第十話 さくらさくら
人間の野獣性に、虚偽の病的な理想主義の衣を着せるよりも、率直に野獣であるほうが人間にとっては危険が少ないだろう。
~ロマン・ロラン~
波才率いる黄巾の軍は朱儁率いる官軍を奇策で挟撃。
炎を突き破り背後から現れた騎馬隊。
官軍の誰もがそんな彼らをみて唖然として動きを止めた。
それは将である朱儁も例外ではない。
イカレていると朱儁は彼らを評した。
だがそれは違った。
イカレている所の話では無い。
火は古より人々が恐れ、敬い、自然の恐怖の象徴でもある。
拝火教であるゾロアスターなどのように火は神の力であり、信仰する者達さえいる。
だからこそ背後より火を突き破り現れた頭の黄巾に火がついた男は人には見えなかった。
鬼神
まさに悪鬼羅刹の如く笑い、火の壁すら恐れず突き進み突き破る。
笑う、戦いのために。
笑う、勝利のために。
笑う、天和様のために。
笑う、地和様のために。
笑う、人和様のために。
その姿に彼らは目を奪われ、恐怖し、誰もが目を見開いた。
「レッツ「ぎゃぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ頭が燃えている!!!」・・・・・パァリィィィィィィィィィィィ!!」
戦場にこだまする鬼神と戦乙女の声。
鬼神と戦乙女に率いられた三千の騎兵。
今、生誕の産声を上げて官軍を貪ろうと口を開けた。
すぐさま朱儁は混乱を治めようとする。だが、既に琉生率いる黄巾の兵一万二千が混乱しきった彼らに食らいついた。
血が舞い、千切れた腕が舞い、悲鳴がそれを彩る。貪るように、弄ぶように官軍を抉る攻撃。
混乱は更に拍車をかける。
そして背後より波才と明埜の騎馬隊による突撃。
すでに官軍は軍としての形態を保ててはいなかった。
~波才 side~
な、なんとか黄巾の布を殴り捨てて事なきを得ました。
作戦は成功、後は敵将を討ち取るのみ!!
戦場を駆けていきます。
ほとんどが右往左往し、混乱しきった兵など恐るるに足らず。
向かってくる兵も、騎馬の機動力に蹂躙される。
・・・あそこか。
全ての物事には流れがあります。そして必ず芯の部分がある。
軍の中心、つまりそこには。
私を殺したどちらかの将軍がいる。
・・・見つけた。
「貴方・・・お名前は?」
見つけた将は精悍な部将。
見ただけで解る歴戦の部将の振る舞い。
さて、彼はどちらか。
彼は私を見て驚くがすぐに見定めるような目に変わる。そして困ったように頭をかいた。
「お前は・・・ああ、あの火を越えて奇襲した男か。予想外だったよ。あんな馬鹿なことするとは思ってもみなかった。まぁその馬鹿げた事だからこそ俺らは負けるんだけどな」
馬鹿とはなんですか馬鹿とは。
否定できないからそんなこと言わないでください。
既にこの戦いは殲滅戦に入っている。包囲も完了し彼らは逃げられはしない。
例え彼を討ち取ろうが、私がここで打たれようが結果は変わらない。
「お前・・・名はなんという」
そう言って男は剣を抜く。
「私の名前は波才」
剣を肩に担ぎながら男はまたも思案顔になる。
「そうかぁ・・・ってことは見事にはめられたわけか。だが、こっちの方ではどうかな?黄巾の英雄殿」
男はすがすがしい笑いを顔に浮かべ、剣を構える。
見ただけで解る。この人は強い。
軽い口調だがその構えは幾多の戦場を渡り歩いた将のそれだ。
この勝負、受ける必要はない。
ただこの男が周りの兵に討たれて死に行くのを待てばいい。
武人をあざ笑うような行為なのは認める。だがきれい事では勝てない。守れない。
ですが何故私は剣を抜いているのだろう?何故不適に笑うのだろう?何故歓喜してるのだろう?
いつから私はこんな人間になったのだろう?
