんと母ちゃんは運が悪かったんだ。ここら辺一体であんな高い税金払えるやつなんてだれもいねぇ」
税金……そういえば母は役所へ行って必死に村のために税金を交渉していた。今年は不作だった。天候が荒れ、減らされるべき税金が大幅に今年は上がった。理由は解らない、でもそんな税金払えるはずが無く人が生きられない。
母と父がこうなったのかは理解出来る。幼い心ながらに理解した。
あいつらにとって邪魔だった。だから殺して見せしめにした。
母は兵隊なんかに負けるような人じゃなかった。でも私を、村人達を守るために死んだんだ。
兵隊を殺せば沢山の兵隊が来るから。
私は涙が込み上げてきて俯く。
だが、ふと私は違和感に気が付き顔を上げる。
あれ?
そう思い周りの村人を見る。村人達はびくっとその視線を逸らす。
こいつらはただ見ていたの?貴方達を守るために母さんは死んだんだよ?なんで?なんでお母さんはこんな野ざらしにされているの?
視線が鋭くなる。私は知らず知らずのうちに涙が止まり、ただ見ていることしか出来ない村人達を睨み付ける。
そんなに、そんなに我が身がかわいいの?みんなのためにお母さんは直訴しにいって目をつけられたんだよ?
私は手に持つ棍を握りしめ、歯を強く噛み締める。
ねぇお母さん?こんな人達が生きていて良いの?助け、助けられ、仲間を簡単に売り飛ばす奴が仲間でいいの?ねぇ、こいつらなんで生きてんの?こんな連中のためにお母さん死んだの?こいつら恨んで駄目なの?ねぇ答えてよお母さん。
周りの大人は美須々を見て驚き、一歩後ずさる。
何故なら彼女は笑っていたからだ。親を殺され、泣くことはあっても笑うなど誰も予期していなかった。
今や黒き髪が風に靡く様は恐ろしさを彼らに植え付け、小さな声で笑い続ける彼女に彼らは恐怖した。
美須々は血の涙を流しながら今は動かず虚ろな目をしている母親に問いかける。
復讐は駄目なの?お母さんを殺したこいつらと県令を殺したら駄目なの?復讐は駄目なの?なんで虚しいの?私がおかしいの?殺したいよ。殺したいよお母さん。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
美須々は血の涙を流しながら笑い、笑い、笑い駆け出す。
囲んでいた大人達はそんな美須々の姿に悲鳴を上げて彼女の道を空けた。
美須々は走る、走る、走る。
彼女は殺意のままに走り出した。
「な、なんじゃこのがきは!?」
怯えと驚きの声を上げた役人を睨み付けながら美須々は地に張り付けられていた。
美須々は単身で乗り込み、その棍多くの役人を叩き殺した。足を躓き体勢を崩して転んだ美須々を大の大人数人掛かりで押さえつけ、なんとか彼女を取り押さえている。
「い、言え!!お前は誰の命令でこんな事をしでかした!?」
肥満体の役人は声を荒げて動けない美須々の頭を踏みつけ歪な笑みを浮かべる。
その笑みはあまりにも醜く醜悪であり、弱者を踏みつけて悦にいたるどうしようもない愚か者に美須々は見えた。
父と母を思い出して彼女は怒りに声を上げる。
「誰のものでもない!!お父さんとお母さんを殺した!!だからお前ら全員殺す!!」
小さな小さな少女の叫び。
この世の全てを呪ったような地獄から沸き上がる怨蛇の声。
ぽかんと役人はそれ見て、次ぎに彼は殺した一組の夫婦を思い出す。
だが役人は嘲笑い足に力を込めて美須々をますます強く踏みつける。美須々の鼻は打ち付けられて鼻血が溢れ、彼女の顔をぐちゃぐちゃにする。
「ああ、あの愚か者共か。何度も民が生きていけないと言って税金を渋った馬鹿共が」
私はその言葉に激昂し唸り体を動かそうとするが大人数人掛かりで押さえつけられているために動けない。悔しくて涙を流しながら彼女は咆える。
「殺す!!お父さんお母さんを殺した奴全員殺す!!」
「ふん、ならば良いことを教えてやろう。都のお偉いさん方の命令だ。帝だ帝、税金はその為に上がったし帝に逆らうからお前の両親は死んだ。お前はまさか帝に手を上げるつもりか?」
「何であろうと殺す!!殺す!!」
役人はにたぁっと笑う。
「こやつは帝を殺害すると宣言した!!この愚か者を見せしめとして殺せ!!役人殺しの未遂に帝殺しの未遂。さらには兵隊の殺害と審議する必要すらないわ!!」
復讐はいけない?それはこういう事?どれだけ弱い民が足掻こうと復讐など企てようとしても潰されるから?虚しい?どこが虚しいのお母さん?私ますますあいつらを殺したいよ。
歯を砕けんばかりに噛み締め美須々は血の涙を流す。
復讐はいけないの?こんな奴らに生き残らせるの?助けない村人にどうしようもない国の愚か者共?全員殺したら駄目なの?復讐したら駄目なの?
