06-炎の森
しばらく走ると、焦げた匂いが鼻を刺した。
……燃えている?
胸がざわつく。
森が燃え広がれば、取り返しがつかない。
私はさらに速度を上げた。
枝を蹴り、倒木を飛び越える。
こういう時、猫の身軽さはありがたい。
やがて視界が赤く染まった。
炎。
木々が燃え上がり、黒煙が空へ昇っている。
私は茂みの奥に身を潜め、様子を窺った。
炎の中心にいたのは――人間と、魔物。
若い男女が二人。
その前に立つ、武装した男たちが五人ほど。
構え、庇い、血を流している者もいる。
ぱっと見ただけでも分かる。
身なりの良い少年少女と、それを守る騎士たちだ。
三人はすでに負傷している。
対する魔物は、巨大な黒い蜥蜴。
身体から禍々しい黒い靄を吐き出し、
口元から炎を漏らしている。
あれが、火災の原因。
「クソッ!この森に火系統の魔物が出るなんて聞いてないぞ!」
「隊長!ダメです、炎で帰路を塞がれています!」
「異常発生か……まずいな。あの火では近づけん」
……言葉が分かる。
この世界で初めて見る人間。
そして、理解できる会話。
けれど今は、それに驚いている場合ではない。
炎に囲まれ、逃げ場がない。
攻めるにも退くにも火が邪魔をしている。
焦りと恐怖が、彼らの動きを鈍らせている。
――このままでは、焼かれる。
気づけば、私は魔法を組み立てていた。
風で雲を引き寄せる。
水で雲の重さを増す。
空気が震える。
次の瞬間。
雨が、降った。
強く、激しく、叩きつけるように。
炎は蒸気を上げ、勢いを失い、
やがて小さくなっていく。
戦場に困惑が走る。
「……雨?」
「先程まで晴れていたはずだが……」
「好機だ!一気に叩き込め!」
騎士たちが一斉に魔物へ向かう。
少女が杖を掲げ、詠唱する。
少年がその前に立ち、剣を構える。
連携は見事だった。
騎士が吹き飛ばされそうになれば、
少女の風が衝撃を和らげる。
少女が狙われれば、
少年が身を挺して受け止め、反撃する。
少しずつ、確実に魔物を追い詰めていく。
このままいけば勝てる。
そう思った、その時。
雨が止んだ。
空が晴れ、最後の抵抗とばかりに
魔物が炎を吐き出す。
危ない――!
叫びそうになる。
だが。
「――今だッ!」
隊長と呼ばれた男が、炎の中へ踏み込んだ。
身を焼かれながら、剣を突き立てる。
黒い蜥蜴は断末魔もなく崩れ、
靄と共に消え失せた。
勝利。
だが同時に、隊長が崩れ落ちる。
火を真正面から受けた身体は、酷い火傷に覆われていた。
息が浅い。今にも止まりそうだ。
騎士たちが駆け寄る。
少年少女も膝をつく。
「隊長……!」
「しっかりしてください!」
……どうする。
さっきの雨は、うまくいった。
でも次も成功する保証はない。
関わらなければ、安全だ。
森に戻ればいい。
私はただの猫なのだから。
――でも。
この状況で背を向けるのは、
あの頃ーー見捨てられていった社員達に何も出来なかったあの時ーーと同じだ。
胸が痛む理由が、分かった気がした。
私は、茂みから一歩踏み出した。




