第44章:愛罠
浮気を疑う彼女に冷徹な尋問を受ける。オープンキャンパスという嘘を看破され、ホテルの駐車場での目撃やGPS、レシートなどの証拠を次々と突きつけられる主人公。隠し通そうとするも、「玲奈」や「なるか」の名前があがり、逃げ場を失った末に事実を追い詰められていくサスペンス調の修羅場を描いた一幕。
室温が不自然に低く感じられた。十月の乾いた空気がカーテンの隙間から滑り込んでくるような、そんな静けさの中で、私の部屋のドアが二回、乾いた音を立てて叩かれた。
「どした?」
開けた扉のむこうに立っていた彼女は、まるで別の季節からやってきたみたいに冷え切った目をしていた。
「ちょっと話があるんだけど、そこに座ってくらない?」
重々しい空気という言葉がそのまま形になったようなその背中に従うように、私はリビングのソファに腰を下ろした。革の表面が妙に冷たくて、尻のあたりからじわじわと体温が奪われていく。
「今日はどこに行ってたの?」
探るような、それでいてすでに答えの引き出しを開け始めているような声だった。彼女は何かを知っている。でも、まだ決定的な証拠までは掴みきれていない――そんな揺らぎがわずかにあった。
「今日はオープンキャンパスだったよ?」
我ながら、あまりにも平板で、嘘くさい声だった。彼女の表情は何一つ変わらなかった。驚きもしなければ、呆れもしない。ただ、深海の水圧のようにじっと私を押しつぶしていく。
「ホテルでオープンキャンパスしてるの?」
その一言で、部屋の空気が完全に凍りついた。彼女はすべてを知っていた。私の言い訳の余地なんて、はじめから用意されていなかったのだ。
「いや、オープンキャンパスは行ってない」 「誰といたの?」 「それは言えない」
プライドなのか、最後の抵抗なのか、私はただその言葉を飲み込むように視線を落とした。彼女は無言のまま、ポケットから小さく折りたたまれた紙きれを一枚取り出して、テーブルの上にスライドさせた。
「あなたのカバンから、シルバーアクセサリーを購入したレシートが出てきたんだけど、これは誰に買ったの?」
冷徹なまでの事務的なトーンだった。
「玲奈さんにだよ。音楽仲間で世話になってるからさ。」
ごまかそうとする私の声が、自分で聞いていてもひどく薄っぺらく響いた。彼女の表情は一切変わらない。鉄板のように硬質だった。
「じゃぁ、今玲奈さんに確認していい?」 「それはダメだ。」 「なんで?」 「……」
私は何も返すことができなかった。喉の奥がカラカラに乾いて、唾液すらうまく飲み込めない。
彼女は容赦なく、もう一枚のカードを切った。
「あとさ、パスケースからこれが出てきたんだけど」
それは、なるかのバイト先で給油した際、レシートの裏に書き殴られた愛のメッセージだった。丸文字の、少し子供っぽい、でもあの日の熱気を生々しく思い出させるインクの跡。 もう、私に逃げ場はどこにも残っていなかった。
「なるかさんて、あのウクレレ教えてあげてた学生だよね?今日もその子といたの?」 「……」 「私、あなたのカバンにGPSを仕込んでたの。本当はこんな事したくなかったけど、最近の行動があまりにも不自然だったから。」
淡々とした告白に、私はただ小さく息を吐いた。
「そっか。」 「あなたの車がホテルの駐車場にあることも実際に確認した。なるかさんといたので間違いないのね?」
否定するエネルギーすら、私の体内にはもう一滴も残っていなかった。