悔しいよお母さん。
涙が。涙が溢れ出てくる。
兵士が振り上げた剣。今それが振り下ろされんとした。
その時。
「ぞ、賊だ!?賊が侵入したぞ!?」
その声に一瞬、私を抑えていた大人達の力が緩まる。
私は嗤った。
「おいおい、なんじゃこりゃ?」
汚れている服に男の髪から流れる汗が落ちる。
火を使ったためにこの詰め所は火の海になっている。熱風が男の体を当てるがそのために流れ出た汗ではない。
むしろ彼の体はその光景を見て芯から凍り付いた。
人、人、人……人か?
かろうじて人の形をして服を纏っているだけで人だとようやく理解する。顔だと思われる部分に目や鼻や口はなく、腫瘍の固まりのように醜く血だらけになっている。その死体が数人。
そしてその中心には女の子が血まみれで倒れ伏している。
男は賊でありここを襲撃。駆け込むもののこの光景に圧倒され動けなくなった。
だが彼は思いの他心が強いのか直ぐに正気を取り戻すと部屋を物色する。ある程度物色を終えて仲間の元へ戻ろうとするが。
「……うぅ」
剣を抜いて振り返るが誰も立ってなどいない。男が警戒して耳を澄ませるとその声が倒れ伏した少女のものだと理解する。
慎重に駆け寄るとその場にしゃがみ、口に手を当てる。
「息をしてるなぁ……顔ボコボコだけど」
呼吸を確認した男は困ったように頭をかいた。間違いなくこのままにしておけば少女は火に焼かれて死ぬ。だがこの少女を助けたところでどうしようというのだ?まさか盗賊の自分が育てるというわけにもいかないだろう。自分たちの立場を男は理解していた。
男はため息をついて立ち上がる。
この女の子は悪いがここに置いていく。
そう決心したその時。
「お母さん……お父さん……」
少女が涙を流しながら発した言葉に固まる。
男は昔は普通の農民で妻がおり、子供もいた。だがそれを役人に殺されてからは盗賊に身を堕とした。それ故にこの少女の声を心から理解していた。自分の子が彼を見送るときに寂しげに行かないで欲しいと願う響きをこの声から見いだしたからだ。
男は顔を歪めて少しの間だ唸り黙り込んでいたが、木が崩れ出す音が聞こえると一刻の時間も惜しいと手を強く握り込んだ。
「ああ、っくそ!!俺ってお人好しすぎるだろうが!!」
男は美須々を抱え上げるとその場を走って去る。
仲間達の所へ着くとどうやら自分が最後だったらしく各々の成果を馬に括り付けた部下達が自分をやっと来たかとばかりに声を上げる。
「お頭!!早くいきや……そのガキは何ですか?まだ食うにしても早すぎるでしょう?」
「あほ、むしろお頭はそういうのが好きなんだろ。たぶん」
次々と自分が抱える少女に対して自分の感想を述べる。そんな部下達をいらだちなが眺めて舌打ち。男は咆える。
「馬鹿な事いってねぇでずらかんぞ!!その尻二つに割られてぇか!?」
「お頭、尻は二つに割れてやすぜ」
「じゃぁ三つに割ってやる!!とっとと行くぞ!!」
愛馬にまたがり馬を蹴って走らせる。部下達は慌てて各々の馬に乗ると「お頭」と呼んだ人物へと追随するように走り出す。
やがて景色が変わる頃、一人の部下が男の馬へと並ぶと馬の後ろに背負わされた少女を見ながら声を掛ける。
「お頭、そいつは結局の所なんですか?」
男はしばらくそれに応えず黙っていたがやがて顔を赤らめながらぽつりと答えた。
「俺の娘だ」
そらは晴れ、ただ土煙を残して男達は遠ざかる。
全ては夢の残照。全ては残り香。
されど、物語は綴られる。
番外編で武将紹介はあれなんで今回は武将紹介はおやすみ。
どうでもいい作者のこだわりです。
第二弾~新しく作ったやつではなく震災後にのんびりと携帯で書いていた物です。なのでいろいろ文法おかしかったりするので後々直すかもしれません。
そして連続して書くシリアスに作者は崩壊寸前だ!!誰か!!誰か北郷君が「俺、最近の趣向はロリババアなんだ。だからちょっとロリババア探してくる」とか言い出して旅に出る話を書きませんか!?書かないんだったら作者が書いてやるこんちくしょう!!
……あ、嘘ですからね?そんなの無いですからね?忙しくて新しい書きだめ増やせないしお粗末な文章だわで頭がパーンしただけです。
でもどんだけがんばっても直しても所詮作者は駄文使いしあれだから変なのしか書けないんですけどね。みんな!!この小説は見てはいけない!!作者と同じレベルに堕ちるぞ!?
……あ、何だろう。目から塩水が。
パソコンを修理に再度出すのでこれ以降更新がいつになるのか全く解りません。以前みたいに三週間ぐらいはかかるかもしれません。もしくはそれ以上。
感想遅れると思いますが最終手段で友達の家からということもあり得るかもしれません。またはネカフェ。
本当に地震はいろいろと置き土産残していきやがりました。やるべき事多すぎてパソコン合っても時間が無い。パソコンが帰って来る頃には以前のようなゆとりある日々に……ならないだろうなぁorz