09-青と夕のあいだ
まだ怪我を負った騎士たちがいることを思い出す。
私は改めて彼らの方へ向き直った。
先ほどと同じように、一人ずつ。
重傷の者から順に、そっと足を乗せて治癒を施していく。
今度は迷わない。
先ほどの感覚を辿るように、静かに力を流す。
傷は閉じ、痛みは引き、血の匂いも消えていく。
全員の治癒を終え、問題がないことを確認する。
……よかった。
胸の奥の張り詰めていたものが、ようやく緩む。
役目は終わった。
そう思い、踵を返そうとした、その時。
ふわり、と身体が浮いた。
次の瞬間、柔らかな温もりに包まれる。
見上げると、少女の顔があった。
「助けて下さり、ありがとうございました。」
震える声。
潤んだ瞳が、真っ直ぐ私を見つめている。
「あなたのおかげで、大事な臣下を失わずに済んだ。……本当に、ありがとう。」
少年が続ける。
私は確証があって動いたわけじゃない。
ただ、見捨てたくなかっただけだ。
結果として助けられただけで、
過程は拙く、決して完璧ではなかった。
「ありがとうな。お前さんのおかげで団長は助かった。」
「先ほどは警戒して武器を向けてしまい、申し訳ありませんでした。命を救って頂き、感謝いたします。」
騎士たちが口々に礼を述べ、深く頭を下げる。
私は、できることをしただけだ。
……本当に、ただそれだけ。
そう思っていると、少年が躊躇いがちに口を開いた。
「あなたは、知性ある高貴な存在のように見受けられる。ですが、この危険な地にあなたを置いては行けない。」
一度言葉を切り、覚悟を決めたように続ける。
「どうか、私たちと共に来ていただけませんか。あなたに、恩を返したいのです。」
心が、揺れる。
前の世界で「無能」と呼ばれた私。
今は、ただの猫。
そんな私が、彼らと共にいていいのだろうか。
足手まといになるのではないか。
考えが巡る。
抱き上げている少女の腕に、わずかに力がこもった。
「悪いようには、絶対にしません。……だから、どうか。」
不安と願いが混じった声。
逃げようと思えば、逃げられる。
爪を立てて暴れれば、すぐにこの腕から抜け出せる。
でも。
この優しい少女を、傷つけたくはなかった。
私は抵抗せず、ただ静かに身を委ねる。
それを受け入れたと理解したのだろう。
少年と少女は、ほっと息をついた。
騎士たちも、安堵したように笑みを浮かべる。
「にしても、こんなちっこい体でよく生きてたな。すげえ力持ってるとはいえ、ここは『縫目の森』だぞ。」
そう言いながら、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
視界が揺れ、少し目が回る。
「おい、私の恩人に何をしている。失礼なことをするな。」
低く咎める声。
団長が目を開けていた。
場は一気に歓声に包まれる。
祝福と安堵の空気。
その中で、私は静かに考えていた。
一人で生きると決めたはずだった。
それなのに、
共に来てほしいと言われて、心が揺れた。
私は——どうしたいのだろう。
少女の腕は、まだ温かい。
温もりに包まれたまま、
雨上がりの空を見上げる。
青でもなく、夕焼けでもない。
どちらにも傾かない色。
今の私みたいだと、思った。




