閑話-恩猫様の魔法と見習い騎士
騎士団に入団して、まだ二ヶ月。
訓練に励みながらも、いつか憧れの第1騎士団長のように、強く逞しい騎士になりたいと思っていた。
そんなある日。
休憩のタイミングで、その第1騎士団長が訓練場に見学に来ていることに気がついた。
そして、団長の腕に抱えられている物体に目が止まる。
……ああ、あれが噂の「恩猫様」ってやつか。
団長の腕に抱えられているその姿は、どう見てもただの猫だ。
そんな大層な呼び名が付くような存在には、とても見えない。
むしろ、団長に抱えられているなんて、いいご身分だな――と、内心で悪態までついてしまった。
やがて休憩が終わり、二人一組の模擬刀の打ち合い訓練が始まる。
だが、憧れの団長が気になり、どうにも集中できない。
それが仇となった。
相手の剣をうまく受けきれず、手から模擬刀がすっぽ抜けた。
それも――あろうことか。
使用人のメイドが歩いている方向へ飛んでいく。
「危ない!!」
叫んだものの、メイドは恐怖で固まり、動けない。
助けに行くにも間に合わない。
――ダメだ。
そう思った次の瞬間だった。
何かが横切った。
正体は――あの猫だった。
恩猫様は、メイドに当たりそうだった模擬刀を魔法で止めた。
それだけではない。
弾いた模擬刀を、そのまま口で咥えーー平然と戻っていった。
何が起こったのか、理解が追いつかない。
だが一つだけ分かる。
あれは、人間でもほとんど出来ない魔法の練度と瞬発力だ。
しかも、使っていた魔法は最低限。
つまり――あの一瞬で、助ける方法を計算していたということになる。
……とんでもねぇ猫だ。
いや。
恩猫様、だ。
考えを改めずにはいられなかった。
その後、周りに集まった野次馬と一緒に、恩猫様を囲む流れになった。
どうやら魔法を見せてもらうらしい。
便乗して、俺もそこに混ざった。
もし教えてもらえるなら、教えてほしいと思ったからだ。
だが――
「あの猫様おかしいだろ……。なんであんだけ魔法使っといて倒れねぇんだ……」
「魔法の使い方もコントロールも、人間でもめちゃくちゃ難しいぞ……。まじで何者なんだよ。神の御使いか?」
真似なんて、とても出来るものじゃなかった。
あれほど精密な魔法の発動と制御。
到底、俺たちに出来るような代物ではない。
だが――
「でもよ」
一人の騎士が言った。
「あの猫様の魔法、無駄がなくて綺麗なんだよな」
「しかも魔力少ない俺らでも、コントロールさえ出来れば使える可能性あるよな」
「……使えるようになりたいよなぁ」
確かに。
要領はオーバーしているが、単純な魔法なら努力次第で出来そうではある。
実際、魔法適性の高い騎士たちは、すでにコントロール練習を始めていた。
だが、俺の場合は――
「あー……」
思わずぼやく。
「ただでさえ魔法適性低い俺が、どうすりゃいいんだよ……」
火と風の適性が少しあるだけ。
俺は、やっぱり剣だけ頑張るしかないのかもしれない。
そう思っていると――
足元に黒い影が落ちた。
見ると、恩猫様がいた。
慌てて離れようとすると、前足でちょいちょいと手招きされる。
不思議に思いながら屈み、近づく。
すると恩猫様の隣に、小さな火が灯った。
まるでロウソクの火のような、小さな火魔法。
驚いて顔を引くと、その火がゆっくりと燃え上がった。
「!? なんだそれ! どうやってんだ!?」
思わず前のめりになる。
恩猫様はちらりとこちらを見て、もう一度同じ魔法を見せてくれた。
どうやら、火魔法にほんの少し風魔法を加えているらしい。
だが俺がやると、火はすぐ消えてしまう。
「恩猫様、消えちまうんだが……」
助けを求めるように見ると、恩猫様はもう一度、ゆっくり魔法を見せてくれた。
……なるほど。
普通に火魔法を出してから、小さく風魔法を発動させる。
それを火元に送り込んでいるのか。
同時じゃない。
順番に発動して、風だけをコントロールしている。
それなら――
慎重に、ゆっくり魔法を発動してみる。
そして。
「……できた」
火が、消えない。
少し威力の上がった火がゆらゆらと燃え続けている。
魔法の威力が弱いからと、俺は魔法を諦めていた。
だが――
「これなら」
思わず呟く。
「俺も……魔法を使って戦える」
胸が熱くなる。
「ありがとう……ありがとう、恩猫様」
気付けば視界が滲んでいた。
歪む視界の中、恩猫様は――
「よかったね」
そう言うように、笑っている気がした。
その後。剣を飛ばしちまった罰として随分扱かれた。
かなり、しんどかったが、気持ちは晴れ晴れとしていた。
恩猫様は、訓練場に度々顔を出すようになった。
そして、俺たちのように魔法の使い方に悩む連中に、色々な魔法の使い方を教えてくれるようになった。
もう――
「いいご身分だな」なんて、言えない。
頭が上がらない。
そう心の中でぼやきながら、今日も訓練場にやってきた恩猫様を迎えた。