・・・ああ、そうか。
過去から・・・過去との自分を消したいのかも知れません。
それに、ここでこの男に負けるようなら私はそれまでの人間。
そんな人間では天和様達を守りきれない。まったく身勝手な男ですねぇ私は。
そう自分を納得させる。
「いいねぇ・・・俺に付き合ってくれるのか。あんたいいやつだよ」
男も解っているのだろう。己の敗北が、死が。
死ぬ覚悟が既にあるようだ。だからこそ、私も彼と戦いたいと思ったのかも知れない。
「右中郎将朱儁。参る」
「黄巾党波才。殺し合いましょう」
今ここに前世へと決別すべくこの波才、死地へと赴きましょう。
私は朱儁へ目掛け走った。
~朱儁 side~
俺はこの戦いに負けた。
だが最後の最後に波才は俺に機会をくれた。
いいねぇ・・・どちらが勝つかは解らんが俺が死ぬのは決定事項だ。
ならば冥土へのみやげにやろうじゃないか!!
波才が俺へ向けて突貫する。
普通は速さは一定の上昇をし、その上で最高の瞬間速度へとなる。
だが波才はその一定の上昇を吹っ飛ばし、すぐに最高の瞬間速度へと到達。
彼が踏み出した地面は抉れている。
おいおい、こいつ人間か?
八メートルもの距離をあっという間に詰め一閃。
だが、並の将ならば見切れず、即死という死神を朱儁は受け止めた。
剣と剣のぶつかる嫌な音が鳴る。
ミシッ
「(っち!!)」
剣が軋む音が聞こえたのを聞き取った朱儁はすぐに波才の剣を横に受け流した。
力が受け流されたことにより、胴体が前のめりになり隙ができる。
「(ここだぁ!!)」
朱儁はその隙を逃すまいと波才のがら空きの背中へ剣を振り下ろした。
背中へと迫る剣。
波才はそれを流れのままにそのまま転がって避けた。
追撃へ朱儁が間を詰めようとするが、振り向きざまに振られた剣に阻まれ後退。
それを波才は見逃さず瞬時に懐へと入ろうとするがそれを剣を突き上げて振り下ろすことにより再度の間合いをあける。
そして互いの剣が相手の命を刈り取るために軌道をえがき続ける。
瞬きすら惜しいほどの剣の応酬。
だがその応酬の中で勝機を見いだしたのは朱儁。
「もらっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
朱儁は剣を振り下ろし、波才の剣を空中へはじき飛ばす。
さらに剣を反転、柄を逆手に握って波才へと切り落とした。
敵を討ち取ったと確信するも、その時の波才の行動に目を見開く。
その剣に素早く手を伸ばすと、波才はそれを両手で受け止めた。
剣の側面を両手で挟み込んだ波才。まるで曲芸のような一幕。
その波才と目が合う。
それは永遠のように感じられた一瞬。
俺は笑った。
「(この勝負)」
波才がその手に力を入れ剣を折る。
すぐさま折れた剣先をそのまま掴むと折れた根本に手を押し当て
「(俺の)」
そのまま朱儁の首へと剣先を差し込んだ。
剣を掴んだ手からは血が流れて、朱儁の首から流れる血と混じり合う。
その血は折れた剣を伝い地面に落ちた。
朱儁は満足げな表情を浮かべたまま、ゆっくりと後ろへ倒れていく。
「(・・・・・負けだ)」
そして、そのまま彼は地面へと沈み、二度と動くことはなかった。
~波才 side~
危なかった。
剣をはじかれた時は死の感覚が押し寄せた。
あの時にとっさの判断で剣を受け止めなければ死んでいたのは私だった。
ってぇ。
今になって剣を掴んだために傷ついた手の痛みが襲い、顔をしかめる。
「主!!」
美須々が私への姿を見つけて走り寄る。
手の傷から流れ出る血を見て、美須々は見ていて悲しいほど悲痛な表情を浮かべるが、すぐにいつも私に見せる冷静な将としての顔に変わる。
「主の命令通り、掃討は終了。怪我の治療の用意を手配します」
気がつけば周りには自分の部下しかいない。
官軍の鎧を着けた人間は誰一人と動いてはいなかった。・・・それに気がつかぬほど強者との戦いとは人を引き込むのか。
武人が戦いを渇望してやまない理由の一端、それを知ったような気がする。
「いや・・・今はわずかな時間もおしい。酒と清潔な布を。作戦通り動きます、兵に指示を」
「っは!!」
朱儁ってことはあちらさんは皇甫嵩ですかね。
いやですね。知将が生き残るとは。せめて朱儁がこちらに来ていたら・・・。
「・・・」
ん?あれ琉生じゃないですか。
「琉生、貴方も兵の指示を」
「・・・」
差し出してきたのは酒と包帯。
