16-疑念と一振りの剣
汗の匂い。
砂が舞い、鋭い金属音が訓練場に響き渡る。
屋敷の裏に、こんな広大な訓練施設があったなんて。
歯を潰した模擬刀で打ち合う者。
奥では体術の手合わせをしている者達の姿もある。
さらにその周囲では、基礎体力を鍛えるためのトレーニングをしている騎士達がいた。
表の厳かで美しい屋敷とは裏腹に、ここには騎士達の野性味あふれる迫力ある光景が広がっていた。
皆、それぞれに己を鍛えているのだろう。
模擬刀の打ち合いを観戦している騎士達も、ただ見ているわけではない。
戦術を考えたり、戦闘中の問題点を指摘したりしているようだった。
「こちらが訓練場になります。今日は第5部隊が主に訓練をしていますね。第1部隊のメンバーも、指南役として来ているはずですが……」
騎士団長が説明してくれる。
その時だった。
「おっ!団長!お疲れ様だなぁ!」
聞き覚えのある、少ししゃがれた元気な声。
「手に抱えてんのは……恩猫様じゃねぇか!この間はありがとうよ!」
大きく温かい手が、私の頭を豪快にわしゃわしゃと撫でる。
目が回りそうになりかけた瞬間、その手を騎士団長が軽く払った。
「やめるんだ。恩猫様が目を回されているだろう。」
「おっと、いかんいかん。すまんな恩猫様。」
「ブラム……お前は力が強すぎる。もう少し手加減を覚えろ。」
「いやぁ、すまんすまん。」
豪快に笑う男――ブラム。
深紅の瞳が、優しげに細められている。
対して騎士団長は、深いブラウンの瞳でこちらを心配そうに見つめていた。
……二人とも、きっと良い人なんだろうな。
ふわふわと揺れる頭で、そんなことをぼんやり考える。
「ブラムさん!基礎トレと組手、終わりました!」
若い騎士が駆け寄り、ブラムに声をかけた。
「お、それじゃ一旦休憩にするか。」
「分かりました!」
元気よく返事をした青年は、そこでようやくこちらに気付く。
「……っと、第1騎士団長殿にアンネリーゼ様!いらっしゃってたんですね!」
そして、不思議そうな顔で私を見る。
「……あの、団長殿のお手元に抱えられているその方は?」
それも当然だろう。
騎士の訓練場に、猫が一匹。
どう考えても場違いだ。
「こちらの方は恩猫様だ。『縫目の森』奥地で危険な状態にあった私を助けてくださった。」
「へぇ!?」
青年の目が大きく見開かれる。
「この辺境伯騎士団で随一の実力を持つ第1騎士団長が、助けてもらったんですか!?」
やっぱり、すごい人だったらしい。
そんな人に抱えられていることが、なんだか申し訳なく思えてくる。
「そうだぜぇ?」
ブラムが豪快に笑いながら言う。
「団長だって不覚を取ることはあるんだ。だからお前さんも身を引き締めて、もっともっと訓練しなきゃな!」
そして大きく手を叩く。
「ほら、十五分後には打ち合いだぞ!休憩行ってこい!」
「えぇー!」
青年は不満そうな声を上げながらも、素直に戻っていった。
その様子を見て、ブラムは楽しそうに笑う。
和やかな空気に、私の心も少し落ち着いていった。
「いやぁ、最近の若いのは元気が良くていいねぇ。」
ブラムはそう言ってから、団長を見た。
「んで、隊長様。今は恩猫様の屋敷案内ってところだろ?」
少しだけ声の調子が変わる。
「もし時間があるならよぉ……恩猫様のお力。もう一度、確認させてもらえねぇか?」
「……ブラム。」
騎士団長の声が低くなる。
「恩猫様に対して無礼だ。」
「実力を疑ってるわけじゃねぇんだがな。」
ブラムは真剣な目で続ける。
「本当にその猫が“魔物”じゃねぇって確証は、まだ無いだろ?」
訓練場の空気が、少しだけ張り詰めた。




