閑話-メイドを救った恩猫
恩猫様に初めてお会いした時、領主様に抱えられているお姿があまりにも可愛らしく、胸がときめいたことを覚えています。
その時は、領主様方がいる場だからと、なんとか踏みとどまることができました。
ですが翌日。
お独りでアンネリーゼ様たちを待っている恩猫様の姿を見て――
思わず、
「撫でさせてください!」
などとはしたないお願いをしてしまいました。
驚かれている様子でしたが、それでも頷いて触れることを許してくださった時は、どれほど歓喜したことでしょう。
恐る恐る触れると、柔らかくふわりとした感触。
それでいて、さらりと整った毛並み。
ずっと撫でていたくなる、上質な触り心地でした。
優しく撫でていると、気持ち良さそうに身を委ねてくださる恩猫様。
その可愛い姿に、完全に心を撃ち抜かれてしまいました。
無心で、心ゆくまで撫で回していると――
ふと後ろに気配を感じました。
振り返ると、そこには列ができていました。
周りも囲まれています。
……どうやら皆、恩猫様に触れてみたかったらしいのです。
私が場所を譲ると、次々に皆が恩猫様に触れ始めました。
そして終いには、恩猫様が揉みくちゃにされているところを、アンネリーゼ様たちに回収されていきました。
もちろん、後でしっかり叱られました。
その後。
私が事の発端ということもあり、通常業務に加えて、訓練場にある騎士団の事務所へ書類を届ける役目を任されました。
そこそこの量の書類を抱え、訓練場の横を通りかかった時のことです。
ふと視界の先に、恩猫様の姿が見えました。
少し離れているので見えにくいですが、アンネリーゼ様と第1騎士団長様もいらっしゃいます。
間違いないでしょう。
アンネリーゼ様に擦り寄る恩猫様。
……羨ましい。
私も、あんな風にすりすりしてもらえないでしょうか。
そんなことをぼんやり考えていました。
その時です。
キィン――!
鋭い金属音が響きました。
「危ない!!」
叫び声が聞こえ、思わず顔を上げます。
すると。
模擬刀が回転しながら、こちらへ飛んできていました。
書類を抱えている以上、身構えることもできません。
そして恐怖で足がすくみ、逃げることもできませんでした。
思わず、ぎゅっと目を瞑ります。
降りかかる衝撃に耐えるしかありませんでした。
――ですが。
その衝撃は、来ませんでした。
キンッ――!
何かが弾かれる音。
恐る恐る目を開けると、目の前に薄い膜のようなものが張られていました。
模擬刀は、それに弾き返されていたのです。
その時、横から黒い影が視界に入りました。
弾き返された模擬刀の柄を、口で咥えています。
目を凝らして、その正体を確認します。
――恩猫様でした。
一瞬、恩猫様と目が合います。
先ほどまで鋭かった目が、ふっと柔らかくなりました。
それはまるで、無事を確認して安心したかのようでした。
恩猫様は模擬刀を咥えたまま、アンネリーゼ様たちの元へ駆けていきます。
「あれが……恩猫様のお力……」
誰にも聞かれないような小さな声で、ぽつりと呟きました。
「恩猫様」と呼ばれる理由。
その力の一端を、私は見てしまったのです。
それはあまりにも――
神々しいお姿でした。
我に返り、私は慌てて恩猫様の元へお礼を言いに向かいました。
先ほどの神々しさを感じながらも、やはり目の前にいるのは可愛らしい猫の姿。
神々しい存在なのか。
それとも、ただ可愛い猫なのか。
そのどちらもが本当の姿のようで――
私は、思わずそんなことを考えてしまうのでした。




