17-恩猫様、駆ける
張り詰めた空気の中。
「ブラムさん、魔物に知能はありません。それに、あんな神秘的な癒しの力を使えるはずもありません……」
アンネリーゼが震える声で言う。
「それに……私達は助けて頂いたんですよ……?」
その表情は、今にも泣き出しそうだった。
私が不甲斐ないせいで、そんな顔をさせてしまっている。
申し訳なくなり、私は騎士団長の腕からそっと飛び降りた。
そしてアンネリーゼの足元にすり寄る。
「ごめんね」と言葉にできない代わりに、必死に身体を寄せて慰める。
きっと騎士団長がずっと私を抱えていたのも、私がアンネリーゼに危害を加えないよう警戒していたからだろう。
アンネリーゼも、それを理解している。
そして最後にこの訓練場へ私を連れてきたのも――
きっと、試すためだ。
どうすれば、彼らに信頼してもらえるのだろう。
何かをやりすぎれば、逆に疑われるかもしれない。
そもそも私は、そんな大したことをしていないのに。
どうしたらいいんだろう。
そんな思考に飲み込まれかけた、その時だった。
キィン――!
鋭い金属音が、訓練場に響いた。
「危ない!!」
大きな叫び声。
反射的にそちらを見る。
打ち合いをしていた騎士の手から、模擬刀が弾き飛ばされていた。
回転しながら、一直線に飛んでいく。
その先には――
一人の女性。
先ほど、私に「撫でさせてください」と頭を下げてきた、あの使用人の女性だった。
彼女は恐怖で身体を固め、動けずにいる。
誰もが、最悪の事態を想像した。
……まだ、助けられる。
さっきまでの迷いは、一瞬で消えていた。
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
さっきまで嬉しそうに私を撫でてくれていた彼女を、助けることが先だ。
そう思った瞬間、思考がすっと澄んだ。
私は、今できることを使う。
彼女を助けるために。
まず――守る。
空気が震え、淡い光が広がる。
女性の前に、薄い光の壁が現れた。
だが、まだ足りない。
速く。
風を纏う。
身体が、ふっと軽くなる。
……地面より、空の方が速い。
私は跳んだ。
水魔法で空気中に氷の足場を生み出す。
風魔法でそれを固定。
空に作られた道を、駆け上がる。
女性へ向かって飛んでいた模擬刀は、光の壁にぶつかり弾かれた。
宙へと跳ね上がる刃。
その瞬間、私は空を蹴った。
回転する模擬刀へと飛び込み――
それを咥える。
勢いを殺すように、土魔法を発動。
地面から蔦状の植物が伸び、私の身体と模擬刀を優しく受け止めた。
ゆっくりと、地面へ降りる。
……良かった。
間に合った。
胸の奥から安堵が溢れる。
私は模擬刀を咥えたまま、団長たちの方へ駆け寄った。
そして顔を上げる。
そこにいた全員が――
言葉を失っていた。
騎士団長も。
アンネリーゼも。
ブラムも。
訓練していた騎士たちまでもが。
ただ、驚愕した目で私を見つめている。
静まり返った訓練場で、ぽつりと声が落ちた。
「……おいおい。」
ブラムだった。
深紅の目を細め、呟く。
「今の……全部。」
ゆっくりと私を見る。
「この猫がやったのか?」