ああ、わざわざ持ってきてくれたのですか。
「ありがとうございます。どれどれ・・・」
さて、酒で消毒を・・・。
「っつう!!」
痛いです。もの凄く痛いです。
焼けるような痛みが全身に針を刺す。
でもまだここで休むわけには行きません。
歯を食いしばり痛みに耐え、包帯をぐるぐる巻きにします。
出来上がったのは無骨な包帯巻きの手。
よし、これぐらい巻けば馬のたずなぐらいは握れるでしょう。
「琉生、そろそろ作業が終わるでしょう。行きますよ」
「・・・」
歩き出すと琉生もそれに続くように進む。
剛毅木訥は仁に近し。
その言葉の見本のような人間ですね、琉生は。彼女のためにも私はここで手をこまねいている場合ではありません。
こちらに来たのは武将である朱儁ですか・・・。
皇甫嵩ならばこの戦いに勝利していたかもしれないのですが・・・。あの人は常に冷静で頭がいい。
だからこそここで倒さねばならない。
勝つために。
~皇甫嵩 side~
向かった先には黄巾党はいたが波才の旗は確認できなかった。
それに黄巾党は私達を見た瞬間襲いかかってきた。
だが統率されていない動きでは我が兵に勝てるわけがない。包み込み殲滅した。
数がは思ったよりも少なかったく、被害は少なくすんだ方だな。兵も疲れてはいるが死傷者や怪我人は多くはない。
・・・だがおかしい。
砦へ向かった朱儁からの伝令が無い。
もしくは何か起こったのか・・・。
「こ、皇甫嵩様!!」
噂をすれば。
送った伝令が返って来た。
だが慌てており、まるで予想外の物を見たような顔をしている。
「何があった?」
「は!!それが向かう途中、朱儁将軍の兵が二人こちらへ向かっていたのでここへ連れてきました。ですが、それが酷い有様でして。それに将軍に報告したいことがあると」
まさか・・・。
いや、朱儁はかなり用心深く武勇も優れている。
だがわずか二人ばかりの兵、しかもそれが酷い有様となると。
「解った。その兵をここへ」
連れてこられた兵二人は疲弊しており、顔には絶望と疲労が浮かんでいる。
私の嫌な考えは当たってしまったか。
「何があった?」
「し、朱儁将軍は戦死。生き残った兵もおそらく私達だけです」
今、なんと言った。
朱儁が戦死?
あの男は用心深く、兵は精強。
例え倍の兵であってもそこまでの大敗をするような男と軍ではない。
「くわしく・・・話してくれ」
話を聞いた私は唖然とした。
なんだその策は。いや、策とそもそも呼んで良いのか?
周りの兵達も唖然としている。誰が考えようか、自らの砦を燃やすなど。誰が考えようか、その火を突き破って敵軍が現れるなど。
そして生き残りの兵達から聞く戦場の様子から彼らはそもそも私達を生かすつもりが無い。
確実に我らを殲滅するために用意した策だ。
朱儁は敵の将に討ち取られたと聞くが朱儁を正面から打ち破る武勇、そしてこのような奇天烈な策を用いる者達。
これが本当に一介の農民から生まれたというのか。
否、断じて否。思えばあの波才の噂は私達を分散させるための罠。
そしてただ砦から出るだけではなく波才という誘惑のある旗を用いたおとりを使っている。
それによりこのような戦果が生まれたのだ。明らかに兵法に通ずる者がいる。だがそのような黄巾の軍に出会ったことは未だかつて無い。
油断していた。
負けたことがないという話を聞いていても心のどこかで油断していたのだ。
「(こちらの兵は三万・・・向こうの兵は約一万五千)」
勝てない数ではない。
だがこちらの兵の士気は最悪だ。
この手であいつらを打ち倒したい。
友の敵を討ち取りたい。
・・・だが部下達は違う。
恐怖。
自分が殺されるのではないかという恐怖。
既に我が陣営に噂は広がっている。敗北し、多くの兵が無残にも討ち取られ、将までも失ったと。
我らは勝ち続けてきた。それ故に忘れていた感情、それを改めて認識させる。
もはや戦意は無いに等しく、率いる将との間にずれが生ずる。
それに気がつかないほど皇甫嵩はおろかな人間ではない。
ここは、難を避け退くときだ。
我らは勝ちすぎた。勝ちすぎた故に油断が生じた。兵達の恐怖を忘れさせてしまった。
信じる、信仰する将の敗北。この光景を見せてはおそらく士気は下がり、戦うどころではない。
せめて一当て・・・。
落ち着くのだ。
あやつらはあの朱儁さえも討ち取ったのだ。その彼らが何の備えも無しに戦うのか?
