13-歓迎
「父上……」
テオドールが、呆然とした声で呟く。
その視線の先。
階段の上に立つ男。
……この人が、領主。
そう理解した瞬間、空気が変わった。
覇気を纏っている、という言葉が似合う。
ただ立っているだけなのに、気圧される。
「何処に、行っていたんだ?」
低く、鋭い声。
叱責ではない。
だが、逃げ場のない重みがあった。
「……『縫目の森』の奥地に、行っておりました」
テオドールの声が、わずかに震える。
領主はゆっくりと階段を降りてくる。
足音がやけに大きく響いた。
「何事もなく無事に帰還した……という訳でも無さそうだな」
視線が騎士たちを一瞥する。
綺麗になったとはいえ、破損した鎧や装備。
それだけで、すべてを察したようだった。
「己の未熟さ、浅慮な行動だったことは理解しているな?
己の立場と責任の重さも、学んだか」
今度は、静かに諭す声。
「……はい。此度の件、私の独断により、危うく臣下を失うところでした。申し訳ございません」
深く頭を下げるテオドール。
「私も、兄様を止められませんでした。同罪です」
アンネリーゼも頭を下げる。
「理解しているならいい。今後は無いように」
冷たい言葉。
けれど、その奥に僅かな心配が滲んでいた。
赦されたのだと分かり、二人が小さく息を吐く。
……なぜか、私も一緒に安堵していた。
そして。
「時にテオ。お前が連れ帰ってきた、その小さきものはなんだ?」
視線が、私に向く。
びくり、と体が強張る。
「父上。この方は恩猫様でございます」
恩猫様。
またその呼び方。
「森で火の魔物――サラマンダーに襲われた際、我々を助けてくださいました」
「サラマンダーだと?」
空気が張り詰める。
「やつはこの森に出現する魔物ではない。森はどうなった」
「燃え広がる前に鎮火できました。傷も、この方が……すべて治療を」
「鎮火? 治療?
水魔法と光属性か? だが、それだけで完全治癒は不可能のはずだ」
「それを、その身一つで成されたのです。見たことのない魔法で、雨を降らせ、我々を癒してくださいました」
アンネリーゼが強く言い切る。
領主の深い緑の目が、ゆっくりと私を捉えた。
「……この、猫が?」
一歩。
また一歩。
近づいてくる。
大きい。
壁みたいだ。
目の前で立ち止まる。
手が、伸びてくる。
思わず身をすくませた。
その動きに気づいたのか、手がふっと緩む。
そして――
ぽん、と。
頭を優しく撫でられた。
驚くほど、丁寧な手つきだった。
そのまま、ふわりと体が持ち上がる。
「……見た目は猫。だが、猫ではないな」
間近で、観察される。
「獣にこの理性はない。……不思議な力も感じる」
冷静な分析。
けれど、その瞳は冷たくない。
むしろ、温かい。
「嫌な気配はない。邪な意志も感じん」
そして、子供たちへ視線を向ける。
「この者だけを信用するには足りん。だが――」
「テオ、リーゼ。私はお前達を信用している」
その一言が、重い。
覚悟のある言葉だった。
「ゆえに、この小さきものを客人として迎えよう」
私を腕に抱いたまま、使用人たちへ告げる。
「失礼のなきよう、もてなせ」
……受け入れられた。
拒絶されるかもしれないと、覚悟していた。
それなのに。
家族の信頼が、私をここへ繋いだ。
……眩しい。
胸の奥が、少し痛い。
周囲を見る。
テオドールは安堵し、
アンネリーゼは嬉しそうに笑い、
騎士たちも穏やかな顔をしている。
「歓迎しよう、小さきものよ」
低く、優しい声。
私は目を細めた。
――こうして。
私の、猫としての第二の生活が、始まった。




