狂酔桜花
桜は真白く光っていた。
夜になるとこれが光を帯びることを、僕は初めて知った。
「ねぇ、ほら御覧なさいな。とても綺麗でしょう?とても美しいでしょう?」
自分が育てたとでも云いたげな顔して笑った悪趣味な女、木田柚香はそう云う。
「いいや。思わないね」
僕が云い放つと、木田は心底不思議そうな顔して首を傾いだ。
「何故?こんなに真白く、夜すら負かす子、他に居ないじゃあないの」
「それだよ。それが不快だ。藤の方がよっぽど良い」
「それまた何故?」
口端をにぃと引いて木田は僕に問いかける。それが嫌に気に触って、僕は口を噤んだまま桜を睨みつけた。木田にはああ云ったが、僕は別に真白く光っている事自体に拒否感はない。寧ろ、初めて知れたことへの感嘆が勝っている。
でも桜の無臭さは何なのだ。見た目だけで、香りなどまるでしない。見た目に頼り切った丁稚だ。それに比べて藤の香り高いこと。あの香りと見た目の美しさの複合こそ真の美しさだ。だと云うのに木田は桜を見て、綺麗だの美しだのと抜かしている。全く、藤の美しさを理解していない、しようともしない連中には呆ればかりを抱く。
「枝くん。枝くん。枝葉介くん。わたしの声が届いていないの?そんなに桜に見惚れてくれたのかしら」
「そんな訳が無いだろう。それに、君の話は大抵桜への賛美ばかりじゃあないか。もういい加減、僕は聞き飽きた」
「端から真面目に聞いてくれたことなんて無いのに聞き飽きただなんて、面白いことを云うのね」
カラカラと木田は鈴音を転がして笑う。それがまた不快で、僕は木田と桜に背を向ける。
「あら、帰ってしまうの?」
「違う。藤を見て記憶の上書きをするだけだ」
「そう」
そこで僕は思わず振り返る。木田の声が余りにも、余りにも弱々しかったから。
「……わたしのことを嫌うのは構わないわ。それは枝くんの自由だし、当然のことだもの。でも、でもね」
そこまで紡いだ木田は口を半端に開いたまま一度静止する。暫く沈黙を置いて、いつもより幾分も優しい笑みで続けた。
「この子は、桜のことはどうか嫌わないであげて頂戴な。わたしのせいでわたしの好むものが嫌われてしまったら堪らないもの」
我儘で御免なさいね、と微笑む木田に僕は今度こそ背を向ける。そんなこと、知ったことじゃあない。
伸びた蔦が至る所へ絡みついている。この手で千切ってしまえそうで、でもけして弱くはない蔦だ。己が存在を主張するよう気高い香りを漂わせている。蔦に指を滑らせ、僕はそれへと近づく。
「藤。藤文花。今日も美しいね。綺麗だね。桜になんか負けないね。君は今日も美しいね」
そう。藤は桜に、大重桜になんて負けない美しさを持っている。
皮膚を破るように伸び出ている蔦に絡まれた藤の、紫がかった黒髪を退けて顔を覗き見る。
気高い香りと、その美しき姿。この世の何者にも勝る、僕の存在をも肯定するそれに、僕はそっと口付けをした。
こんにちは。もしくはこんばんは。あゆーです。
【狂酔桜花】いかがだったでしょうか。読みは【きょうすいおうか】です。
この話を書いている時、体力の消耗が激しすぎて若干体調悪くなりました。もう暫くは叙述トリック系はやりたくない。
一応言っておきますが、私は桜の花も藤の花も好きです。
ではまた、次回の作品で会いましょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