事実、今考えれば兵を2つに分散させるために流したであろう噂と偽兵。その分散させられた我が軍までも撃破する術があるのは当然なのでは?
それに不審な動きがあるという報告を受けた。
何かの考えがあることは確実。
今ここで私までもが倒れては漢の軍は終わってしまったも同然だ。
激情に身を任せればその先に待つのは死。
それに今漢でまともに戦えるのは己のみだ。
私のみならず国までもが死ぬ。
今は・・・退くべきだ。
皇甫嵩は無念からその場から立ち上げると軍を引き上げるべくその場から去る。
数時間後。
さすがに情報によりすぐに撤退したのが功をせいしたのか背後より敵の影が見えることはない。
都に帰ればおそらく高官達からの追求により私は職を辞すことになるだろうか?
いや、まだこの乱は終わってはいない。
それまでは私の首はつながるか。
生きてさえいればこの恥は注げる。仇をとる機会も必ずや訪れる。
今の黄巾党はまだ士気も旺盛だが時が経つにつれ必ず弱る。
すでに各地で勝利する我らの仲間の報告が出始めている。それまで・・・臥薪嘗胆の心持ちで今は耐えるべき
ジャーンジャーン!!
!?
この銅鑼の音、まさか!?
~波才 side~
明埜からの情報により皇甫嵩撤退の報を聞きました。
予定通りですね、朱儁ならばこちらに来る可能性もありましたが、皇甫嵩は冷静ですからねぇ。
良くも悪くもね。
ですから朱儁が討ち取られた今、おそらく深読みしてこちらに兵を進軍させはしないでしょう。
知恵が在る者特有の考え過ぎってやつです。
疑心暗鬼で何もかもが疑わしくなる。
それに実は投降した兵は我が軍の兵。
嘘の報告をさせることでなおさら警戒させる。
それに不審な動きがあると言えばそりゃ、いったん退いて立て直そうとします。
でも撤退は正しい判断なのですよ。
ただでさえ減り、士気が下がっている軍。
明埜による内部工作のおかげでさらに士気も下げました。
おそらくそれも解るはず。
ならば一刻も早くここから離れたいはずです。
そう、一刻も早くね。
つまり一番早く撤退できる道で帰るということです。
ちゃ~んとそこには雑兵ですが黄巾兵を伏兵として詰めていますよ。
さすがにそこまでは気が回らないでしょう。
撤退&士気はどん底。
そこに二万の黄巾軍を当てたらどうなるでしょうね。
まぁ少なくとも無事ではいないよね?
先の偽報で流して配置したのは兵一万。
まぁ見事全滅してしまったそうですがもとより罪も無い民に手を出すような獣に堕ちたモノ。
この大乱で生き残ってしまってもあれですからね。
人間になら情はわきますけどいまさら獣が何匹喰われたかなんて気にしてなんていられませんて。
残った二万の黄巾兵には派遣した明埜からの指示により皇甫嵩目掛けて突撃かけるようにしています。
あの子はやり方がえぐいですからねぇ。
きっとえぐり取るようにねちねちと追い詰めるでしょう。
いくら雑兵で、普通に戦ったら負けてしまう者達でも敗走している軍への奇襲ならおそらくは皇甫嵩の首も夢ではないです。
彼は人を率いる才はあっても、武を奮う才はそこまででも無いと聞きますからね。
それに残った獣共残り二万も敗走しているとはいえ皇甫嵩の軍。
それも数も官軍が勝ってますからねぇ~かなり間引けるんじゃないでしょうか。
一石二鳥ですね、おいしいおいしい。
「旦那」
その声は明埜ですか。作戦はどうなったので…。
そう思い明埜の声が聞こえた所へ顔を向けた。
体が凍り、世界が色あせた。
歯を噛み締めた明埜を姿があった。
服は急いでここまで来たのだろう、汚れており、所々ほつれている。
目を見開く。
これはあきらかに何か想定外のことが起こったと見ていいだろう。
「何があったのだ」
隣に控える美須々がこの場の誰もが思ったことを追求する。
「・・・作戦ハ失敗シタ」
最後までうまく行く美談は役者が踊る舞台だけだ。
戦場に美など無く、あるのは血と鉄のみである。
だからこそこの世でもっとも素晴らしい舞台は戦場なのだ。
え?別に誰が言った言葉でもなく作者の妄言です。
作者が書く主人公は決して強くはなく、幸運でもありません。
だからこそ自分で何を書いてるのか全く解らない。
大丈夫か私。
そして花粉症がやばい。